31.遠い世界と愛実
(遠い世界と愛実)
しかし、その二日後……
麗子の気持ちとは裏腹に、再び進路問題が蒸し返えってきた。
それは、朝のホームルームから始まった。
担任が教室に入ると、愛実の提出した進路調査書をみんなの前で読み上げた。
「第一志望、絵描き。第二志望、絵描き。第三志望、絵描き。なんだこれは? 先生は、大きくなったら何になりたいんだと聞いているんじゃないんだぞっ!」
「先生、その下も読んでくださいよ。進学しないって書いてあるでしょう」
愛実は、立ち上がって発言した。
「それじゃ―あ、就職するのか?」
「就職もしません。だから書いてあるでしょう。絵描きって!」
「おまえ、絵描きにだって学歴はいるんだぞ。芸大くらいは出ているし、芸大はなかなかの関門だ!」
「先生っ!私、美術の先生とか一号何十万という世の中に認められる画家になるつもりはないんです。ただ好き絵を好きなだけ描いていられればいいんです。それでお金、儲けしようとは思いませんから―」
愛実は大きな声ではっきりと訴えた。
「それじゃ―、ただの遊びだ! 遊びたいから高校に行きたくないと言うのと同じじゃ―ないか?」
「先生、どう取ってもらっても結構です。とにかく進学はしません!」
愛実のはきはきした態度が、かえって担任を怒らせた。
「それなら、何でここにいるんだ。家に帰って塗り絵でも何でもしておればいいだろ!」
「そうなんですよねー、本当は学校なんか来たくないんですが、義務教育というやつで、仕方なく来ているんですよ……」
「よ―し、わかった。それなら、もう学校に来なくてもいい。先生が許す。とっとと帰れ!」
「……、……」
愛実は、すぐさま何も言わずに机の要具を鞄に詰め出した。
それを見て、麗子が慌てて担任に向かって叫んだ。
「先生、なんてこと言うんですかっ! アミの権利があるでしょう!」
「ばか者っ! 何が権利だ。権利というのはな、勉強するための権利だ。遊びにくるための権利ではない。それに、義務教育といっても、いやな者をむりやり机に縛りつけておくような義務も権利も学校にはない。だから、学校に来たくない者、勉強したくない者は来なくてもいいんだ。登校拒否でも不登校でも、何でもなってくれ。先生は不登校容認主義だっ!」
担任は、はっきりと主張して宣言した。
麗子は、それを聞いて返す言葉がなかった。
しかし、担任のそばにいた男子が小声で……
「先生、早く謝ったほうがいいよ。アミは普通と違うから……」
そして、後ろの方の生徒からも……
「先生、教育を放棄しちゃ―いかんよ!」と冷やかしに似た声が飛んだ。
それを聞いて担任は、一段と捲くし立てた。
「いいか、よく聞けっ! ほかにやる気のない者、授業を妨害するもの。ナイフなど振り回していきがる馬鹿者。そんな奴は、このクラスには入れん! とっとと出て行け。悪いことをしたければ、学校の外で思う存分やれ。それで警察に捕まったら、先生は喜んで迎えに行ってやる。そして誉めてやるぞ。ほかの生徒には迷惑をかけなかったからな。ただし、真剣に受験に取り組み、勉強に励んでいる生徒の邪魔をしてみろ。先生は、絶対に許さん。警察の力を使ってでもこの教室から追い出してやる。それでマスコミや教育委員会が騒ごうとも、先生は平気だ。むしろ望むところだ。本当に生徒のためになるのはどちらなのか、議論してもらおうじゃないか。だから、お前たちの選択だ。この一年、先生と一緒に真剣に勉強に取り組んでいくか。それとも出ていくかだ。中途半端は許さん。そのうち真面目な生徒の邪魔をする。先生と約束できる者だけ、この教室にのこれ!」
教室は、一変して緊張と静寂の中にあった。
愛実は再び要具を鞄に詰め出した。
「アミ、やめてっ! もう子供じゃ―ないんだからっ!」
麗子は、再び愛美の手を取った。
「わかっている!」
愛実は、麗子に笑顔を見せた。
「それじゃ―、私も帰る!」
麗子は席に戻り、急いで要具を鞄に詰め出した。
愛実は、慌てて麗子に駆け寄り、その手を押さえた。
「レイ、あんたは残りなっ! 進学するんでしょう。もう子供じゃ―ないんだから、内申書に響くわよ!」
「でも私、アミのいない教室なんかにいたくない!」
「なにいってんのよっ! 小学校のときと同じよ。私はどこにも行かない。うちで絵を描いているから!」
麗子は、その手を止めた。
「アミ、それ私の口癖……」
麗子は、泣きそうな顔で、教室を出ようか、それとも進学しようか、愛美を見つめながら、その場を動けなかった。
愛実は麗子が残るのを確かめると、足早に教室を出ていった。




