30.それぞれの道
(それぞれの道)
中学二年生、春……
桜の花が花吹雪になるころ、愛美と麗子は、新学期を迎えた。
そして、いつものように同じクラスになった。
しかし、正美は隣のクラスだった。
「くやしなー、せっかく仲良くなったのに……」
正美は、愛美と麗子をうらやむように見つめた。
「ま―あー、仕方ないわね……」
麗子は、冷静に呟く。
「でも、噂は本当だったのね。アミとレイは別々のクラスにならないって……」
正美は、あきらめきれない表情だ。
「ま―ねー、小さい頃、とんでもないことをやっちゃたからねー。それに小学校のときからアミは、ほとんど学校に来てなかったから。先生がたも、少しでもアミが学校に来やすいようにと、はからってくれたんだと思う。多分、中学にも問題児として伝わっているんじゃないかな―」
愛美は、舌を出して麗子の視線をそらした。
「あ―あ―、私もだだこねようかなー」
「正美、もう子供じゃないんだから―、それに内申書に響くわよ!」
「そうよね―」
正美は、それでも不満そうだ。
「でも、いいじゃない。部活は一緒だからっ!」
麗子は、正美を慰めるように言った。
それに続けて愛実も……
「それに、隣のクラスなんだから、授業の間でも逢えるじゃないっ!」
「でも、そのうち新しいクラスにも友達ができて、いつか私たちのことなんか忘れちゃうわよ」と、麗子は悲観的な言いまわしだったが、毎年繰り返される成り行きを誰もが知っていた。
「そんな―あっ、忘れちゃ―いやだよー!」と愛美は、正美に擦り寄った。
「う―ん、忘れない……」
正美は、愛実を抱き寄せて背中を撫ぜた。
「なにやってんのよ、そういうことじゃないでしょうー」
麗子は、真面目に心配していいることが馬鹿らしくなってきた。
「正美ちゃん。いつでも逢えるからね―」
「うん、あえるねー!」
さらに、体を撫であって抱き合う二人……
「二人で、一生やってな!」
麗子は、ついに愛想を尽かした。
麗子と愛美が、正美と別れて教室に入ると、そこには、いつもの新学期の落ち着かない風景があった。
そして担任が入り、最初に配られたプリントが進路希望の調査書だった。
「え―え―っ!」
クラスの中がどよめいた。
「何がえ―だ、早いほうがいいだろ―、 一年なんてあっという間に終わってしまうぞ!」
そう言いながら、担任はプリントの説明をしだした。
愛美は、そのプリントに悪寒が走った。
(何だろう。このいやな気持ちは……)
愛美は、だんだん沈んでいく気持ちを一生懸命、自分で自分を励ましていた。
「明日、提出のことっ!」
クラスがまた、どよめいて担任が教室を出ていった。
新学期、第一日目が終わって、その帰り道……
愛美は無口だった。
麗子は、愛美に歩きながら、それとなく話し始めた。
「アミ、進路どうするの?」
「……、……」
愛美の返事はなかった。
「ね―、アミっ、私と同じ高校にしない。そうじゃなくっても、アミの行きたい高校でもいいけど……?」
麗子は、並んで歩いている愛実の横顔に言った。
「……、……」
愛実は、麗子を見ていなかった。
「本当は、高校なんて、どこでもいいの。アミと一緒なら……」
「……、……」
「ね―えっ、アミ?」
麗子の問いかけに、愛実はやっと重い口を開いた。
「私、進学しないよ。私、学校、嫌いだもん。今は義務教育だから仕方なく行っているけど、卒業したら、も―こっちのものよ。やっと自由になれるわ!」
「アミ、将来はどうするつもりなのよ?」
「将来って……?」
愛実は、やっと麗子の顔を見た。
「高校いって、大学いって、いい会社入って、いい男見つけて結婚するのよ!」
「そうねー、それがレイの幸せだもんねー。レイは、高校いきなっ! 私はうちで絵を描いているからっ!」
「アミ、私たち子供じゃ―ないのよ。自分の将来のことを考えなくちゃ―。担任がいったでしょう。今年が大事な年になるって!」
「わかっている、いつまでも子供じゃないんだから、いつまでもレイとは一緒にいられない。正美みたいに離れる時がくる。だから、レイは高校いきなっ!」
そう言うと、愛美は麗子の先を足早で歩いて行った。
そして、その夜……
麗子はドイツにいる恵美にインターネットから電話をかけた。
「レイちゃん、元気っー! ピアノ、練習してるー?」
恵美は、明るく話しかけた。
「はい、元気です。でも、アミが……」
恵美が、普通でないようすに気づくと……
「アミちゃんが、どうかしたの?」
「アミ、進学しないって言うんです!」
「アミちゃんらいしいわねー。でも、それでいいのよ。アミは、ほっておきなさい。あの子は、自分で自分を伸ばしていく子だから。アミにとって、学校なんて、関係ないから。今までだって、そうだったでしょう!」
麗子は恵美なら、愛美に進学を勧めてくれるのではないかと思い電話をしたのだが、意外な恵美の発言に驚いた。
「でも私、アミと一緒にいたいから……」
「レイちゃんには、いつも面倒かけるわねー」
「……、そんなことないです!」
(私の方こそ、支えられている)と麗子は言いたかった。
「レイちゃん。前にピアノの先生になりたいって言ってたけど、今もそう思っている?」
「私、恵美さんみたいになりたいんですっ!」
「それは、それは光栄ですけど、私なんて、たいしたことないのよ。でも、ピアノで仕事がしたいと思っているなら、ドイツに来ない。つまり留学ね!」
「ドイツですかっ!」
「そうよー、日本の学校が駄目だと言うわけではないけど、ちょうど私もいるからー、学校の方は、レイちゃんの実力なら間違いなく合格よー! もちろん、アミと一緒にねー!」
「でも、考えたことなかったから……」
麗子は、今まで思いもつかなかった留学という言葉に、心臓が高鳴るのを感じた。
「ま―あー、あと卒業まで二年あるんだから、ゆっくり考えなさい。アミには私からちゃんと電話しておくわ!」
そして、電話を切った。
思いもかけない留学という話に、その夜、麗子は眠れなかった。
翌朝、花曇りに日差しも押せえられ、少し肌寒い……
そんな中、麗子は愛美に逢った。
「レイ、昨日、恵美ね―えに電話したでしょう!」
「恵美さんから電話があったんだ―」
麗子は、恵美に告げ口をしたようで、少し気が引ける思いだった。
「レイと一緒に留学しないかって……?」
愛実は、麗子を見てなかった。
「それでアミは、どうするの?」
麗子は、愛実を見られなかった。
「もちろん、行かないわよ。おじいちゃんとおばあちゃんを置いて、ドイツなんかに行けるわけないじゃない!」
麗子は、愛美の言葉ではっとした。
良く考えれば、愛美の気持ちは、わかるはずだった。
「でも私たち、もう子供じゃ―ないんだから、いつか巣立つ時が来るわ……、それを親も願っているんじゃないかな―?」
「レイ、恵美ね―えと同じこと言うのね。恵美ね―えも言ってた。私が世界の晴れの舞台に立つことが、おじいちゃんと、おばあちゃんの喜びなんだって……」
「そうよー。きっとそうよっ!」
麗子は、愛実の口から将来の話が出たことで、少し希望が見えたような気がした。
麗子は、勇んで愛実の前に立ち、しっかり愛実を見つめた。
でも、それは幻だった。
「私、誰のためにピアノを弾くの? 何のためにピアノを弾くの?」
愛実は、麗子に投げかけた。
「もちろん、アミの演奏で聴いている人に感動してもらうためでしょう……」
「でも私、聴いている人のことって、考えてないよ。見てもいない。ただいつもピアノとお話ししているだけだから……、レイも知っているでしょう!」
麗子は、一瞬だけ、たじろいだ。
「でも、仕事として、お金が貰えるわー」
「私にお金が必要だと思うの?」
「もちろんよ。将来のために貯金しないと生きていけないわー」
「そうね。先のことはわからないけど……」
愛美の昨日までのもやもやした晴れない気持は、今日はなかった。
そして、自分に言い聞かせるように麗子に話した。
「そうよね……」
先のことはわからない、麗子にも愛美の気持ちが、わかるような気がしていた。
「でもねー、レイは違う。まだ、お父さんもお母さんも若いし、ばりばり仕事しているし、レイみたいなお邪魔虫がいないほうが、二人のためかも知れないわ。だから、レイは留学しなっ! 昨日も、恵美ね―えに頼んでおいたから……。プリントには、留学って書くのよっ!」
愛実は正面にいた麗子を抜いて、小走りで先を急いだ。
「やだよー、私も留学しないっ!」
愛実は、背中から聞こえる声に、振り向いて叫んだ。
「なにいってんのよ! 子供みたいに……」
「それ―えー、私の口癖……」
二人は、顔を見合わせて吹き出すように笑らった。
でも、その笑いには寂しさが見え隠れしていた。
麗子も、これ以上進路のことを話したくなかった。
まだ、先は長いと思って……




