50話 現在過去未来
「エンシェント・エルフの調査を終えたのです。」
ミルさんの状態を聞いて、俺はホッとしていた。
そんな時、ポツリとピースさんがそういった。
エンシェント・エルフ。
つまるところワンクリックマジックに使用されていた魔法陣がエルフの古代術式だった為、彼らエルフの始祖たる古の種族に白羽の矢が立ったわけだ。
俺はエルフについても、グランディア側の大陸についても詳しいわけではないので、調査をお姉ちゃんにお願いしていた。
「あ、ありがとう。それで、結果は?」
「面白いことが分かったのです。」
「ぜ、是非教えて欲しい。」
「少し複雑な話なのです。まずエンシェント・エルフは、以前説明した通りグランディア側の大陸にすら三人しか現存していません。」
「それについては、しっかりと覚えてる。」
「彼ら三人の名前には、それぞれ司る真理があります。」
「し、心理?」
「いいえ、万物の理の方です。それぞれの名前が"カレン"、"パースト"、"フーチャー"。カレンが"現在"、パーストが"過去"、そしてフーチャーが"未来"。」
「現在過去未来…なるほど。時を司っているのか…。」
「彼らは長い時を生きる、唯一無二の存在。現存する神、そう呼んでも恐らくは差し支えないでしょう。長い時を生きる中で、彼らは管理する時を三等分したのです。その区分が先ほど私が説明した、現在と過去と未来となるのです。」
「は、話が複雑になってきたな。」
「最終的な結論に必要ですから、しっかりと聞いていて下さい。端的にまとめてしまうと、カレンがエルフの今を動かしています。彼女がエルフの閉鎖的生活を終わらせ、エルフを外に解き放った。」
「今何をするか決める人だから…ということか。」
「その通りです。そしてその決断を、過去の経験と、未来の推測から補足する役割を持つのが、他二人となるわけなのです。」
「三人については、かなり理解できたと思う。」
つまり、やっていることは政治家とそこまでの差はない。
一人で全てを決めるには、あまりに背負うものが多き過ぎるのだろう。
ようは体がでかいのに、脳みそが小さければ物事が回らない感じだ。
だからこそ役割を三等分に分け、エルフ達の一生を決めてきたんだ。
あえて"決断する者"と"補助する者"に分かれて。
「三人の意見はこれまでほとんど割れたことがなかった。ですがこの数百年間に、一度だけ意見が二分したことがあったのです。過去と、未来で。」
「それは一体…いや、ここ数百年ということは…もしかして。」
「その予想通りなのです。"世界融合"に関して、彼らの意見はついに分かれてしまった。」
「具体的に…どう分かれてしまったの?」
「共生するか、戦争するかで別れたのです。」
「…そんな…まさか。」
「過去の経験から、"パースト"は地球人の傲慢さを知っていた。我々が召喚魔法で呼び出した人間は、必ずしも善人ではなかった。だからこのまま地球と融合していくのに反対したのです。ですが未来を思慮する"フーチャー"は、地球人がこの世界をより良くすることを確信していた。」
ようは政治家でいう、"タカ派"か"保守派"か、という話だろう。
"タカ派"は攻める政治、"保守派"現状維持的政治を求める。
過去を知るフーチャーは現状維持を選択し、未来を思慮するフーチャーは新しい世界を求めた。
お互いに譲れない意見だった。
きっとそれだけだろう。
おそらく二分した意見は、カレンが"決断"するはず。
「つまり、その二分した意見を"カレン"が決めた。」
「その通りなのです。カレンが決断は…。」
「地球人との共生…か。カレンが戦うことを選ばなかったおかげで、平和な今があるといっても過言じゃないのか。」
「実際、召喚者たちが世界を救ったのは事実です。魔王との戦は、彼ら無しでは乗り切れなかったでしょう。そうした実績をカレンは重んじた。」
「もしもエルフが共生を選択しなかった場合、グランディアと戦争になっていた可能性もあるのかな。」
「もちろんあるのです。エンシェント・エルフ達は、グランディア内でもそれほどの発言権を持っているのです。最も、私の発言権の方が大きいですけどね。」
「さ、流石は聖王だ。」
「お姉ちゃんの間違いでは?」
「さ、流石はお姉ちゃんだ。」
聖王の凄さがどれほどか、しっかりと理解できた。
たぶんだけど、日本の総理大臣とアメリカの大統領くらいの差があるんだろうな。
「話を本題に戻します。そんなエンシェント・エルフ達の一人がいなくなったとの報告を受けたのです。」
「…俺でも予測できるよ。意見が通らなかった、パースト…。」
「その通りなのです。パーストが、エルフの首都、世界樹の森である"ダイナ・ツリー"から消えたのです。」
「あえてエンシェント・エルフ達について詳しく説明したのは、パーストが何を思って離反したか考えやすくする為ってことか。でも話の通りなら、パーストは意見が通らなくて怒っているのではなく、地球が怖いっていうことなのかな。」
「私も同意見なのです。彼は今も、地球人を恐れている。世界がやがて壊れていくのではないかと、警戒しているはず。彼は地球人を世界を壊すウイルスとでも思っているはずなのです。」
「なんて言われようなんだ…。というか過去に横暴をした召喚者って、そんな危険なことをしたのか。」
「かなり危険なことをしたのです。グランディアを、魔王よりも先に征服しようとした者までいました。」
「…わお。」
巻き添え事故じゃないか、それ。
そんな人がいたなら、当然警戒したくもなるか。
というか最悪だな…つまりそれなら…
「パーストは、地球と戦争しようとしている…ということなのか。」
「かなり高い確率で、その予測は当たっているのです。」
「…でもそれなら、いくつかよく分からないことがあるな。」
「というと?」
「描絵手に対する記憶改竄についてかな。意図的に描絵手に対する人々の記憶を改竄する意味が…。それもあんなに限定的に。」
「…確かにその通りかもしれませんね。」
「魔王の娘がいるということだけを、世界が知ったままだ。描絵手の容姿だけを、世界は忘れている…。だめだ、さっぱりつながらない。」
「いや、つながるかもしれないな。」
「…は?」
一向に糸口が見えそうもない中、織田さんが突然話始めた。
申し訳ないが、織田さんに頭のいいイメージはない。
そんな勝手な考えから、思わずたった一文字で返してしまった。
まぁあまり期待していないけど、とりあえず話を聞くとする。
「"遺産"だ。」
「…遺産?描絵手ならここにいますよ。」
「いや、つまり俺が言いたいのは、魔王がこの世界に残したもの…。」
「なるほど…そういうことですね。」
なぜか聖王も納得した様子だ。
ただこの部屋で納得しているのは二人だけだ。
おそらく持っている情報に差があるな、これ。
「つまりどういうことなんですかね?」
「あぁ。つまりはな、魔王がこの世界に残した言われる"遺産"は、朝比奈だけではない。それに奴が死んでから、奴の"遺産"だと言われるものまである。最重要である遺産は、間違いなく朝比奈だがな。」
「…ならその遺産と呼ばれるものは?」
「魔王の"城"と"剣"と"娘"…そして最後に、魔王本人の"死体"だ。」
織田さんの"死体"という話を聞いて、今度は描絵手が目を見開いた。
それはそうだろう。
実の父親の死体が、まだこの世界のどこかに残っているのだから。
「よくわかりませんね。"遺産"については分かりましたが、それが敵のどんな狙いにつながるのか…理解できません。」
「敵の狙いが朝比奈描絵手を隠すことではなく、"魔王"の存在を世間に認識させることだった…織田さんはそういいたいのです。」
「お、お姉ちゃん。それってつまり、どういうことなの?」
「描絵手ちゃんに関する記憶改竄は、魔王との戦いを経験した帰還者たちへのメッセージともとれる、ということなのです。」
「メッセージ?いったい何の?」
「魔王の"遺産"の内、どれかを手中に収めようとしている…ということを知らせるためのメッセージなのです。魔王との戦いを経験していれば、それらの遺産が一体どれほど危険なのか、痛いほど認識していますからね。例えばシェルターが、朝比奈描絵手一人に対して強硬手段に出たように。」
う~ん、かなり難しいな。
今回俺が気付いたように、描絵手の記憶改竄には違和感があった。
帰還者たちが元々持つ、遺産に対する危険意識を利用して、魔王の存在をもう一度思い出させるのが狙いだった、そう言いたいのかな。
人々の"遺産"に対する記憶の変化が、それこそ何らかの危険の始まりだと感じ取らせたかった…とか。
きっと記憶改竄が行われた時でも、一部のシェルターは描絵手の正体を忘れてはいなかったはずだ。
その理由が憎しみであれ何であれ、描絵手の正体は魔王という過去の象徴とかられめられ、それこそ強い記憶だったはずだからだ。
それこそ帰還者たちにとっては。
でもだからこそ、それらの思いを利用すれば、より効果的な"警告"が出来るっていうことなのかな。
魔王の遺産という危険因子が、より効果的な"警告"になるように。
「…手中に収めようとしている?まだ手に入れていないということですか?」
「時系列的に考えて、ほぼ間違いないでしょう。恐らく私たちのように、帰還者たちが段階的に今回の事象に気付くように、あえて調節しているのかも。そうして帰還者たちの恐怖心を、掻き立てるために。」
「戦う前から戦争は始まっているってことか。一見遠回りに見える敵の作戦は、帰還者たちの戦意を折るためのもの…か。」
段階的にって、まるでゲームみたいだ。
でも狙いはわかるな。
例えばホラーゲームでも、ちょっとずつ真実を知ったほうが怖い。
俺たちが全てを知った時には時すでに遅し…か。
おそらくパーストにとって、戦争相手は地球人じゃない。
帰還者たちなんだ。
帰還者たちさえどうにかすれば、地球人は何とかなると思われている。
まぁそれは当然だろう。
大体の近代兵器が、魔物にすら通用しないわけだし。
でも彼らはそんな魔物を普通に倒してきたはずだ。
そんな魔物すら倒せないただの地球人たちを、舐めるのもわかる。
だからこそ戦争が始まった時に、より帰還者たちに警戒させるために、描絵手を使って"遺産"の危険性をプロデュースしたのか。
「…ようやくわかってきた気がする。つまり、遺産がシェルターたちに対する強力な"威嚇射撃"になるということか。」
「その認識で間違いないと思います。」
「…でも例えば描絵手の件でも言えるように、遺産が必ずしも危険な存在だとは限らなくない?」
「…そうですね。描絵手ちゃんは人ですから、意識して戦うことを"避ける"ことが出来ると思います。でもそれ以外の遺産は…少なくとも意思はないです。問題は本体ではなく、使う者ということなのです。」
「確かに他の"遺産"と描絵手を同様に考えるのは違うか。」
確かに死体にも、"意思"はない。
"意思"はそれを使うものに宿るんだ。
そもそも生きている描絵手と比較するのが間違っていた。
「おそらく一連の全ての事象は、"威嚇射撃"という観点から、パーストの狙いを逆算させるためのヒントになっているのです。もちろん効率的に"威嚇射撃"として"遺産"を働かせるための、創意工夫ですね。」
「つまり帰還者たちは、ここまでの流れでパーストの狙いが逆算できると。」
「その通りなのです。その説明をするために、魔王の遺産をもう少し噛み砕いて理解してみて下さい。城が"領地"、剣が"力"、娘が"権力"、死体が"象徴"。こう表現できると思いませんか?」
「まぁ確かに、近い意味合いはある…かな。」
「今列挙した中の"力"、今回のパーストの狙いは、おそらくそれです。」
「魔王の剣…。」
つまるところ、使うものによっては最も単純な"力"になりやすい物。
領地や権力や象徴は、直接的な力にはならない。
帰還者たちへの威嚇射撃としてより効率よく使える直接的な力は、剣だけだ。
「でも魔王の剣は、そんなに強力なものなんですか?」
「はい。地球人のあなたに分かりやすく比較対象を出せば、核弾頭規模…とでもいうべきでしょうか。」
「核弾頭規模…マジかよ。つまり、敵の手に"剣"が落ちた時点で、勝負がほぼ決するように、あえてこんな遠回りに仕込みに仕込んだのか。でもこんな遠回りな脅しをするくらいなら、ほぼ遺産を手に入れる寸前ってことか。…いや、待てよ、そういうことか。」
柵魔さんを狙った理由が、ようやく理解できたぞ。
現存する魔人は確か、描絵手と柵魔さんくらいしかいないはず。
そして描絵手は、魔人といはいっても地球育ちだ。
でも柵魔さんは違う。
確か一か月程度だけど、魔界で過ごしているはず。
きっと魔人たちは、剣の所在を彼女に託したんだ。
彼女が知っているんだ…剣のありかを。
そしてそれを知ったパーストたちは、柵魔さんを攫った。
まずいな…なら尚更もう時間はないぞ。
「だから敵の狙いは柵魔さんだったのか。きっと柵魔さんが遺産のありかを知っている。」
「…その可能性が非常に高いのです。でもパーストの所在は、いくら探しても分かりませんでした。」
「クソッ…どうすることもできないのか。」
ボスンッ!!
俺はおもむろにベッドを殴りつけた。
苛立つ思いを、物にぶつけるしかなかった。
きっとこのままじゃ柵魔さんは、情報を引き出されて…殺される。
…もしかするともう遅いかもしれない。
俺がワンクリックマジックになんか引っかかったせいで、クソ!
いや、諦めるな…諦めちゃだめだ…。
「夢霧無氏。」
「…夢豚さん?」
「それに関してですが、吾輩パーストの所在を掴みましたぞ。」
「…マジですか?」
夢豚さんが得意げに断言すると、部屋が静まり返った。
本当にこの人は、どれだけ底がしれないんだ。
この話の文字数は、丁度5555字らしいです。
なんとなく勝手に感動しました。
※重要報告
一応この小説は第二部終了時点で終わろうと思っています。
第二部第四章の後に、終幕という形でもう一章(一話)足して終わる計画です。
本来であればそれぞれの"遺産"に話を造る予定でしたが、これで丁度いい気がします。
なんとなく、これ以上の伸びしろはこの小説にはないかな…と思いました。
私は好きなんですけどね、この小説(笑)
皆さん、是非次回作もよろしくお願いします!




