第58話 破滅へと至る道筋 1
「ローゼリア、僕は……君との婚約を破棄するッ!!」
ここはピレンゾル王国――
王城の謁見の間。
目の前で跪いて控える、ローゼリアを見下ろしながら――
僕は芝居がかった口調で、高らかに宣言した。
僕の真横の正妻の位置には、ステファが控えている。
彼女は正式に、僕の婚約者になった。
玉座には王が座り、その隣には僕の母が王妃として並んでいる。
『偽聖女』ローゼリアと僕との婚約破棄は、国の上層部が決めて、正式に承認された決定事項だ。
――僕にどうこう出来るものでもないし、する気もない。
こうして彼女に引導を渡す役割も、仕事として淡々とこなすだけだ。
「――な、なんですって? ピレール、あなた何を言っているか、解っているの? 悪ふざけが過ぎるわ。早く撤回なさい!!」
僕が婚約破棄を言い渡すと――
ローゼリアは不敬にも、勝手に立ち上がって怒鳴り出した。
ピレンゾル第一王子の僕に向かって、命令口調で喚き散らす。
……偉そうに、何様のつもりなのだろうか?
僕はあの女の主張に耳を傾けることなく、仕事の続きを行う。
「――そして、聖女を語る詐欺師を、この国に置いておくわけにはいかない。偽聖女ローゼリアを国外追放処分にする。一刻も早く、この国から立ち去るがよい!!」
『立ち去るがよい』とは言ったが、実際には拘束して摘まみ出すことになる。
追放先の隣国とは、もう話はついている。
――僕の役割は、ここで終わりだ。
後は手筈通りに、兵士たちが彼女を連行するだろう。
これでもう、あの女の顔を見ることもなくなる。
僕は心の中で、ホッと一息ついた。
「ま、待ちなさいピレール!! 確かに私は聖女の力を一時的に失いました。けれど――ピレール、あなたの真実の愛があれば、その力を取り戻せるのです! さあ、早く、私に真実の愛を!!」
やっと仕事が終わったと一安心していたのに、ローゼリアが可笑しなことを言いだした。
――僕の真実の愛?
それで聖女の力を、得られるだって?
それで聖女になれるなら、ステファがとっくに聖女になっているだろう。
聖女と言うのは地母神ガイア様から、力を与えられてなるものなのだ。
「……何が真実の愛だ。ローゼリア。僕には君に対する愛情など、欠片もないんだ。君がこの国で、どう過ごしてきたのか、忘れたのか? 君が聖女の力を失ったと聞いて、皆はすんなり納得したよ。君に聖女の力が付与されていたのは、何かの間違いだったんだって、皆がそう思ったんだ」
こうして答えてやる必要は無いのだが、あれでも僕の元婚約者だ。
最後の手向けのつもりで、彼女に教えてあげる。
僕の一存ではもう、どうにもならないところに――
君はいるのだと――
婚約破棄と追放は、僕が決めたんじゃない。
国の上層部『みんな』が、決めたことなんだ。
もう覆しようは無いんだよ。
だが、彼女に僕の真意は、通じなかったようだ。
「わ、わかったわ。ピレール! その女ね。その薄汚いメイドに唆されたのね。人の男に手を出すなんて、なんて醜悪なメギツネなのかしら? ピレールあなたは、そこの……男に股を開くしか取り柄の無い、雌豚の誘惑に負けてしまったのね――でもね、ピレール。私は心が広いのよ。一度くらいの浮気は許してあげるわ。だから早く、私に愛を!」
ローゼリアは僕の婚約者のステファを指さして、信じられない暴言を吐いた。
流石にこれには、僕も怒りを覚えた。
僕のことならまだいい。
――だが、ステファを悪く言うことは許せない。
「……ローゼリア、君がこの国に帰ってきていたことは、諜報機関が把握していたんだ。そして、君の素行調査の結果も聞いている。君がこの王城に来るまでの、一か月の様子は、ここにいる全員がつぶさに知っているんだ……」
これは言うまいと伏せていた情報だが、僕は言ってしまった。
――それだけ彼女に対して、怒っていたんだ。
「女狐だとか雌豚だとかいう言葉は、君にこそ――お似合いなんじゃないかな? 言い返せるかい? ローゼリア――」
僕がそう言って、彼女の間違いを指摘すると――
ローゼリアはプルプルと震え出した。
頭に血をのぼらせて、顔が真っ赤になっていく。
ん?
あれは――
羞恥ではなく……怒りか?
彼女の顔は、みるみる鬼の形相になって……。
――こ、怖いッ!!
彼女を連行しようとしていた兵士たちも、一瞬動きを止める。
何をしている!
早く連れ出してくれよ!!
怒髪天を突く雰囲気を漂わせたローゼリアが、ぼそッと呟くように――
そして徐々に、声を大きくして僕を罵る。
「……誰のおかげで、第一王子になれたと思っている。――糞餓鬼がッ! 調子に乗ってッ!! 許さないッ、絶対に許さないッ!!! 絶対にだッッッ!!!!」
彼女の叫びは途中で衛兵に止められて、拘束されて連行されていった。
……ものすごく、怖かった。
何なんだ、あいつは――
そっちから、挑発して来たんじゃないか……
それにしても――
『誰のおかげで』、か……。
ひょっとして、兄二人を殺害したのは……
――いや、止そう。
ただでさえ、厄介ごとがたて続けに起こり、政情も不安定なんだ。
これ以上面倒ごとを、作るわけにもいかない。
証拠も残っていないだろう。
元聖女を処刑するとなれば、政治的にどんな副作用が発生するか予測できない。
ローゼリアの聖女の力のおかげで、この国は確かに豊かになった。
だがその富を、西の三つの隣国が付け狙うようになった。
ローゼリアが聖女十字軍を組織して、リーズラグドに攻め入ったせいで、この国の軍事組織に綻びが生じてしまった。
その隙を逃さなかった三国に、連携して攻め入られて大敗してしまう。
早期に停戦に持ち込むために、交渉で大幅に譲歩したが、そのことで国民の怒りに火が付いた。
その国民の不満に乗じた、青年将校によるクーデターが勃発。
クーデターは鎮圧できたが、その裏で糸を引いていた前王妃の派閥には手が出せないでいる。
クーデターを起こした青年将校たちは、国民の支持を得ていて処刑することが出来ない。――その為、軍部と前王妃の派閥が、デカい顔をするようになってきた。
王の保有する軍事力は、聖女十字軍の引き抜きと、三国同盟との戦争で疲弊しきっている。現王妃の実家の戦力も、大規模な魔物災害の損害から回復していない。
軍の上層部は、前王妃派の派閥の者に牛耳られている。
反乱を起こした軍人を処罰できなければ、政治の上位に軍事組織が君臨することになる。もうすでに、軍の幹部の顔色を窺わなければ、国王は政治が出来ない状態だ。
さらに、ローゼリアが聖女十字軍で暴れ回ったせいで、リーズラグドとの関係は最悪レベルまで悪化している。
リーズラグドは損害を補償しろと言ってきているが、この国にはとても払う余裕はない。軍部も反対している以上は、要求を突っぱねるしかない。
『元々ローゼリアは、貴国が送り込んできたのではないか』、といって要求をかわしているが、向こうが軍事力で報復に来れば、この国は持たないだろう。
西の三国、前王妃、リーズラグド。
ローゼリアを処刑すればそれを口実に、どこがどう動くのか予測が付かない。
この国は現状、八方塞がりの状態なのだ。
すべてはローゼリアを……
僕が聖女を、この国に招き入れてしまったばかりに――




