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42.さっちゃんと隣のピアノ

(さっちゃんと隣のピアノ)


 この騒動の後は、愛実も真面目に学校に来るようになり、一学期も無事終了した。

そして、夏休み……

 愛実たちは、また伊豆の民宿にやって来た。

 愛実がバスを降りると、香奈とお婆ちゃんが待っていた。

 香奈は、愛実たちの姿を見つけると、もう嬉しくて思わず駆け出してしまっていた。

「お姉ちゃん……」

 でも、それから何を話して良いのか分からず、うつむいてしまっているだけだった。

「やっほ―、香奈ちゃん来たよっ!」

 愛実は自分の胴体ほどある、ランドリーバックのような、リュックを重そうに肩に背負って降りてきた。

 香奈は、あがってしまって、少し顔を強ばらせながら、精一杯の笑顔で愛実たちに話しかけていたが、声にはならなかった。

「香奈ちゃん、元気だった?」

「……、うん」と香奈は小さくうなずいた。

「そ―、よかった。ピアノは、弾いているかな?」

「うんっ!」

 今度は、はっきりと返事を返した。

「ねえねえー、お姉ちゃん。ピアノ弾いて、弾いて!」

 さっきまで、おとなしかった香奈は、急に元気になって、愛実の手を引っ張りながらせがんだ。

「はいはい、香奈ちゃん、本当にピアノ好きねー」

 香奈は、愛実の手を引っ張りながら民宿に帰ろうとしたとき……

「香奈っ! 正美には挨拶してくれないのかなー?」

 正美は少し不機嫌そうにバスのステップ降りた。

 去年までは、真っ先に正美に抱きついて来た香奈だった。

「ま―あ、ま―あ、正美。そんなことで妬かないのー」と後ろから、愛実と同じ、リュックを重そうに抱えながら麗子も降りてきた。

「ほら、香奈ちゃんが困っているじゃない。正美が小姑根性を出すから―」

「誰が小姑よっ!」と正美は、麗子に突っかかった。

「そうよー、オバサンは、ほっといて行きましょう―」

 今度は愛実が、ちゃかしながら、香奈の手を取って先を急いだ。

「ちょと、アミっ! 誰がオバサンよ―!」と正美は怒って、二人を追いかけた。

 それを見て、愛実と香奈は、今とばかりに一斉に駆け出した。

 香奈は、けらけら笑って嬉しそうに愛実に引っ張られて逃げていった。

「ちょっと待ってよ―!」

 麗子も重いリュックに振り回されながら、三人を追いかけた。

 去年の夏休みには、愛実と麗子は、この同じ道を世界の果てにたどり着いた思いで歩いていたのが嘘のようだった。

「何よ―、あの二人……、いつの間に、あんなに元気になったのかしら―?」

 正美が追うのをやめたので、ようやく麗子が追いついて来た。

 麗子は、少し息を弾ませながら、肩にくい込んだバックを上げながら懐かしそうに思い出を話し始めた。

「……、私の時と同じだわ―」

「え―、何が同じなの……?」

 正美は麗子よりも、更に激しく息を弾ませていた。

 海は、すぐそばにあって、ほのかな磯の香りの空気で満ちていた。

「私が、アミの家の隣に引っ越して来たころ、私、まだ三歳だった。それで友達もいなくて、いつも家の前の道で、一人でお人形相手に遊んでいたの……」

「へ―、何して遊んでいたの?」

「さ―あ、何だったかな―。多分、おままごとかな。サッちゃんっていうお気に入りの人形がいてね。歌にあるでしょう。さっちゃんっていう歌。あれが好きでね。それで名前付けたの。正美はやらなかった?」

「ウフフフ、やった、やった。でも、レイって、小さいころは、以外と暗かったのね―」

「そうかもしれない。サちゃんはね。お母さんが作ってくれたお人形でね。あの頃の私と代わらないくらい大きくて、本当の友達みたいだった。それで、いつもサちゃんを抱えながら、朝起きてから夜寝るまで、ず―と話しかけていたわ。それでね、いつものように家の前で、さっちゃんと遊んでいると隣の家から、何か楽しそうなピアノの音が聞こえてくるの。最初は、そんなに気にしていなかったんだけど、よく考えてみるとピアノが鳴りやまないの。朝から晩まで―」

「じゃ―、アミの家は、近所迷惑ねっ!」と正美は愛実の迫力あるピアノを想像していた。

「違うの、そんなに大きな音ではなく微かな、耳をすませてやっと聴こえる程度の音なの。でもそれが不思議なのよ。微かにしか聞こえないはずのピアノの音が、じっとして心を静めていると、その音がだんだん、だんだん、大きくなって、はっきりと聞こえてくるようになるの。それが不思議で楽しくて、少しでも時間が空くと、外にでてはアミの家の方に耳を澄ましていたわっ!」

「アミは、そんな小さい時から、しっかりしたピアノが弾けていたのね―」

 正美はいつの間にか、すっかり麗子の話の中にいた。

「さ―、上手っだたかどうかは、わからないけど、私も小さかったから。でも、どんな人が弾いているのかな。多分、髪の長い綺麗な背の高いお姉さんじゃないかと思って想像してたの。それで逢ってみたいなって、いつも思っていた……」

「それで、レイの方からアミの家に行ったの?」

 正美は焼け付く太陽の照り返しも忘れて、麗子の話に夢中だ。

「う―ん、そのころの私は、もじもじの引っ込み思案の子だったから……」

「へ―、今のレイとはおお違いね―」

 正美はいつもの癖で思わずちゃかしてしまった。

「あら、そんなことないわよ。今でもお淑やかで困っていますわ!」

「冗談は、いいから、それからどうしたの?」

「信じてないな―」

「いいから、どうしたの?」

 麗子は小さい頃は、無口で恥ずかしがり屋なおとなしい子だったのが、いつの間にか元気印のやんちゃ娘になったのか自分でも考えていた。

「そうよねー、昔は雛人形のような子だったのよねー。きっとアミのせいだ。アミのおてんばが移ったんだ!」

「だから、雛人形でも五月人形でもいいから、それからどうしたの……?」

 麗子は、一人納得していたが、正美は早く話の続きが聴きたかった。


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