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29.冬休みの裸婦

(冬休みの裸婦)


 冬休みに入ってすぐに、恵美は寂しい知らせを持ってやってきた。

 恵美は、今年の春から愛実の専属モデルになったことで、ピアノの練習のある日には、出来るだけ愛実の家に泊まりでやってきて、裸のモデルを務めていた。

 そんな感じで、愛実は春から描き続けていた恵美の裸婦は、七枚目の絵に取りかかっていた。

 愛実は、時間を有効に使おうと、乾きにくい油絵のために、一度に二枚、三枚の絵を同時に制作した。

 そのために、恵美がモデルをやってくれる間は、恵美を中心に描き、あとの背景などは恵美のいないときに、少しずつ筆を入れていた。

 しかし、恵美は来年の四月からドイツに留学すると愛実に報告した。

 恵美の母、菊枝の音楽大学が、ドイツの大学と姉妹校の提携したのをきっかけに、日本の優秀な学生をドイツで勉強させようという計画が進められていた。

 その先人に、恵美がドイツの学校の視察を含めて、その道筋をつけるために、留学するのだった。

「お姉―さん。本当とに三年も帰ってこないの?」

「そんなことないわよ。たまには、帰ってくるわ!」

「いつ―?」

「そうね―、来年のお正月には……」

「え―え―、そんなに先なの―?」

「う―ん―、もっと先かも? お金、かかるのよっ!」

 愛実は、恵美の言葉にがっくりと肩を落とした。

「も―、そんな顔しないの! 日本にいるあいだは、出来るだけ泊まりに来るからー」

「それじゃ―、あと十枚は描かせてもらうからね!」

 愛実は、気を取りなおして絵筆を走らせた。

「はいはい! でも、こんなにモデルをやらされるとは思わなかったわ―」

「お姉―さん、癖になったんでしょう―」

「そうかもね―」

「見られているって、気持ちのいいことなのよっ!」

「アミちゃんも、そう思っている?」

「そうね、ちょっとはねー! でも、なんで私までヌードにならなければ、ならないのよっ!」

 恵美がヌードになる時は、愛実もヌードになっていた。

「やっぱり、一人じゃ―恥ずかしいわ。これなら、二人でお風呂に入っている感じじゃない。私も見せているんだから、アミちゃんの裸を見る権利があるわ! 女の裸は高いのよ―」

「でも、お姉―さんはいいわよ。へアーヌードじゃない! 私なんか、もろよっ!」

「あ―ら、アミちゃんかわいいわよー!」

 恵美はじっくりと、愛実の裸を見まわして冷やかした。

 愛実は恥ずかしそうに、体を少し斜めに向けた。

「でも、何でお姉―さん、ピアノやる気になったの? 前は、あんなにいやがっていたのに……」

「そうねー、そろそろ、親のことも考えてねー、だいぶ遊ばせてもらったから、親を喜ばしてあげようと思って……、偉いでしょう!」

「それなら、結婚するのが一番だと思うけどっ!」

 愛実は、心にもないことを、さっきの仕返しとばかりに言い返した。

「……、……」

 恵美は、それには答えず、拳骨をふるって、愛実に投げつけた。

「でも私が、もう一度ピアノの勉強をし直すのは、アミちゃんにも責任があるのよー」

 恵美は、真顔で愛実を見つめながら話し始めた。

「え―、なんで………?」

「アミちゃんのピアノに影響されたのよ。私もアミちゃんみたいにピアノ、弾きたいものー」

「そんな―、お姉―さん、私の先生よ……」

「そうねー、技術的なことは、いくらでも教えられるけど、アミちゃんのような底知れぬ表現力には、かなわないのよー」

「そんなこと、考えたこともないな―」

「それでいいのよー、表現力なんかは、誰にも教えることが出来ないんだから。自分で、生み出していくものなのよ、アミちゃんの絵と同じようにね。だから、ドイツに行くことにしたの。ドイツの天才ピアニストたちに触れれば、何かつかめるような気がして………」

 裸でいたせいかも知れない。恵美は、今の素直な気持ちを愛実に話せた。

「つまんないなー、……」

「また―、そんな顔をするっ! 私のいないあいだでも、ちゃんとピアノ、練習するのよっ!」

「ピアノは、練習できるけど、絵のモデルは、いなくなるわー!」

「また、レイちゃんにやってもらえばいいじゃない?」

「それが、なかなか敵もさるもので………」

「ふ―ん、困ったわねー!」


 そして恵美は、満開の桜を見ることなく、三月始めにドイツに旅立って行った。

 愛実の手元に残ったのは七枚の絵と二枚の描きかけの絵だけだった。


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