第10話「機械系」
赤いメイド服を着た機械系の魔族の少女は、私を魔王と呼んだ。
「えっと、どういうことかな? 私、まだ魔王じゃないよ?」
戸惑いながら尋ねると、少女は私の持つ杖に視線を向けた。
「あ、これを持ってるから?」
「そ〜じゃないかな〜。先代魔王も〜、世界樹の杖を持ってたって伝えられてるよ〜」
そう言いながら、ノゾムが戦闘態勢を解いて降りてきた。
「はい。先代の魔王様も、世界樹の杖をお持ちでした」
少女も頷く。
やっぱり、この杖が理由なんだ。
「そうなんだ……。あ、ねぇ、君の名前は? 私はマナ」
私が尋ねると、少女は立ち上がり、姿勢を正した。
「ワタシは魔族ブラッディーキラーのガーネット、と申します。魔王様」
「魔王様じゃなくて、マナって呼んで?」
「……はい、マナ様」
……様はつけるんだ。
まあ、無理に呼び方を変えてもらう必要はないか。
「私はノゾム!」
「メルです」
ノゾムとメルも、それぞれ自己紹介をした。
ひとまずお互いのことはわかったし、次は魔王城の中を見てみたい。
「ねぇ、入ってもいい?」
私は目の前にそびえ立つ魔王城を指さした。
「もちろんです。私は先代魔王様の戦闘メイドの長。建物内のことは熟知しております。では、マナ様、お連れの方々、ついてきてください」
ガーネットはそう答えると、魔王城へ向かって歩き始めた。
私たちも、その後についていく。
城の中に入ると、思っていた以上に綺麗な光景が広がっていた。床や壁はきちんと整えられ、ところどころにはおしゃれな装飾も施されている。
もっと古びていて、荒れ果てた場所を想像していたんだけど……。
「中、結構綺麗だね〜」
「はい。魔族の皆様がここに来ては掃除をしていらしたので。それに、我ら機械系の魔族はここに住み着き、掃除をしていました」
「じゃあ、他にもいるの?」
「はい。私の他に、ジェノサイダーが十体ほどおります」
……ジェノサイダー?
名前からして怖そうなんだけど。
「襲ってきたりしないよね?」
私は少し不安になりながら尋ねた。
「はい。すでに伝達済みですので」
「ああ、良かったー」
私はほっと胸をなでおろした。
さっきの戦闘みたいに、また襲われたらたまったものじゃない。
「ジェノサイダー、量産型の殺戮機械ですね」
メルが説明する。
「十体か〜。少ないね〜」
ノゾムが不思議そうに呟いた。
「あの戦いでほとんどが壊れ、あとは経年劣化で壊れてしまった者もたくさんおります」
ガーネットは淡々と答えた。
「そうなんだ……」
私は少しだけ言葉に詰まった。
そうか。機械だもんね。
ずっと動き続けられるわけじゃないんだ。
先代魔王と一緒に戦っていた機械系の魔族たちも、戦争で壊れたり、長い年月の中で動かなくなったりしたんだろう。
後で見つけたら、ちゃんと埋葬してあげよう。
私は心の中で、そう決めた。
そのときだった。
ドスンッ、ドスンッ。
「わぁっ!? な、なに?」
突然、地面が揺れるような重い足音が響いた。
廊下の奥に目を向けると、薄暗い向こう側で何かが怪しく光っている。
その光は、ドスン、ドスンという足音とともに、少しずつこちらへ近づいてきた。
一体、何が来るの……?
思わず身構えた私とは対照的に、ガーネットは落ち着いたままだった。
「大丈夫ですよ」
やがて、廊下の奥から大きな影が姿を現した。
「ストーンゴーレム!」
メルが声を上げた。
(ストーンゴーレム……。見た目は岩が重なっているだけに見えるけど……)
目の前に現れたのは、いくつもの岩を組み合わせたような巨大な魔族だった。
本当に、あれも魔族なんだ……。
「ストーンゴーレム、魔王様です。ご挨拶を」
ガーネットがそう促すと、ストーンゴーレムは私のほうを向いた。
「……」
……。
(喋れるのかな?)
私がじっと見つめていると、ストーンゴーレムはゆっくりと口を開いた。
「……魔王……様……コンニチ、ハ……」
あ、喋った。
……というか、どこに口があるの?
「こ、こんにちは」
私は思わず背筋を伸ばし、ぎこちないお辞儀を返した。
ストーンゴーレムは満足したのか、こちらに手を振ると、再び重い足音を響かせながら歩き去っていった。
……なんだか、不思議な子だったな。
「ストーンゴーレムは温厚ですよ。ゴーレム系は大切なものを守るためなら、大きな力を発揮して守ります」
「そうなんだ」
魔族にも色々いるってことかな。
まあ、まだ少ししか会っていないけど、人間と同じなのかもしれない。
それぞれ性格も違うし、得意なことだって違うんだろう。
「そういえば〜、天井高いね〜」
ノゾムが天井を見上げながら言った。
言われてみれば、確かに高い。
ストーンゴーレムが通っても、窮屈そうには見えなかった。
「はい。大きな魔族も入れるようになっています。先程のストーンゴーレムのように、無機物系は極稀に人型ではない魔族が生まれることもありますので」
「全員が人型じゃないの?」
「ほぼ全員が人型だよ」
メルが答えた。
「あ、そうなんだ。最初に会ったときにも、そんなことを言ってたね」
私は以前メルから聞いた話を思い出した。
この世界の魔族は、人間と同じような姿をしている者が多いらしい。
でも、ストーンゴーレムのような魔族もいるんだ。
「親切設計なんだね〜」
ノゾムは感心したように言うと、ふわりと飛び上がった。
「ちょっと探検してくる〜」
「えっ、ちょっと、ノゾム!?」
呼び止める間もなく、ノゾムは廊下の先へ飛んでいってしまった。
……自由だなぁ。
「騒がしい方ですね」
ガーネットがノゾムの飛んでいった方向を見ながら言った。
「良い子ではあるよ」
私は苦笑しながら答えた。
すると、ガーネットは真面目な顔でこちらを向いた。
「魔王……マナ様のお友達に、良い子ではない方がいるわけがありません」
(そんなに信頼されたら、逆に怖いんだけど……)
私は心の中でそう呟いた。
まだ会ったばかりなのに、そこまで言い切れるなんて……。
まあ、悪い気はしないけどね。
その後も、私たちはガーネットの案内で城内を歩いていった。
しばらく進んだところで、ガーネットが足を止めた。
「ここが食堂です」
彼女が示した先には、大きな両開きの扉があった。
「食堂……」
ガーネットが扉を開く。
その向こうには、広々とした部屋が広がっていた。
長いテーブルがいくつも並び、それぞれに椅子が置かれている。壁には装飾が施され、部屋の奥には料理を並べるための台もあった。
思っていた以上に広い。
これだけの広さがあれば、たくさんの魔族が集まって食事をすることもできそうだ。
「広いですね。というか、一階にあるんですね。廊下をいくつか進んだだけですし」
メルが室内を見回しながら言った。
「はい。もし侵入者が来ても、すぐに出動できるように、とのことです」
「なるほど」
食堂を出て、私たちは再び廊下を進んだ。
廊下にはいくつもの扉が並んでいる。
その一つを見て、私は尋ねた。
「この部屋は何ですか?」
「こちらは倉庫です。食料や日用品、掃除用具などを保管しています」
「へぇ〜、ちゃんと整理されてるんだね」
扉の向こうにある倉庫も、きっときちんと管理されているのだろう。
「はい。物品の管理も、私たち機械系の魔族の役目です」
「なるほどね〜」
機械系の魔族たちは、戦うだけでなく、こうして城の管理もしているんだ。
さらに進んでいくと、壁に飾られた絵や、綺麗な花が生けられた花瓶が目に入った。
「こういう飾りもあるんだね」
「先代魔王様は、魔族の皆様が快適に過ごせる場所をお望みでした。そのため、装飾にも気を配っておられました」
「そっか……」
私は壁に飾られた絵を見つめた。
先代魔王って、ただ強かっただけじゃないんだ。
魔族をまとめ上げ、人間との戦いに勝った魔王。
そんな話を聞いていたから、もっと戦いのことばかり考える人なのかと思っていた。
でも、この城を見る限り、そうじゃなかったみたい。
魔族たちが少しでも快適に過ごせるように、こうした場所まで整えていたんだ。
私はまだ、先代魔王のことをほとんど知らない。
それでも、この城に残されたものを見ていると、どんな魔王だったのか、少しだけわかる気がした。
「……すごい人だったんだね」
思わず、そんな言葉が口からこぼれた。
「はい。先代魔王様は、偉大な御方でした」
ガーネットは、いつもの丁寧な口調で答えた。
その言葉には、長い年月が経った今も変わらない敬意が込められているように感じられた。
やがて、私たちは階段の前にたどり着いた。
「こちらから二階へ上がれます」
ガーネットが階段を示す。
「二階には何があるの?」
「魔導実験室、図書室、客室や休憩室などがございます。詳しいことは、実際にご覧いただくのがよろしいかと」
「おお〜! まだまだ探検できるんだね!」
思わず声が弾んだ。
魔王城には、まだ見ていない部屋がたくさんある。
どんなものがあるのか、気になって仕方がない。
「ふふ、そうですね」
ガーネットも、ほんの少しだけ表情を和らげた。
私は世界樹の杖を握り直し、階段を見上げた。
先代魔王が残した、この大きな城。
ここには、まだ私の知らない場所がたくさんある。
そして、ここで暮らしていた魔族たちのことも、先代魔王のことも、私はもっと知っていきたい。
「よし、二階に行こう!」
私はみんなに声をかけた。
こうして私たちは、ガーネットに案内されながら、二階へと上がっていった。




