第4話「街に入ろう」
マナとメルは、街へ向けて歩いていた。
「ねぇ、メル」
「なんでしょうか、マナ様」
「世界樹って、なんなの?」
「世界樹、ですか?」
「うん……。話したことはあるけど、よくは知らなくて」
その言葉に、メルは目を丸くした。
「世界樹と言葉を交わしたことがあるのですか!?」
「うん、少しだけね」
「やはり、古の救世主なのですね」
(初めて会ったときも、そんなことを言っていたような……)
古の救世主。私が?
どうして、そんなふうに呼ばれているんだろう?
気になった私は、メルに尋ねた。
「ねぇ、古の救世主って?」
「はい。古の救世主とは、魔族の間で語り継がれている昔話に登場する存在です」
「その話、聞かせて?」
「はい!」
メルはうなずくと、昔話を語り始めた。
「昔々、世界樹は二つの種族を作りました。世界樹はその二つを魔族と人族と名付け、世界に解き放ちました。二つの種族は、最初のうちは仲良く暮らしていたそうです」
「しかし、やがて国を持ち、力をつけた人族は、魔族を虐げるようになりました。そこで世界樹は、異世界から魂を召喚し、魔族の王――【魔王】としてこの世界に送り出したのです」
メルの話に、私は黙って耳を傾ける。
「魔王は魔族たちを統率し、人族と戦いました。そして、その戦いに魔王側が勝利したのです。やがて、魔族を救ったその魔王は、古の救世主と呼ばれるようになりました」
「そんな話があったんだ……。あれ? じゃあ、今も魔王はいるの?」
私の問いに、メルは静かに首を横に振った。
「いえ。大昔に、寿命で亡くなったと聞いています」
「そっか……」
私は少し考え込んだ。
かつては魔族を救った魔王がいた。でも、その魔王はもういない。
そして今、魔族は再び人族に虐げられている。
「……今も、魔族は虐げられているんだよね」
「はい。魔王がいなくなり、統率が取れなくなった魔族を、人族が蹂躙したと聞いています。どれほど力があっても、統率が取れなければ意味がありませんから……」
メルの声には、悔しさがにじんでいるように感じられた。
魔族をまとめていた王がいなくなったことで、彼らは再び苦しい立場に追いやられてしまったのだ。
私は、隣を歩くメルに目を向けた。
この世界の魔族が置かれている状況を、もっと知らなければならない。
そう思った、そのときだった。
「……あ、街だ!」
顔を上げると、私たちの目の前には大きな街が広がっていた。
「……そのようですね」
メルも街を見つめる。
石造りの壁に囲まれた街は、遠くから見てもかなり大きい。門の前には何人もの人が並んでいて、荷車を引く馬や、荷物を背負った商人らしき人たちの姿も見える。
「わぁ……! すごい!」
思わず声が出た。
異世界に来てから、まともに人が暮らしている場所を見るのは初めてだ。
どんなお店があるんだろう?
おいしい食べ物もあるのかな?
考えれば考えるほど、街の中への興味が膨らんでいく。
「マナ様、あまりはしゃぎすぎないようにしてくださいね」
「えっ? ど、どうして?」
「ここは人族の街です。僕が魔族だと知られれば、面倒なことになるかもしれません」
「あっ、そっか……」
私は、隣にいるメルを見た。
銀色の髪に、童顔ながらも整った顔立ち。見た目だけなら、普通の少年にしか見えない。
けれど、この世界では魔族というだけで奴隷にされることもある。
さっき聞いた話が、急に現実味を帯びて感じられた。
街の中には、たくさんの人がいる。もし誰かにメルが魔族だと気づかれたら……。
「大丈夫! 私がついてるから!」
不安を振り払うように、私はメルに向かって言った。
「ありがとうございます、マナ様」
メルは微笑んだ。
よし、絶対にメルを守らなきゃ!
そう決意しながら、私たちは門へと向かった。
門の両側には、武器を持った兵士たちが立っていた。そのうちの一人が私たちに気づき、声をかけてくる。
「おい、そこの二人! 街に入るなら、順番に並べ!」
「はーい!」
私は元気よく返事をした。
「マナ様、もう少し落ち着いてください……」
「えへへ、ごめんごめん」
私たちは列の最後尾に並んだ。
前には荷物を積んだ荷車があり、そのさらに前には旅人らしき男女がいる。
どうやら、街に入るには簡単な確認が必要らしい。
「ねぇ、メル。私たちも何か聞かれるのかな?」
「おそらく。ですが、普通に答えれば問題ないと思います」
「そっか!」
そう答えたものの、私は少しだけ緊張していた。
もし、メルが魔族だと見抜かれたら?
そんな考えが頭をよぎる。
けれど、今ここで不安になっていても仕方がない。私はできるだけ普段どおりに振る舞うことにした。
しばらくして、ようやく私たちの番がやってきた。
「次! 二人とも、街に入る目的はなんだ?」
兵士がこちらを見て尋ねてくる。
「えっと、買い物とか、街の見学とか!」
私はなるべく自然に答えた。
「買い物と見学か。そっちの少年は?」
兵士の視線がメルへと移る。
その瞬間、私は思わず息をのんだ。
お願い、何事もなく通れますように……!
一方、メルは落ち着いた様子で答えた。
「僕は彼女の付き添いです」
「そうか。よし、通っていいぞ!」
兵士はそれ以上追及することなく、私たちを通した。
(メタリックスライムの奴隷か? 珍しい)
兵士はそんなことを考えながら、私たちを見送っていた。
「ありがとうございます!」
私はメルの手を引き、門をくぐった。
こうして私たちは、無事に人族の街へ入ることができた。




