第17話「魔法の包帯と治療室」
あのあと、私は一人で魔王城に戻り、たそがれていた。
窓辺に腕を置き、外の景色を眺めていた。空は青く、穏やかな風が吹いている。そんな景色を眺めながら、私はこれからのことを考えていた。
(二人の戦いを見てわかった。私はまだまだ弱い。これから頑張らないといけない……。みんなをまとめ上げるのだから)
私は拳を握り、さらに決意した。
そこに――ぺた、ぺた、ぺた、と不思議な足音が聞こえてきた。その音は私の後ろで止まった。
誰かいる?
私はそう思い、後ろを見た。
「………?」
え? 包帯を巻いた女の子?
そこには、包帯でほぼ全身を包んだ褐色の女の子が、包帯の隙間から私をじーっと見つめていた。
「えっと………」
と、とにかく、自己紹介しなきゃ!
「わ、私は魔王になる予定のマナ。あなたは?」
「…………」
少女はじーっと見つめたまま、一言も喋らない。謎の時間がしばらく過ぎた。
そこに、
「マナ様! こちらにいらしたのですね」
ガーネットがやってきた。そういえば、みんなに内緒で来ちゃってた。
「あ、うん。ちょっと考え事をね」
「そうでしたか。あら、ホウカ様もいらしたのですね」
ホウカちゃんって言うんだ。
「うん、なんか見られてた………」
「そうでしたか。この子はうまく喋ることができない魔族なので」
うまく喋ることができない?
「怪我してるの?」
「いえ、元々こういう魔族です。マミーというアンデッド系の魔族でございます」
マミー……。あぁ、ミイラ男、いや、この子の場合、ミイラ女になるのかな?
「………」
「あの、ずっと見つめてくるんですけど……」
「この子は見つめることで愛情表現をするのです。そこは慣れてくださいとしか……」
ガーネットが少し困ったように言った。
まぁ、困るのもわかる。
あれ?
「服とか着てないの?」
「はい、マミーは服を着ませんよ。包帯だけです」
だから裸足なんだ。寒くないのかな? それに、裸足だとトゲとか踏みそう。
「………」
ホウカちゃんが何かを手渡した。
「包帯の切れ端?」
「マミーの包帯は魔力伝導率がとても良く、魔法の訓練にはとてもいいアイテムですよ」
「そうなんだ! ありがと」
私はホウカちゃんの頭を撫でた。ホウカちゃんの目が嬉しそうに緩む。
「おそらくですが、あの訓練を見ていたのでしょう。手首に巻くと、良いですよ」
手首に……。
あ、手首に当てた瞬間、シュルシュルと伸びて手首に巻き付いた。
「すご」
「魔法の訓練もこれでよくなるといいですね」
ガーネットがそう言って、ホウカちゃんを撫でた。
撫でられるの、好きなのかな?
そう思った。私は手首に巻かれた包帯を見つめた。
「これ、なんだか不思議な感じがするね」
手首を動かしてみると、包帯はぴったりとくっついたまま、ずれることもなかった。
「その包帯は魔力を通しやすいだけでなく、マミーの魔力によって形を変えることもできます。ホウカ様の包帯は、特に質が良いものです」
「へぇ~! すごいね、ホウカちゃん!」
私はホウカちゃんに向かって笑顔を向けた。
「………」
ホウカちゃんは、相変わらずじーっと私を見つめている。でも、さっきよりも少しだけ目元が緩んでいるような気がした。
「えっと……もしかして、ガーネットが言ってたけど、私が魔法の訓練をしているところを見てたの?」
「………」
ホウカちゃんは、こくんとうなずいた。
やっぱりそうなんだ! ガーネットが言ってた通り。
「そっか! それで、この包帯をくれたんだね。ありがとう!」
私は改めてお礼を言った。すると、ホウカちゃんは私の顔を見つめたまま、ゆっくりと近づいてきた。
「ん?」
ホウカちゃんは私の手首に巻かれた包帯に触れた。すると、包帯がシュルシュルと動き、手首に巻かれた部分を少しだけ整えてくれた。
「おおっ! 自分で動かせるんだ!」
「マミーは自分の包帯を自在に操ることができます。ホウカ様は、その中でも特に器用でございます」
「そうなんだ! ホウカちゃん、すごいね!」
私は思わずホウカちゃんの頭を撫でた。
「………♪」
あ、やっぱり嬉しそう!
表情はほとんど変わらないけれど、目元が柔らかくなっている。うん、これは間違いない!
ホウカちゃんは撫でられるのが好きなんだ!
「ふふっ、可愛いなぁ」
「マナ様、あまり撫ですぎると、ホウカ様が離れなくなってしまうかもしれませんよ」
「えっ、そうなの?」
「以前も、私がしばらく撫でていたことがありまして。その際は、なかなか離れてくださいませんでした」
ガーネットが少し困ったように言った。
なるほど……。ホウカちゃん、思っていた以上に甘えん坊なのかもしれない。
「じゃあ、もう少しだけ!」
私はホウカちゃんの頭を優しく撫で続けた。
「………♪」
やっぱり嬉しそうだ。なんだか、こっちまで嬉しくなってくる。
「よし! また訓練を!」
私がそう言い出したところで、ガーネットが口を開く。
「それはいけません」
「どうして?」
「訓練のしすぎはいけない、たまには休んで、と、マナ様が言っていました」
「あ」
室内訓練場で、そんなことを言った気がする。
「えっと、これ、また今度試すね?」
私はホウカちゃんにそう言うと、ホウカちゃんはうなずいて、どこかに走り去った。
「元気な子だね」
「はい、マミーの中でもホウカ様は一段と自由に動き回るのです」
たしかに、包帯でぐるぐる巻きだけど、足取りは軽やかだ。
「そうでした。一つ、案内しなければならない部屋がありました」
「え? どこ?」
ガーネットは「ついてきてください」と言い、私はそのままついて行く。やがて、一つの部屋にたどり着いた。
「ここです」
ガーネットが扉を開ける。
「ベッドがいっぱいある」
その部屋には、ベッドやカーテンがたくさんあった。それはまるで学校の保健室のようだった。
「1階にある治療室でございます。案内を忘れていました」
だから、保健室みたいなんだ。
「あら~?」
声?
その声を聞き、私は治療室を見回したが、誰もいない。
「あ! すみません、ステルス魔法を使ってました~」
その声が途切れた途端、目の前に金髪の神官っぽい少女が現れた。
「わぁ!?」
私は思わずしりもちをつく。
「あらあら、すみません、すみません。どこかお怪我は?」
少女がそう言って手を差し伸べてくれた。私はその手を取り、立ち上がる。
「ううん、大丈夫! 私は魔王になる予定のマナ! あなたは?」
「魔王様!? これは失礼しました! 私はホーリースライムのリーンといいます。先程の無礼、お許しください」
「え! いや、大丈夫だって!」
「マナ様がお許しくださっているから、普通にしたらいいですよ、リーン様」
「あ、先代魔王様と同じく、お優しい方なんですね」
「リーン様はここでお怪我やお病気になられた方を治療してくださる方です。マナ様も、何か不調などございましたら、ここに」
「ありがと」
「もったいないお言葉、元は私の失態ですので」
みんな礼儀正しいな~。でも、悪い気はしないかも。皆優しいってことだから! うん。
「わかった。不調とかあったらここに来るね」
「お待ちしております」
リーンちゃんが頭を下げ、にっこりした。
私はふと、室内をもう一度見た。
「あれ、薬品?」
私は奥にあった棚を指さす。
「はい、色々なお薬も使っておりますので~。よければ見ていってください~」
リーンちゃんが手招きをして入っていく。私とガーネットも入る。
棚には、色とりどりの液体が入った小瓶や、乾燥した植物を詰めた袋が並んでいた。見たことのない形の薬草もある。中には、淡い光を放っている瓶まであった。
「わぁ……! これ、全部お薬なの?」
「はい~。傷を治すものから、魔力を回復させるものまで、色々ありますよ~」
「魔力を回復させる薬もあるんだ!」
私は思わず身を乗り出した。
魔法の訓練をしていると、魔力を使いすぎてしまうこともある。そんなときに薬があれば、もっとたくさん練習できるかもしれない!
「マナ様、先程も申し上げましたが、訓練のしすぎはいけませんよ」
「うっ……そ、そうだった」
ガーネットに釘を刺されてしまった。
「ふふっ、マナ様は魔法の訓練を頑張っていらっしゃるのですね~」
「うん! まだまだうまく使えないから、もっと練習しないと!」
「ですが、無理は禁物ですよ~。魔力を使いすぎると、体調を崩すこともありますからね~」
「そ、そうなの!?」
「はい~。ですから、疲れたときはしっかり休んでくださいね~」
リーンちゃんは、にこにこと笑いながら教えてくれた。
そっか……。魔法って、ただ使えばいいわけじゃないんだ。ちゃんと自分の体のことも考えないといけないんだね。
「わかった! 気をつける!」
「はい~。それが一番ですから~」
私は改めて棚を眺めた。
これだけたくさんのお薬があるなら、魔王城のみんなも安心して暮らせそうだ。怪我をしたらリーンちゃんが治してくれるし、魔法の訓練にはホウカちゃんの包帯もある。
魔王城には、私がまだ知らない仲間たちがたくさんいるんだ。
(みんな、それぞれ得意なことがあるんだね……)
クルミちゃんとレイアちゃんの戦いを見たときも思ったけれど、みんなの力を知ることは、魔王になるうえで大切なことなのかもしれない。
私は手首に巻かれた包帯にそっと触れた。
(私も、みんなの力をちゃんと知って、みんなを守れる魔王にならないと!)
「リーンちゃん、色々教えてくれてありがとう!」
「いえいえ~。いつでもいらしてくださいね~」
リーンちゃんは、優しく微笑んだ。
「はい。では、マナ様。そろそろ行きましょう」
「うん!」
私はガーネットにうなずき、治療室を後にした。
まだまだ知らないことばかりだけど、焦らず一つずつ覚えていこう。
そう心に決めながら、私は魔王城の廊下を歩き始めた。




