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第6話 再会

ガァンッ――!!


凄まじい金属音が、Genesisの訓練所に鳴り響いた。


一週間前までなら、考えられなかった光景だった。


漆黒の強化外骨格――《ムラマサ》。


それを身に纏ったカイが、両手で握った模造刀を勢いよく振り下ろす。


「はぁっ!!」


キリカは身体をわずかに横へずらした。


刃が鼻先を通過する。


その瞬間。


キリカの両手に握られた模造ナイフが翻った。


右。


左。


喉。


三方向から連続して襲いかかる。


だが――。


カイはもう、以前のカイではなかった。


「っ!」


右をかわす。


左を模造刀で弾く。


最後の一撃を身体を沈めて回避。


《基本戦闘用プログラム》


そこに記録された剣術と、ムラマサの肉体制御。


そして、この一週間で身体に叩き込んだ感覚。


三つが噛み合う。


カイの視界から余計なものが消えた。


キリカの肩。


腰。


足先。


視線。


次にどこへ動くのか。


わずかな予備動作が見える。


踏み込む。


ドンッ!!


ムラマサが脚力を増幅した。


一瞬で間合いを詰める。


「――っ!」


模造刀を振り上げる。


袈裟斬り。


キィン!


キリカが右のナイフで受け流す。


返す刀で横薙ぎ。


キィン!!


左で弾かれる。


さらに。


突き。


斬り上げ。


回転。


斬撃。


キィン!


ガァン!


キィン!!


金属音が連続する。


カイ自身が驚くほど。


身体が動く。


考えるより先に。


剣が次の軌道へ入っている。


まるで何年も剣を握ってきた達人のように。


「はぁぁっ!!」


渾身の一撃。


キリカの頭部へ模造刀が迫る。


――入った。


そう思った。


だが。


「甘い」


「――え?」


キリカが一歩。


懐へ入った。


ガキン!!


二本のナイフで模造刀を挟み込む。


手首を捻る。


カイの剣先が逸れた。


そのまま。


一歩。


キリカの身体がカイの横を抜ける。


気づいた時には――。


首筋に。


冷たい感触。


「…………」


模造ナイフの先端が、カイの喉元へ突きつけられていた。


「はい」


キリカが言う。


「また私の勝ち」


「…………」


カイの肩から力が抜けた。


「くそぉ……」


その場に座り込む。


「やっぱり勝てない……」


本気で悔しかった。


三週間前なら。


負けても当然だと思っていた。


自分なんかがキリカに勝てるわけがない。


そう思っていた。


けれど今は違う。


――次は勝ちたい。


そんな気持ちが。


自分の中に生まれている。


キリカはナイフをしまった。


「でも、すごい」


「……え?」


「たった一週間で、ここまでムラマサを制御した人は見たことがない」


「…………」


キリカに褒められた。


カイは一瞬、どう反応していいか分からなかった。


「……そうなんですか?」


「普通はまともに走れるようになるだけでも、もっと時間がかかる」


「…………」


一週間前。


初めてムラマサを装着した日。


走ることには成功した。


止まることには失敗した。


その結果。


壁に激突して気絶した。


「まあ……」


カイは苦笑する。


「キリカさんがスパルタだからですよ」


「…………」


キリカの眉が動いた。


カイも。


「あ」


気づく。


今。


俺。


キリカさんに冗談言った?


少し前の自分なら、考えられなかった。


キリカも一瞬だけ意外そうな顔をした。


そして。


「言うようになったね」


「……すみません」


「なんで謝るの」


その時だった。


「――お前ら!」


訓練所に声が響く。


二人が振り返る。


入口にジンが立っていた。


「そろそろ時間だ」


いつもの軽い雰囲気はない。


戦闘用のロングコート。


腰にはナイフ。


肩にはライフル。


完全武装だった。


「作戦室に来い」


カイの表情から笑みが消えた。


ついに。


その時が来た。



作戦司令室。


巨大な立体映像に、一つの施設が表示されていた。


政府管理――第三ネットワーク基地局。


ジン。


キリカ。


セイジ。


ゴウ。


そしてGenesisの主要メンバーが集まっている。


カイもその中にいた。


セイジが説明を始める。


「作戦を最終確認する」


基地局の立体映像が拡大される。


「目標は基地局中枢にあるメインコントロールルーム」


一本の経路が赤く表示された。


「メインシステムを破壊すれば、この一帯の政府通信網と監視網に大規模な障害を発生させられる」


別の経路。


「正面部隊はジンが指揮する」


「おう」


ジンが答える。


「俺たちが派手に暴れて、警備を正面へ集中させる」


セイジの視線がキリカへ向く。


「その隙に潜入班が裏側から侵入する」


カイは表示された名前を見る。


《KIRIKA》


そして。


《KAI》


「俺と……キリカさん」


「ああ」


セイジが答える。


「二人でメインコントロールルームを目指してもらう」


カイは息を呑んだ。


前回とは違う。


今回は。


明確に戦闘が想定されている。


「怖いか?」


隣からジンが聞いた。


カイは少し黙った。


そして。


「……怖いです」


素直に答えた。


ジンが笑う。


「それでいい」


カイを見る。


「怖くなくなった奴から死んでいく」


「…………」


「生きて帰れ、坊主」


カイは小さく頷いた。


「……はい」



――政府管理・第三ネットワーク基地局。


巨大な施設の内部を。


一人の少女が歩いていた。


カツ。


カツ。


カツ。


黒い軍用ブーツが床を叩く。


身体を覆うのは、政府軍仕様の強化外骨格。


Genesisのムラマサとは比較にならないほど洗練された機体。


その少女の名は――。


西条レン。


「…………」


生気のない瞳。


感情の消えた表情。


少し前まで。


レンは苦しんでいた。


カイを殺そうとした記憶。


自分の意思とは無関係に流れ込んでくる命令。


頭痛。


混乱。


恐怖。


そして。


拒絶。


だが今。


その苦しみは消えていた。


「…………」


レンの唇が動く。


「レベル1は……」


歩く。


「抹殺する」


それだけを。


何度も。


何度も。


繰り返していた。


「全員、注目!」


鋭い女性の声。


基地局に配備された兵士たちが一斉に振り向く。


前へ出たのは、一人の女。


政府軍の戦闘服。


無駄のない立ち姿。


冷たい眼差し。


その人物の名は――。


清水レイ。


LEVEL 5。


ホルダー。


そして。


レンの直属の上司だった。


「情報部から緊急通達があった」


レイの声が基地局に響く。


「本日、この施設にテロリストGenesisが襲撃を仕掛けるという情報がリークされた」


兵士たちの空気が変わる。


「目的は不明。だが、この基地局が奴らにとって重要な標的であることは間違いない」


レイは全員を見渡した。


「各員、警戒を強化しろ」


そして。


冷たく告げる。


「テロリストと思わしき人物を発見した場合――」


一拍。


「迷わず射殺しろ」


「了解!」


兵士たちが散っていく。


「レン」


レイが呼び止めた。


レンが振り返る。


「はい」


レイは彼女の顔を見る。


「調子はどうだ?」


「…………」


「少し前まで精神状態が安定していなかったようだが」


レンは微笑んだ。


だが。


その笑顔には。


どこか人間らしい温度がなかった。


「心配ありません」


「そうか」


「今は……」


レンは自分の胸へ手を当てる。


「すごく、解放された気分です」


レイは数秒。


レンを見つめた。


「そうか」


そして肩を叩く。


「それはよかった」


「…………」


「期待しているぞ、レン」


「はい」


レンは敬礼した。


そして再び。


静かな廊下を歩き出す。


その口元が。


小さく動いた。


「レベル1は……抹殺する」



数時間後。


基地局から離れた廃ビル群。


その暗闇に。


百人近い人影が潜んでいた。


全員が黒い戦闘装備。


胸や背中には。


Genesisの世界樹。


カイもいた。


ムラマサを身につけ。


腰には模造刀ではなく――本物の刀。


握った手が。


少し震えている。


訓練ではない。


これから。


本当に戦う。


「…………」


深呼吸する。


その時。


「ジン」


セイジの声。


いつも冷静な彼の表情が険しい。


「どうした?」


「……おかしい」


セイジが周辺情報を拡大する。


「監視の数が多すぎる」


ジンが眉をひそめる。


「どういうことだ?」


「本来なら巡回ドローンはこの時間帯で十二機」


画面を見る。


「現在確認できるだけで四十七機」


さらに。


施設周辺には政府兵。


警備ロボット。


装甲車両。


明らかに通常の警備ではない。


「…………」


キリカも画面を覗く。


「待ち伏せ?」


「分からない」


セイジが答える。


「だが……」


一瞬、言葉を止める。


「こちらの動きが読まれてるとしか思えない」


周囲に緊張が走った。


カイはジンを見る。


「……作戦、中止ですか?」


ジンは黙って基地局を見つめた。


数秒。


「いや」


ライフルを手に取る。


「ここまで来て引き下がるわけにはいかねぇ」


セイジが見る。


「ジン」


「この基地局を落とさなきゃ、次に進めねぇ」


そして。


Genesisの仲間たちを振り返る。


「作戦通りいくぞ」


沈黙。


そして。


一人。


また一人。


全員が頷いた。


ジンが腕を上げる。


「――始めろ」


セイジが操作する。


《COMBAT DRONE》


《LAUNCH》


廃ビルの屋上から。


十数機の小型ドローンが一斉に飛び立った。


機体下部には――。


爆薬。


警備ドローンが反応する。


《WARNING》


《UNIDENTIFIED――》


遅い。


Genesisのドローンが。


基地局へ突っ込む。


一機。


二機。


三機。


そして――。


ドガァァァァァァン!!!


巨大な爆発。


基地局正面のオフィスが炎に包まれた。


窓ガラスが一斉に吹き飛ぶ。


警報。


悲鳴。


怒号。


《EMERGENCY》


《EMERGENCY》


赤い警告表示が空間を埋め尽くす。


「行くぞォ!!」


ジンが叫んだ。


「うおおおおおおおお!!」


約百名のGenesisメンバーが。


一斉に飛び出した。


銃声。


爆発。


金属音。


政府兵とGenesis。


二つの勢力が真正面から激突する。


戦争が。


始まった。



その裏側。


基地局西部。


「カイ!」


「はい!」


キリカとカイが走る。


ムラマサを起動。


ドンッ!


二人の身体が一気に加速した。


正面では爆発が続いている。


その影響で、警備の大部分がジンたちへ集中していた。


「ここ!」


キリカが停止する。


巨大な金属製の扉。


《SECURITY LOCK》


「私じゃ開けられない」


キリカがカイを見る。


「カイ」


「……はい」


「あんたの異能で開けられる?」


カイは扉を見る。


「やってみます」


右手を伸ばす。


意識を集中する。


すると。


世界が変わった。


扉の表面。


壁。


配線。


無数の情報が浮かび上がる。


その中から。


扉を閉ざしている制御情報を探す。


――これだ。


カイが触れる。


《LOCK SYSTEM》


「……消えろ」


《CODE:ZERO》


ガコン。


扉のロックが解除された。


キリカが一瞬だけカイを見る。


「相変わらず、とんでもない異能だね」


「……俺もまだよく分かってません」


「今は開けば十分」


二人は施設内部へ侵入する。


走る。


角を曲がる。


政府兵。


「侵入者――!」


キリカが加速。


一瞬で距離を詰める。


二本のナイフ。


ガキン!


武器を弾く。


カイも刀を抜く。


「っ!」


踏み込む。


訓練通り。


相手の武器だけを斬り飛ばす。


「……できた」


「感動してないで走る!」


「はい!」


さらに進む。


警備ロボット。


カイが右手を向ける。


異能を使う。


《MOTOR:0》


機体が崩れ落ちる。


「こっち!」


「はい!」


二人は走り続けた。


やがて。


巨大な扉へ辿り着く。


《MAIN CONTROL ROOM》


キリカが止まる。


「ここだ」


カイも息を整える。


この先。


メインシステムを破壊すれば。


作戦は終わる。


「開けるよ」


キリカが扉の操作盤へ触れる。


プシュッ――。


巨大な扉が左右へ開いていく。


薄暗い空間。


無数のモニター。


巨大な中央演算装置。


「…………」


誰かいる。


カイの呼吸が止まった。


部屋の中央。


一人の少女が。


背中を向けて立っている。


黒い外骨格。


長い髪。


見間違えるはずがなかった。


「…………レン?」


少女が。


ゆっくり振り返る。


「…………」


カイの瞳が揺れた。


三ヶ月。


ずっと。


会いたかった。


無事なのか。


どうして自分を刺したのか。


聞きたいことが。


山ほどあった。


「レン……!」


思わず一歩踏み出す。


「カイ、待って」


キリカが腕を伸ばす。


だが。


カイには聞こえていなかった。


「レン……俺――」


その時。


レンが笑った。


昔。


孤児院で。


何度も見た笑顔。


「待っていたよ」


「…………」


そして。


レンはカイを見つめた。


「――カイ」


その瞳が。


ゆっくりと。


赤く染まっていった。

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