第60話 悪魔へと至る道程 3
私とシュドナイはピレンゾルに密入国を果たし、今はチャルズコートとの国境の町の、安宿に滞在している。
西の大国と言われているチャルズコートは、ここから北西の位置にある。
私とシュドナイは、そこを目指すことにした。
国境には警備兵が立っているが、街道を使わなければ密入国は可能だ。
だが、その前に――
シュドナイが持参してきた、悪魔召喚の魔導書。
これをどうするか、決めておくことになった。
自分たちで使うのか、それとも売って金に換えるか……。
「売るにしても、まず値段の相場が判らない。――買い取ってくれそうな業者も限られるし、そういった手合いは、俺たちの情報も掴んでいるだろう――ローゼリアが国外追放処分を受け、俺が実家を勘当されている現状では、足元を見られて買い叩かれる危険が高い――」
「では、『自分たちで使う』というのが良いのでしょうか? シュドナイ様。さっそく、使ってみてくださいな」
私はお尻を振り振りしながら、シュドナイの機嫌を取って誘導する。
悪魔召喚の魔導書――
こんな危険そうなものを、自分で使う気にはなれない。
この馬鹿をその気にさせて、使わせよう。
「それなのだがな、ローゼリア。試しに少し使ってみようとしたが、何も反応が無い。本の中身を読もうとしたが、古語で書かれていて判読出来なかった。知らない単語が多すぎる」
「そう、ですの。それは残念です……」
――この、役立たずがッ!!
普段偉そうにしているのだから、こういう時くらい役に立ちなさいよ。
こんな愚図を頼った、私が間違っていたわ。
自分で何とかしてみましょう。
……確か。
この魔導書は、強い願いがあれば使えたはず。
シュドナイは『試し』に使ってみようとしたが、それでは反応しないのだろう。
もっと心の奥底からの、切なる願いでなければ――
心の奥底からの願い――か、私の場合はどうだろう。
私を追放したピレンゾルとピリーゾルの破滅。
あの阿呆王子の破滅とリーズラグドの滅亡。
どれも心からの願いではあるが、魔導書は反応しない。
願いをどれか一つに、絞るとなると……
悩ましい――
私の、心からの願いか……
――そうだわ!!
『聖女の力を取り戻す』
……これが私の、心からの願いだわ。
私がそう思った瞬間に、悪魔召喚の魔導書から、黒い雲のような煙が溢れ出した。
そして――
「良いでしょう。ローゼリア……あなたのその願い!! 叶える手助けをして、差し上げましょう――」
そんな声と共に――
黒い煙が集まって、人間の身体を形作っていく。
――これが、悪魔?
私とシュドナイの目の前に、とんでもない美青年が姿を現した。
「ただし、相応の対価を、支払って頂くことになりますが――」
私はその美青年を一目見て、心を奪われた。
――えっ、やだ、なにっ! このイケメンッ!!
悪魔召喚の魔導書から出てくるのは、てっきりおぞましい姿の悪魔だと思っていた。コミカライズされた聖(笑)でも、醜悪なハエの悪魔が登場する。
だが、この世界は『聖(笑)』とは随分とズレが生じてきている。
これも、そのズレの一環だろう。
「あの、対価――というのは? いえ、それよりもまず、あなた様のお名前をお伺いしても宜しいかしら?」
そうだ、目の前のこの美青年がベルゼブブだとは、まだ決まっていない。
悪魔かどうかも含めて、正体を突き止めるのが先決だ。
まあ、それは建前で――
早くこの方のお名前を、お伺いしたいだけなんですけどね。
この美青年に、嫉妬したのだろう。
「待つんだ! ローゼリア、不用意にコイツに話しかけるな!!」
シュドナイが焦りまくっている。
突然の美青年の登場で、私のことを奪われるかもと心配をしている。
――器の小さな男だ。
だが、もう遅い!!
「もうすでに、あなたはご存じのはずだ。私の名前はベルゼブブ、その魔導書に封じられていた悪魔ですよ」
魔導書から現れた美青年は、やはり悪魔ベルゼブブで間違いないようだ。
だが悪魔でも、美形なら問題ないわ。
契約しちゃいましょう。
「ベルゼ様とおっしゃるのですね。それで、その……対価のこと、なのですけれど」
私はシュドナイを無視して、話を進める。
「あなたの願いを叶える、そのお手伝いをするために必要な代償です。婚約者の命、もしくは――契約者の肉体と生命力を、提供して頂きます」
婚約者の命か、肉体……。
「わかりました。では、ピレールの命を差し上げますわ。どうぞ、お好きになさって下さいませ」
「……ピレールという者は、すでにあなとの婚約を解消しています。それに、婚約者の命を対価にする場合は、『自分の手で相手の命を奪う』必要があるのです」
……じゃあ、どのみち無理か――
ピレールは腐ってもピレンゾルの第一王子、私が今から殺せるわけがない。
――誰か適当な男と婚約して、そいつを殺すのはどうだ?
面倒だし、私の細腕で男を殺すのは骨が折れる。
失敗し反撃されるリスクもある。
現実的ではない。
となれば、わたしの身体をベルゼ様に差し出すというのが、もっとも理に適った選択という事になるだろう。
「仕方がありませんわね。では、わたしの身体を提供させて頂きます。」
「ま、待つんだ! ローゼリア!! 馬鹿な真似は止せッ! 相手は悪魔なんだぞ」
シュドナイは、私が他の男――
超絶美形のベルゼ様に抱かれることに、危機感と嫉妬心を抱いているようだ。
私の身体と心が、他の男に奪われてしまうことを恐れている。
本当に、小さな男だこと――
「シュドナイ様、これは仕方のない事なのです。私たちはベルゼ様のお力をお借りしなくては、これから何もできません。私が犠牲になるしかないのです――けれど、心配なさらないで、たとえ体は汚されたとしても、私の心はあなた様の物ですわ」
私は心にもないことを言って、シュドナイの気持ちを弄んだ。
悪魔の力を借りるしか、この先やっていけない。
それはシュドナイもわかっている。
――だからこれ以上、反対は出来ない。
「今から私は、この身体をベルゼ様に捧げます。けれど恥ずかしいので、――シュドナイ様はご覧にならないで下さい」
そう言って私は、シュドナイを部屋から追い出した。
この宿の他の部屋は、もう埋まっている。
シュドナイは部屋の外のドアの前で、一晩過ごすことになるだろう。
そこで――
私が他の男と甘い一夜を過ごすのを、指をくわえて待っていればいいわ。
ふふふっ、なんて楽しいのかしら。
人の気持ちを、恋心を、愛を、弄んで踏みにじるのは――
とっても、いい気分だわ。
その夜、私は夢のような一時を、ベルゼ様と過ごした。
めくるめく――
ときめきに満ちた、大人の遊園地。
ベルゼ様は前ではなく、後ろを使用されたけれど、些細な問題だわ。
イケメンは多少特殊な性癖を持っていても、許されるのよ。
チュン、チュン、ちゅん――
窓の外で、スズメが鳴いている。
朝日が昇ったようね。
私は眠い目をこすりながら、上体を起こす。
隣には、人の温もりがある。
昨日愛し合った、愛しい人の温もりが――
私は精一杯可愛い仕草で、ベルゼ様に朝の挨拶をする。
「おはようございます。ベルゼ様、起きて下さいませ、良い朝ですわよ……えっ?」
私の横には、誰かが寝ていた。
それは確かだ。
しかし、なんだこいつは?
この、醜悪な生き物は――??
いつの間に、入り込んだ???
私の横には――
人の体にハエの頭を生やした生物が、気持ち良さそうに眠っていた。
「~~~~~~~~ッ!!!!!!」
私は声にならない、叫び声をあげた。




