第65話 悪役令嬢とお目付けメイド 2
「……リィクララ様」
私は姫様の名前を、少し低い声でお呼びして――
パシン!
手に持った仕置き用の鞭で、自分の手のひらを打ちつけます。
――音を鳴らし、威嚇するためです。
「ひっ……」
リィクララ様の肩が、ビクッとなります。
「お戯れが過ぎます。余り『おいた』が過ぎるようでしたら、お尻がまた腫れて夜眠れなくなってしまいますよ」
リィクララ様の額から、一筋の汗が流れ落ちます。
「私は旦那様より、姫様を仕置きする権限を与えられています。そのことをどうか、お忘れなく――」
私はもう一度、手に鞭を打って――
パシン、と音を鳴らします。
これだけ脅せば、大人しくなるでしょう。
しかし、他領の姫君にこのような内輪揉めを、見せてしまったのは失態です。
早く言い訳をしなければとソフィ様の顔をお伺いすると、彼女も若干、顔を強張らせていました。
――ついでに、ソフィ様のお付きのメイドも……。
ソフィ様は模範的なご令嬢に見えましたが――
意外と問題児なのでしょうか?
――いえ、今はそれよりもリィクララ様の無礼を、釈明しなくてはいけません。
私が場を取りなそうと口を開く前に、リィクララ様が反論してきます。
――鞭で脅したのに、珍しい。
「戯れではありませんわ。私は本気で正妻の座を狙っているのです。悪役令嬢とはそういう者なのですわ!! そして、悪役令嬢は皆から愛されるのです。――きっとソフィ様とも、仲良くなれますわ」
――そんな訳ないでしょう。
「リィクララ様……それはあくまで、観劇の――登場人物として人気があるだけで、現実に『悪役令嬢』なる存在がいてもウザいだけです。面倒臭い人間として周りから煙たがれるだけなのです」
ヒロインを目の敵にして、やたらと噛み付いてくるような陰湿な狂犬など、実在しても煩わしいだけです。
ソフィ様に無礼を働けば、アレス様から嫌われることになるでしょう。
そうなれば――
きっと、この心の弱いお姫様は持ちません。
早く謝罪させなければ――
私が内心焦って、その方策を考えていると、ソフィ様からお声がかかります。
「あの、リィクララ様。……私もリィクララ様と仲良しになりたいと思っておりました。恋のライバルとして、これから一緒に切磋琢磨して下さると嬉しいです」
と言って、ふんわりと微笑まれました。
リィクララ様は、花が咲いたように喜ばれました。
そして、私の方を見て、小生意気なドヤ顔をなされます。
フフン、ですわ。
と言って勝ち誇り――
「わたくしが正しかったようですわね。スザンヌ? 何か言い訳はございまして?」
謎のマウントを、お取りになりました。
…………。
リィクララ様。
ソフィ様が寛大でお優しいお方だから、場を上手く収めて貰えましたが――
普通はそうは参りません。
現にリィクララ様――
あなた様と積極的に仲良くしてくださるご令嬢は、一人もいらっしゃらないでしょう?
四大貴族の姫君であるのに、突拍子もない奇行が原因で、距離を置かれているではありませんか。
これで上手く行くと思っては、リィクララ様の為になりません。
『悪役令嬢』を、成功体験にしてはいけないのです。
このお茶会の後で、リィクララ様のお尻に鞭を入れなければいけません。
心を鬼にして、躾なければと――
私は固く、誓いました。
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予定通りにソフィ様をお招きしたお茶会を催して、ご挨拶を交わしお友達となることが出来ました。
やりましたわ!
――その後、何故かスザンヌにお尻を叩かれましが??
スザンヌは『悪役令嬢は、もうお辞めください』と、言っていました。
訳が解りません。
ソフィ様と仲良くなれたではないですか。
お尻が痛かったので、適当に返事をしてやり過ごしましたが、私が悪役令嬢なのはこの身に刻まれた、定めなのです。
『やる』とか『やめる』とかの話ではございませんわ。
ソフィ様が王都にいらしてから、数週間後――
問題の式典が始まりますわ。
古くから行われている、格式の高い式典です。
私を筆頭に、上級貴族の子女も多数出席しておりますの。
司会進行を務める者が、ソフィ様を紹介します。
「豊穣の女神ガイア様から加護を授けられた聖女ソフィ様に、神への感謝の祈りとご臨席の皆様へのお言葉を頂戴します。その際に、自身が聖女であることの証として『聖女の光』を見せて頂けるそうです」
……え?
ソフィ様は、聖女ではないはずです。
そのようなことを、提案するとは思えません。
――ということは、これが恐らくは大司教様の『意地悪』なのでしょう。
さて、どうやってソフィ様を、フォローしましょうかしら?
私が頭を悩ませている間にも、ソフィ様の演説は始まってしまいました。
そこでソフィ様は、とんでもないことを言い出したのです。
「――私は、聖女ではありません」
……それを言ったら、お仕舞ではないですか!!
聖女でなければ、ソフィ様はただの平民。
アレス様の正妻となる資格はなくなります。
ソフィ様はこの後、どうする気なのでしょう?
――彼女は目を瞑り、じっとしていますわ。
神殿を静寂が支配します。
皆が固唾をのんで、成り行きを見守っていると――
「自白したな、偽聖女ッ!! 聖女を語った不届き者が、成敗してくれるッ!!」
式典に参加していた一人が立ち上がり、大声でソフィ様を非難されます。
その一人に触発されたのか――
他にも二人の男が、続けて立ち上がりました。
その三名が、ソフィ様に向かって刃物を投げつけました。
後から聞いた話によると――
その三名は、他国から侵入した暗殺者だったそうですわ。
神殿に潜入していた三人の暗殺者が、ソフィ様に向かって同時攻撃を行いました。
暗殺者が武器を投げつけます。
次の瞬間――
暗殺者が三人とも、倒れていました。
彼らは自分の投げた武器で、身体を貫かれていますわ。
そして、ソフィ様の雰囲気が、一変しています。
この場全てを、支配するような――
圧倒的な威圧感を放って、ニッコリと微笑んでいました。
彼女を襲った暗殺者は――
身体を貫かれ、すでに息絶えています。
このような人が死ぬ場面に、初めて立ち会いましたわ。
――怖いものですわね。
決して、怯えているわけではありませんが――
まだちょっと、ドキドキしております。
それにしても、先ほどの現象はどういうことでしょうか?
ソフィ様を狙った攻撃が、跳ね返って襲撃者を屠りましたが……?
ああ、そうですのね。
なるほど、なるほど――
……そういうことで、ございますか。
以前『鉄壁のライザ』と呼ばれる人物が、ソフィ様の教育係に任命されたと聞きました。きっと、その人物が鉄壁の能力で、ソフィ様を護ったのですわね。
鉄壁のライザはアレス様が直々に、ソフィ様に付けたと聞き及んでいます。
ソフィ様の身を案じた、アレス様の愛――
しかと、見せて頂きました。
ソフィ様とは、やはり――
正妻の座をかけて、争う運命にあるようですわ。
私はスザンヌに命じて、ソフィ様にお茶会の招待状を出すことにしました。
オホホホ……。
さあ、正妻の座をかけた、決闘と参りましょう。
正妻戦争ですわ!!
――ソフィ様。




