25話 契躱、契約する
「一色君が元気そうでよかったよ。君に何かあれば、僕は一生後悔したさ。」
「心配をかけてすみません。ちゃんと時間を取って休んだので、もう大丈夫です。明日からは学校にも行くつもりです。」
「本当によかった。この融合世界の最も大きな利点は、やっぱり医療の発展だろうね。魔法なんてファンタジーが人々の命を医療よりも多く救っている。」
「おかげでお株を奪われた医者たちは辟易していると思いますよ。」
「しょうがないさ。世界が融合したのは誰のせいでもないし、人は沢山助かったほうがいいよ。」
「それに関しては俺も同じ考えですけどね。」
両親が新大陸に戻った後、俺は新木さんをカフェに呼んだ。
すると向こうから待ち合わせのカフェを提案してきたので、今は"剣客の宴"という居酒屋みたいなカフェにいる。
実際夜は居酒屋でもあるらしいけれど、未成年の俺には関係ない話だ。
今は普通にお酒も飲める時間だけど。
「それで?急にこんなところに呼び出して、どうかしたのかい?」
「実は大事な話がありまして。」
「えっと…申し訳ないけど男とそういう関係になる気はないんだ。」
新木さんを呼び出した用件は「大事な話があります。」だったけれど、開始早々かなり変化球な勘違いをされてしまった。
新木さんは頬を赤らめながら、来て早々頼んだショートケーキをなまめかしい手つきでつついている。
今すぐぶん殴りたい衝動を抑えながら、俺は話を続けた。
「たぶん勘違いしていると思います。要件は全く別です。」
「ふ~ん?じゃあ何かな?」
「担当直入に質問しますが、新木さんは今無事に無職ですよね?」
「無事に無職って…事実だけど変な話だね。世間から言わせれば、無職は無事じゃないんだけど。」
「それは失礼しました。」
「いや、いいけど。それで?」
「はい。お願いがあって来ました。俺のところで働きませんか?」
「…え?」
「つまり、"夢霧無"の動画の編集者になって欲しいんです。」
「なるほど。それは考えたこともなかったな。」
新木さんはショートケーキをひとかけら口に放り込むと、そのままホークをくわえてボーっと俺の方を見た。
何を考えているかは分からないが、俺は少しだけ焦っていた。
そもそも新木さんほどの腕前があれば、シェルターを辞めたとしても確実に仕事には困らないだろう。
それこそ魔物を警戒するお金持ちのボディーガードでも、彼ならば余裕で務まるはずだ。
少なくとも繋がりのある彼に編集者をやって欲しいという思いはあるが、今の所新木さんの再就職先よりも給料を出せる自信はない。
というかそもそも元手がない。
でもこうして誘ったのは、俺なりのお礼でもある。
新木さんがいなければ、間違いなく描絵手を救うことはできなかった。
俺にしてあげられる最大限のことは、彼の再就職先になることだった。
「考えていることは分かるつもりです。確かに高いお給料は出せま…。」
「いいよ。」
「え?」
「編集者になるよ。君の所で。」
「…本当ですが?」
「うん、こんな時に嘘はつかないよ。」
「俺が言うのもなんですけど、そんな簡単に決めてもいいんですか?」
「確かに簡単に決めたけど、意思は固いよ。」
「け、剣の腕腐りまくりますけど…。その…理由を聞いても?」
「見て見たかったんだ。」
「えっと…何をですか?」
「君の行く先を。今後君が何を成すのかを。」
「…そ、そんな凄い人生を送るつもりはないですけど。」
「はっはっはっはっは。ハァ…死ぬ、面白すぎて死んじゃうよ。」
俺が謙遜すると、新木さんは想像以上の勢いで笑った。
どう考えてもカフェには不釣り合いなボリュームだが、幸いなことに客は俺たちしかいなかった。
彼は少しだけ出た涙をぬぐうと、もう一度俺に、今度は真剣な眼差しで視線を合わせた。
「一色君、君は"遺産"を救ったんだ。それは世界を変えたことに等しい。つまり、もうすでに凄い人生なんだよ、君は。」
「な、なるほど。」
新木さんは俺の方に手を差しだした。
「僕からもお願いするよ。君の元で働かせてほしい。」
「ぜ、是非よろしくお願いします。」
俺は新木さんの手を握り返した。
すると彼は照れ臭そうに笑った。
「君は今日から僕の上司になる。敬語はやめてよ。まぁ上司って言ったけれど、本当は君と兄弟みたいな関係になれたらと思っているんだ。」
「ありがとう…ございま…いや、すみま…ごめん。ありがとう。俺も新木さんとそんな関係になれたら嬉しい。」
「"新木さん"…ねぇ。お互い同じ気持ちだと分かったところで、まずは呼び方を変えるところから始めないかい?とりあえず僕は君を"契躱"って呼ぶよ。必然的に君は、僕のことを"爽"って呼ぶべきだと思うんだ。」
「爽…さん。」
「ハハハ、今はそこが限界かな。じゃぁ、よろしく。」
「うん、よろしく。」
多少照れ臭いけど、やっぱり爽さんは良い人だ。
彼を選んだことを心から誇りに思える。
でもこの時の俺は、
彼のパソコンスキルレベルが"Ⅰ"未満であることを知らない。
もちろんそんなスキルはなく、物の例えだ。
●
俺たち二人が次に向かったのはミルさんの所だった。
爽さんを俺の編集者として雇う上で、彼女にもいくつか頼まないといけないことがある。
爽さんを雇う理由は恩返しと"学業と夢霧無の両立"が目的だ。
毎日投稿を始めるからという理由で、学業をおろそかにしたくない。
描絵手の件だけでもあんなに心配していたのに、これ以上両親に心配をかけたくはなかった。
でも一人でできることには限界があるので、今はまだ子供らしく色んな人の助けを借りるしかない。
ピーン・ポーンッ。
ラボのインターホンを鳴らすと、直ぐにミルさんが出てきてくれた。
「どうぞ、入ってください。」
「お邪魔します。」
ミルさんの手招きに従い、いつもの席に俺と新木さんは座った。
彼女のラボは相変わらずで、整理整頓されている。
一度席を外したミルさんは、人数分の苺ミルクを持って席に戻った。
爽さんは甘いものが好きなのか、早速苺ミルクに口を付けた。
そんな彼の様子を俺とミルさんは少しだけ見る。
「優秀なシェル二人を一人で無力化する男も、甘いものには勝てないんですね。」
「その通りです。甘味こそ、万物に勝ります。」
「激しく同意ですね。」
二人が珍しく意気投合している気がする。
なんとなく猿と蟹、または猿と犬みたいな関係かと思っていた。
どうでもいいけど猿ってなんであんな嫌われているんだろうか。
余計な思考を脳内で燻らせていると、ミルさんがこちらを見た。
「それで?こんな時間にどうしたんですか?」
「実は…大事な話がありまして。」
「なるほど。用件は大体分かりました。相手をしてあげてもいいですけど、お姉さん忙しいからまた今度ね。」
話は爽さんの時とは少し違った転び方をしている。
ミルさんは明らかに勘違いしているが、不思議と爽さんの時とは違ってぶん殴りたくなるようなことはない。
それはおろか、この話をそのまま進めたいという下心さえちらつく。
それでも一瞬だけよぎった描絵手の顔が、俺の思考回路を正常に戻した。
「おそらく盛大な勘違いをしていると思います。」
「といいますと?」
「俺と"エージェント契約"してくれませんか?」
「…はい?私がやっているのはタレント事務所ではないですよ。」
「もちろんわかってます。俺の事情でしかないんですけど、実は今回爽さんを編集者として雇うことになったんです。でも口頭上の契約ではなくちゃんと"仕事"にしてあげたいんです。でも会社を経営しているような時間はないので、一度ミルさんの"ファンタジズム"で雇って欲しいんです。」
「なるほど。言いたいことは分かります。それで私が会社として、マネージャー(エージェント)兼編集者の彼を、契躱君の元へと派遣すればいいんですね。」
「その通りです。」
「となると私の会社には"夢霧無"が得た利益も乗り、さらには専属技師としての宣伝効果も期待できる…なるほど、悪くない話ですね。しっかりとビジネスとして成立していると思います。子供にしてはやりますね。」
「ありがとうございます。」
「でもそうするには今度こそ両親の同意が必要になりますよ?」
「はい、もちろんです。両親にはすでに許可を取ってあります。」
「なるほど、準備は万全という訳ですね。分かりました。それでは今度こそ、私達は正式契約ということで。」
「はい、是非お願いします。」
両親との必要な書類手続きは手紙でしてもらうとして、これで爽さんと夢霧無の件を同時に片付けることができたな。
いいアイデアだったかどうかは今後わかると思う。
ミルさんの同意が取れて本当によかった。
「それにしても"マネジメント契約"でもなく"スポンサー契約"でもなく"エージェント契約"ですか。つまりは対等な関係…本当に面白いことを考えますね。」
「ハハハ、一週間も時間があったので。」
「描絵手ちゃんの件といい、ここ最近契躱君が魅力的に見える瞬間が沢山ありますね。どうですこの機会に?」
「えっと…この機会に何ですか?」
「つまり、"恋人契約"もしてみませんか?」
一瞬にして顔全体に熱が上る感覚があった。
真横にいる爽さんもあんぐりと口を開いてミルさんの方を見ている。
彼女は恥ずかしげもなく本気で言葉を発したようで、その表情には一瞬たりとも変化はない。
俺が茹る頭を何とか回転させ言葉を紡ごうとするも、そんな中彼女は無表情で舌をチロリと出した。
俺はこの瞬間、彼女にまたおちょくられたのだと気付いた。
「…ミルさん、思春期男子にえげつない"いたずら"は辞めて欲しいです。」
「…ふふふ、すみません。ついついやってしまいました。」
「ハァ、仲良くしてくれるのは嬉しいですけど、今回ばかりは流石に。」
「ドキドキしましたか?」
「そうです。ドキドキしました…って違いますよ!呆れたって言いたかったんですよ!」
「まぁまぁ、そう熱くならないで下さい。今後はもっと丁度良く、優しく丁寧にくすぐりますから。」
「く、くすぐらないで下さいよ!?」
俺がそう断言するも、彼女はまた舌をチロっと出すだけだった。
全く読めない人だ。
まぁそんなところが、可愛くもあるんだけど。
ってだめだ。これじゃロリコンの変態になる。
ってそれはミルさんに失礼か…ハァ。
とりあえず今日は疲れた。
明日からの学校もあるし、帰って寝よう。
―契躱帰宅後のファンタジズムラボにて―
「ふぅ…危ない危ない。少し焦り過ぎましたね。」
ミル・エスタークはそういうと、一人になったラボで静かに苺ミルクを一口分だけ口に含んだ。
その頬は少しだけ赤い。
そしてゆっくりと喉を鳴らしながら苺ミルクを飲み込んだ。
「はぁ…まさか私があの場面で年甲斐もなく舌を出して誤魔化してしまうとは。描絵手ちゃんという強烈なライバルがいても、焦ってはだめですね。」
彼女は人差し指でゆっくりとコップの淵をなぞりながら心を落ち着かせた。
そうしていると
ピコンッ。
という音がなり、彼女のパソコンに通知が来た。
送られてきたのは契躱からのメールだった。
そこには
『ミルさん、今日はありがとうございました。
ミルさんがいてくれていつも心強いです。
今後もよろしくお願いします。
追伸、今後のくすぐりは手加減してくれると嬉しいです。』
ミルはゆっくりと契躱からのメールを眺めると、年甲斐もなく笑った。
その表情は彼女の容姿に似合った純粋な笑顔だった。
ぼんやりとモニターに映った自分の顔を見ると、彼女はまた無表情に戻った。
そしてため息をつく。
「はぁ…。いくつになっても恋愛は難しいですね。」
部屋で一人そう口にすると、彼女はまた苺ミルクを飲んだ。
なぜかその一口は、普段よりも少しだけ甘い。
今回のパワーフレーズ
「なぜかその一口は、普段よりも少しだけ甘い。」
我ながら少しだけ気持ち悪い文章だという自覚はあります。
でも恋愛すると普段よりも甘味を感じやすくなったりならなかったり、ラジバンダリ。




