第20話「森に行こう」
「マナ様」
室外訓練場で魔法の訓練をしていると、ガーネットが話しかけてきた。
「ん? どうしたの、ガーネット?」
「はい。準備が整いましたので、そのご報告に参りました。魔王城の入口に護衛の者たちが待機しております。いつでも出発できます」
「うん、わかった! すぐに行くね!」
私はそう言って訓練を切り上げると、魔王城の入口へと向かった。
入口にたどり着くと、そこには見慣れた顔があった。
「あ! マナ様~!」
ノゾムちゃんが、こちらに気づいて手を振っている。
「………」
その隣には、相変わらず静かなホウカちゃんが立っていた。そして、二人のそばには、見覚えのない金髪の女の子がいた。
「えっと……?」
私が首をかしげていると、その女の子が元気よく一歩前に出た。
「こんにちは、魔王様! 私は医療班のナナだよ! ヒーリングスライムなんだ♪」
「あ、私は魔王になる予定のマナだよ。よろしくね、ナナちゃん!」
「はい♪ 医療班として、精一杯頑張ります!」
ナナちゃんは、にこにこと笑いながら元気よく返事をした。
明るくて、なんだか頼もしい子だなぁ。
「では、今回の護衛部隊について説明いたします」
ガーネットが私たちの前に立ち、説明を始めた。
「今回は、ノゾム様、ホウカ様、ナナ様、そして私の四名がマナ様に同行いたします。ノゾム様には空からの偵察、ホウカ様には戦闘、ナナ様には緊急時の治療を担当していただきます。私はマナ様の護衛を務めます」
「四人だけなんだね」
私は指を折りながら人数を数えた。
「はい。今回は進軍ではなく、あくまで探索が目的です。大人数では目立ちますし、必要な食料などの物資も増えてしまいます。そのため、今回は最低限の人数にしております」
「なるほど~! ちゃんと考えてあるんだね。さすがガーネット!」
「恐れ入ります」
ガーネットはいつものように、丁寧に頭を下げた。
「頑張るよ~!」
ノゾムちゃんが元気よく手を挙げる。
「………♪」
ホウカちゃんも、こちらをじっと見つめていた。
「治療は任せてね♪」
ナナちゃんも胸を張っている。
うんうん、みんな頼もしい!
……あれ?
「ねえ、ホウカちゃんって戦えるの?」
私は気になって尋ねてみた。
「はい。ホウカ様は包帯を使った拘束を得意としているほか、炎魔法にも優れております」
「そうなんだ! すごいね!」
包帯でぐるぐる巻きのホウカちゃんが、炎魔法まで使えるなんて! 魔族って、本当に見かけによらないんだね。
私が感心しながらホウカちゃんを見つめていると、ホウカちゃんは片手を上げ、親指を立ててグッドのジェスチャーをした。
「ふふっ、可愛い!」
思わず笑みがこぼれてしまった。
「では、まいりましょう。こちらから外の世界へ出る準備は整っております。帰還の際も、同じ方法で自由に戻ることができます」
ガーネットはそう言うと、魔王城の門の隣に手をかざした。
すると、足元に不思議な魔法陣が現れ、その中央から大きな岩がゆっくりと出現した。
「わっ!? なにこれ!?」
突然現れた岩に、私は思わず声を上げた。
「こちらは、空間を移動するための魔法で作られた岩でございます。マナ様が魔王城のあるこの空間へいらした際、このような岩をご覧になりませんでしたか?」
「あっ! あの岩って、そういう魔法だったんだ!」
そういえば、この空間に来る前にも、似たような岩を見た気がする。
「この岩は、特殊な魔法によって生成されたものです。魔族が岩に触れると共鳴し、空間への道が開かれます。また、マナ様がお持ちの世界樹の杖を使用しても、同じように道を開くことができます」
「へぇ~! そんな仕組みだったんだ! 勉強になるね!」
私は岩をじっと眺めた。
これがあれば、魔王城と外の世界を自由に行き来できるんだね。とっても便利な魔法だ。
「では、マナ様。準備はよろしいでしょうか?」
「うん! 大丈夫!」
私は元気よくうなずいた。
いよいよ、魔王城の外へ出発だ。外の世界には、どんな魔族たちがいるんだろう。どんな暮らしをしているんだろう。
少し緊張するけれど、それ以上に楽しみだった。
「それでは、出発いたしましょう」
ガーネットの言葉に、私たちは岩へと近づいた。
岩の表面が淡く光り始め、やがて目の前の景色がゆっくりと歪んでいく。
次の瞬間、私たちの姿は光に包まれた。
「わぁ……!」
光が収まると、目の前には緑豊かな森が広がっていた。
高く伸びた木々の間から、柔らかな日差しが差し込んでいる。鳥のさえずりが聞こえ、風が木の葉を揺らしていた。魔王城の中とは、まるで違う空気だ。
「ここが、今回調査する森なんだね!」
「はい。帝国の支配地域に近い森でございます。魔族が身を隠して暮らしているという情報もありますので、周囲を警戒しながら進みましょう」
「わかった!」
私はうなずき、周囲を見回した。
木々が生い茂り、少し先の様子まではよく見えない。こんな場所に魔族たちが暮らしているのかもしれないんだ。
「それじゃあ、私が上から見てくるね~!」
ノゾムちゃんがそう言うと、ふわりと空へ浮かび上がった。
「何か見つけたら教えてね!」
「は~い!」
ノゾムちゃんは木々の間を抜け、森の上空へと飛んでいった。
私たちはその間、地上を歩きながら周囲を調べることにした。
ホウカちゃんは静かに私のそばを歩き、ナナちゃんも周囲を気にしながらついてきている。
しばらく進んだ、そのときだった。
「……ん?」
私はふと、足を止めた。
何かを感じた気がする。はっきりとはわからない。でも、森の奥から、何か不思議な気配が伝わってくる。
「どうかなさいましたか、マナ様?」
ガーネットが尋ねてきた。
「うーん……。なんだろう。あっちのほうから、何か感じる」
私は森の奥を指さした。
「何か、ですか?」
「うん。もしかしたら、魔族かもしれない」
その言葉を聞くと、ガーネットは表情を引き締めた。
「承知いたしました。ですが、正体がわからない以上、慎重に行動いたしましょう」
「うん!」
私たちは足音を立てないように気をつけながら、気配のする方向へと進み始めた。
木々の間を抜け、草むらをかき分けていく。一歩進むごとに、あの不思議な気配が少しずつ強くなっていく。
やっぱり、何かいる。それが魔族なのか、それとも別の何かなのかは、まだわからない。
私は世界樹の杖をしっかりと握りしめ、仲間たちとともに森の奥へと向かった。
「ん? 今度は変なニオイが……」
「………!?」
ホウカちゃんが私を引き止めた。
「え? なに?」
「マナ様、人族でございます」
「え!?」
私が世界樹の杖を構えかけた、そのとき。
「大丈夫でございます。もう……」
「え?」
目をこすってよく見ると、そこにあったのは死体だった。人族の死体だ。このまま進んでいたら、踏んでしまうところだった。
「うん、死んでるね……」
ナナちゃんが死体を調べ、すでに亡くなっていることを確かめた。
「魔族の仕業でしょうか?」
「いえ、まだわかりません。人族同士のいざこざかもしれません」
ガーネットは慎重に分析した。もし人族同士のいざこざなら、近くに人族がいるかもしれないからだ。
「お~い、マナ様~!」
すると、ノゾムちゃんが降りてきた。
「変な気配を……わぁ!? これ、ガーネットがやったの!?」
「いえ、もとより死んでおりました。ノゾム様、話の続きを」
「あ、うん。こっから北西に魔族の気配がするよ~。何人か集まってるみたい」
「そうですか……」
「え?」
ナナちゃんが驚きの声を上げた。
「どうしたの?」
ナナちゃんが固まっている。どうしたんだろう?
「何かありましたか?」
「……………あ、あのね、魔素を感じたの」
ナナちゃんがそう言った。
魔素……。前に聞いた、魔族や人族にとって毒になるものだって。なんで?
「もしかしたら、魔人系がいるかも」
魔人系!?
確か、帝国が昔、貧民区の子供をさらい、非道な人体実験をした結果、生まれたってノゾムちゃんが言ってたよね。そして、先代魔王が帝国を退けた隙に全員逃げたらしい。
魔人系の子たち……。もし、いるなら……。
「救いたい」
私はいつの間にか、そう言っていた。
みんながこちらを見て、微笑む。
「はい。それがマナ様の命令とあらば」
みんながうなずく。
ありがとう、みんな……。
そして、
「………」
ホウカちゃんが火を出して、死体を燃やす。
「あれ? 燃やしちゃうの? 森で? それに、手がかりになるかもなのに」
「はい。普通の火は燃え広がりますが、魔法の火では燃え広がりませんので。放置しては猛獣が寄ってきます」
なるほど、これも勉強になる。
「それに、魔素だけでは詳しいことまではわかりません」
そうなんだ……。
「じゃあ、進む?」
ナナちゃんがガーネットに聞き、ガーネットがうなずいた。
「はい。北西に向けて、進みましょう」
魔人系の子、そっちにいるのかな?
そんなことを考えると、少し不安になった。あんな実験を受けてきた子たちが、友好的に接してくれるかどうか。攻撃してきてもおかしくはない。それだけのことをされたのだから。
「誰かいるのか?」
ん? 今……。
「マナ様、誰かいます」
魔族かな?
そう思い、私は前に出た。
「私はマナ! 魔王になる予定のマナです! よければ姿を見せてください!」
「新しい、魔王様?」
「確かに、世界樹の力を感じるぞ」
「じゃあ、敵ではないの?」
「うん、敵じゃないよ」
私が優しくそう言うと、魔族が三人、姿を現した。
「一人は蟲系で、あとの二人は精霊系ですね」
ガーネットが冷静に分析する。
「えっと、こんにちは、魔王様………」
サソリの尻尾のような三つ編みの少女が最初に口を開いた。
「私、マナ! あなたたちは?」
「えっと……蟲系魔族、デススコーピオンのスズナ、です……」
あとの二人は小さい小人みたい。精霊系って言ってたっけ。
「私は、精霊系魔ピクシー族のシルフィです!」
緑色の髪をした小さな少女が、元気よく手を挙げた。
「……私は、同じく精霊系魔族ピクシーのルミナ、です……」
もう一人の少女は、少し恥ずかしそうにシルフィの後ろに隠れながら自己紹介した。
「スズナちゃんに、シルフィちゃんに、ルミナちゃんだね! よろしく!」
私は笑顔で三人に手を差し出した。
しかし、三人はすぐには返事をせず、私のことをじっと見つめていた。
「あ、あれ? どうかした?」
「……本当に、魔王様なの?」
スズナちゃんが、不安そうに尋ねてきた。
「うん! まだ魔王になる予定だけどね!」
「でも、世界樹の力を感じる……」
シルフィちゃんが私を見上げながらつぶやいた。
「それなら、本当に……?」
ルミナちゃんも、おそるおそる顔を上げた。
「うん! 私はみんなを助けたいと思ってるんだ。だから、まずはみんなのことを教えてほしいな!」
私がそう伝えると、三人は顔を見合わせた。
「……私たち、帝国から逃げてきたの」
スズナちゃんが、小さな声で話し始めた。
「帝国から?」
「うん……。私たち、ずっと追われていて……。だから、この森に隠れて暮らしていたんです」
「そうだったんだ……」
三人の表情には、どこか怯えた様子があった。きっと、これまでたくさん怖い思いをしてきたんだろう。
「もう大丈夫だよ!」
私は三人に向かって、できるだけ優しく微笑んだ。
「私が、みんなを守るから!」
「……本当に?」
ルミナちゃんが、か細い声で尋ねてきた。
「うん! 約束する!」
私は力強くうなずいた。
「……ありがと」
「これで、ひとまず任務完了かな~?」
「ほかに気配はありましたか?」
「ううん、なかった~」
「では、いったん戻りましょう」
帰る流れになっていた一行だったが、ナナちゃんは何かを考えている様子だった。
「どうしたの?」
「魔人系の子、どこにいるんでしょう」
あ、そうだった……。
私が探したそうな顔をしていると、ガーネットが口を開いた。
「では、ノゾム様。お三方を連れて、先に魔王城に戻っていてください。あとはマナ様と私たち三人で捜索します」
「わかった~。行こ~!」
ノゾムちゃんがスズナちゃんを担ぎ、シルフィちゃんとルミナちゃんはその後について行った。
「では、まいりましょう。再捜索、開始です」
「「お~!」」
私たちは拳を上げて、士気を高めた。
「………魔王?」
あれ? 今、何か聞こえたような……。




