31話 これがアメリカ
女子と旅行、そうは言ったものの実際は保護者同伴だ。
俺は描絵手と"空港"で待ち合わせた。
余談だが、出国する際の転移門は空港にある。
飛行機が使われなくなった昨今、余った空港も有効活用されている。
逆に言えば、他国を行き先指定できる転移門は空港以外にはない。
俺は待ち合わせ場所に来た描絵手の、特に後ろを見た。
すると彼女たちからまるでウジ虫を見るような視線が返ってくる。
どうも俺に対していい感情を抱いていないみたいだ。
描絵手の背後には女性が二人いる。
「水無瀬さんに関してはすでに知っていると思うけど、こっちは"柵魔 文歌"、私が生まれた時からお世話してくれている人なの。」
描絵手が嬉しそうに紹介する様子を見て、仲がいいことは察した。
そんな描絵手に紹介されると、柵魔さんは嬉しそうにお辞儀した。
ただ顔を上げた時にはまた厳しい表情に戻っている。
俺はまだ何もしていないはずだが、随分と嫌われているみたいだ。
「ご紹介にあずかりました。メイドの柵魔といいます。その…描絵手様の件は聞いております。本当にありがとうございました。」
柵魔さんは再び深いお辞儀をした。
どうもお礼を言うために緊張していただけらしい。
だが御辞儀から復帰した時の顔はやはり厳しい。
俺を嫌いなのかどうなのか、真意が分かり辛い。
「もちろん感謝はしていますが…描絵手様に手を出すつもりなら容赦はしないと覚えておいてください。こう見えて私"魔人"ですから。一般人よりもかなり強いと思いますよ?」
柵魔さんは黒い髪をショートボブにまとめている。
第一印象は非常にかわいらしい女性だった。
しかしそう宣言した彼女の瞳が黄金色に輝く様子を見て、只者ではないことを十分に理解した。
事前情報として知らなかったのか、水無瀬さんは柵魔さんが魔人だと宣言した瞬間に彼女を五度見していた。
「ちょ、ちょっと文歌、やめてよ。それに魔人だってばらしちゃったら…。」
「私も決めたんです。後悔しない選択をすると。もうあなたを失いそうになるのは耐えられそうもありません。次は私が戦います。」
描絵手に一切視線を合わせず、柵魔さんは断言した。
おそらく体を使った"止めても無駄です"という意思表示だろう。
描絵手も困ったようにしていたが、少しだけ嬉しそうだ。
どうも二人はとても仲がいいらしい。
「そろそろ向かいませんか?私旅行は久しぶりでして、早く行きたいです。」
「わ、分かりました。」
(だ、大丈夫なのかこの人。ゴリゴリに公私混同しているじゃないか。)
水無瀬さんが意気揚々と俺たちを催促した。
出国する時の手続きだけは、世界融合の後も変わっていないらしい。
まずパスポートを見せる必要がある。
旅の目的を聞かれ、答えて転移門に向かうだけだ。
水無瀬さんの言った通り、今回の目的はサイトシーイングということになる。
もちろん表向きは、ということになるが。
手続きをすべて終え、俺たちはアメリカに続く転移門の前に立った。
すると描絵手がこちらを見てきた。
彼女の顔は期待に輝いている。
「私、外国って初めて行くんだ。なるべく隠れて生きてきたから。だから今日はとっても楽しみ。ワクワクが止まらないよ。」
「それはよかった。…それじゃ行こうか、アメリカへ。」
俺はなんとなく、描絵手の手を引いた。
そうするべきだと、そう思ったからだ。
とまぁそんな感じで詩的に、大それた感じで転移門をくぐったけれど、結局は転移門をくぐっただけなので移動時間は瞬き一回分くらいしかない。
門を潜り抜けてすぐはまだ空港内で、俺たちはすぐに出口に向かった。
もっとも、門をくぐった直後に柵魔さんにつないだ手をはがされたが。
やっぱり俺のことを警戒しているらしい。
描絵手の様子を見るに良い人なのは間違いない。
早く打ち解けたいもんだと思う。
外に出ると、そこに広がっていたのは日本とそこまで変わらない街並みだった。
アメリカの大摩天楼…みたいなこともなく、景観の整った景色だった。
一概にアメリカといっても、日本とは比較にならないほど広い。
地域によっては田舎だったり、それなりの都会だったりするのは当然だ。
そんな肩透かし感を味わっていた俺をよそに、描絵手は景色を楽しんでいた。
感情豊かで純粋な人だってことはすでに知っていたけど、そんな彼女の様子を実際に見るとやはり好ましく思える。
俺にない何かを彼女は確実に持っている。
「えっと、確か夢豚氏は空港出口で待機しているんですよね?」
「確かにそう連絡が来ました。」
「それにしても夢豚氏ですか…早く会ってみたいですね。」
水無瀬さんは俺たちの想像以上にゲーマーらしく、しっかりと夢豚さんのファンでもあるらしい。
ゲーマーだったら誰でも一度は通る道だ。
ゲーム業界の代名詞だといっても過言ではない。
俺は彼の連絡を確認しようと、スマホを取り出した。
すでに空港には到着していて、出口付近で待機しているらしい。
周囲を見渡したが、それらしき人影はない。
強いて言うなら軍服を身にまとった不審者ギリギリな人がいるくらいだ。
彼も夢豚さんと同じく太っているが、あれがそうだとは思えない。
いや、思いたくないのかもしれない。
俺は彼に連絡を取ろうとするも、先に向こうから通知が来た。
『吾輩、本日はお気に入りの軍服でござる。
目立つ服を選びましたので、直ぐに見つかると思いますぞ。』
俺はもう一度軍服を着ている男の方を見た。
もちろん連絡の内容的に彼が夢豚だというのは理解できる。
この距離からでも体重過多の圧倒的存在感がある。
身長は165センチくらいしかなく、横幅が彼の体重の原因だろう。
帽子をかぶっていて分かり辛いが、おそらくは坊主だ。
もみあげに一切髪の毛がない。
立っているだけでスタミナを消費しているのか、息が荒い。
彼の目の前を通り過ぎる人々のほとんどが彼を二度見し、足早に通り過ぎていくという状況だった。
警戒され、嫌煙されている。
ただそんな人の目を気にしない感じには、ゲーマーとして通じ合う部分がある。
無駄にスタミナを消費させてしまうのも悪いので、俺はすぐに彼の元へと向かった。
すると夢豚さんは近づいてくる俺に気付いたのか、こちらを見て笑顔になった。
俺はさっそく握手をしようと手を差しだした。
「初めまして夢豚さん、一色契躱です。」
「初めましてですぞ。吾輩、会える日を待ち望んでいましたぞ。」
彼は俺の手を力強く握りしめた。
ゲームばかりしているので、お互い肌が白い。
おそらくまともな格好をしていれば夢豚さんはかなりのイケメンだ。
それを引き出すには痩せる必要もあるが。
俺に続いて一緒に来た面々も続々と自己紹介をしていく。
そして一通り自己紹介を済ませると、彼は余計なことを言った。
「ふむ、夢霧無氏はハーレムを形成しいるのですな?」
「ち・が・い・ま・す!」
大声で間髪入れずに柵魔さんが否定した。
ちなみに描絵手は頬を赤く染め、水無瀬さんは先ほどから夢豚氏しか見ていない様子だ。
つまり、話が聞こえていない。
「それは失礼。…夢霧無氏、あの子怖いですぞ。」
「ハハハ、そう思うならあまり触れないほうがいいかもしれません。」
夢豚氏が困り顔でそう耳打ちしてきたが、魔人である彼女にはおそらく聞こえているようだった。
その証拠に柵魔さんも描絵手に小声で話しかけていた。
「描絵手様、あの豚を始末する許可をください。」
「ダメに決まってるでしょ!ここはグランディアじゃないんだから、そんな簡単に人を殺そうとしないで。」
これまた大きなワールドギャップがあるみたいだ。
俺としてはグランディアでも人を殺すべきではないと思う。
描絵手は地球生育ちのグランディア人だったはずだが、価値観は根付いているのかもしれない。
今後はそこら辺についてしっかりと話し合っておこう。
「さて、皆さん。早速吾輩の邸宅に招待しますぞ。ついてきてくだされ。」
そういうと夢豚さんは早速目前の車に乗り込んだ。
俺たちは彼が乗り込んだ車を見て硬直した。
まず未だに車を使用していること、それにその車種だ。
いわゆる"リムジン"と呼ばれるもので、一度だけ歴史書で見たことがある。
富裕層が使用する、高級な車なはずだ。
「どうかしたのですかな?…なるほど、そういえば日本では車は余り一般的ではなかったのですな。今アメリカでは車が見直されているのですぞ?そんな警戒してないで、安心して乗って欲しいのですぞ。」
「わ…分かりました。」
俺たちはおずおずとリムジンに乗り込んだ。
もしもこの状態で魔物に襲われれば間違いなく全滅だ。
上から車ごと押しつぶされて、そのまま全員お陀仏だろう。
車が走行する間、俺は不安を誤魔化すために夢豚さんに話しかけた。
「その…どうして今更車が見直されているんですか?」
リムジン内は席が向かい合うように並べられている。
全員の考えを俺が代弁しただけだったのか、皆が夢豚さんの方を見た。
「それは…。」
ウー!ウー!ウー!
突然サイレンみたいな音が車内に響き渡った。
するとフロントシートの背が開き、中からコントローラーが出てきた。
夢豚さんはすぐにそれを手に取る。
次に天井が回転し、それがモニターになり目前に降りてきた。
夢豚さんはそれを見る。
俺たち全員の視線もそこに向かった。
モニターにはドライバー視点の映像が映っていた。
前方にはこの前俺が対峙した牛の魔物"アルー"が映っている。
このままではまずいと思い、"フレーム回避"で車から脱出しようとしたその時、丁度夢豚さんが口を開いた。
「簡単に説明すると、現在アメリカでの車の立ち位置は、個人で所有できる戦車みたいなものですぞ。」
夢豚さんがコントローラーを操作すると、ボンネットから銃がいくつか飛び出してきた。
世界融合以来、近代兵器のほとんどは魔物に通じないことが明らかになったはずだが、俺はすぐに理解した。
まるで映画の世界のアメリカのように、彼らはあることを思いついたんだと。
"火力"が正義だと、そう考えているんだ。
ボンネットから飛び出してきたほとんどの銃は、人間が発砲すれば間違いなく人体に害をなすようなサイズ感だった。
個人で所有できる"戦車"という意味が、ようやく理解できた。
「ファァァァァァァァァァァッキュゥゥゥゥモンスタァァァァァァ!!!!」
夢豚さんはそう叫ぶと、重火器を全力で魔物にぶっ放した。
さらに体に大きな風穴を何個も開けた魔物を、ドライバーが止めとばかりに思い切り撥ねた。
全身ズタボロだったアルーはその肉を周囲に弾け飛ばした。
俺たちはそんなありえない光景を呆然と眺めていた。
するとなぜか額にかいた汗をゆっくりと拭った夢豚さんが、こちらを向いて笑顔で口を開いた。
「そういえば遅れましたが、ようこそ!ここがアメリカですぞ。」
幻聴かもしれないが、俺には「これがアメリカだぞ。」と、そう聞こえた。




