余興
「ハーッ、ハーッ、ハアッ、ハァッ、ハァッ……」
全身を支配した恐怖に抗い切れずに、私は目の前の存在に向かって、全力で『聖女の光』を撃ち込んだ。
『聖女の光』は聖女の持つスキルの中で、唯一の攻撃手段だ。
これは人間相手に使っても、単に眩しいだけのものだが、邪悪な性質を持つ悪魔や魔物に対しては、強力な浄化効果を発揮する。
私の――
『聖女』による全力攻撃、これで――
「あらあら、まだ俺様が喋ってる途中だったでしょ? 慌てないでよ。フフッ、元気が良いわね、聖女ちゃんは――何か良い事でもあったのかしら?」
あっ、あぁ…………。
聖女の光を――
正面から、まともに喰らったはずだ。
なのに――
そいつは何事もなかったかのようにピンピンしながら、『俺様』という一人称で話しかけてくる。
この私の、『聖女』の最大出力の攻撃を受けて、なんで???
怖い……。
体の震えが止まらない。
嫌だ……。
私の前から、消えて――
どこか……遠くにッ、行ってしまいなさいッ!!
「うっ、うわあああああっアアッ、あああっ、アアアアアアアあッ!!!!!!」
一撃で倒せないのならば、連撃で!!
私は神聖力の続く限り、聖女の光を放ち続けた。
こいつはここで、今ここで始末してしまわなければ――
本能でそう悟った私は、後先考える余裕もなく、神聖力を使い切るまで聖女の光で攻撃を続ける。
「はぁーッ、はぁーッ、はぁーッ、はぁーッ、ゲホゲホっ」
私の放った神聖な光で、目がぼやけて前が見えない。
目を瞑って、視力の回復を待つ。
「はぁ、はぁ……」
全力攻撃の連続で、乱れた呼吸も整ってくる。
聖(笑)世界の聖女ローゼリアは、悪魔ベルゼブブや邪竜王ガルトルシアを、この聖女の光で仕留めている。
この世界の最強クラスの敵でも、倒すことが可能な力だ。
…………けど。
けれど、目を開けなくても解ってしまう。
圧倒的な不吉なオーラを放って、そいつはまだ、そこに居る。
私はもう、消えていて……、と願いながら目を開ける。
だが、私の願いをあざ笑うように、目の前にはまだ――
そいつが立っていた。
「あっ、ああッ、アアアアアアッ!!!」
私は恐怖で震え歯をガチガチと鳴らしながら、悲鳴のような叫びをあげる。
気が付けば――
私の股間からいつの間にか、暖かい液体が溢れ出していた。
「……気が済んだかしら?」
「バ、バカな! せ、聖女の光は、悪魔や邪竜王でさえ、な、なんでお前は――」
「ん? さっきの光? そりゃあまあ、ちょっとは痛かったわよ? でもまあ、俺様は神様の使いとか、眷族っていう位置づけな存在なわけよ。悪魔やら邪竜やらに対しては有効な攻撃でも、俺様にはイマイチなのよ。相性の問題ね」
……なにを、何を言ってるんだこいつは?
神様の、使いだと??
「でもまあ、この俺様に攻撃を通せたこと、それ自体が奇跡なのよ。流石は地母神の力ってところね――誇っていいわよ。聖女ちゃん! この俺様にちょびっと痛みを与えたことを――頑張ったわね。偉いわ」
……聖(笑)世界に出てくる神様は、地母神ガイアだけだ。
こんな奴を遣わすような、そんな――
……邪神がいるのか?
――なんで?
「そりゃあ、地母神だけじゃバランスが悪いからよ。それじゃあ世界は創れないからってんで、色んなのものが追加されたのよ。自動的にね」
コイツは――
目の前の化け物は、私の考えに対して的確に返答している。
心が、読めるのか?
聖女の光が通用せずに、相手の心まで読める。
こいつが、この世界のラスボスなの?
でも――
どうやって、倒せというのよ。
こんな化け物を!!!
……ッ!!
そうだ!
まだあるじゃないか、聖女の奥の手が――
私は聖なる祈りのポーズで、『聖女の願い』を発動するために祈りを込める。
転生特典の神聖力はもう使い切ってしまったけれど、私の『存在の力』を使えば、まだスキルは使用可能なはずだ。
存在の力なんてものを、使いたくはないけれど――
背に腹は代えられない。
このままでは、恐怖で気が狂いそうになる。
やるしかない。
聖女の願いは――
『目の前の化け物を、消して下さい』
だが――
『死神ディースをこの世界から消し去る権限はありません。聖女の願いはキャンセルされます。願いは受理できませんでした』
「は? えっ? いや、待って、そんな……」
願いは受理されないって……。
じゃあ、どうしろっていうのよ?
こんな、――死神?
なんでそんなのが、私の物語に出てくるのよ!!
「ああっ……」
……こんな奴、こんなッ、……どうやって、倒せば?
「倒す方法ならあるわ。それもとっても簡単な方法よ。さっきも言ったけれど、聖女の光は私に対して効果が薄いから、無駄打ちになってしまったけれど――それは相性の問題なの」
つまり、こいつに有効な攻撃を当てれば――
「そうそう、賢いじゃない。良いことを教えましょう。私のこの身体は普通の人間のものよ。身体能力も普通の女と同等なの。栄養失調気味だから普通以下かしら?」
なら……死神の弱点は、通常の物理攻撃だ。
ふふっ、それにしてもコイツ……自分で自分の弱点をぺらぺらと解説しだしたわ。
前世で読んだことのあるバトル漫画で、敵キャラがこれと同じことをしていたわ。
その漫画を読んだとき、これ作った奴バカじゃないの?
って思ったけれど――
敵キャラは本当に、自分で勝手に能力の詳細を喋りだした。
バトル漫画は、正しかった。
コイツに対しては、物理攻撃が有効!!
それならば、勝ち目はある。
私の後ろには、大勢の兵士が控えている。
「ダルフォルネ!!」
私は兵士全員で、あいつを攻撃させることにした。
ダルフォルネに命令を出そうと、振り返り――
「……えっ?」
「う、うぉおおおお? ォォオオぉおあぁっぁアアアアアッ!!!!」
ダルフォルネとその周りにいた兵士数名が、上空へと引っ張り上げられるように、空へと投げ出されるように飛んでいき――
その後、上昇が終わると落下して、そのまま――
建物や地面へと激突した。
ドシャ……
遠くで、人間の潰れた音がした。
何が起こった?
なに、今のは――??
「さて、なんでしょう? いくら俺様が心優しい親切な少女でも、敵に解説してやるほどの、お人よしではないのよ。それよりも、早く俺様を殺した方がいいわ。でないと次は、あんたが空を飛ぶことになってしまうかも?」
「ひっ、ひいィィ~~!!」
私は聖女親衛隊と共に後ろに向かって走って逃げて、ダルフォルネの兵士たちの後ろに隠れて命じる。
「あ、あいつを殺しなさい!! ゆ、弓! 弓兵ッ。矢を放つのです!!」
兵士たちは戸惑いながらも、私の命令に従い死神に矢を放った。
死神に向かて放たれた矢は、奴に当たる直前に消えて――
次の瞬間には、矢を射った兵士の身体に刺さり、その体を吹っ飛ばしていた。
「……は? な、なによ? どうなっているのよ!!」
矢を跳ね返したっていうの?
でも、体が吹っ飛ぶなんて、そんな威力で……?
「や、槍と剣で攻撃しなさいッ! ほ、ほらそこ、あんたと、そこのあなた!!」
体が固まったように動かない兵士たちを、個別に指名して何とか動かそうとする。
だがそいつらは、死神を恐れて動かない。
……役立たずが!!
仕方がないので私はシュドナイ以外の聖女親衛隊に、死神を攻撃するよう命じる。
私に指名された聖女親衛隊五人は、二人が槍を構えて突進し、三人が剣を振りかぶって斬りかかった。
聖女親衛隊の攻撃が死神に当たったかに見えた瞬間、五人は弾かれるように後ろに吹き飛んだ。
五人は自分の武器で、体を貫かれていた。
腕は身体から引き千切られるように、もぎ取られている。
「っ、……あっ、ぁ――ッ、ぅう……」
私はもう、何も言えなかった。
ただ、恐怖が心を支配して、震えで立っていられずに座り込む。
「あら、もう終わり? 随分と怯えちゃって、可哀そうに――その様子じゃあ、もう立ち向かってはこれないわね。まあいいわ、『余興』はこれくらいで――」
死神はそう言うと、こちらから背を向けて――
広場の方に、向き直る。
奴の目の前には――
偽聖女の処刑を見るために、十万を超える民衆がひしめいている。
死神は十万人の観衆の、その半分以上を――
一瞬で殺した。




