7-2
──さてあれから進み、約束の時間五分前。
俺とマニは集合場所である、駅前の『忠犬ヘモグロビンは“僕はあなたに何か残せたかな……”と思った像』の前で待っていた。
それぞれマトモな格好をして、手土産を持ってだ。
流石に初対面の仲間と会うということで、畏まって来たわけだけど、堅苦しくてしゃあない。
正装じゃないけど、ジャケットだからね。
こんな私服着たのは初めてだ。
無理矢理マニに買わされたんだが、本当にこれが今時の流行りなのか……?
「流行りというか、無難な服装なのよそれ。今度機会があったらそれ着てね」
「そんな機会訪れて欲しくないし、何度も言うけど心読むの止めて」
「いつ何があるか分からないわよ?心読みは善処します」
「半日ぶり、二度めの善処しますだな……」
やはり止めてくれそうにないようだ。
ため息を小さく吐きながら、俺はスマホを出して時間を確かめる。
丁度待ち合わせの時刻になっていた。
だがまだくる気配はない。
全く、遅れるならマニに連絡して欲しいもんだ。
こちとら周囲に人が増えはじめてヤバい精神状態になってきてるんだ。
まだ祝日だからスーツ姿の人が其ほどいないからいいが、人の数が尋常じゃなく増えてきている。
「あ、仕事が延びちゃって今来るって。……ショウ大丈夫?」
増える人の気配、キツい香水の臭い、闊歩する革靴の音。
それらを感じる度に俺の額から汗が出、手の震えが強くなる。
あれを思い出しかけ、動悸も早くなり始めた。
呼吸も辛い。
「……おーい、ちゅーしちゃうぞちゅーを」
増える増える人が増える。
臭い臭い嫌な臭い。
会話が音が煩わしい。
──あ、となりにすーつが
「あい、うぃる、きす、ゆー」
ちゅっ
そんな効果音が聞こえた気がした。
そして唇に伝わる柔らかな感触。
短い“それ”が終わっても俺は呆け、全てを理解した時──
「なっ、何してんだよ!?」
恐らく顔を真っ赤にしながら、マニに怒鳴り付けた。
てか本当に何してんの、マニさん!?
頭でも逝かれたの、痴女なの!??
「痴女とは失敬な。反応なかったからしただけよ。私は言ったことは必ずしないと気が済まないから」
「だからってする、普通!?」
「その場のノリよ。まぁ反省はしてるわ。後悔もしてるけど。……幼馴染みとするもんじゃないわね、何故したのか自己嫌悪になってきた」
最後ボソリ呟きながら、その場にうずくまって落ち込むマニ。
アホだ、アホがここにいる!
「アホアホ五月蝿いわよ馬鹿ショウ」
「アホだからアホって言ってるんだよアホマニ!」
「……いい度胸じゃない。コミュ障ごときが私に口喧嘩を挑むなんて」
「うっせー!よくも俺のファーストキスを!!」
──それから俺ら二人は喧嘩を始めた。
と言っても「馬鹿」や「アホ」を連呼するだけの、幼稚園児レベルの低俗な争いだけど。
それでも段々とヒートアップし、気付けば何故か俺らが好きなアニメのキャラ談義になっていた。
色んな意味で、危ない単語が出そうになるまで気分が上がってきた頃、通りかかった女性の仲介により終結した。
──実に十分もかかった酷い泥仕合であった。
「お恥ずかしいところをすみませんでした」
「本当に申し訳ありません」
俺たちは止めてくれた女性に、誠意という誠意を込めて謝った。
あのままだと社会的に二人とも死んでいたかもしれない。
……公然の場で大喧嘩した時点でもう駄目かもしれないが。
兎に角この人のお陰でこれ以上どつぼにはまらないで済んだんだ。
重ねて謝らないと。
「そんなに謝らないで下さい。謝るなら相手にしましょう?仲良くするのが一番良いのですよ!」
もう一度謝ろうとしたら、満面の笑みで女性がそう言った。
何この人徳者、女神だ。
そう思いつつ、俺は一言だけ感謝の言葉を女性に伝えてから、マニに謝罪をした。
するとマニも俺に短くではあるが謝ってきた。
……何があっても俺に謝らないのに謝るなんて、やっぱりこの方凄いかも。
「うん、仲良しが一番ですよ──ってもしかして貴女シーメルさん?」
女性への株価が俺の中でみるみる上昇している最中、何やら聞きなれた単語を女性が言ってきた。
シーメルの名前を知っているってことは、あのメンバーの誰か?
うっそだぁ、そんな聖人君子うちにはいないよ。
「あ、宇佐美さんだったの!?写真だけだったから気付かなかった!……それじゃあ更に申し訳なかったわね」
と思っていたら本当にうちのパーティーメンバーでした。
しかもよりによって天然の宇佐美さんだったなんて。
いや、確かにたれ目でふんわりな髪型は瓜二つだけどさ。
目元の黒子とか、白ワンピとかいつもと雰囲気が──って、あれ。
今気付いたが宇佐美さんの中の人、あの人と滅茶苦茶似ているような……
テレビによく出る感じの人に。
若干困惑する中、マニは咳払いをした後自己紹介を始めた。
「改めて自己紹介しますね。私は峪星マニでシーメルのユーザー。こっちが吸糖鬼の古見遊ショウ。どっちも学生なの」
「そうなんだ!私はだけど、宇佐美のユーザーで歌手を仕事にしてる七摘エリスって言うの、改めてよろしくね!!」
──その瞬間、困惑は確信に代わり、俺の時間が完全に停止した。
七摘エリス。
この人こそ、三魔の『永久に亘る罪の物語』の元となった歌を歌っている歌手だ。
もっと言うと、さっきマニと討論したアニメの好きなキャラの声優もしている。
なお歌手としても声優としても俺は大好きです。
そんな彼女が宇佐美さん?
「すいまっせんしたァァァァァァァァァ!!」
俺は考えるより早く土下座をした。
「急にどうしたんですかショウさん!?」
どうしたもこうもない。
俺は宇佐美さん──もといエリス様に南方で数々の失態をしてきた。
最近なんかため口になりかけていたし、あーん事件もあった。
そんな数々の償いとして土下座をしたんだが、これじゃあ未だだ。
「これでは足りない……。ならば我が命をもって償いをー!」
「ふぇ!?」
「ちょ、やめなさいよショウ(笑)」
「お願いだ、俺を殺させてくれー!」
──というような事がまた十分続いた。
なお今度はマニの殴りによって終結しました。
「重ね重ねお恥ずかしいところをすみません……。ちょっと興奮してしまいました」
「気にしないで下さい。それにしてもショウさんが私のファンだなんて嬉しいです」
「こっちも会えて嬉しいですよ」
「はいはい腑抜けんのはここまでね、ショウ。それよりオフ会する店に移動しちゃいましょう」
ん、移動?
最初ここで待ち合わせすると聞いていたのだが、変わったのだろうか?
もしかしたらエリス様みたいに仕事で遅れているのかもしれない。
「それで正解よ、ショウ。残りの2人から仕事が長引いているって連絡来たのよ。偶然にも会場近くで働いてるから、店前で落ち合う事にしたわ」
「やっぱりそうなのか。じゃあボチボチ行くかね」
「えっ?」
俺らが会話する中、1人状況が分からなくなっているエリス様。
実際に会話せず、片方が読心術使ってやってるから分からないんだろう。
それについては会場に向かう最中に話すとしようかな。
というかマニが話せ。
俺は説明苦手だし、緊張しちゃうから無理。
「……しょうがないわね。エリスさんには歩きながら話すわ。とにかくお店に行きましょう」
「え、ええ……」




