34話 夢と豚
「ただいま~ですぞ。」
俺たち三人が帰宅してから少しだけ経った。
それでも一時間もしないくらいで、夢豚さんは帰宅した。
リビングで待機していたので、彼がすぐに見えた。
ちなみに水無瀬さんはまだ帰宅していない。
「夢豚さん、お帰りなさい。」
「時間を空けてしまい申し訳ないですぞ。」
「いえ、気にしないでください。こっちも外出で暇を潰していました。」
「ほうほう、アメリカはいかがでしたかな?」
「そうですね、ここら辺は想像以上に自然が多いってことが分かりました。」
「はっはっは、アメリカといっても別荘地ですからな。」
夢豚さんは相変わらず軍服のままだ。
当然といえば当然だが、本当にあの格好で大学に行ったらしい。
俺たちに観察される中、夢豚さんは一階の他の部屋に行ってしまった。
この家を調べた柵魔さん曰く、二階には客室しかないらしい。
つまり夢豚さんは一階にある自室に向かったんだと思う。
数分後、彼は戻ってきた。
流石に軍服から部屋着に着替えたようだ。
Tシャツに短パンという簡単な服装で、パーカーを羽織っている。
Tシャツにはもれなくゲームイラストが描かれていた。
かなり有名な作品で、タイトルは"標準男"だ。
青い体の主人公が、左手をキャノン砲に変えて戦うゲームだ。
電脳空間を舞台に描かれた作品は、過去一の斬新さだった。
当時横スクロールは"土管男"みたいな単調なものが主流だった。
しかし標準男が出たことにより、非常に斬新なゲームが増えていった。
ゲームの"味"を増やした立役者の一つだ。
そのため今でもコアなファンが多い。
「夢豚さん、良いTシャツですね。」
「ありがとうですぞ。これは吾輩の一番のお気になのですぞ。」
夢豚さんは褒められてテンションが上がったようだ。
その場で回転してから器用にポーズをとった。
全員の視線がTシャツではなく彼の揺れる腹に集まった。
仕方がないことだが、凄まじく揺れていた。
「さぁ、まずは夕飯を済ましましょうぞ。」
「いいですね、丁度お腹が減ってました。」
「アメリカの食事なんて初めて、楽しみ。」
ピーンッポーン!
インターホンが鳴った。
夢豚さんはすぐに玄関に向かった。
戻ってきた彼が持っていたのは想定外のものだった。
いや、ある意味予想はできたのかもしれない。
彼は数枚のピザを手に持っていた。
といってもまだ箱に入っていて、内容物を想像しただけだが。
あの形状は日本でも見慣れているので、間違いなくピザだろう。
それも全て最大サイズなのか、かなりでかい。
アメリカサイズで、日本人じゃ絶対に頼まないサイズだ。
彼はピザを右手で全て持ったまま、次に冷蔵庫に向かった。
もうわかる、絶対に予想できる。
彼が冷蔵庫から取り出すのは"コーラ"だ。
人間を惑わす黒い炭酸飲料、その名も"コーラ"。
炭酸ジュースの金字塔。
予想通りコーラを取り出した夢豚さんはそれらをリビングの机に並べた。
「さ、早速食べましょうぞ。」
「…。」
俺たちの期待とは少し違ったことを隠しきれなかった。
正直もう少しアメリカ的な食事を期待していた。
確かにこれこそアメリカ的な食事なのかもしれないが。
もう少しリッチで、税を肥やしたような。
そんな料理を期待していた。
夢豚さんは無言の俺たちに対して、疑問気な表情を向けた。
それでも空腹だったのか、彼は直ぐにピザの蓋を開けた。
結論だけ言えば、度肝を抜かれた。
ピザ様たちは俺たちが想像していた様相とは違った。
まるで黄金をばらまくが如く、豪華な食材がピザの上に並んでいる。
キャビア、フォアグラ、トリュフがまぶされているのだ。
ピザとは名ばかりで、見事に高級料理へと昇華させていた。
普通の食材であるはずのベーコンですら、ありえないほどの照りがある。
ピザの代名詞、チーズの匂いで思わず腹が鳴りそうだ。
おそらくチーズ一つとっても、俺たちが想像するよりも遥かに高価だ。
これが安物ではないことは、食べる前から理解できた。
何が起きているのか理解できず、俺たちは夢豚さんの方を見た。
夢豚さんはピザを眺めながら、得意げに解説を始めた。
もちろん一枚ごとに乗っている具も違う。
おつまみの代わりか、隅にカラスミが並べられていた。
「これは吾輩特注ピザで、世界に二つとないものですぞ。吾輩の大好物であるピザを極限まで極めたら、この形にたどり着いたのですぞ。」
「す、凄すぎます。」
「それなりにあるお金は、食事にも費やされているのですぞ。」
ぐうぅぅぅ。
誰かの腹が鳴った。
少なくとも今のは俺ではない。
音の方向で誰かは分かる。
しかしそんな中、夢豚さんがゆっくりと口を開いた。
「失礼、吾輩ピザには目がなくて。早速食べしょうぞ。」
夢豚さんはそういったが、今のは夢豚さんの腹の音ではない。
まさかのイケメンムーブを見せるこの夢の豚に、全員が見惚れた。
ピザを目前にして若干の脂汗をかいているが、それが顔を輝かせている。
もはや仏にすら見えてきた。
俺たちはおずおずとピザへと手を伸ばした。
一枚だけ手に取ると、ピザがまるでナイアガラの滝のように伸びた。
配達ピザのクオリティではない。
伸びたチーズがプチンと切れた瞬間、俺たちの口内によだれが湧き出す。
ふんだんにベーコンやキャビアが乗ったそれを、ゆっくりと口に近づける。
一口かじった瞬間、俺は意識を失いそうだった。
今まで食べた全てよりも美味い。
あまりにも美味すぎる。
たった一口食べただけで、なぜ人がピザで太るのか理解させられた。
カロリーだけの問題ではないのだ。
単純にピザという料理そのものが美味すぎるのだ。
脳内の全食事の記憶に、強制的にこのピザがマウントを取った。
これはピッツァではなく、あくまでピザなのだ。
モチモチの生地に、豪勢なチーズと濃厚な味。
これはイタリアンではない、日本で昇華したまた別の料理にすら思える。
例えばカレーだったり、ラーメンだったり、あのカテゴリーだ。
やがて俺はピザを咀嚼しながら、思考を停止させていた。
そんな俺の様子を見て、夢豚さんがコップにコーラを注いだ。
シュワーッという音を立てながら、炭酸が泡を成す。
もはや今は、コーラの炭酸が抜ける音すらテロ行為に思えた。
そんな俺に笑顔で夢豚さんはコーラを差し出した。
もしも今宗教の勧誘をされれば、俺は何も考えずにその手を握っただろう。
なぜかコーラを両手で持ち、俺はそれを一息で飲み干した。
ピザがコーラに乗って胃袋へと流れていく。
シュワシュワとした感覚が、油のしつこさを綺麗に胃へと流した。
脳に焼き付いたその感覚を一生忘れることはないだろう。
脳内麻薬が強制的に大量に錬成され、俺は思わず涙を流した。
夢豚さんはそんな俺の方を見て、油ギトギトの手を差しだした。
俺の脳に起きたことを理解したのだろう。
俺もギトギトの手で、彼の手を握り強く握り返した。
もちろん女性陣には引かれている。
「同志よ。」
「夢豚…様。」
俺は思わず最大級の敬称を付け、彼を崇めた。
普段は少しは嫌煙する脂ぎったその顔も、神々しく見える。
緑色の髪をした子供の存在を差し置き、俺は神の正体をここに見た。
そこからは無言だった。
もはやまるでそう決められたかのように咀嚼を続ける。
頬張って、噛み砕いて、飲み込んで、流し込んで。
この幸せを無我夢中で繰り返した。
やがて食事を終え、俺は天井を見上げていた。
リビングの天井は吹き抜けになっていて、かなり高い。
キャッチーにちゃっちー表現をすれば、体育館の床から天井を見上げているみたいにも思える。
描絵手も、柵魔さんですら同じ反応だった。
「こ、ここにいたら絶対に太る。」
「大丈夫です、魔人は種族的に太りません。」
「何そのチート、俺にも下さい。」
「ま、魔人?それはさておき、そのチート吾輩にも欲しいですぞ。」
初めて純粋な感謝を持って、両手を合わせていた。
しっかりと空になった神の器に頭を下げ、夢豚神に感謝を捧げる。
「ご馳走様でした。」
そんな豪勢な食事の後、俺たちは夢豚さんに風呂場に案内された。
風呂場も高級ホテルみたいなもので、ありえないくらい美しい。
大理石やマーライオン的置物が高級感を引き立てている。
俺たちは交代交代風呂に入った。
体を温めたおかげで少しだけ冷静になった。
あまりのピザのおいしさに夢心地になっていた。
ようやく目的を思い出した俺は、夢豚さんに話を切り出した。
「夢豚さん、ダイレクトメールの件、そろそろ聞いても?」
「もちろんですぞ。でもそれには場所を変える必要があるのですぞ。」
そういうと夢豚さんはソファから立ち上がった。
気付いていなかったが、一回には地下へと続く階段があったらしい。
柵魔さんにそこまで詳しく聞いていなかった。
おそらく彼女は知っていたのだろう。
後ろについてきている彼女を見ても、特に驚いた様子はない。
そんな地下にはさらに扉があり、網膜認証でロックされている。
たぶん横開きの自動ドアだ。
柵魔さんも階段の存在は知っていても、この中には入っていないだろう。
夢豚さんが網膜認証に目を近づけ、開錠した。
すると扉が開いた。
その奥にあったのは研究施設だった。
ミルさんの研究室を彷彿…とはさせられない。
彼女の場合は研究室と工房を融合したような感じだった。
それも鍛冶屋の。
夢豚さんの場合は、工学系を彷彿とさせる研究室だ。
ミルさんとは違い、機器方面に特化しているのが見てわかる。
壁にフックで並べられたいくつかの発明に目を引かれる。
ゲーム内に元々あったいくつかの近未来武器が再現されていた。
ほとんどが銃で、これまで彼がプレイしてきたFPSのものだろう。
俺もいくつか見たことがあるので、当然知っている。
FPSはそれなりに極めたつもりだが、もちろん夢豚さんほどではない。
「ここは吾輩のラボですぞ。」
「普通自宅にラボがある人なんていませんよ。」
「吾輩には夢があるのですぞ。その夢の為に作りましたぞ。」
「夢?今の生活がその夢の生活ではないんですか?」
「いや、違いますぞ。吾輩の夢は現実世界にVRMMOを作り上げること。」
「…現実世界にVRMMOを…作る?それは一体?」
「そのまんまの意味ですぞ。特に何も特別なことはないのですぞ。」
夢豚さんはそういうと、一つだけパソコンの電源を入れた。
一つだけ、といったのはこのラボにはいくつもパソコンがあるからだ。
特にラボの中心にあるパソコンは、かなりいかつい大きさをしている。
パソコンに限っては無駄にでかいというよりは、スパコン的な感じだ。
本当にいかつい性能を作ろうとすれば、今の技術では大きくなってしまう。
夢豚さんはパソコンをチャキチャキといじり始めた。
するといくつかの設計図がそこに表示された。
設計図の題名欄には
『遠隔外装』
と書かれていた。
女性陣はこれを疑問気に見つめていた。
だが少なくとも俺は、その設計図に釘付けだった。
ピザの描写に力を入れすぎました。
ピザが食いたかった、それだけなんです。
今回のパワーフレーズ
「大丈夫です、魔人は種族的に太りません。」
羨ますいぃぃぃ。




