27話 有利不利
今日最後の授業である五限目までの時間は本当にあっという間だった。
時間が空くと熱が冷めるかとも思っていたが、そんなこともなかった。
颯爽と体育館へと向かう俺の横に、描絵手が付いて来る。
一応戦闘科目は必修かつ選択制で受けることになる。
例えば剣術(刀術を含む)、槍術、斧術など、それぞれに分かれて受けることになる。
戦闘に余り興味がない描絵手は、俺に合わせて科目を選択した。
俺はもちろん夢霧無の活動に合わせて選択したけど。
「ちょ、ちょっと契躱君、本当にやるの?熱くなっちゃだめだよ。」
「本当はあんまり覚えていないんだ。」
「え?覚えてないって?」
「織田先生と戦った時のことをほとんど覚えてない。」
「それってどういうこと?」
「あの時俺は半分意識を失いながら戦ってたんだと思う。」
「でもそれと今織田先生と模擬戦をやるのは全く話が…。」
「描絵手を守るって決めたから、越えなきゃならない壁だよ。」
俺は描絵手の警告を無視し、半ば強引に押し切った。
今の感情を上手く表すことはできない。
なんとなくモヤモヤするというか、とにかく俺は織田先生と戦いたかった。
体育館につくと、すでに幾人かの生徒は整列していた。
俺もその列に加わる。
あいにく名前順で横並びな為、俺は織田先生と正面から向き合った。
織田先生は一瞬だけ俺の方を見ると、直ぐに他の生徒たちに視線を戻した。
しっかりと教師としての仕事は全うするみたいだ。
俺が体育館につくのを皮切りに、生徒たちが全員揃った。
キーン・コーン・カーン・コーン。
チャイムが鳴った。
整列した生徒たちが織田先生の方を見る。
この一週間の間に何度か彼から授業を受けたのだろう。
生徒たちの視線にはすでに敬意が宿っていた。
人を選びそうな感じだけど、確かに尊敬できる箇所もある。
例えば死ぬほど頑固なところとか。
「さて、今日は男女で別れて模擬戦をする。危険のないように全員この剣を使ってもらう。」
織田先生の横には金属製のカゴがあり、そこにはプラスチックの剣がいくつも刺さっている。
それは明らかに百円均一にたまに売っているおもちゃの剣だった。
ただし通常のものとは違って実際の剣くらいの長さをしている。
木刀を振るうと流石に危険だからだろう。
もっとも、俺としては無属性魔法で硬度を強化して思い切り振り回し、最終的には織田先生を泣かせたいところだが。
そんな余計なことを考えていると、織田先生が早速剣を手に取った。
「実際の剣よりも遥かに軽いから、ゆっくり動いてお互いの動きを確認しながら使うと言い。動きの型をしっかりと確認しつつ、お互いにアドバイスし合うと上達が早くなるぞ。」
「はーい。」
明らかに増えている。
女生徒の数が。
戦闘科目に限り、途中で選択を変えられるらしい。
自分に合ったスタイルを選ぶのが一番だからだ。
とにかく気に食わない理由が一つ増えた。
その場に立ち止まる俺をよそに、他の生徒たちは次々にペアを作り始める。
俺はその場に立ち止まり続けたので、もちろんあぶれた。
いつも通りとか、そんなことは言いっこなしだ。
「おや、一色。お前ペアを組めなかったみたいだな。仕方がない、俺が代わりに模擬戦に付き合ってやる。」
「ありがとう…ございます。」
あえて俺に屈辱を与える言い方をしているのだと、直ぐに気付いた。
しかしペアを組む授業で俺が孤独に慣れていることを織田先生は知らない。
同様のセリフを言われ慣れているため、全く問題ない。
強いて言うならこの握りしめた拳を今すぐぶつけたいくらいだ。
ちなみに描絵手も心配そうにこちらを見ていた為あぶれている。
「ふむ、朝比奈もあまりか。仕方ない、先生の動きそこで見てるといい。十分に勉強になるはずだ。」
あの時の状況を再現するつもりか。
いや、考えすぎか。
そういえば描絵手も割といつもあぶれていた。
「さて、一色。お前にもこれを渡そう。」
織田さんがこちらにおもちゃの剣を投げてきた。
俺はそれをかっこよく受け取ろうと手を伸ばす。
「痛ッ!?」
残念ながら指先にぶつかり落下した。
突き指しなかっただけでもよしとしよう。
俺が変な声を出したせいで、周囲の生徒もチラチラとこちらを見ている。
主に女生徒の視線が熱く、織田先生に集まっている。
確実にボコボコにして、皆の目を覚まさせるしかない。
俺は拾い上げた剣を静かに構えた。
そんな俺の様子を半笑いで見ていた織田先生も、ゆっくりと構えた。
そして構えたと同時に、織田先生は踏み込んできた。
俺は慌てて剣を立て、その一撃を受ける。
「開始の合図とか普通しませんかね?不意打ちしなくちゃ勝てる自信がなかったんですか?」
「チャイムはもうとっくに鳴っただろ。油断しすぎだ。」
「チャイムにそんな効果はないです。」
織田先生が半歩下がって距離を取った。
相変わらず武術として完成された動きは美しい。
新木さんとどこか近いものを感じるも、どこかが違う。
聞いた話では"帰還者"で異種族との"ハーフ"らしいが、新木さんの使っていたのはあくまで地球の剣術だ。
おそらく織田さんのは向こうで発展した別の何かなんだと思う。
「気付いているか?すでに自分が不利な状況だと。」
「女生徒に人気がないからですか?」
「いや、まったく違う。お前は正体を隠さなくちゃならず、お得意のトライアルスキルに頼ることができない。」
「ぜ、全然気になりませんね。」
「もっと警戒したほうがいい。常に自分が有利な状況で戦えるとは限らない。」
「ふん、普通にアドバイスされるとそれはそれで困りますね。」
「朝比奈を守るんだろ?」
「…確かにそうですけど。」
「だったらもっと戦闘について勉強しなくちゃな。」
そういった瞬間、織田先生はこちらに踏み込んできた。
新木さんが使っていた"縮地"のように、一瞬で距離を詰めてくる。
やはり彼のベースは地球産の剣術みたいだ。
それを元に向こうで発展した新しい剣術なのだろう。
おもちゃの剣が弾丸くらいの速度で向かってくる。
俺はそれを屈んで躱した。
しかし剣は俺の真上で緊急停止し、そのまま真下へと振り下ろされた。
咄嗟に右に飛び、何とかその一撃を躱す。
俺は回転しながらもすぐに姿勢を立て直した。
ただそんな隙を見逃してくれるほど織田先生は甘くなく、一瞬で俺に迫ってきていた。
俺はそれにカウンターを合わせるように、思い切り正面を突いた。
織田先生は正確に俺の動きを見切り、真下から振り上げた剣でそれをはじき、さらにはもう半歩踏み込んできた。
俺たちの体はほぼ密着する。
そんな距離で彼は口を開いた。
「やはり剣はずぶの素人か。あの時の冴えは一時のものだったようだな。今の実力じゃ、朝比奈もさぞ心配しているだろう。」
「余計なお世話です。本来の力が出せない状況に追い込んでおいて。」
「おっと、もう言い訳か。気が早いな。」
「…まさかこんなにムカつく人だったとは。」
「俺も自分にムカついているさ。こんなガキに負けた自分にな。」
織田先生はそういうと、俺に肩をぶつけて吹っ飛ばした。
一瞬宙に浮くも、直ぐに着地できた。
すると他の生徒たちの「お~」という感心するような声が聞こえた。
どうも戦っている間に随分と視線を集めてしまったようだ。
なんとなく気恥ずかしいが、ここで引くつもりはない。
「さて、これは授業だし、生徒たちの参考になる動きをしないとな。」
「一丁前に先生面ですか?」
「一丁前も何も、正真正銘教師だ。今はなッ!?」
織田先生が話を終える前に、今度は俺から踏み込んだ。
それに合わせて織田先生がカウンターを取るように上段目掛けて剣を振り下ろしてくる。
まさしく教科書通りの一手だと思うが、舐められている気もする。
俺は回転しながら織田先生のサイドに回り込み、横なぎに剣を振るった。
いい一撃だったと思う、しかし織田先生は横にステップしてこれを躱した。
反応速度とずば抜けた運動神経で躱される一方だ。
まるで紙と戦っているような、そんな感覚に陥る。
俺の剣が目前を通り過ぎるのと同時に、今度は彼から踏み出してきた。
足さばきに無駄がないせいで、緩急が凄まじい。
逆に下がって対応しようとするも、足さばきですぐに詰め寄られる。
確かに俺は新木さんと修行で戦えたけど、あれはチート並みの"フレーム回避"があったからなんだとつくづく思い知らされる。
素人に毛が生えた程度の足さばきでは、上手く距離を取ることすら困難だ。
俺は後退するのをやめ、迎撃の姿勢を取った。
すると少しだけ警戒したのか、織田先生の動きが一瞬止まる。
その隙を逃さない為、半歩分前に出つつ剣を振り下ろした。
その時、織田先生の口角が少しだけ持ち上がる。
俺はブラフを掴まされたのだとすぐに気付いた。
織田先生はまた半身になり、俺の剣を斬り上げた。
瞬間、俺は脱力していた。
手首の力の全てを抜き、ただおもちゃの剣を握りしめていた。
俺のおもちゃの剣は無抵抗のまま、手首を支点に回転した。
さらにその勢いを利用しつつ、思い切り真下から剣を振り上げた。
彼は一瞬だけ目を見開き、すれすれで半歩下がりその一撃を躱した。
「なかなかどうして…剣の才能がないわけではないらしい。」
「褒められているんですか?」
「称賛は素直に受け取ったほうが、成長につながるぞ?。」
織田先生は腰を低くし、あの一件の時と同じ構えを取った。
そうそれは、あの時発動せずに終わった居合の構えだった。
今は"フレーム回避"もなければ、"リモコン"も使うべきではない。
つまり俺は、あの隙の無い構えに真正面から向き合わなければならない。
「さて、これは授業なのだから思い切り来い。」
「言われなくとも、俺は最初から全力です。」
俺は迷いなく踏み込んだ。
もはや敵対心はそこまでない。
今あるのは彼の技量に対する心からの尊敬だけだった。
おそらく最初からこうなるのをわかっていて、彼は俺と戦おうとしたんだ。
もっとも、女子にちやほやされていることに関しては、未だに全く持って気に食わないが。




