第3話「魔族の現状」
「ねぇ、メル!」
「はい、マナ様!」
「様はいらないってば!」
「いえ、魔王様を呼び捨てになどできません!」
「うぅ……もういいや。それより、聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
私は気を取り直して、先ほどの出来事を思い返した。
「あのさ、さっきの男たち、メルを奴隷にするって言ってたよね?」
「はい」
メルはいつもと変わらない様子で答えた。
「それって、どういうことなの?」
そう尋ねると、メルは少しだけ表情を曇らせた。
「……魔族は、人間たちにとって奴隷なのです」
「え……?」
思いもよらない答えに、私は言葉を失った。
「魔族は人間よりも魔力が強い者が多く、特別な能力を持つ者もいます。そのため、貴族や皇族たちは魔族を捕まえ、奴隷として売買しているのです」
「そんな……!」
私は思わず拳を握りしめた。
魔族を捕まえて、奴隷として売り買いする。
まるで、物のように扱っているということだ。
そんなことが、この世界では当たり前になっているのだろうか。
(世界樹が言っていたことは、本当だったんだ……)
魔族が虐げられている世界。
そして、私はそんな魔族たちを救うために、この世界へやってきた。
だったら、やることは決まっている。
「メル!」
「はい!」
私はメルの顔をまっすぐに見つめた。
「私、絶対に魔族を救うから!」
迷いはなかった。
私に何ができるのか、まだわからない。魔王になるということが、どういうことなのかも、すべてを理解できているわけじゃない。
それでも、目の前にいるメルをはじめ、苦しんでいる魔族たちを見捨てることなんてできない。
だからこそ、私は自分の決意をはっきりと口にした。
「……マナ様」
メルは驚いたように目を見開いた。
そして、少しの間、私の顔を見つめたあと、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「えへへ。お礼を言われるようなことじゃないよ!」
私は照れくさくなって、思わず笑った。
でも、メルは顔を上げると、穏やかな声で言った。
「いえ。魔族のために、そこまで言ってくださる方はほとんどいません」
「……そっか」
その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ痛くなった。
魔族を救おうとする人が、ほとんどいない。
それが、今の世界の現状なのだ。
(そんな世界、変えなきゃ)
私は改めて、そう心に決めた。
「あ、そうだ!」
重くなりかけた空気を切り替えるように、私はポンと手を叩いた。
「メル、この近くに町ってある?」
「ありますよ。ここから少し歩いたところに、人間たちの町があります」
「よし! じゃあ、そこに行こう!」
「……町、ですか?」
メルは少し意外そうな顔をした。
「うん! ほかの魔族がいるかもしれないでしょ? 仲間を集めるなら、いろんな場所に行かないと!」
私がそう答えると、メルは納得したように頷いた。
「なるほど……さすが魔王様です!」
「えっ、そうかな?」
思いがけず褒められて、私は首を傾げた。
(仲間を集めるのって、そんなにすごいことなのかな?)
私としては、ごく当たり前のことを言ったつもりだった。
けれど、メルにとっては違うのかもしれない。
「では、町へ向かいましょう。ただし、ひとつ問題がありますね」
「問題?」
メルは自分の体を見下ろした。
「僕は魔族です。町に入ろうとすれば、兵士たちに追い返される可能性があります」
「えっ!? そうなの!?」
「はい。人間の町では、魔族が自由に暮らすことは難しいのです」
「……」
私は言葉を詰まらせた。
町に行けば、ほかの魔族と出会えるかもしれない。
そう思っていたけれど、そもそも魔族であるメルが町に入ることすら難しいなんて。
やっぱり、この世界では魔族がひどい扱いを受けているんだ。
でも、だからといって、ここで諦めるわけにはいかない。
私は少し考えたあと、メルに向き直った。
「だったら、私がメルを守るよ!」
「マナ様……」
「大丈夫! 私、強い魔法も使えるみたいだし!」
そう言って、私は世界樹の杖を掲げた。
まだ魔法をうまく使いこなせているわけではない。
それでも、この杖があれば、きっと何とかなるはずだ。
何より、私は魔王になると決めたのだから。
「それに、私は魔王になるんだから! 仲間を見捨てるわけにはいかないよ!」
「……ふふっ」
「え? な、なに?」
突然笑われて、私は戸惑った。
「いえ。マナ様なら、本当に魔族を救ってくださるかもしれませんね」
メルの表情は、先ほどまでよりも少し柔らかくなっていた。
「もちろん!」
私は胸を張って答えた。
まだ仲間はメルひとり。
魔族が置かれている状況も、これから何をすべきなのかも、わからないことだらけだ。
それでも、一歩ずつ進んでいけばいい。
「よーし! それじゃあ、出発!」
こうして私は、最初の仲間であるメルと一緒に、近くの町へ向かうことになった。




