56話 兄
景色が歪み、自分の体がゆっくりと傾いていく。
死ぬのかとも思えた。
腹を内臓ごと丸々くりぬかれたかのような、そんな衝撃があった。
そして俺は、とある瞬間を思い出していた。
それは、例のライブ配信の時だった。
俺は織田さんに打ちのめされ、地面に倒れた。
完全に気を失い、それでもほぼ無意識のうちに戦っていたあの時を。
悔しかった。
弱い自分が、ただ他人を傷つけるためだけに動く自分が、許せなかった。
今は違う、今度こそ誰かを守るために、この一歩は誰がためにある。
倒れ行く体を支えるために、強引に一歩を踏み出した。
ズシンッ、という衝撃が足から全身に響く。
内臓にまでその衝撃が届き、俺の口内に煮えたぎる血流が這い上がってくるのが分かる。
それすら強引に飲み込み、歯を食いしばった。
「ハハハ…君は僕の想像以上に、根性があるらしい。」
「必ず…助ける、ただそれだけだ。」
俺へと触れていた秋葉の腕が、俺の体の中に入っていく。
もちろんフレーム回避を発動しているからだ。
そしてまた、一秒がたった。
俺と秋葉の体が反発し、お互いに弾かれるように離れていく。
先ほどの感覚を思い出し、俺は空中で着地した。
"リモコン"により、地面に落ちていた木の葉を足場にして。
再び疑似"縮地"を発動し、飛び行く秋葉に急接近した。
秋葉は俺の方を目で追っている。
そして手をこちらに向けた。
「"火球連弾"!!!」
再び火球が、連続でこちらに向かってきた。
やることは変わらない。
俺が左右の足を踏み出すたびに、フレーム回避が発動していく。
火球はやがて俺を通り過ぎ、景色の一部になり下がった。
同じ手を二度使うほど、秋葉も焦っている。
"徴収"の持ち味である、攻撃の豊富さを活かせていない。
まだ吹き飛んでいる最中の秋葉に追いつき、俺は思い切り蹴り上げた。
「ガハッ!!!???」
硬いものに当たった感覚がない、秋葉のスキルが発動していない証拠だ。
"筋力強化"による脚力をフルに活かし、俺は空へと跳んだ。
織田さんが俺のスキルの性質を見抜き、その弱点に迫ったように。
俺もあの瞬間を再現する。
同一箇所に三秒以上いさせなければいい。
単純な話だ。
思い切り真下へと、夢霧無を振り下ろした。
秋葉の体がくの字曲がり、真下へと落ちていく。
俺は空中で再び木の葉を足場にし、真下へと跳んだ。
秋葉よりも先に地面へと着地。
"防御強化"のおかげで、足への衝撃に耐えることができた。
しかし衝撃はそのままなので、再び口内に赤き激流が迫る。
今は自分に構っていられる時ではない。
落下してくる秋葉へと、容赦なく夢霧無を振り上げた。
確実に当たるという、確信があった。
敵が秋葉一人なら、この一撃で確実に決着がついていただろう。
夢霧無が秋葉に当たる寸前、大鎌が俺の方へと飛んできた。
俺はそれに対応するために、フレーム回避を発動。
大鎌はギリギリで俺の体を通り過ぎていった。
後数瞬対応が遅れていれば、俺は死んでいただろう。
大鎌は回転しながら、秋葉と俺の間に黒い傷を空間に残していった。
秋葉の体がその中へと吸い込まれて、消えた。
大鎌はさらに回転を続けると、春樹の手中へと戻っていった。
もう一度春樹が大鎌を振るい、そこに傷跡をつくると、今度は自分でその傷跡へと入っていった。
ありえない。
あの爽さんを相手にしながら、春樹にはこちらへ気を遣う余裕があったのか?
爽さんの本気なんて、俺ですら未知数だぞ。
「ごめん、契躱。逃がした。」
爽さんが俺にそう謝罪した。
だが敵が逃げたのなら、こちらには好都合だ。
柵魔さんを助けることが出来る。
俺がその考えに至った瞬間、俺と爽さんの間、丁度真ん中くらいの位置に、そしてその少し上に、再び黒い傷が宙に刻まれた。
そこからゆっくりと、春樹が秋葉を抱えながら降りてくる。
いわゆるお姫様抱っこだが、そこまで女女しい印象は受けない。
傷ついた少年兵を戦場で抱える、勇猛果敢な兵士に感じる印象に近い。
春樹の瞳の奥には、確かに慈愛の心があった。
おかしい、この兄弟には違和感を感じる。
悪行を働いている割には、ところどころ純粋さを感じる。
だめだ、敵にほだされるな。
俺たちにはもう時間がないんだ。
見たところ秋葉に動く様子はない。
止めを刺せていないとはいえ、相当なダメージを負っているはずだ。
ただ柵魔さんの方を確認しても、スキルが解けている感じもしない。
おそらく秋葉にはまだ意識がある。
俺は爽さんの方を見た。
どちらかが春樹をひきつけ、柵魔さんをあの場所から動かす。
おそらく地面の紋章が、秋葉の能力と密接にリンクしているはずだ。
あそこから動かすことが出来れば、柵魔さんは救える。
ただ…問題は春樹の実力だ。
爽さんをもってしても、秋葉に注意を向けるほどの余裕がある男だ。
一体どれほどの強さがあれば、そんなことが可能なのか…。
俺の視線に気づき、爽さんはゆっくりと頷いた。
おそらく俺と爽さんの考えていることは、一致した。
そんな中、春樹がゆっくりと口を開いた。
「秋葉…無事か?」
「見たまんまだよ…兄さん。無事じゃない。でもまだスキルは行使できそうだから、あいつらを食い止められる?」
「無論だ。」
春樹はゆっくりと秋葉をその手から降ろした。
そしてこちらへと、静かに視線を向けた。
目前に立つ春樹から、濃密な殺気が放たれる。
先ほどの慈愛の視線が、まるで嘘のようだ。
腹部の傷もあり、残念ながら俺には春樹の相手は難しそうだ。
ここは爽さんに春樹の相手をしてもらい、俺が柵魔さんをあそこから動かすのが最善手だろう。
傷が痛むが、まだ何とかなるはずだ。
それにこの場には描絵手も来ている。
多少無理をしても、彼女が治療してくれる。
敵は二人から一人に、確実にこちら優位だ。
ダッ!!!
俺が前方に走り出すのと同時に、爽さんが縮地で春樹に接近した。
剣を真横に薙ぐと、春樹が大鎌でそれを受ける。
その瞬間俺は、春樹の真横を走り抜けようとする。
しかし春樹は受ける動作と同時に、自分の真横の宙にまた傷をつけた。
そこから闇の濁流が放たれた。
フレーム回避を発動したが、どう考えても発動時間よりもあの濁流が俺を包みこむ時間の方が長い。
俺は濁流を完全に躱すために、地面へと転がりながらフレーム回避を発動した。
おかげで濁流は俺の真上を通り過ぎていく。
そして次に自分に"リモコン"を使用、地面に寝ころんだまま前方へと加速。
一気に柵魔さんへと接近しようとする。
春樹は爽さんと数度切り結ぶと、真横に作った宙の傷跡に再び入った。
そして俺の目前に傷跡が開かれる。
まずい…つまるところ瞬間移動が出来るのか。
黒い傷跡から大鎌現れ、それが目前に迫る。
フレーム回避を発動し、俺は何とかそれを回避した。
真横に回転しながら立ち上がり、直ぐに体勢を立て直す。
強い、本当に強い。
このタイミングで、この強さ。
本当にまずい…もう時間がない。
「さて、私のトライアルスキル"黒傷跡" はどうかな?傷は空間を共有し、痛みが私と世界を繋ぐ。」
トライアルスキル…だと?
通りで強力なわけだ。
というかトライアルスキル所持者って、かなり少ないんじゃなかったっけ?
この春樹とかいう男…何者だよ!?
勇者クラスの帰還者は、皆記録に残っているはず。
でもそんな名前、聞いたことがないぞ。
「そうか…"斎条 春樹"…そういうことだったのですな。」
夢豚さんが背後で小さくつぶやいた。
彼の話に耳を澄ます。
「歴史上記録から抹消された勇者はただ一人、名前に聞き覚えがない時点で、その結論にたどり着くべきでしたぞ。彼こそ、"堕ちた勇者"。伝承のみが聖王の偉業として残り、その陰に埋もれた男。」
堕ちた勇者?
確か夢豚さんの話では、聖王ラペックスに倒された男…だったな。
でも随分と若々しい見た目をしている…どういうことだ?
いや、恐らくは秋葉のスキルかもな。
若さを維持する何らかの手段を、兄弟は見つけたのか。
「"堕ちた勇者"…か。それは適切な呼び名ではない。私は…いや、私たちは墜とされたのだ。人が踏み入ることすら憚られるような、"絶望"へと。」
夢豚さんに正体を暴かれると、彼の表情が怨嗟を描いた。
そしてその一瞬だけ、春樹は俺から視線をそらした。
行ける…今しかない。
俺は残りの体力を余すことなく使用し、一気に踏み出した。
春樹は俺の動きに反応するも、彼の隙に反応したのはもちろん俺だけではない。
当然、爽さんも俺とほぼ同時に踏み出している。
春樹が俺に大鎌を振るうも、一撃目をフレーム回避で躱した。
続く春樹の迎撃に、爽さんが追い付いた。
薙ぐような大鎌の動きを、爽さんが紫雲木で止めた。
俺はそのタイミングを逃さず、フレーム回避を発動しながら春樹を通過。
イケる…届け。
ブンッ!!!
俺の目前にまた黒い傷跡が現れた。
そこからまた大鎌が振り下ろされる。
俺はフレーム回避を発動し、その一撃をなんとか避けた。
「…素晴らしい陽動だった。しかし私には、一瞬で長距離を移動する術がある。多少の隙など、後からどうとでもなる。残念だったな?」
「いや、届いたさ。やっと俺の、射程に収められたよ。」
「…何を言っている?」
「お前の敗因を挙げるとするのなら、"遠隔操作"っていう俺の母校の校長が作ったオリジナル魔法を知らなかったことだろうな。」
さて、ここで"リモコン"の性質を説明しておこう。
まず他人には、便宜的に直接行使するこはできない。
人間には意志力があり、魔力があるからだ。
そのため魔法に対するいくらかの耐性が、最初からある。
同様の理由で、魔物などの体にも直接"リモコン"をかけることは難しい。
なら着ている衣服にはかけられるのか、それもNOだ。
人間の体表には、少なからず魔力が漏れ出している。
衣服がその漏れ出した魔力の影響範囲内にあるため、同様の抵抗力が備わっているからだ。
じゃぁ俺はライブ配信の時に、なぜ自分を動かせたのか。
答えは単純明快、同意したからだ。
抵抗しなければ、当然魔法は体にも行使できる。
つまるところ、直接影響を与える類の魔法に重要なのは、意識の有無だ。
ワンクリックマジックが、他人の"承認"によりコストを抑えたように。
同様のことが全ての魔法に言える。
そして今、柵魔さんに意識はない。
だから彼女には、"リモコン"を使用することが出来る。
「柵魔さんがあそこから動けば、お前たちは困るんだろ?」
「…本当に…厄介なガキだ。シェルターの気持ちが理解できる。」
柵魔さんは宙に浮き、謎の紋章からゆっくりと離れた。
チェックメイト。
ある意味最も単純な勝利条件を手に入れたといっても、過言ではない。
これで俺たちは、焦る必要がなくなった。
お気づきの方もいらっしゃるのかもしれません。
執筆が間に合っていません。
最終回までノンストップで行きたいですけど、ちょっと辛いかもしれないです。




