47話 友情だとか、愛情だとか
俺とミルさんは、"姫宮 澪"が住むマンションに来た。
いわゆるタワマンとか呼ばれる超高級な建物だと、一目でわかる。
自己主張が強いデザイン、という訳ではない。
ただここまでの高さがあると、シンプルなデザインでも目立つ。
この建物に住む人物が一財を築いていることを想像するのは、何も難しいことじゃない。
彼女はこのマンションの最上階に住んでいるらしい。
こういう比較をするのは余り良くないかもしれないが、会社を追い出されて地下にラボを構えたミルさんと、随分対照的だ。
ミルさんが友人と呼ぶ彼女に悪口は言いたくないが、第一印象は最悪だ。
もちろん姫宮さんがミルさんにしたことを含めて判断している。
俺たちは早速エントランスに入った。
ミルさんは手慣れた手つきで番号を押した。
マンションによくある、"オートロック"だ。
自宅の扉以外にも、こうしてエントランスに扉を設けている。
二重ロックできるので、大体のマンションがこれを採用している。
ピーン、ポーン。
『どちら様ですか?』
「ミル、エスタークです。」
『…‥‥‥‥どうぞ。』
意外にも、エントランスの扉が素直に開いた。
俺の"フレーム回避"で強引に進入することも可能だったが、どうもそれをお披露目する必要はなさそうだ。
もしかすると姫宮さんは、ミルさんが訪ねてきた要件を察しているのかもしれない。
エレベーターに乗って、最上階まで行く。
人の住む建物でこんな高さがあるのは驚きだ。
大げさな言い方をすれば、1階と最上階で、酸素濃度が変わりそうだ。
エレベーターを出て少し進むと、ミルさんが足を止めた。
「ここが彼女の部屋です。」
「な、なるほど。」
ピーン、ポーン。
今回は返事がない。
ミルさんは容赦なくドアノブをひねった。
どうも鍵が開いているようだ。
なんとなく不気味な違和感がした。
俺とミルさんは無断で侵入し、廊下を進んだ。
真っ直ぐに進むと、そこにはリビングダイニングがあった。
部屋には大きな窓があり、その奥がベランダになっている。
そしてそこに、"姫宮 澪"が立っていた。
彼女の容姿を簡潔に説明すれば、藍色の髪をした、背の高い女性だった。
美しい容姿をしていて、どこか大人びた雰囲気がある。
今もベランダでなびく髪が、彼女の美しさを引き立てていた。
雰囲気はどことなくミルさんに似ているが、容姿は真逆だった。
俺が余計なことを考えていると、ベランダに立つ彼女に、先にミルさんが話しかけた。
「そこで何をしているんですか?」
「死のうと思って。」
姫宮さんは端的に結論から言った。
ミルさんは特に驚いた様子がない。
俺としては心臓が口から飛び出そうだった。
というか不味くないか…彼女に死なれれば手掛かりが…。
いや、手掛かりうんぬんよりも人の命だ。
助ける手段は…くそ、どうすれば。
「死ぬ前に、いくつか答え合わせをしませんか?澪。」
「才能のあるあなたには、一生理解できないような理由ね。ミル。」
二人は無言で見つめ合っている。
お互いに表情に一切感情を出さない。
大人の会話って感じがする。
「どうして、シェリーを勝手に?」
「…交換条件だったのよ。」
「交換条件?」
「そう、あのシェリーの起動画面が、どんな効果を持つか私は事前に聞かされていたの。その技術が、私は欲しかった。」
「なるほど、確かにあの技術は私にも魅力的に映りました。でもきっと、本質はそんなことじゃないはずです。それは今回の一件の、上澄みでしかないように、私には思えます。」
「…その通りね。私が今回の一件に踏み切ったのは、あのライブ配信よ。」
「…夢霧無のライブ配信…ですか?」
「そう、その通り。」
え!?…マジでか!?
あのライブ配信が…今回の原因?
描絵手とシェルター以外に、そこまで大きな影響は…。
そうか、ミルさんの前職なら、シェルターと密接な関係が…。
ワンダーウェポンは、シェルターに武器提供していたはずだ。
つまりあのライブの影響で、"ワンダーウェポン"が業績不振に!?
いや、でもそんなことはありえないはず。
だってシェルターはあれ以来も普通に活動している。
武器の需要がなくなるわけない…ならなぜだ?
俺は何をやらかしたんだ?
「一目でわかったわ。あの時、夢霧無とかいうイカレ野郎が使っていた武器が、ミルの作った武器だとね。」
なんか俺のチャンネル、ある一定層にはめちゃくちゃ嫌われているな。
イカレ野郎っておい、めちゃくちゃアンチだ。
描絵手を助けようとしてシェルターに立ち向かっただけなのに…。
でもまぁ、シェルターの組織規模を考えれば…イカレているのかもな。
「確かに、夢霧無には私が武器提供しています。」
「私があなたを会社から追い出してから、そこまで時間は経っていないはず。でもあなたの武器技術は、"ワンダーウェポン"にいた時とは比較にならないほどに発展していた。」
「時間があれば、技術は発展していくものです。あなたが私を会社から追い出してくれたおかげで、増えた時間もありますから。」
「あなたのそういうところが、昔から嫌いだった。自身の才能を傍若無人に振り回して、周囲が傷ついていくことにも気づかない。あなたの生み出す全てのものが凡人の想像の上で、私たちは疲れていたのよ。」
「…だから役員会でも、あんなに簡単に私は追い出されてしまったのですね。」
「あなたの新しい武器を見た時、私は嫉妬したの。あなたを追い出して以来、忘れていた感情が、また蘇った。」
「嫉妬…ですか。」
「あなたには分からないでしょうね…そんな感情が。」
姫宮さんはそう断言すると、振り返った。
ベランダの外へと。
彼女の体が、徐々にベランダの仕切りから外へと傾いていく。
まずいまずいまずい。
でももう、行くしかない。
「"筋力強化"」
俺は駆けだした、外へと飛び出していく姫宮さんの元へと。
もちろん間に合うわけがない。
俺がベランダにたどり着いた瞬間には、彼女は落下を開始している。
だから俺も、跳んだ。
後先考えていたわけじゃない。
もうこの瞬間には、姫宮さんをどう助けるかしか頭になかった。
落ちていく自分の体を加速させようとしたのは、人生で初めてだった。
体をなるべく真下に真っ直ぐにして、全力で加速した。
落下していく姫宮さんに、直ぐに追いついた。
そして彼女を強引に抱きしめる。
目を見開く彼女と、空中で視線が合った。
こんな場面じゃなきゃ、恋に落ちていたかもしれない。
なんてことを考えている場合じゃない。
俺は万が一を考えて持って来ていた夢霧無を右手で抜刀した。
なりふり構っている場合ではないので、マンションの壁面にそれを全力で突きさした。
腕に尋常ではない負荷がかかる。
肩の筋がブチブチと伸びていく感じがする。
それでも勢いは止まらない。
全く、ミルさんの刀は切れ味が良すぎる。
「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
祈るように叫んだ。
何階分そのまま落下したんだろうか。
腕が引きちぎれそうだ。
「くそ…腕が痛い。…でも、止まったぞ。」
「その刀…そう、あなたが…。」
姫宮さんが、刀の方の夢霧無を見てそんな感想を吐露した。
でも今は彼女に構っている場合ではない。
俺は下までの距離を確認した。
相当ギリギリだったみたいだ。
「"防御強化"」
俺は二階分の距離から姫宮さんを抱えながら飛び降りた。
もっと早く腕を頑強にしていれば、無傷で助かったかもな。
地面までたどり着くと、もはや腕が上がらなかった。
結構重症な気がする。
彼女を降ろし、俺は夢霧無をしまおうとした。
「待って、その刀…見して。」
「…どうぞ。」
助けたお礼など当然なく、彼女はミルさんの作った刀に興味を示した。
正直思うところもあったが、俺はとりあえず夢霧無を見せた。
彼女にも何か、思うところがあるんだろう。
彼女がしばらく刀を見つめていると、ミルさんがマンションから出てきた。
すると真っ直ぐに姫宮さんの元まで歩いてきた。
そして
バチンッ!!!
大きな音が鳴った。
姫宮さんは刀を手に持ったまま、頬を赤く染めた。
といっても、真っ赤な手形が付いただけだが。
あれは痛い。
俺も最近、似たようなビンタを二回ももらう機会があった。
「最初に一つだけ断言しておきます。もう一度私から、私の大切なものを奪えば、私は迷いなくあなたを殺します。仮にあなたが死んでいても、あなたを一生呪うでしょう。」
「…そう、あなたにとって彼は…。」
「それと、これは友人として。簡単に死なないでください。私にだって嫉妬の感情はあります。今だって、まさに嫉妬している所ですから。命を懸けて助けてもらえる弱いあなたに。」
ミルさんはチラリと俺の方を見た。
そこに込められた感情はわからない。
「友達…?」
「少なくとも私は、あなたのことをそう思っていました。」
「……ごめん…なさい。私…取り返しのつかないことを…。」
姫宮さんの表情に、今日初めて後悔が見えた。
彼女はそのまま涙を流すと、膝から崩れ落ちてしまった。
「人は誰だって間違えます。それこそ、私だって…。…あなたの気持ちに気付くことが出来なくて、ごめんなさい。澪が生きていてくれて…本当によかった。」
ミルさんはそういうと、姫宮さんを力強く抱きしめた。
しばらく姫宮さんは、ミルさんを抱きしめて泣きじゃくった。
大人の女性が大泣きするところを始めて見た。
でもそこに醜さはなくて、ただ単に美しかった。
それはきっと抱き合う姿に、友情とか、愛情とか、いろんなものが込められていることを、俺も感じることができたからだろう。
例えば病院の窓から見える、一枚の枯れ葉のように。
それからしばらくして、姫宮さんは泣き止んだ。
そしてミルさんは俺に、病院に行くことを勧めた。
ただ時間に余裕があるわけではない。
俺たちは病院に行く前に、姫宮さんの部屋へと戻った。
俺にはまだやるべきことがある。
「姫宮さん、あなたに"お願い"をした人たちとは、どうやって連絡を取っていたんですか?」
「…メールで。私の個人アカウントに、突然メールが来たの。」
「ありがとうございます。ミルさん、メールから敵を辿れますか?」
「可能です。」
ミルさんはそういうと、すぐに姫宮さんの自宅パソコンの前に座った。
姫宮さんに特に何か聞くわけでもなく、パソコンを操作し始めた。
しばらくタイピングの音が鳴り続けた。
やがて、ミルさんはこちらを向いた。
「…代理アカウントという訳では無さそうです。よっぽど油断していたようですね。ネカフェじゃないみたいなので、おそらく特定できます。」
「ということはもしかして。」
敵の心臓部にたどり着いたみたいだ。
流石ミルさん。
俺も一緒に見ようとして、パソコンへと近付いた。
これで柵魔さんを助けることができるはずだ。
「ハッキング成功です。後は…これを開けば…ッ!?」
あぁそうか…完全に油断していた。
敵はあえて形跡を残したんだ。
俺たちに地雷原を歩かせるために。
ワンクリックマジック。
確かにそれがあるなら、俺たちの記憶を消した方が速い。
この二日間は普段から比べると、ブックマーク結構伸びたと思います。
それも読んでくださる皆さまのおかげです。
大変励みになっております。
今後とも、是非よろしくお願いいたします。




