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第7話 かけがえのない人

「待っていたよ。カイ」


静まり返ったメインコントロールルーム。


無数のモニターから漏れる青白い光の中で、西条レンは立っていた。


「……レン」


カイは動けなかった。


三ヶ月。


ずっと会いたかった。


あの日、どうして自分を刺したのか。


どうしてあんな目をしていたのか。


何があったのか。


聞きたいことは山ほどあった。


それなのに。


実際に目の前にすると、言葉が出てこない。


レンは静かにカイを見つめていた。


その瞳は――赤い。


「レン……俺……」


レンの左目から。


一筋の涙が流れた。


その表情は変わらない。


なのに。


涙だけが頬を伝っていく。


そして。


「――死んで」


一言。


それだけだった。


「……え?」


レンが刀を握りしめる。


次の瞬間。


ドンッ!!


床が砕けた。


「カイ!」


キリカが叫ぶ。


レンが一瞬で間合いを詰める。


振り下ろされる刀。


「っ!!」


カイは反射的に刀を抜いた。


ガァァン!!


二本の刃が激突する。


「レン!!」


押される。


ムラマサが全身の筋肉を強制駆動させる。


それでも。


レンの力は凄まじかった。


「なぜっ……!」


カイは歯を食いしばる。


「なぜ俺たちが戦わないといけないんだ!」


レンの表情は動かない。


「俺は……!」


カイが叫ぶ。


「君を傷つけたくない!」


「…………」


届かない。


「レン!」


返事はなかった。


レンは刀を引く。


身体を回転。


「――っ!」


次の瞬間。


ドゴッ!!


「がっ――!」


渾身の蹴りがカイの腹へ突き刺さった。


「カイ!!」


身体が浮く。


ドガァン!!


壁へ激突。


「がはっ……!」


肺から空気が押し出された。


床へ崩れ落ちる。


「カイ!」


キリカの表情が変わった。


二丁拳銃を抜く。


照準。


レン。


「――っ!」


引き金を引いた。


パンッ!


パンパンパンッ!!


「やめろっ!!!!」


カイの悲痛な叫びが響いた。


だが。


銃弾は止まらない。


レンが動く。


キィン!


一発を刀で弾く。


身体を沈める。


二発目。


回避。


三発目。


外骨格が唸る。


一瞬でキリカへ肉薄した。


ガキィン!!


刀と拳銃が激突する。


「っ……!」


キリカが銃身で刃を受け止める。


レンが蹴る。


キリカは後ろへ跳ぶ。


着地と同時に発砲。


パンッ! パンッ!


レンが横へ走る。


速い。


異常な速度。


壁を蹴る。


跳躍。


上空から斬撃。


キリカは身体を捻った。


ザンッ!


銀髪が数本宙を舞う。


「……!」


キリカが拳銃を振るう。


レンが刀で弾く。


銃撃。


斬撃。


回避。


蹴撃。


二人の攻防は、カイの目でも追い切れないほど加速していく。


「やめろ……」


カイは立ち上がろうとする。


腹が痛い。


「やめてくれ……!」


しかし。


戦いは止まらない。


「カイ!!」


レンの斬撃をかわしながら、キリカが叫ぶ。


「ここは私に任せて!」


「……え?」


「あなたは制御システムを止めて!」


「でもレンが!」


「いいから行って!」


レンの刀が迫る。


ガキン!!


キリカが拳銃で受け流す。


「彼女はもうダメ!」


「……何?」


「完全に汚染されてる!」


「汚染……?」


カイの動きが止まる。


「どういうことだ!?」


「今説明してる時間はない!」


キリカがレンの腹を蹴る。


レンが後退。


「早く!」


再び二丁拳銃を構える。


「制御端末を!」


「でも……!」


「みんなも戦ってるのよ!!」


「…………!」


外から。


微かに爆発音が聞こえた。


ジン。


セイジ。


ゴウ。


ラックたちGenesisの仲間。


今も。


自分たちのために戦っている。


「…………」


カイはレンを見る。


「レン……」


赤く光る瞳。


感情のない顔。


機械のように正確な動き。


昔。


自分が泣いていると、いつも隣に座ってくれた少女。


『カイはカイだよ』


『スペックなんて関係ない!』


そのレンは。


どこにもいないように見えた。


「…………」


刀を握りしめる。


「絶対……戻ってくるから」


返事はない。


カイは背を向けた。


そして。


走った。



メインサーバールーム。


巨大な扉を抜ける。


「ここが……」


天井まで伸びる無数の演算装置。


青白い光が、規則正しく明滅している。


部屋の中央には巨大な制御端末。


「あれを止めれば――」


一歩。


踏み出した。


その瞬間。


ゾクッ。


全身に悪寒。


考えるより先に身体が動いた。


ガキィィン!!!


「――っ!?」


横から。


一閃。


カイは寸前で刀を差し込み、斬撃を弾いた。


衝撃。


腕が痺れる。


後ずさる。


「……誰だ!」


暗闇から。


一人の女が歩いてきた。


政府軍の外骨格。


手には細身の刀。


清水レイ。


彼女はカイを見る。


そして。


口元を歪めた。


「あの斬撃を防ぐか」


「…………」


「あの女の報告通りだな」


刀を構える。


「面白い」


次の瞬間。


消えた。


「――!?」


速い。


カイは反射的に刀を上げる。


ガキン!!


右。


ガキン!


左。


「くっ……!」


上。


突き。


横薙ぎ。


「っ!」


防ぐ。


かわす。


弾く。


ムラマサが戦闘プログラムに従い、カイの身体を動かす。


それでも。


追いつかない。


速すぎる。


――キリカさんより……!


レイの姿が視界から消える。


「後ろだ」


「!」


ザシュッ!


「ぐっ!」


腕が切り裂かれた。


「っ……!」


振り向く。


もういない。


「遅い」


ザンッ!


脚。


「がっ!」


膝が揺れる。


「まだだ」


腹部。


ザシュッ!


「ぐぁっ!!」


血が飛び散った。


カイが後退する。


「はぁ……はぁ……」


強い。


今まで戦った誰よりも。


速い。


一週間。


キリカに叩き込まれた戦闘技術。


ムラマサ。


戦闘プログラム。


そのすべてを使って。


ようやく致命傷を避けているだけ。


レイが刀についた血を払った。


「いい動きだ」


「…………」


「だが、まだ荒いな」


レイの視線が鋭くなる。


「しかし……」


カイを観察する。


「これが本当にLEVEL 1か?」


「…………」


レイはしばらく考えた。


だが。


「まあいい」


刀を構える。


「ここで死ね」


カイの背筋が凍る。


来る。


分かっている。


なのに。


身体が追いつかない。


レイが踏み込んだ。


「――終わりだ」


刀が。


カイの胸へ――。


「――やめてっ!!!!!」


声。


「……え?」


誰かが。


カイの前へ飛び込んだ。


ザシュッ――。


嫌な音。


時間が止まった。


カイの目が見開かれる。


「…………」


レイの刀。


その刃が。


少女の身体を貫いていた。


挿絵(By みてみん)


「…………レン?」


赤い瞳。


レンだった。


カイの前に立ち。


両腕を広げ。


彼を庇っていた。


「な……」


カイの声が震える。


「なんで……」


レンの口元から血が流れる。


レイも。


一瞬だけ目を見開いた。


「レン」


低い声。


「なんのつもりだ」


「…………」


レン自身も。


理解できていないようだった。


自分の胸を貫く刀を見る。


そして。


背後にいるカイを。


ほんの少しだけ振り返った。


赤い瞳から。


涙。


「私にも……」


震える声。


「よく……わかりません」


「…………」


「身体が……勝手に……」


その言葉に。


カイの胸が締めつけられた。


「レン……」


レイの表情が冷たくなる。


「そうか」


刀を引き抜いた。


ズッ――。


「っ……!」


血が飛び散る。


レンの身体から力が抜けた。


「レン!!」


カイが飛び出す。


倒れる身体を。


抱き止めた。


「レン!」


返事がない。


「レン……?」


血。


カイの手が真っ赤に染まっていく。


「おい……」


震える。


「嘘だろ……」


レンの頬に触れる。


温かい。


まだ。


生きている。


「レン……」


カイは彼女を抱きしめた。


「死ぬな……」


返事はない。


「お願いだから……」


また。


自分の目の前で。


大切な人が。


「死なないでくれ……」


その瞬間だった。


ドクン――。


「…………」


何かが。


カイの中で。


切れた。



黒。


カイを中心に。


黒い何かが床を這うように広がっていく。


光ではない。


煙でもない。


まるで。


世界そのものから色が失われていくような。


異様な黒。


「……なんだ?」


レイが後退する。


黒は止まらない。


壁。


床。


サーバー。


端末。


天井。


施設全体へ。


凄まじい勢いで侵食していく。


「なんだこれは!!」


レイが叫ぶ。


次の瞬間。


《ERROR》


レイの視界に警告。


《EXOSKELETON――》


《0》


ガクン!!


「なっ!?」


レイの身体が崩れる。


外骨格が停止した。


「動け……!」


反応しない。


それだけではなかった。


《SECURITY――0》


《WEAPON CONTROL――0》


《SURVEILLANCE――0》


《NETWORK――0》


次々と。


基地局の機能が停止していく。


そして。


施設の外でも。


「なんだ!?」


政府兵の外骨格が。


一斉に停止した。


ドサッ!


ガシャン!


次々と兵士が倒れていく。


警備ドローン。


停止。


自律兵器。


停止。


監視網。


停止。


通信システム。


停止。


カイを中心に広がった異能が。


施設一帯のシステムを。


まとめて沈黙させた。



「…………レン」


カイには。


もう周りの音がほとんど聞こえていなかった。


腕の中。


レンの呼吸。


弱い。


けれど。


まだある。


「よかった……」


それだけ確認すると。


急激に。


身体から力が抜けていった。


「…………」


視界が暗くなる。


レンを抱きしめたまま。


カイの身体が傾いた。


「カイ!!」


遠くから。


誰かの声。


そして。


カイの意識は。


闇へ落ちていった。



「――キリカ! 大丈夫か!」


声。


遠い。


「ええ……なんとか……!」


キリカ。


「それよりカイが……!」


足音。


「なんだこりゃ……」


ジン。


「急に政府兵の外骨格だけが機能を停止した……」


「これ……カイの異能か?」


「分からねぇ」


誰かが。


カイの身体を持ち上げる。


「……レン……」


意識の底で。


カイは呟いた。


「その女も生きてる!」


「ゴウ!」


「分かってるわよ! 出血が酷い! 早く運んで!」


慌ただしい声。


「メインシステムも完全に落ちてる!」


セイジの声。


「……目的は達成した」


ジン。


「これ以上ここにいる理由はねぇ!」


銃声。


叫び。


「全員撤退!」


誰かが走る。


カイの腕から。


レンの温もりが離れていく。


嫌だ。


離したくない。


そう思った。


けれど。


もう。


指一本。


動かせなかった。


「この女も一緒に連れていくぞ!」


その言葉だけが。


はっきりと聞こえた。


「急げ!」


「撤退する!」


「負傷者を優先しろ!」


「カイを運べ!」


「ゴウ、その女は!?」


「まだ生きてるわ! いいから早くいきなさい!!」


――よかった。


その一言を最後に。


カイの意識は。


完全に途切れた。


そして――。


政府軍LEVEL 5ホルダー。


西条レンはGenesisによって保護された。


挿絵(By みてみん)

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