第19話「外の世界の情報」
あれから数日後。私は魔王城の廊下を歩きながら、窓の外を眺めていた。
外の世界の情報を集めるとガーネットが言ってから、数日が経った。その間、私は魔法の訓練をしたり、魔王城の中を歩き回って仲間たちと話したりしていた。
けれど、そろそろまた外に出てみたい。実際に自分の目で見て、魔族たちがどんな暮らしをしているのか知りたかった。
「マナ様〜! マナ様〜!」
私が一人で廊下を歩いていると、後ろから声が聞こえてきた。
振り返ると、ノゾムが空を飛びながら、こちらへ向かってきていた。
「どうしたの?」
「ガーネットから聞いたよ〜! 情報を集めてるんでしょ?」
「うん。そろそろ、外に行こうかと思って」
「やっぱり! 私もついて行っていい?」
ノゾムは私の目の前でふわりと止まり、期待に満ちた目で見つめてきた。
外の世界には、どんな危険があるかわからない。だから、仲間が一緒に来てくれるのは心強い。それに、ノゾムは空を飛べる。地上からでは見えない場所も確認できるかもしれない。
「うん、いいけど、ガーネットに聞かなきゃね」
「あ! そうだね〜!」
ノゾムはそう言うと、くるりと体をひねり、急旋回して飛び去っていった。
……ガーネットに会いに行ったのかな?
「私も行こうかな。情報がどうなったか、聞きに行きたいし」
そう思った私は、ガーネットを探しに行くことにした。
廊下を歩き、何度か角を曲がる。途中、掃除をしていた機械系の魔族や、談笑している魔族たちとすれ違った。みんな、私を見ると丁寧に頭を下げてくれる。
「魔王様、こんにちは」
「うん、こんにちは!」
まだ魔王になったわけではないのに、みんなから魔王様と呼ばれるのは少し不思議な感じがする。でも、いつか本当に魔王としてみんなを守れるようになりたい。
そう考えながら歩いていると、一つの部屋の前にたどり着いた。扉の横には、小さな札が掛けられている。
『記録管理室』
「ここかな?」
名前からして、もしかしたら、ここにいるかもしれない。
私は扉を軽くノックした。
「ガーネット、いる?」
「はい。どうぞ、お入りください」
中から聞き慣れた声が返ってきた。私は扉を開け、部屋の中に入った。
「わぁ……!」
部屋の中には、たくさんの棚が並んでいた。棚には分厚い本や書類の束が整然と収められており、壁際の大きな机には地図が広げられている。その机の前で、ガーネットが何枚もの紙を確認していた。
「マナ様。どうかなさいましたか?」
「あ、うん。外の世界の情報がどうなったのか、気になって」
「そうでしたか。ちょうど、集めた情報を整理していたところでございます」
ガーネットは手元の書類をまとめると、私に向き直った。
「何か、わかったの?」
「はい。まだ十分とは言えませんが、いくつか重要な情報がございます」
ガーネットは机の上に広げられた地図を指さした。そこには、山や森、川、そしていくつもの街が描かれていた。
「まず、現在の魔族たちの居場所についてです。魔族の多くは、帝国の支配する地域におります。その中には、人間の街で働いている者もいますが、自由を認められているとは限りません」
「やっぱり、奴隷にされている魔族もいるんだよね……」
「はい。特に帝国の一部の街では、魔族を奴隷として売買することが行われているという情報がございます」
「そんな……」
私は思わず拳を握った。
魔族だからというだけで、誰かに売られてしまう。自分の行きたい場所にも行けず、好きなこともできない。そんな暮らしをしている魔族がいるなんて、やっぱり許せない。
「それで、助けられそうな魔族たちの居場所はわかったの?」
「いくつか候補はございます。ただし、正確な人数や、どのような警備が敷かれているのかまでは判明しておりません」
ガーネットは地図の一点を指さした。
「こちらは帝国の支配下にある街の一つです。過去に魔族の売買が行われていたという記録が残っています。ただ、現在も同じ状況なのかは確認が必要です」
「そっか……。じゃあ、まずはそこに行ってみるの?」
「いえ、いきなり街へ向かうのは危険です。魔王城から外へ出ること自体は可能ですが、帝国の兵士に見つかれば、マナ様がどのような立場の方なのか知られてしまう恐れもあります」
「あっ……そうだよね」
私は少し考え込んだ。
私が魔王になる予定だということが人間たちに知られたら、警戒されてしまうかもしれない。そうなれば、魔族たちを助けるのも難しくなってしまう。
「それに、帝国の街では魔族だけでなく、人間の住民も暮らしております。状況を知らずに行動すれば、無関係の方々まで巻き込んでしまう可能性がございます」
「うん。誰かを助けるために、別の誰かを危険な目に遭わせるのは嫌だもん」
「そのお考えは大切になさってください」
ガーネットは穏やかにうなずいた。
「では、どうすればいいのかな?」
「まずは、帝国の街に近い森を調査するのがよろしいかと。森には、人間の支配から逃れ、身を隠して暮らしている魔族がいるという情報もございます」
「森に?」
「はい。そこに暮らす魔族たちから話を聞くことができれば、帝国の実情について、より詳しい情報を得られるかもしれません」
なるほど。いきなり危険な街へ行くよりも、まずは森にいる魔族たちから話を聞くんだ。それなら、帝国のことも少しずつわかるかもしれない。
「わかった! 私、その森に行ってみたい!」
「……やはり、そうおっしゃると思っておりました」
ガーネットは小さく息を吐いた。
「ですが、マナ様。調査に向かうのであれば、護衛をつける必要がございます」
「護衛?」
「はい。マナ様は魔法の訓練を続けていらっしゃいますが、実戦の経験はまだ十分ではありません。外の世界には、魔族を狙う人間だけでなく、野生の猛獣なども存在します」
「うっ……」
確かに、私はまだ自分の魔法をうまく扱えない。クルミちゃんとレイアちゃんの戦いを見たときも、自分が実際に戦えるかと考えたら、まだまだ不安だった。
「私もついては行きますが、一人ではマナ様を完全に守れる保証はなく……」
「たしかに、猛獣や、人族なら集団で来る可能性もあるから」
「だからこそ、複数の仲間と一緒に行動することが大切です」
「それなら、ノゾムちゃんも一緒に来てくれるって!」
「ノゾム様が?」
「さっき廊下で会ったんだ。私が外に行くなら、ついて行きたいって言ってたよ」
「そうでしたか。ノゾム様は飛行能力をお持ちですから、周囲の確認にも役立つでしょう」
ガーネットはそう言うと、机の上に置かれていた別の書類を手に取った。
「ただ、ノゾム様だけでは不十分です。ほかにも護衛を用意し、必要な物資を準備いたしましょう」
「ありがとう、ガーネット!」
「いえ。マナ様をお守りすることも、私たちの務めでございますから」
私は改めて地図を見つめた。
そこには、まだ私の知らない世界が広がっている。魔族たちが暮らす森。人間たちが暮らす街。そして、自由を奪われているかもしれない魔族たち。
私が知らなければならないことは、まだまだたくさんある。でも、ここでじっとしているだけでは何も変わらない。
「ガーネット。私、ちゃんと自分の目で見てくるよ。外の世界がどうなっているのか。そして、魔族のみんながどんな暮らしをしているのか」
「はい。ですが、決して無理はなさらないでください」
「わかってる!」
……たぶん。
「マナ様、今、何か余計なことをお考えになりませんでしたか?」
「な、何でもないよ!」
ガーネットがじっとこちらを見てくる。うぅ……。どうしてわかるんだろう。
「それでは、準備が整い次第、お知らせいたします。出発までは、いつもどおり訓練を続けていてください」
「うん!」
私は元気よく返事をした。
いよいよ、魔王城の外へ出ることになる。どんな魔族たちに出会えるのだろう。そして、私は彼らのために何ができるのだろう。
不安もあるけれど、それ以上に楽しみな気持ちがあった。
「待っててね。今度は、私がみんなの力になる番だから!」
私はそう心に誓い、出発の日を待つことにした。
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魔王城のある空間の外、マナたちが行く予定の森にて。
「グッ!?」
小さな悲鳴が響き、ドサッという音がした。
「こいつも、持ってない………どこにあるの? 私のお父さんの『形見』………」
その声が森に響くが、誰にも届かない。
果たして、この者は……。




