聖女の決意
ピレンゾル首都にある、王宮で暮らし始めた私は――
最初の一週間で、我慢できずに第一王子の殺害を決意した。
ダルフォルネの使いに合図を送り、用件を伝えて『聖女の願い』を使った。
願いを叶えるのに必要だった神聖力は、一万二千ポイント。
願いの内容は『第一王子の暗殺が、上手くいきますように』。
暗殺は成功した。
あの豚男が死ぬと、今度はその弟が私の婚約者になった。
そいつは、あの豚男よりはマシだった。
だから私も妥協した。
結婚相手はこいつで良いか――と。
思えば、前世では結婚できなかった。
自分と釣り合う男でなければと、妥協しないでいるうちに婚期を逃した。
高望みをすればキリがない。
そこそこの所で、妥協することも大事――
というのが、前世の人生で得た貴重な教訓だ。
そう思い妥協して、今の環境を受け入れて暮らしていた。
まあまあの贅沢が出来て、邪魔者の存在しない毎日。
退屈な時は、そこらにいるメイドを虐めて気晴らしもできる。
メイド虐めはどんどんエスカレートしていった。
最後には――
一番きれいな顔のメイドを、丸坊主にして顔を焼いてやった。
けれど、何をやっても誰も私を咎めることは出来ない。
だって私は、聖女だから。
最初はそれで満足していたが、だんだん物足りなくなっていく。
逆らう奴や反抗する奴が、誰もいなくなったからだ。
そこで平民虐めを思いついた。
そこそこ可愛らしい顔をした少女を見つけた。
そいつは、病気の親の看病で苦労していた。
優しく声をかけて接近して、病気の親を聖女の力で癒してやる。
その後で、到底払えないような金額を治療費として請求してやった。
泣いて慈悲を乞うそいつを、娼館に身売りさせる。
きっちり金は回収してやった。
この聖女ごっこは面白くて、最後は笑い転げた。
あとは……
定期的に届けられるリーズラグドの情報も、楽しみの一つだ。
案の定、聖女を追放した阿呆王子の国は破滅へと向かっている。
魔物が出現し、大地は痩せて食物は育たなくなっていく。
これから滅亡する運命の国が、みっともなく藻掻く様を見物する。
それこそが、この『聖(笑)』世界に転生した最大の醍醐味なのだ。
聖女に戻ってきて欲しいダルフォルネは、私の要請は何でも聞くようになった。
今のところは情報提供と暗殺依頼しかしていないが、これからも用事が出来る度に便利使いをしてやろう。
阿呆王子の国に戻ってやる気はさらさらないが、気を持たせてやって最後に突き放してやりたいのだ。
そんな愉悦の日々を過ごしている私に、その情報は届けられた。
『王子アレスが邪竜王ガルトルシアを討伐』
「……嘘よ。それは――」
反射的に、私は否定した。
そんなこと……あるはずがない。
何故なら邪竜王ガルトルシアは『聖(笑)』という物語における『ラスボス』だからだ。それを、あの阿呆が討伐など出来るわけがない。
何かの間違いだ。
そうに決まっている。
そう思い、私は小説『聖(笑)』のストーリーを思い出す。
本来あるべき歴史、それは――
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本物の聖女を追放して二年目。
追放した方が本物だったと国中に知れ渡り、阿呆王子は皆から非難される。
焦った阿呆王子は聖女を取り戻そうと、使いを送るが追い返されてしまう。
その対応に怒った阿呆王子は、軍を率いてピレンゾルを侵略し無理やりローゼリアを連れ戻そうとする。
リーズラグドは長年にわたり聖女の加護の恩恵を受けていただけあって、軍隊の数はピレンゾルより多い。
ピレンゾル軍は数に押されて、首都にまで攻め込まれてしまう。
しかし、傷つき倒れたピレンゾルの兵士は、聖女の癒しの力で回復して戦線に復帰し、数の不利を覆し見事に侵略軍を打ち負かすことに成功する。
惨めに負けて逃げ帰った阿呆王子は、身の程知らずにも私への報復を決意する。
軍隊を使っても勝てなかった阿呆王子は、城の禁書庫にある魔導書を使い悪魔を召喚してローゼリアを攫おうとする。
召喚された悪魔ベルゼブブは、生贄を要求した。
そこで阿呆王子は偽聖女を生贄にして、ついでに公開処刑にすることを思いつく。
偽聖女は処刑され、悪魔ベルゼブブは聖女の結界を搔い潜り、ローゼリアに襲い掛かるがローゼリアの『聖女の光』を受けて消滅する。
聖女の誘拐を企てた阿呆王子に対して、ピレンゾルは謝罪と賠償を求めるがリーズラグドはそれどころではなかった。
阿呆王子が直面していたのは、特大の魔物災害だ。
『聖(笑)』世界の魔物は、人々の苦しみや怨嗟を糧に成長する。
魔物災害、飢饉による飢え、戦争の出費と敗北、悪魔を従えた公開処刑、リーズラグドに渦巻く負の感情の連鎖が、邪竜王ガルトルシアを生み出した。
領内に世界最強生物である邪竜王が現れ、領民を食い荒らしていた。
自分が討伐すると息巻く阿呆王子だったが、恐ろしい姿の竜を見て即座に逃亡、守るべき民を見捨てて王城に逃げ帰った。
リーズラグド国民を無差別に食い殺した邪竜王は、次の標的をピレンゾルに定めた。聖女の結界を破壊して真っすぐに王城を目指す邪竜王。
邪竜王を止めるべく、自身の力の全てを使い再び結界を張るローゼリア。
邪竜王とローゼリアの力の激突は、邪竜王の敗北で終わる。
邪竜王を退けたローゼリアだったが、そこで全ての力を使い果たしてしまう。
力を失った聖女は不要と言って追い出そうとする者もいたが、王子ピレールはたとえ聖女の力が無くても君と結婚したいと、プロポーズして物語は幕を閉じる。
エピローグでは王子ピレールの真実の愛によって、ローゼリアは少しだけ聖女の力を取り戻す。
ピレールの愛が続く限り、ローゼリアはピレンゾルの人々に聖女の加護をもたらし続けることが出来るのだ。
最後に阿呆王子が食糧支援を懇願しにローゼリアの元を訪れるが、追い払われる。
阿呆王子は失意に沈みながら、ローゼリアに愛を叫ぶ。
「すべて俺が間違っていた。頼む! 戻ってきてくれ、ローゼリア!! 君を愛しているんだ!!」
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これが本来あるべき、この世界の姿だ。
あの阿呆王子が邪竜王を討伐するなど、ある訳が無いのだ。
大方、魔物同士の争いで傷ついた竜が勝手に死んでいて、それを自分が討伐したということにして、言いふらしていたら噂に尾ひれがつき話が大きくなったとか、そんなところだろう。
だが、あの阿呆王子が国で英雄扱いされている、というのは気にくわない。
それに本来は聖女を取り戻そうと使者を送るのは阿呆王子のはずなのに、ダルフォルネに変わってしまっている。
これも気に入らない。
このままでは聖女を取り戻す戦争も、阿呆王子ではなくダルフォルネが行うのではないだろうか?
……ふざけるな。
そもそも考えてみれば、ピレールとのラブロマンスを諦める必要はないのではないか? 現在の婚約者がこの世からいなくなれば、次は自動的にピレールだ。
そうだわ!
聖女であるこの私が、妥協などする必要はない。
だって私は、この世界のヒロインなのだから。
私はダルフォルネの使いとコンタクトを取り、奴に命令を下した。




