デート
俺様は初めて、人間の肉体という物の中に入った。
全身が、だるくて痛くて不快で腹が減って眠い。
人間はよくこんなものを引きずって、生きていられるものだと感心する。
まあ、この身体が特別に、生き辛いのかもしれないが――
なにしろ、一年くらい牢屋に入っていたからな。
付けられている手枷が、重くてしょうがない。
見晴らしの良い処刑台の上から、俺様はソフィの処刑を見物に来た、大勢の人間を見渡す。
そいつらは、倒れ伏して死んでいたり、大怪我を負った死にかけていたり、ほとんど怪我はないが、パニックに陥っていたりする。
「いや実際……ソフィ、あんたは大したものだと思うわ。なんてことのない、ただの小娘が神様の目に留まって、選ばれるなんて――転生者なんかよりも、よっぽど特別だったのよ。ただちょっと、頭が足りなくて騙されやすかったけれどね」
民衆は皆、死んでいたり、全身打撲で苦しんでいたり、多かれ少なかれ何らかのダメージを負っている中で――
一人だけまったく、ダメージの無い奴もいるが――
そいつの相手は後回しだ。
俺様には、先にやることがある。
と、そこに別の邪魔が入った。
「せ、聖女様!! これは一体、何ごとですか?」
処刑台の後方で警備を担当していた兵士たちが、処刑台の上まで上がってきた。
この異常事態を見て、ダルフォルネか聖女の指示を仰ぎに来たのだろう。
ダルフォルネの奴は遠くに飛ばしてやったから、今は聖女しかいないが――
その聖女も、茫然自失としている。
あの様子じゃあ、何もできないだろう。
と思っていたが――
少しだけ、我に返ったようだ。
「あ、あの、偽聖女が――悪魔の化身となって、大量虐殺を――」
なるほど!
と俺様は感心する。
解りやすく状況を説明して、自分の意図した方向へと人を誘導した。
ソフィはとにかくそれが下手糞だったが、あの聖女は上手いじゃないか。
「な、なんと、悪魔めっ!! 弓隊整列ッ! 構えッ!! 放てぇっ!!」
隊長と思わしき男の号令で矢衾を作った弓隊から、数十の弓矢が一斉に俺様を目がけて飛んでくる。
辺り一面を矢が覆い、避けようがない。
まあ元々、この身体には攻撃を避ける身体能力は無い。
避ける必要もないが――
俺様の周囲は『拒絶』の領域だ。
俺様に向かって飛んできた矢は、その数倍から数百倍の力で弾き返されて、矢を撃った本人の身体を貫いて破裂させた。
『拒絶』の能力は、ソフィに対する攻撃を跳ね返すという単純なものだが、攻撃者がソフィに対してこれまで抱いた、怒りや憎しみといった負の感情の総量で、跳ね返す力は数倍から数百倍へと増幅される。
効果範囲を広く設定して、この公開処刑を見に来た全員を効果範囲の中に入れれば、そいつらが少し身動きしただけで、数百倍に増幅されて跳ね返された力で、大ダメージを受けることになる。
ちょっとした身振り手振りでも、身じろぎしただけであっても、攻撃意思を持って動けば、その動作を攻撃とみなし跳ね返すからだ。
『拒絶』の効果範囲を処刑台の前方にしいていたことで、俺様の後ろにいた奴らは無事だった。訳だが――
せっかく拾った命を、聖女のせいで無駄に散らしたようだ。
まあ、どうでもいいか――
それよりも、やるべきことは早く済ませないと――
あの男は生き残った民衆の避難誘導をしているが、いつこっちに向かって来るかわからない。
俺様は自身の上空一キロの地点に、『支配』の力を発動させる。
効果範囲は、この街全体をすっぽり覆うことのできる広さ――
すると『支配』を設定した地点が重心となり、そこに向かって街の中に転がっている死体が、落下するように上空へと集まっていく。
中には生きている人間も混じっているが、押し潰されてすぐに死ぬだろう。
『支配』は人間を、物理的に引き寄せる力だ。
意志薄弱な人間ほど、引き寄せやすい。
意志を持たない死体なら、少しのエネルギーで引き寄せられる。
この街で死んだ六万以上の死体が、上空でひと塊の円形になる。
準備は完了した。
俺様は『それ』を召喚する。
『支配』の力で、大地に縛り付けられていた『それ』を引っ張り上げる。
「依り代は用意してあげたわ。いつまでも地下に引き籠っていないで、さっさと出てきなさい。七つに引き裂かれ、封じられた。今は名もなき、七つのうちの一柱よ」
俺様の呼びかけに呼応するように、上空に集まった死体の塊が――
ドクンッ、と脈打つ。
そして俺様の制御を離れて、一つの生命体となって活動を開始する。
そいつはゆっくりと、上空から地上へと降りてくる。
球体を維持したまま、地上から三十メートルほどの位置で停止する。
かつて破壊神だったものの、成れの果ては――
自らの形を変形させて円形の身体に、無数の触手を発生させる。
俺様のいる処刑台に近づくと、発生させたばかりの触手数本を鞭のようにしならせて、俺様の居る処刑台に向かって振り下ろした。
ズドォオォオオオオオオンンンン!!!!
破壊神の攻撃で、処刑台は崩壊した。
破壊神の触手で切り裂かれた巨大な建築物は、崩壊し粉塵が舞い上がる。
七分の一とはいえ、流石は破壊神の攻撃だ。
俺様の拒絶もダメージを綺麗に返せずに、周囲に衝撃が拡散している。
俺様は拒絶の力で無傷だが、足場がずいぶん不安定になってしまった。
支配の力を使って、周囲から死体を集めて処刑台を補強する。
破壊神の奴め――
一時的にとはいえ、俺様に『支配』されたことを根に持っているようだ。
せっかく封印から解放してやったのに、恩をあだで返しやがって――
だが、俺様に攻撃は通用しない。
それどころかダメージが跳ね返って、自分の身体が崩れるだけだ。
完全体ならいざ知らず、今の破壊神は七分の一だ。
俺様を攻撃するのは無理だと諦めたようで、腹いせにこの周りの建物を攻撃して破壊している。
破壊神からは――
手当たり次第に人間を、建物をこの街をこの国をこの世界そのものを、破壊しつくしたいという衝動が伝わってくる。
「ふぅ……」
ここまでで――
随分とエネルギーを、消費してしまった。
もうほとんど、力は残っていない。
立っているのもしんどいので、どこかに座ることにる。
腰掛はないかと見まわすと、良い椅子を見つけた。
死体が折り重なって断頭台を背もたれにして、ちょうど椅子のようになっていた。
俺様に相応しい玉座だ。
俺様は椅子に腰かけ、やみくもに破壊を続ける破壊神を見上げる。
「いつまで馬鹿みたいに暴れているのかしら? お前の相手は、あの男よ」
俺様は目の前の大通りの、先を指さす。
そこには逃げ惑う民衆と、まっすぐにこっちを見つめる男がいた。
俺様は――
ようやく、主役と対面する。
「破壊神――お前の相手はね……あいつがするわ」
そいつは地面に両足で立って、自信に満ちた顔で剣と槍を構えている。
そして、この俺様に向かって、堂々と大見えを切った。
乗ってきた馬は、すでに後ろへと逃がしたらしい。
――そういえば、邪竜王の時もそうだったな。
馬なんて使い捨てればいいだろうに、キザな野郎だ。
まあ、いいか。
やっと、待ち望んだ時間が始まる。
楽しい『アトラクション』を、わざわざ用意してやったんだ。
「さあ、王子様! 『私達』のデートを始めましょう!!」




