57話 斎条春樹
柵魔さんはまだ完全に救えた訳じゃない。
ただあの謎の紋章から遠ざけただけだ。
柵魔さんと俺たちの間には、まだ春樹がいる。
確かに焦る必要は無くなったが、慎重にならざるおえない状況だ。
おそらく柵魔さんをあれ以上強引に動かせば、春樹もそれに対応するはず。
今の位置関係がベストだ。
それに…俺は春樹と会話をしてみたかった。
この兄弟に対する疑念を、明らかにするために。
「対話をしないか?お前達兄妹には、明らかに心がある。快楽的にこんなことをしている訳ではないのは明らかだ。俺たちは…分かり合えないのか?」
「…他人の業をいくら背負おうとも、最後は裏切られるだけだぞ。事実、私達はそうだった。私達の全ては…もう失われているのだ。愛する人も、帰るべき家も、捧げるべき忠義も、何もかも…私たちは失った。今更逃げおおせて、明日を造る意味もない。お前と今更対話をしても、もう何も変わらないのもわかっているのだ。」
「変わるさ…今その第一歩を、歩めばいい。」
俺がそういうと、少しだけ春樹の表情が動いた。
少しだけ眩しそうに、彼は俺の方を見ていた。
しかしその表情は、直ぐに元に戻った。
俺の言葉は、彼の奥深くまでは届いていない。
表面をいくら撫でても、なんの意味もない…か。
だとすれば、まずは彼に認めてもらう必要がある。
そうすれば…この不毛な戦いも終わるはずだ。
「爽さん、俺に時間を。俺が、春樹と戦う。」
「契躱、その体じゃ…本当に死ぬぞ?」
「…このまま何もかもうやむやにして、この機会をやり過ごしたくない。あいつらに…悲しみを背負わせたままじゃ嫌なんだ。」
「…わかった。でも春樹は本当に強い。…気を付けて。」
爽さんはそういうと、紫雲木を腰にしまった。
そして数歩下がると、腕を組んで見の姿勢を取った。
描絵手も、夢豚さんもこちらを不安そうに見ている。
それでも俺は…貫きたかった。
自分の意思を。
「お前を見ていると…あの男の顔がちらつく。お前という幻影を斬り、私は世界を滅ぼす。」
「それは意地でも止めるさ。他でもない、お前たちの為に。」
春樹は大鎌を構えた。
真っ黒なオーラが、妖艶に大鎌の周りを漂っている。
黒いオーラが、一瞬だけ蠢いた。
それは春樹が、大鎌を振るった証拠だった。
俺の目前に、また黒い傷跡が現れた。
そしてそこから、大鎌が振り下ろされる。
フレーム回避を発動し、それをやり過ごそうとする。
大鎌は俺に当たる寸前で、急停止した。
フレーム回避発動は俺の足踏み、その瞬間を正確に見切られている。
タイミングを少しずらして、大鎌が振り下ろされた。
この攻撃のいやらしさ、織田さんを思い出す。
戦いに勝利するための、最短ルートを通る剣。
俺は体を回転させながら、横に移動し、何とかその斬撃を躱した。
このやり取りだけで、いかに春樹の力量が高いか理解できた。
勇者っていうのは、皆こんなにも凄い奴らなのか。
でもだからこそ、残念でならない。
きっと春樹が彼の正義を失わなければ、今でも数多くの人々を救っていただろう。
それこそ俺には想像できないくらいの人々を。
「余計な考えは、死を招くぞ?」
俺が少しだけ余計なことを考えていたのを、春樹に見切られた。
大鎌はすぐに俺を、まるで蛇のように追い回す。
俺がフレーム回避で躱そうとすれば、そのタイミングをずらし、俺が反撃すれば、その全てを防いでくる。
このまま受けの戦いを続ければ、程なく俺は敗北するだろう。
フレーム回避を、攻めに転じる。
俺はフレーム回避を発動しながら、春樹を通過した。
背後を取ろうとするも、春樹は正確にそれを目で追っている。
「なるほど…面白いスキルだ。だがこの戦いの間に、見せすぎたな。」
春樹は単純に前方に数歩出るだけで、俺の間合いから出た。
背後に向かう俺と、前方に出る春樹。
間違いなくこの戦法に対する、最も端的な対処法だろう。
そのままお互いに振り返りながら、次の一手に出る。
春樹と俺の大鎌には、大きなリーチ差がある。
向こうの攻撃は届くが、こちらの攻撃が丁度届かない距離。
それを上手く作られてしまっていた。
春樹が即座に大鎌を、右から薙いできた。
フレーム回避で躱そうとすれば、再びあの大鎌は止まるだろう。
俺は屈みながらその斬撃を躱した。
頭上からまるで、丸太が通り過ぎたかのような音が聞こえる。
あれが直撃すればおそらく即死だ。
夢霧無で受けるのも、悪手でしかない。
力でも確実に負けているし、腹部の傷に害を与えるだけだ。
でも大丈夫なはず、ステータス的に負けていることなんて、ゲームではよくある話だ。
プレイヤーはその不利を、常に頭脳で凌駕してきた。
考えろ…勝利までの道筋を。
「幼稚な剣技だ。少なくとも、今のお前のままでは俺には勝てない。」
「そういうことは、一度でも俺に勝ってから言ってどうぞ。」
俺は春樹の方へと、また踏み出した。
このままでは俺の間合いの外から攻撃され続けるだけだからだ。
敵の崩し方は、ゲームと変わらない。
俺の有利である点を、ひたすら敵にぶつけ続けるだけだ。
春樹の大鎌はリーチが長い分、小回りが利かないはず。
常に近距離で戦い、隙が出来るのを待つ。
俺が最接近すると、春樹はまた大鎌を振るった。
また屈んでそれを避けた。
しかし、今度は春樹の動きが先ほどとは違った。
振り切った後、自身の右側に大鎌で黒い傷跡を付ける。
そしてそこに鎌の先端を突っ込んだのだ。
その瞬間、屈んでいた俺の真横に黒い傷が現れ、そこから大鎌の先端のみが出てきた。
さらに前進し、フレーム回避を発動しながらなんとかそれを避けた。
こめかみを貫通されていてもおかしくはなかった。
そんな攻撃パターンがあるのか?
「お前のやろうとしていることはある程度分かる。一瞬も、読み間違えるなよ?」
春樹はそういうと、静かに笑った。
爽さんと同じく、戦いを楽しんでいる。
春樹はそういうと、大鎌を自分の方へと引いた。
するとその動きに対応しながら宙の傷跡が広がり、今は俺の真後ろにある大鎌の先端が、俺の後頭部へと迫ってきた。
即座にバックステップを踏みながら、フレーム回避を発動。
その一撃もギリギリで避けた。
そして俺は、そのまま春樹から距離を取った。
ただ…想定外だ。
近距離は俺が有利だと思ったのに、あんなことができるのか。
だとすればそもそも…距離の概念が…ないッ!?
ブンッ!!!
俺がそう考えるのと同時に、俺の目前にまた傷が出来た。
そこから大鎌が振り切られる。
何とか後方にのけぞりながらそれを避けるも、想定外であることは確かだ。
春樹は自分の弱点であるはずの近距離戦闘の対策が出来ている。
ある意味当然といえば当然だが、付け入る隙がない。
どうすれば…?
いや…手段はあるはずだ。
俺のリーチを長くできれば…そうだ。
こんなのはどうだ?
「"遠隔操作"・"防御強化"」
俺は近くの落ち葉にリモコンをかけ、それに防御強化を付与した。
数枚の木の葉が、同時に宙に浮く。
春樹はその様子を、興味深そうに見ている。
すぐに右手を前に出し、浮かせた木葉に前進の指示を出す。
「…!?」
春樹は驚きながらも、その攻撃を横っ飛びに躱した。
だが残念、通常の魔法とは違うんだなそれは。
仮に躱されても、俺が追尾するように操作してやればいい。
木の葉はそのまま直角に曲がり、春樹の方へと迫る。
彼はすぐに自身の正面に傷を作り、その中へと消えた。
そして春樹は俺の真正面に出てきた。
上から振り下ろされる大鎌を、俺は真正面に突進しながら躱した。
フレーム回避を発動しながら、春樹を通り過ぎる。
するとすぐに彼は先ほどのように前進し、俺の間合いから脱出。
俺も春樹の方へと振り返り、彼の方を見る。
そしてさらに前進し、春樹との距離を詰める。
俺は途中で、急ブレーキをかけて立ち止まった。
春樹は怪訝な顔でこちらを見ている。
俺はフレーム回避を発動し、自分の背後に迫る木の葉を通過させた。
春樹の方へと前進したのは、位置交換するためだ。
さきほどの経験で、春樹の前進という選択は明らかだった。
同様の動きをブラフに、春樹に本命を届かせる。
それが俺の狙いだった。
それに、ある推測も立てている。
おそらく確実に、この推測は当たる。
春樹は俺の予想通り、突如迫る木の葉を屈みながら避けた。
よほどギリギリだったのか、春樹の髪の毛を俺の木の葉が数本切り落とした。
これはある種、確認作業でもある。
あの春樹が作る傷跡、あれにはちょっとした制限があるはずだ。
おそらく春樹があの傷跡で、俺や俺の攻撃を吸収しないのには理由がある。
確か水無瀬さんの話では、吸収した魔法を外部に放出していたはず。
ただそれは、おそらく"魔法限定"の話だ。
春樹以外かつ魔法以外の物質が、あの中に入るのには何らかの条件がある。
そしてその条件を満たしているのが、"秋葉"だ。
条件そのものは不明だが、おそらく物理攻撃は無力化されない。
吸収される恐れもあったが、遠距離物理攻撃は春樹に通じるはずだ。
例えば銃とか弓矢に、案外春樹は弱いんじゃないのか?
"リモコン"がある限り、俺は遠距離物理攻撃手段を常に補充できる。
あとは春樹の隙を見つけられれば、勝てる。
狙うは、"リモコン・バックスタブ"だ。
戦闘シーンが長いです。
申し訳ないです。
一話当たりが少しだけ短くて、こんな長引くはずじゃなかったんです。
間延びした…。




