48話 天才なる者、夢豚3
吾輩は豚である。
空は飛べぬが、いつだって夢を歩んできた。
夢とは私にとって空であり、大地であり、母である。
By夢豚
「…お医者さん、もう一度説明を受けても?」
「もちろんです。」
お医者さんは、あくまでも吾輩ではなく新木氏の方を見ている。
もちろん理由は分かる。
吾輩は現在変装中であり、レインコートにお面という変態度だ。
目も合わせたくない気持ちなのは、痛いほどに理解できる。
吾輩は現在、新木氏から電話を頂いて、病院に来ている。
というのも、夢霧無氏が病院へ搬送されたと連絡を受けたからだ。
病院にいるメンツは全部で、三人。
新木氏、朝比奈氏、そして吾輩だ。
どうも彼の両親は、現在新大陸にいるらしく、直ぐには来れないらしい。
夢霧無氏の、"一色 契躱"としての人生を知らない吾輩は、ようやく彼の人生の一面を垣間見た気がした。
彼はきっと両親が側にいない孤独と、常に戦ってきたのだろう。
自分のことで手一杯なはずなのに、朝比奈氏を救いながら。
今思えば彼は、底なしのお人好しなのかもしれない。
常に誰かを背負いながら、15歳という年齢で前に進み続けている。
「どうも呪術に近い魔法を受けたようです。記憶阻害…という非常に珍しい症状を引き起こしています。」
「記憶阻害…確か記憶を呼び起こそうとすると、脳に異常をきたして激しい頭痛などの症状が現れること…でしたよね。」
新木氏が医師の説明を思い出すように語った。
正直頭は良くないが、少しでも夢霧無氏の現状を知ろうとしている。
大切な友人だと、本当に思っているからこそだろう。
心配だからこそ、彼の現状を必死に知ろうとしているのだ。
こうして何度も事態を反芻し、自分の脳に落としこもうとしている。
尊敬に値する人物だ。
「それは…治るんですか?」
「はい。もちろん回復は可能だと思います。幸いにも呪術Ⅲ以下の呪いですから、我々でも問題なく治療できます。ただ…最低でも一日、または一週間ほどの時間が必要になると思います。」
「そう…ですか。」
新木さんが夢霧無氏の方を心配そうに見つめた。
それは朝比奈氏も同じで、彼を見て涙を拭っている。
現在は夜中、夕方ごろに通報を受け、夢霧無氏は搬送された。
彼の現状をさらに詳しく説明する必要があるだろう。
人間は行動の際、意識せずとも視覚情報などの何らかのきっかけから記憶を呼び起こしてしまう。
これは人体のメカニズムなので、どうすることもできない。
だが現状、そのメカニズムは記憶阻害の発作を引き起こしてしまうので、かなり強い睡眠導入剤で眠らされている。
無理にそのまま放置すれば、最悪死ぬ場合もある。
ワンクリックマジックの特性として、あまり強い魔法はかけられないというものがある。
それは魔力が吸い出される量が余りに多いと、人体が違和感を感じてストッパーをかけてしまうからだ。
今回の呪術が軽いものだったのも、そのおかげだろう。
余談だけど、同様の理由で優れた魔導士には、ワンクリックマジックは通用しない。
魔力の機微に、直ぐに気付くからだ。
今回は、結果的にミル氏も眠りについている。
おそらく魔力の機微に敏感にならざるおえない戦闘を、あまり経験してきていないからだろう。
「描絵手ちゃん…安心して欲しい。契躱の代わりに、僕が柵魔ちゃんを助けるから。直ぐに調査を続行するよ。」
「新木さん…でも私…怖いです。契躱君までこんな風になっちゃって。」
「大丈夫さ。契躱は必ず帰ってくる。僕はそれまでに、彼の手助けをするだけだから。」
朝比奈氏の気持ちは、痛いほどわかる。
大切な人が二人もこんな目に合えば、悲しみに暮れるだろう。
仮に吾輩であっても、きっと同じく打ちひしがれていた。
でも今回は、不思議とそんな気持ちにはならない。
きっと理由はいくつかあって。
でもきっと、それらの理由の全ては、夢霧無氏との友情に帰結する。
ようは吾輩は信じているのだ。
この若きヒーローが、直ぐにまたダサい声を引っ提げて帰ってくると。
彼が帰ってきた時、彼がすぐに戦えるように準備しておこう。
それが吾輩に出来る最大限の手助けだ。
彼が吾輩の夢に手を差し伸べてくれたように。
吾輩も彼に手を差し伸べる時が来たのだ。
「新木氏、朝比奈氏。ここからは吾輩に任せて欲しいですぞ。」
「え?夢豚さん…でも。」
「夢霧無氏がこうなった理由は記憶阻害だけど、こうなった経緯は想像できますかな?」
「け、…経緯?」
「おそらくたどり着いたからですぞ。」
「たどり…着いた?いったいどこへですか?」
「ふむ、"真実の最寄"に、ですぞ。」
「…?」
描絵手氏と新木氏が疑問気に吾輩の方を見た。
彼らは未だに気付いていないが、夢霧無氏たちは真実にたどり着く手前まで差し迫ったはず。
だからこそ敵の罠にはまり、こうして魔法をかけられてしまった。
なら後は、吾輩がその経緯をたどればいいだけ。
今必要なのは、新木氏のような"力"ではない。
吾輩のような"頭脳"であることは、間違いない。
「でも夢豚さんまでこんな目に合えば…私は…。」
「…なるほど、優しくて、素晴らしい女性ですな。夢霧無氏がぞっこんなのも、理解できる気がしますぞ。」
「え!!??そ、そんな…契躱君と私は…。」
「かわいらしいですな。"魔王の娘の恋慕"…これだけで萌え要素がタイタニックしていますぞ。」
「ゆ、夢豚さん!?」
「まぁとにもかくにも、こう見えて吾輩有能なので、ここは任せて欲しいですぞ。自分でいうのもなんだけど、吾輩、史上最高の天才らしいので。」
吾輩はお面を取って、その機械フェイスを見せびらかした。
吾輩が作った遠隔外装をお披露目するためではない。
ついさっきミル氏のラボで追加した、表情機能を試すためだ。
たぶん満面の笑みが、上手く作れていると思う。
新木氏と、描絵手氏と、医師が、キョトンとしてこちらを見ている。
驚いているようだけれど、きっと大成功ですな。
そんな三人を置き去りに、吾輩は病院を後にした。
●
といっても、そこまで"頭脳"を生かす局面はない。
だれでも知っている推理の基礎を吾輩が実行するだけだ。
おそらく夢霧無氏たちが病院に搬送されることになった現場に、全ての答えがあるはずだ。
ただ問題は、何がどういう経緯でその場所に彼らが来ることになったのか、だろう。
それがわからなければ、調査を上手に引き継ぐことができない。
まず吾輩と別れたのはミル氏のラボが最後。
その後二人はシェルターに向かったはず。
そこで彼らはログからシェリーの改竄者を特定した。
そして二人が倒れた現場である"姫宮 澪"氏の自宅へと向かった。
余談だが、姫宮氏は救急車を呼んだ後に警察に自首してしまった。
現在警察の方々と愉快なお話の最中である彼女と会話するのは難しいはず。
でも彼女の警察への自首が、つまるところ答えでもあるのだ。
つまり彼女が自首した容疑は、記憶改竄の件。
あの日水無瀬さんが持ち帰ったワンクリックマジックの情報が、おそらく姫宮氏の罪を明るみに出すことになる。
吾輩は現在、二人が倒れ病院へと搬送されたマンションの正面にいる。
そしてこの最上階の部屋こそ、姫宮氏の自宅ということになる。
おそらくはこんなところだ。
二人はほぼ間違いなくワンクリックマジックであの状態になった…と見るべきだ。
となると…今一番の問題はどうやって姫宮氏の自宅に入るかだ。
流石に家宅捜索に来た警察で一杯みたいだ。
マンションの周りに数台のパトカーが待機している。
この格好じゃぁ中に入るのは不可能…。
「おい!」
もしもこのマンションに侵入できたとしても、姫宮宅に入って、彼女の犯罪の証拠が入っているであろうパソコンをいじるのは不可能に近い。
今も警察が必死に捜査しているはず…だとすればどうすれば…。
「おい!そこのお前、聞いているのか?」
「…なんですぞ?」
「よくもまぁそんな不審者丸出しで、警察の多いこの場所にこれたもんだな。」
白いロングコート…シェルの方か。
灰色の髪と目…随分と珍しい容姿をしている。
純粋な人類種ではなさそうだ。
遠隔外装の流出を防ぐために、今最も会話したくない人物だ。
いや…待てよ。
この場に来ているシェルターということは…もしかすると。
「そういう君こそ、どうしてここへ?警察ほどの権限は、シェルターである君にはないはずですぞ。」
「…なんで一般人のお前にそんなことを言われないといけないんだ。」
「もしかしてですが…被害者の二人にかけられた魔法の知識があるからでは?」
「…何者なんだ、お前。二人の件は極秘情報のはず。どうして明らかに部外者であるお前が知っているんだ?」
「やはり吾輩の推測通りですな。吾輩の名前は夢豚。被害者の内一人、"一色 契躱"氏の友人ですぞ。」
「夢豚!?つまりお前が…情報提供者…ということなのか。」
「やはり吾輩の推測通り、ある程度契躱氏の事情を知っているのですな?」
「あぁ…そもそもお前に会うためにあいつがアメリカに行けたのは、俺のおかげでもある。」
(ビンゴ…ですぞ。やはりこの男、シェルター内にいる夢霧無氏の協力者で間違いなさそうですぞ。おそらく水無瀬氏からワンクリックマジックの情報を受け取って、この場に来たはず。そしてこの場にいるということは、彼が夢霧無氏をシェルター内に手引きした可能性が高い。一連の結果に責任を感じ、この場に来たと見た。)
「吾輩PCに関しては相当な専門家。敵の本丸を探るのに、これほど適した人物はいないと思いますぞ。今警察がしている捜査を一度切り上げさせ、吾輩にPCを明け渡すことこそ、今回の一件を解決する最も効率の良い手段ですぞ。」
「なるほど。だが証拠はあるのか?お前が夢豚であるという、明確な証拠が。今回の一軒に関しては、敵が余りに現代技術に敏い。油断して通した奴が敵で、PCのデータ全削除なんてされた日にはシャレにならん。」
「…君の名前は?」
「俺の名前?…聞いてなんの意味があるのか分からないが…織田だ。」
「ならこれを見れば、吾輩が夢豚であるという証拠になるはずですぞ。」
吾輩はスマホを取り出し、完成させたとあるアプリを見せた。
アプリ"モンステ"。
"モンスターステータス"の略で、魔物を数値で換算するためのアプリ。
ミル氏のラボで、見事にアプリを完成させておいた。
吾輩にかかれば、さして難しいことではなかった。
「…これが…例のアプリなのか。だが魔物がいない以上、それが例のアプリだという確証が…。」
「確かにそうかもしれませんな。ですが織田氏と契躱氏しか知らないであろう取引を知っていることこそ、証拠になるのでは?」
「…なるほどな。どうやらお前は信頼できそうだ。頭も相当きれる。」
「ありがとうございますぞ。」
これで無事、姫宮宅に侵入できるはずだ。
夢霧無氏、今は安静に待っていて欲しい。
その間に、吾輩が必ず敵を暴いて見せる。
ブックマークありがとうございます。
大変励みになっております。
アメリカでも、日本でも夢豚氏は不審者です。
アメリカでは常に軍服を着ていて、日本ではレインコートにひょっとこお面。
でもそんな奇抜な友人が、私は欲しかった。




