第21話「魔人」
「………魔王?」
え? 今、確かに声が聞こえた。誰かいるの?
私は周囲を見回した。すると、木の枝の上に、一人の少女が姿を現した。
「あなたが……魔王なの?」
少女は警戒するように、私のことをじっと見つめていた。
「えっと、私はマナ! まだ魔王になる予定だけどね!」
「……そう」
少女は小さくつぶやいた。
「何者です? 返答によっては、相手をしますよ」
ガーネットが戦闘態勢を取る。ホウカちゃんも魔法を発動するために手を向けた。
「待って!」
その時、ナナちゃんが二人を引き止めた。
「どうしましたか?」
「あの子から魔素のエネルギーを感じるの! だから、たぶんあの子は魔人だよ」
そう言って、ナナちゃんが少女を見つめた。
え? あの子が?
暗くてよく見えないけど、中学生くらいの女の子に見える。
「………ッ!?」
少女が何か痛そうな顔をして、動かなくなった。
「あ! 危ない!!」
少女がそのまま枝から落ちた。
「……!!」
シュルルルル、とホウカちゃんの包帯が少女を優しく包み込み、落下を阻止した。ホウカちゃんはそのまま、少女を地面に下ろした。
「大丈夫、だよね?」
私がそう心配すると、ナナちゃんが様子を見てくれた。
ショートの黒髪、服はボロボロ。もしかして、今までずっとこの森で? ここで隠れて暮らしていたのだろうか? それとも、何か理由が……。
それに、この左腕、まるで怪獣みたい
そんなことを考えていると、ナナちゃんが口を開いた。
「うん、やっぱり魔人系だよ、この腕が魔人系だって示してる」
「そうなの?」
「うん、魔人系の子たちは、魔素を大量に浴びたせいで身体のどこかが変異してるの」
「治せる?」
「この腕はむり、それに、体力のほうは普通の回復魔法はダメージになるから、今すぐは無理かな」
え? 回復魔法がダメージになる?
「どうして?」
「魔素と魔力が反発し合うからです」
ガーネットが理由を説明してくれた。
「魔人系は体内に大量の魔素を含んでおります。魔素と魔力は相性が悪く、互いに反発し合うため、常に痛みを伴うのです。魔力は空気中にも漂い、肌からも吸収されます。魔法にも魔力が含まれているため、魔素とぶつかり合い、身体に悪影響を及ぼすのでございます」
そんな……。じゃあ、生きている限り、常に苦痛に苦しめられなきゃいけないってこと? そんなの辛すぎるよ。それを何日も耐えているってこと? 私だったら耐えられるかどうか……。
「じゃあ、治せないの?」
「ううん、魔王城に魔人系専用の設備があったはずです。そこで治せば……」
「そんなのあるの!?」
「はい、ございます。ですが、だいぶ古くなっており、使えるかどうか……」
それでも、希望があるのなら。
「運ぼう!」
「………」
ホウカちゃんが包帯で少女を抱える。
「では、帰りましょう」
「うん!」
私たちは少女をホウカちゃんに任せ、森の中を引き返した。
やがて、森に来た時に通った場所へと戻ってきた。そこには、魔王城のある空間へと続く、あの大きな岩があった。
「こちらから魔王城へ戻ります。マナ様、岩に触れてください」
ガーネットに言われ、私は岩に手を触れた。
すると、岩の表面が淡く光り始め、足元に魔法陣が広がった。周囲の景色がゆっくりと歪み、私たちの身体が光に包まれる。
「わぁ……!」
次の瞬間、私たちは魔王城の入口へと戻っていた。
「では、マナ様。少女を魔人系専用の設備へ運びましょう」
「うん! お願い、ガーネット!」
「かしこまりました」
私たちは少女を運びながら、魔王城の中へと入っていった。
廊下を進み、いくつもの部屋を通り過ぎる。普段は見慣れた魔王城の景色なのに、今は少女のことが気になって仕方がなかった。
この子は、どれほどの痛みに耐えてきたんだろう。どうして、こんな状態になるまで一人でいたんだろう。
考えれば考えるほど、胸が苦しくなった。
「こちらです」
ガーネットが足を止めたのは、普段あまり人が出入りしていないらしい部屋の前だった。
扉を開けると、そこには大きな装置が置かれていた。金属製の台を囲むように、いくつもの管や魔石が取り付けられている。壁際には、見たことのない器具が並んでいた。
「これが、魔人系専用の設備なの?」
「はい。先代の魔王様が、魔人系の方々を治療するために用意されたものでございます」
ガーネットは装置を確認しながら、慎重に近づいた。
「ただし、長い間使用されておりません。まずは、動作するかどうかを確かめる必要がございます」
「そっか……。お願い、動いて!」
私は思わず両手を握りしめた。
ホウカちゃんが包帯を緩め、少女をそっと装置の台に寝かせる。
「………」
少女は目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。
「大丈夫だよ。きっと、助かるからね」
私は少女のそばに寄り、静かに声をかけた。
すると、ガーネットが装置の側面にある操作盤を調べ始めた。
「……一部の魔石が劣化しておりますね。ですが、魔力の供給経路は残っているようです」
「使えそうなの?」
「まだ断言はできません。ナナ様、こちらの装置について、何かわかりますか?」
「うーん……。この魔石は魔素を取り除くというより、体内の魔素と魔力が反発しないように調整する仕組みなのかな? これは魔素を吸収する性質のある魔石かな?」
ナナちゃんは装置を眺めながら、首をかしげた。
「詳しい仕組みまではわからないけど、普通の回復魔法が使えないなら、こういう専用の設備が必要なんだと思う」
「なるほど……。では、まずは装置を起動してみましょう」
ガーネットが操作盤に手を伸ばす。
すると、装置の一部が淡く光った。
「……起動を確認しました。ですが、出力が安定しておりません」
「えっ!? 大丈夫なの?」
「今のところ、危険な反応はございません。出力を調整しながら、慎重に進めます」
ガーネットは一つずつ操作盤を確認し、魔石から流れる魔力を調整していった。
やがて、装置全体に淡い光が広がり、少女の身体を包み込んだ。
「……!」
少女の指が、ほんのわずかに動いた。
「今、動いたよね!?」
「はい。反応がございます」
ナナちゃんが少女の様子を確認する。
「まだ安心はできないけど……。少なくとも、悪化はしていないみたい」
「よかった……!」
私は胸をなで下ろした。
まだ、この子が助かったと決まったわけじゃない。それでも、何もできないわけではないとわかっただけで、少しだけ安心できた。
「ガーネット、お願い。この子を助けてあげて」
「承知いたしました、マナ様。私たちにできる限りのことをいたします」
ガーネットは真剣な表情でうなずいた。
私は眠り続ける少女を見つめた。
この子が目を覚ましたら、話を聞きたい。どうして一人で森にいたのか。どんなことがあったのか。そして、これからどうしたいのか。
でも、今は何よりも、この子が苦しまずに過ごせるようになってほしい。
「……もう、一人で苦しまなくていいからね」
私はそうつぶやき、少女のそばで装置の光を見つめ続けた。
「その子が~魔人~?」
「ノゾムちゃん」
ノゾムちゃんがやってきた。
「あの三人は?」
「ん~? スズナちゃんとシルフィちゃんとルミナちゃんは~、治療室のリーンって人に任せたよ~」
「そう、良かった……。この子も早く、良くなってほしいな」
私はそう願った。
すると、ゆっくりと少女のまぶたが開いた。
「あ!」
お願い! 元気になっていて!
「ここは…………!? 行かないと!」
少女が勢いよく起き上がろうとする。
「あ! 待って! まだ安静にしてなきゃ!」
私は少女を止めようとする。
「行かなきゃ! 探さなきゃ! お父さんの形見を!!」
少女はそう叫んだ。
お父さんの形見? 何か大事なものを探しているようだ。でも、今は……。
「ひとまず、落ち着いて? 何があったか、教えてくれる? もしかしたら、助けになれるかも」
私がそう言うと、少女は黙った。
「………魔王様……」
「マナでいいよ」
「マナ……様……お願いがあります」
「うん、なに?」
少女は静かになり、やがて口を開いた。
「私のお父さんの形見を取り戻してください」
少女は涙目になり、そう願った。その涙から、彼女の必死な思いが伝わってきた。




