聖女と呼ばれた少女
私は生まれてすぐ両親に捨てられ、孤児院で育てられた。
孤児院では賢く利発な子と、見目の良い子供から良い扱いと教育を受ける。
良家に引き取られたり、いい仕事に就ける確率が高いからだ。
私は人よりも頭の出来が悪いので、ずっと後回しにされる存在だった。
将来は娼館に売って、娼婦にするしかないと言われて育った。
そんな私が十歳の誕生日に、領主のダルフォルネ様に引き取られることになった。
孤児院の中で、一番の出世頭だ。
私が引き取られたのは、『聖女』だからだと教えられた。
それから私は、聖女にふさわしい人間になるように教育を施された。
私は期待に応えるために、与えられた課題に真剣に取り組んだ。
聖女として与えられる課題の中で、特に大事なのは祈りの時間だ。
この国の土地を豊かにして、魔物が生まれず、入り込まない様に――
この国に暮らす人々の幸せが続くように、毎日真剣に祈り続けた。
私が聖女として見いだされて二年が過ぎたころ、この国の王子アレス様の誕生日パーティーに出席することになった。
アレス様は立派で聡明で、逞しく見えた。
この人が私の結婚相手になると、あらかじめ知らされていた。
将来この人と結婚するのだと思うと、胸が熱くなり顔がニヤつきそうになる。
いけない。
私は慌てて、顔を引き締めた。
聖女は下品な笑みを浮かべてはいけないのだ。
私はアレス様の婚約者になり、挨拶することになった。
アレス様に気に入って貰えるように、練習通りに振舞う。
上手く出来たと思う。
礼儀作法やマナーは難しいけれど、これまでたくさん頑張った。
その甲斐あって、言われた通りのことを言われた通りに出来た。
これでアレス様は、私を好きになってくれたはずだ。
この日の私は間違いなく、人生で最高に輝いていた。
私は生みの親から、捨てられた存在だ。
周囲に認められる成果を出さなければ、必要のない人間と見做されて、再び捨てられるのではないかという、そんな恐怖が常にあった。
だから教えられたことを、教えられた通りに完璧にこなすのだ。
私は聖女として王様に認められて、国民にお披露目されることになった。
お城のバルコニーから、私を見るために集まった人たちに向かって手を振った。
私の存在を大勢の人が、歓喜し祝福している。
アレス王子の誕生日パーティーで、偽の聖女が追放されて一年が過ぎたころから、私の周りの付き人の様子が徐々に変わっていった。
農作物の収穫量が減り出して、領内に魔物が発生しているらしい。
追放した偽の聖女こそが、本物だったのだと囁かれだした。
焦燥感が生まれる。
そんな馬鹿なこと、あるわけない。
私はこの国で、一番偉い国王陛下に認められたのだ。
聖女に加護を与えて下さる地母神ガイア様を信仰する教会だって、私を聖女だと認定したのだ。私が偽者のはずはない。
きっと私の祈りが足りないから、聖女の力が弱まったのだ。
私は祈りの時間をそれまでの倍に増やして、ひたすら祈り続けた。
けれど、どれだけ真剣に祈っても事態は改善しなかった。
この国の状態は何も変わらないどころか、ますます悪くなっていく。
本物の聖女の私が、早く何とかしなければ――
偽の聖女が追放されてから、三年と半年が過ぎた。
私が偽物だったと、皆の疑いが完全に確信に変わった頃に――
声が聞こえるようになった。
祈りの時間に、声が聞こえる。
『――力が、欲し……か?』
それは、神様の声だった。
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どんっ!!
私は思わず、机に拳を叩きつける。
「神様の声が聞こえた。だと? ……下らん報告を上げるな!! 馬鹿者が!! そんなことあるわけなかろう。いいか? 今が正念場なんだ。聖女ローゼリアがこの国へと戻るかどうかの――『アレ』のことはもういい、煩わしい報告を上げるな!」
私は出来損ないの部下を叱責すると、執務室の椅子に深々と腰を下ろす。
「はぁ……」
何が神様の声だ。
とうとう頭がおかしくなったか?
忙しくてすっかり忘れていたが、『アレ』の『始末』も付けなければならんか。
面倒な――
……まあ、どうでもいか。
聖女さえ戻ってくれば、後はどうにでも出来る。
「ふう――」
下らぬ報告で心を乱されたが、一息ついてから再び考えを巡らせる。
聖女ローゼリアの偽装追放は途中までは上手いった。
しかし、その後の確保に失敗。
ピレンゾルに使者を送って、なんとかコンタクトを取ることには成功した。
それから、リーズラグドへの帰還交渉を続け、相手方の要求には答えてきた。
聖女ローゼリアの要求は二度あった。
要求の内容は、二度とも『ピレンゾル第一王子の暗殺』だった。
隣国の王子の暗殺など、成功率は低くリスクは高い。
通常であれば決して手を出さない案件だが、他ならぬ聖女の頼みだ。
やらないわけにはいかない。
私は子飼いの、特殊部隊を派遣し――
暗殺は二度とも成功した。
ひょっとして聖女の狙いは、自分を追放したこの国に復讐する為に、暗殺を口実に戦争を引き起こそうと計画しているのでは? と懸念したが、聖女は暗殺成功を喜んでいたそうだ。
私の心配は、杞憂だった。
帰還交渉は順調に進んでいる。
私は本物の聖女を追放してしまった主犯として、非難の的となっている。
しかし――――
「聖女だ。本物の聖女が帰ってくれば、すべては上手くいく――」
そのためであれば、なんだろうとしなければならない。
この国、いや私の領地は、十年……遅くとも三十年後には作物の育たない死の大地となり果てる。
我が領地の、過去の記録によって解っていることだ。
聖女の力無しでは、この世界で人が生きていくことは出来ない。
――聖女がいなければ、この世界は成り立たないんだ。
この世界は、そう出来ている。
だが――
聖女さえいれば……
聖女だ。
聖女さえ、ここにいれば…………




