51話 終章 プロローグ 異世界兄弟
正しいことをすればいい。
誰かが僕にそういった。
でも現実はそこまで甘くはなくて、正しいことをしようとした僕らは、いつの間にか世界から必要とされなくなっていた。
よく"正義"なんて言葉を口にする人がいるけれど、あれはそんなに単純な価値観じゃない。
少なくとも僕が人生の中で経験してきた正義は複雑だった。
僕はある日、兄と共に兄弟で異世界に召喚された。
小説の1ページ目みたいな展開だっけれど、そんなに良いものじゃない。
兄は召喚後数か月で戦闘のセンスを見出され、勇者と呼ばれていた。
それもそのはずで、兄は神々が与える試練をクリアしたんだ。
"トライアルスキル"、グランディアの人々はそれをそう呼んでいた。
召喚者の中でも選ばれた者だけが得ることのできるスキルだ。
そもそも神に試練を与えられることすら、偉大なことなのだから。
生まれ持った才能であるスペシャルスキルを持つ者は、召喚者の中にも何人かいた。
しかし兄のようなトライアルスキルを持ったものは、数十年ぶりだった。
グランディアは兄を歓迎した。
でも対照的に、僕には何の才能もなかった。
僕の場合は"選ばれた者"ではなく、"巻き込まれた者"という言葉の方が似合っているだろう。
生まれつき運動が苦手で、兄の手助けはできなかった。
そんな僕を兄は見捨てず、兄は僕に優しくしてくれた。
僕はグランディアで、兄のおかげで生きてこれた。
しかし、そんな平穏な日々は、長くは続かなかった。
兄はある日、とある女性に恋した。
その子はとある国の王族の娘だった。
小説の1ページはやがて進み、いつの間にか御伽噺のようになっていた。
その姫は、とても美しかった。
ある日、姫はその美しさに目を付けた、とある魔人に攫われてしまった。
姫を攫った魔人は、とてつもない力を持っていた。
それもそのはず、その魔人は魔王軍幹部だったのだから。
世界を救うかもしれない兄が、まだ成長段階で強大な魔人へと挑むのを、周囲は必死に止めた。
もちろん兄は周囲の制止を振り切り、姫を助けに行った。
兄が世界を救うのだと信じていたいくらかの人々は、兄の自分勝手な行動にひどく失望した。
それでも僕だけは、兄が勝利して帰ってくることを信じていた。
兄は負けない、どんな存在にも。
兄は姫を助ける為に、およそ一か月も旅を続けた。
やがて兄は、魔王幹部を討伐して見せた。
それも単独で。
単独討伐の理由は、兄が人付き合いは得意じゃないからだろう。
もちろんそれは僕もだけど。
兄が会話するのは弟の僕くらいだ。
兄は単独行動をひどく好む傾向があって、どんなに危険でもそれだけは貫き続けていた。
でもだからこそ兄は、幹部との戦いで姫を失った。
姫の父親である国王は、激怒した。
あれほど止めたのにと、あれほど警告したのにと。
いずれ兄の自分本位な性格が世界を滅ぼす可能性があると、一部の王族たちは考えるようになった。
そんな時、本物の勇者が世界に召喚された。
兄と同じく、その召喚者も召喚後すぐにトライアルスキルを手に入れた。
でもそこには決定的な差があった。
兄とは違い、召喚者はトライアルスキルを二つも手に入れてしまったのだ。
そしてそれを機に危険性を危惧されていた兄は、勇者としての使命である魔王討伐から外されることになった。
そう、表向きは。
実際は使命を外されただけではない。
姫を失った国王の手により、兄は財産の全てを奪われた。
僕らの家も、何もかも。
魔王幹部を討伐した正義よりも、姫を失った責任の方が重視されたのだ。
僕には理解できなかった。
確かに兄が理性的に行動すれば、姫を失わなかったかもしれない。
それでも兄は魔王軍幹部を倒したのだ。
それも単独で。
それは英雄並みの偉業であるはずなのに、兄は全てを奪われた。
そして兄の全ては、僕の全てでもあった。
何もかも失った兄は、次第に新たに来た召喚者を恨むようになった。
彼が来たせいで、自分は全てを失ったのだと。
もう何もかも失っていた兄は、復讐の鬼になった。
何よりも苦しんだ姫の死にも報いず、世界を恨むようになっていった。
兄は数か月間、死に物狂いで修練に励んだ。
例の召喚者は、それほどの力を持っていたのだ。
ゲームなんかでは、チートって表現できるのかも。
そんな存在に挑むために、兄は修練を積んだ。
やがて十分に実力を付けた兄は、真の勇者に挑むことになる。
そんな兄の前に立ちふさがったのは、勇者ではなく聖王だった。
ラペックス・セル・レアリゼ。
歴代最強かつ最も偉大な"聖王"と呼ばれていた男だ。
兄は勇者ではなく、その高すぎる壁を越えることはできなかった。
そして僕ら兄弟は、人間が最も多く住む大陸、"アルー"から追放された。
自業自得だと思う人の方が多くいるのだろうけど、僕らはそうは思わない。
勝手に僕らを召喚して、勝手に僕らを見限った、世界が悪いんだ。
やがて僕らはエルフが最も多く住む大陸、"テノー"にたどり着く。
ここまでが僕ら兄弟の半生だ。
やがて世界が融合し、何もかもがあやふやになっていった。
それでも僕らの憎しみは、少しも劣化することはなかった。
そこからさらに数年後、僕らはあるエルフと出会った。
"パースト"、それが彼の名前だった。
そこで僕らは、とある計画を持ち掛けられた。
でも、僕らと彼の考えは明確に違う。
"地球を恐れる"彼と、"世界を怨む"僕らとは、まるで違うのだ。
僕らの計画はまだ途中だ。




