第2-13話 絶望
電話越しに伝えられるその報告に伊敷季は軽く絶望し、頭の中はこの歪な現状の不理解で埋め尽くされていた。
葛西水引と牟婁星藍、この二人はある期間の記憶を抜かれている。仕着せを無視した行動と言動、記憶が抜かれていないければ説明がつかない。記憶が抜かれていると仮定して場合、説明がつくのだからもう疑う余地はなかった。電話は伊敷季が一方的に終了させ、地下牢には重い静寂が数秒流れる。
伊敷季毎伽「はめられた…」
伊敷季は声を絞りだし、そういった。伊敷季がここまで絶望している理由を花城には理解できた。
花城如音「どうする?お前の仲間は【もう使えないぞ。】」
理由を代弁した花城の声にもまたうっすら気分の失墜が含まれていた。
伊敷季毎伽「誰だ…?一体誰がやった?」
二人の記憶が失くなった理由はわかっている。アナリストかスレイブリー、そのどちらかの種性核者による犯行だ。アナリストかスレイブリーしか他者の記憶を操作する力は持っていない。そしてなぜ記憶を抜かれなければならなかったのか、その【原因】もあらかた予想がつく。まず、伊敷季の思惑がバレたのだろう。極楽の上層部はこの八次の幸奪戦争に悪魔を利用しようとしているが、伊敷季は得たいの知れない悪魔を使うことに反対している。それを止めるために、信頼できる葛西やある程度の戦力は保証されている佐藤要を地獄へ送り込んだ。それがなぜかバレた。
この際、バレた理由はどうでもいい。問題なのは、【葛西や牟婁星が失格になっている可能性があるということだ】。
伊敷季毎伽「獄人も楽人も一度冥界で死ぬと、【固定された場所、地獄にリスポーンされる。】楽人はそもそも死ぬなんてことはほとんどないうえに、死んだとしても今の葛西や牟婁星のようにすぐ極楽へ戻れる。だからこそ、あいつらが失格になっているかどうか確かめようがない。」
彼らが記憶を抜かれ、一度失格にされた可能性がある以上、うかつに彼らを使うことはできないうえに、仮に失格になっていないとしても彼らは悪魔の存在を覚えていない。
伊敷季毎伽「葛西が自身の思いを封じてまで地獄へ行くことを了承してくれたのは、悪魔の生成を止めるというこの冥界を守るという大義の強さがあったからだ。それを知らない以上、俺の頼みでも行ってくれるとは思えない。」
だからこそ、彼らはもう使えないのだ。そして、はめられた。何者かの手によって。
花城如音「【切り札】を使うか?」
伊敷季毎伽「いいや、まだだ。それを使うにはあまりに早い。せめて、誰がやったのかくらいは掴まないと。」
伊敷季の持つある【切り札】。それは最強の手だが、闇雲には使えない。最強であるからこそ、一番重要な場面で切らなければ伊敷季の目的は叶わない。
花城如音「他に信頼できる管理者はいるか?」
伊敷季毎伽「いいや、残念ながら一人も。さて、どうしたものか…」
椅子に豪快に座り込み、額に手首をあてながら必死に打開策を考えていた。そのとき、この地下牢に本来生じるはずのない足音が聞こえてくる。
伊敷季毎伽「…誰だ?」
怪訝そうに椅子から立ち上がり、ゆっくりとその足音の正体へと近づきはじめる。
桝田小春「伊敷季様でよろしいでしょうか?」
それは女性だった。そして、この幸奪戦争のいく末に対して意見をのべることができる数少ない楽人の権力者。桝田小春。彼女の隣にもう一人男性がいる。それは自分の部下だった。
桝田結城「お久しぶりです。伊敷季さん。実は、あなたにお会いしたというものがいまして。」
管理者ナンバー9、桝田結城。横にいる桝田小春の弟だ。結城一人だけでは聞き入れてくれないと思ったのか、権力者の圧をかけてきやがった。
伊敷季毎伽(小春さんがいる以上、適当に断るわけにはいかないしな。)
仕方なく、そのものと会うことに伊敷季は了承した。
伊敷季毎伽「わかった、誰に会えばいい?」
桝田結城「ありがとうございます。少々お待ちください。」
そういって、桝田結城は席を外し、桝田小春との二人きりとなる。
伊敷季毎伽「いかれないんですか?」
弟の願いをかなえるための付き添いはもう済んだはず。それでもなお、この地下牢に残っていることに疑問に思った。
桝田小春「伊敷季さん、あなたはこの冥界の在り方がどのようにあるのが正しいとお考えですか?」
純粋な世間話なのか、雑談なのか、それても自身の行動に目をつけた上での発言なのか、伊敷季の目はわずかに狭まる。
伊敷季毎伽「正しい在り方というのはないと思っております。例え、どんな手を施しても不幸になる人は必ず存在する。だからせめてその不幸になる人は悪人であるべきだと私は考えます。」
すべて本心からの言葉だ。
伊敷季毎伽(俺は獄人に同情なんかしねえ。ただ、やつらが悪魔になることを俺は避けたいだけだ。)
桝田小春「伊敷季さんらしい答えですね。少し安心いたしました。」
伊敷季毎伽「それをきくためだけに、わざわざお越しに?」
桝田小春「いえ、私の用は別にあります。」
伊敷季毎伽「??」
桝田小春「伊敷季さん、早急に【花城如音を消してください。】」
伊敷季の目は人を見つめる眼差しから、獄人に向ける視線へと変わった。
とりあえずの仮拠点を確保した桐生、我殺、荘重。桐生と荘重は我殺の言った、なぜか勝利者である佐藤要が地獄にいるという事実に対しての詳しい説明を求めていた。
桐生亜衣「どういうこと?勝利者を最初から極楽に連れていく気がないなら、すぐに始されるはず。何で、数ヶ月極楽の生活をさせて、途中参加させられてるの?」
桐生のもっともな疑問に、荘重も佐藤要という人物は知らないにせよ、共感を示していた。
我殺狂助「本人から聞いた方が早いだろうな。少しまってろ。」
そういい、我殺の右腕につけられている腕時計を操作し出す。一分ほどしたのち、その時計から音声が流れ始める。
伍代翔地「我殺さん、どうかしましたか?」
わずかなノイズ音とともに流れるその音声は伍代によるものだった。
我殺狂助「伍代、こちらは桐生と新しい参加者であるアンティワームと行動をともにすることになった。aにまだ大きな動きは見られない。そっちの状況を、【佐藤要のことも含めて】もう一度詳しく聞かせてくれ。」
六次のときに縁があったのか、伍代と我殺は親しげにお互いに信頼を持っている様子で、桐生も少し驚いていた。
伍代翔地「わかりました、まずどこから話しましょう?」
話してもいいんですね?という忠告を交えた質問をするわけでもなく、二つ返事で了承する。伍代の我殺に対する信用はもう十分にあるのだろう。
我殺狂助「桐生もいるからな、幸奪戦争が始まったときから説明してくれ。」
伍代の口からは最初、榎宮愷を抹消しようと、木崎とともに襲いかかったことが報告された。しかし、桐生はそれを知っていたかのように冷静で榎宮の存在をまだ信じていた。自身の記憶がまだ鮮明に残っているからである。
桐生亜衣「1つ質問なんだけど、愷くんは今どうなってる?」
まだ脱落していないとはいえ、bの状況が全く分からないので、桐生もそこは不安になってしまった。
伍代翔地「知りません。どっか行きました。」
桐生亜衣「は!?」
訳の分からない報告に、若干怒りを交え叫んでしまった。伍代は慌てて自身の言葉に修飾を加える。
伍代翔地「分からないんですよ。【榎宮愷を襲ったそのあとのことを。】】
桐生・荘重(そのあとのこと…?)
二人で共通の疑問を持ち、伍代の言葉にさらに耳を傾ける。
伍代翔地「僕も木崎さんも榎宮愷を襲ったあとのことが記憶になくて、頭の中に空白の時間があるんですよ。」
荘重飯嶌「え、どういうことですか?」
我殺狂助「外部の人間に記憶を抜かれたんだろうな。伍代や木崎の動きを止めるために。」
桐生亜衣「記憶を抜くことができるのって…」
我殺狂助「あぁ、アナリストかスレイブリー。そのどちらかの種性核者だ。」
とはいってもaのものたちに記憶を取り返すことなどできるわけがない。もともと手一杯な状況な上に、bのところへ戻るなど無理な話だ。ここでようやく桐生と荘重は我殺の【俺らがどうこうできるわけじゃない】の真意を知る。
伍代翔地「一応、そっちから送り込まれてきた181人の参加者のうち94人は確認しましたが、全員シロでした。残りの87人も確かめますが、期待できないでしょう。」
我殺狂助「お互い、状況下においては苦しいな。」
伍代翔地「またなにか、掴んだらお互い報告しましょう。それでは。」
そういって、伍代は通話を終了させようとした。しかし、
桐生亜衣「まって!!」
桐生の言葉がそれを一時的に静止させる。
伍代翔地「まだなにか用が?」
桐生亜衣「もし、愷くんを見つけたら、君はどうする気?」
伍代翔地「普通に消しますけど。彼を存在させておくメリットはおろか、存在するだけリスクしかない。それは一緒に行動してきたあなたも分かっているでしょ。」
桐生亜衣「…そっか。」
伍代翔地「…え?」
思いの外、なんならほぼ二つ返事で手を引いた桐生に対し少し拍子抜けした。
伍代翔地「え、え、と、止めないんですか?」
思わず漏れ出たその声に伍代自身も驚いてしまった。
桐生亜衣「私は愷くんと一緒に極楽にいきたい。でも、私が一緒に行きたい愷くんは前よりマシな愷くんがいいの。私が胸を張って誇れる人、そういう人に愷くんにはなってもらわないと。」
伍代にはわけが分からなかった。その口ぶりから察するに榎宮愷の罪は知っているらしい。そして彼女はその罪を赦すのではなく、
償わせようとしている。大切な存在を失われたくない気持ちがあるはずなのに、償いを優先させるその姿に伍代は困惑した。
桐生亜衣「愷くんのしたことは多分、どうやっても赦されないとおもう。だからせめて悪いことしたをした人に誠意を見せるくらいはしてもらわないと、私の横に立つ資格はないから。」
桐生の言葉に伍代は黙り込むしかなかった。十数秒の沈黙の後、通話は切られる。
桐生亜衣「あ、切れちゃった。」
伍代翔地「なぜあんな人が榎宮を好きになる…?」
人の罪は赦さず、ただ受け入れることはする。自分だけは見捨てず味方でいる。そんな優しい人が優しさを向ける相手がなぜ榎宮なのか、伍代には理解できなかった。
桐生亜衣「とりあえずどうしようか。監視者を探そうにもさすがに人数が多いよね。」
通話のことはさっぱり忘れたかのように振る舞い、今後の出方について話し合う。我殺と荘重も通話のことを蒸し返すことはせず、自身らに課せられた問題について話し合うことにした。
我殺狂助「一つ疑問に思うのが、エスケープだな。」
桐生亜衣「エスケープ?」
我殺狂助「あいつらは戦闘力が俺らの五分の一以下しかない。エスケープの中で最後の一人になれば、種核醒というソイーブルに似た力が手にはいる。なぜそうしない?」
荘重飯嶌「あ、そうか。監視者はエスケープの誰か一人を適当に手懐けて他のエスケープを全員失格にすればいい。そうすれば大きな戦力が手駒にはいる。」
エスケープはエスケープ同士で位置情報の共有がされている。荘重の言ったその方法は実際、実現可能ではあるのだ。
桐生亜衣「けど、そうしていないってことは戦力が必要というより、人数が必要ってこと?」
我殺狂助「その可能性もあるな。それを確かめるために一つ試してみたいことがある。」
桐生亜衣「え、何する気?」
我殺の考えている実験は単純明快。だが、桐生と荘重にはとち狂った暴案にきこえた。
我殺狂助「参加者を1000人集める。」
桐生・荘重「…は?」
ゲーム開始から十二時間
残り参加者4819人




