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聖女を追放した国の物語  作者: 猫野 にくきゅう
聖女を追放した国の物語

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37/85

 デート

 俺様は初めて、人間の肉体という物の中に入った。


 全身が、だるくて痛くて不快で腹が減って眠い。

 人間はよくこんなものを引きずって、生きていられるものだと感心する。


 まあ、この身体が特別に、生き辛いのかもしれないが――

 なにしろ、一年くらい牢屋に入っていたからな。

 

 付けられている手枷が、重くてしょうがない。



 見晴らしの良い処刑台の上から、俺様はソフィの処刑を見物に来た、大勢の人間を見渡す。

 そいつらは、倒れ伏して死んでいたり、大怪我を負った死にかけていたり、ほとんど怪我はないが、パニックに陥っていたりする。



「いや実際……ソフィ、あんたは大したものだと思うわ。なんてことのない、ただの小娘が神様の目に留まって、選ばれるなんて――転生者なんかよりも、よっぽど特別だったのよ。ただちょっと、頭が足りなくて騙されやすかったけれどね」



 民衆は皆、死んでいたり、全身打撲で苦しんでいたり、多かれ少なかれ何らかのダメージを負っている中で――

 一人だけまったく、ダメージの無い奴もいるが――

 そいつの相手は後回しだ。


 俺様には、先にやることがある。

 と、そこに別の邪魔が入った。




「せ、聖女様!! これは一体、何ごとですか?」


 処刑台の後方で警備を担当していた兵士たちが、処刑台の上まで上がってきた。

 この異常事態を見て、ダルフォルネか聖女の指示を仰ぎに来たのだろう。


 ダルフォルネの奴は遠くに飛ばしてやったから、今は聖女しかいないが――

 その聖女も、茫然自失としている。


 あの様子じゃあ、何もできないだろう。


 と思っていたが――

 少しだけ、我に返ったようだ。




「あ、あの、偽聖女が――悪魔の化身となって、大量虐殺を――」


 なるほど!

 と俺様は感心する。


 解りやすく状況を説明して、自分の意図した方向へと人を誘導した。


 ソフィはとにかくそれが下手糞だったが、あの聖女は上手いじゃないか。




「な、なんと、悪魔めっ!! 弓隊整列ッ! 構えッ!! 放てぇっ!!」


 隊長と思わしき男の号令で矢衾を作った弓隊から、数十の弓矢が一斉に俺様を目がけて飛んでくる。


 辺り一面を矢が覆い、避けようがない。

 まあ元々、この身体には攻撃を避ける身体能力は無い。


 避ける必要もないが――




 俺様の周囲は『拒絶』の領域だ。


 俺様に向かって飛んできた矢は、その数倍から数百倍の力で弾き返されて、矢を撃った本人の身体を貫いて破裂させた。


 『拒絶』の能力は、ソフィに対する攻撃を跳ね返すという単純なものだが、攻撃者がソフィに対してこれまで抱いた、怒りや憎しみといった負の感情の総量で、跳ね返す力は数倍から数百倍へと増幅される。


 効果範囲を広く設定して、この公開処刑を見に来た全員を効果範囲の中に入れれば、そいつらが少し身動きしただけで、数百倍に増幅されて跳ね返された力で、大ダメージを受けることになる。

 ちょっとした身振り手振りでも、身じろぎしただけであっても、攻撃意思を持って動けば、その動作を攻撃とみなし跳ね返すからだ。


 『拒絶』の効果範囲を処刑台の前方にしいていたことで、俺様の後ろにいた奴らは無事だった。訳だが――


 せっかく拾った命を、聖女のせいで無駄に散らしたようだ。



 まあ、どうでもいいか――

 それよりも、やるべきことは早く済ませないと――

 あの男は生き残った民衆の避難誘導をしているが、いつこっちに向かって来るかわからない。



 俺様は自身の上空一キロの地点に、『支配』の力を発動させる。


 効果範囲は、この街全体をすっぽり覆うことのできる広さ――


 すると『支配』を設定した地点が重心となり、そこに向かって街の中に転がっている死体が、落下するように上空へと集まっていく。

 中には生きている人間も混じっているが、押し潰されてすぐに死ぬだろう。


 『支配』は人間を、物理的に引き寄せる力だ。

 意志薄弱な人間ほど、引き寄せやすい。


 意志を持たない死体なら、少しのエネルギーで引き寄せられる。


 この街で死んだ六万以上の死体が、上空でひと塊の円形になる。





 準備は完了した。

 俺様は『それ』を召喚する。


 『支配』の力で、大地に縛り付けられていた『それ』を引っ張り上げる。



「依り代は用意してあげたわ。いつまでも地下に引き籠っていないで、さっさと出てきなさい。七つに引き裂かれ、封じられた。今は名もなき、七つのうちの一柱よ」


 

 俺様の呼びかけに呼応するように、上空に集まった死体の塊が――

 ドクンッ、と脈打つ。


 そして俺様の制御を離れて、一つの生命体となって活動を開始する。



 そいつはゆっくりと、上空から地上へと降りてくる。

 球体を維持したまま、地上から三十メートルほどの位置で停止する。 




 かつて破壊神だったものの、成れの果ては――

 自らの形を変形させて円形の身体に、無数の触手を発生させる。


 俺様のいる処刑台に近づくと、発生させたばかりの触手数本を鞭のようにしならせて、俺様の居る処刑台に向かって振り下ろした。


 ズドォオォオオオオオオンンンン!!!!


 破壊神の攻撃で、処刑台は崩壊した。

 破壊神の触手で切り裂かれた巨大な建築物は、崩壊し粉塵が舞い上がる。



 七分の一とはいえ、流石は破壊神の攻撃だ。


 俺様の拒絶もダメージを綺麗に返せずに、周囲に衝撃が拡散している。


 俺様は拒絶の力で無傷だが、足場がずいぶん不安定になってしまった。


 支配の力を使って、周囲から死体を集めて処刑台を補強する。





 破壊神の奴め――


 一時的にとはいえ、俺様に『支配』されたことを根に持っているようだ。

 せっかく封印から解放してやったのに、恩をあだで返しやがって――



 だが、俺様に攻撃は通用しない。

 それどころかダメージが跳ね返って、自分の身体が崩れるだけだ。


 完全体ならいざ知らず、今の破壊神は七分の一だ。

 俺様を攻撃するのは無理だと諦めたようで、腹いせにこの周りの建物を攻撃して破壊している。



 破壊神からは――

 手当たり次第に人間を、建物をこの街をこの国をこの世界そのものを、破壊しつくしたいという衝動が伝わってくる。





「ふぅ……」


 ここまでで――

 随分とエネルギーを、消費してしまった。


 もうほとんど、力は残っていない。

 立っているのもしんどいので、どこかに座ることにる。


 腰掛はないかと見まわすと、良い椅子を見つけた。

 死体が折り重なって断頭台を背もたれにして、ちょうど椅子のようになっていた。


 俺様に相応しい玉座だ。

 

 俺様は椅子に腰かけ、やみくもに破壊を続ける破壊神を見上げる。



「いつまで馬鹿みたいに暴れているのかしら? お前の相手は、あの男よ」



 俺様は目の前の大通りの、先を指さす。



 そこには逃げ惑う民衆と、まっすぐにこっちを見つめる男がいた。


 俺様は――

 ようやく、主役と対面する。



「破壊神――お前の相手はね……あいつがするわ」



 そいつは地面に両足で立って、自信に満ちた顔で剣と槍を構えている。


 そして、この俺様に向かって、堂々と大見えを切った。




 乗ってきた馬は、すでに後ろへと逃がしたらしい。


 ――そういえば、邪竜王の時もそうだったな。

 馬なんて使い捨てればいいだろうに、キザな野郎だ。


 まあ、いいか。

 やっと、待ち望んだ時間が始まる。


 楽しい『アトラクション』を、わざわざ用意してやったんだ。



「さあ、王子様! 『私達』のデートを始めましょう!!」

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