第5話 強化外骨格
キリカとの訓練が始まって、三週間が経った。
カイの身体には、その三週間の成果がこれでもかというほど刻み込まれていた。
腕には生傷。
脇腹には青黒い痣。
背中にも、脚にも、肩にも。
痛くない場所を探すほうが難しい。
そして今――。
「…………」
カイはキリカの肩に担がれていた。
両腕は力なく垂れ下がり、足を引きずることすらできない。
「……キリカさん」
「何?」
「俺……まだ生きてますか?」
「喋れてるなら生きてる」
「……ですよね」
三週間前。
キリカとの訓練が始まった。
最初は、せめて一撃。
一発くらいは当ててやろうと思っていた。
三日目には、その目標は変わった。
――一分間、立っていよう。
一週間後。
――気絶しないようにしよう。
二週間後。
――今日も生きて帰ろう。
そして三週間目。
目標は――。
――ゴウの診療所まで意識を保とう。
「……無理そう」
「何が?」
「いえ……」
とうの昔に限界は超えていた。
それでも不思議なことに、以前なら一日で動けなくなっていたような訓練にも、身体だけは少しずつついてくるようになっていた。
その代償が、この有様なのだが。
◇
Genesis本部――作戦司令室。
「ジン」
キリカが扉を開ける。
ジンは机の上に広げた資料から顔を上げた。
「おう」
そして。
キリカの肩に担がれているカイを見る。
「…………」
一服。
「死んでんのか?」
「生きてる」
「……一応、生きてます」
「元気じゃねぇか」
「どこがですか……」
キリカがカイを降ろす。
ドサッ。
「痛っ……!」
カイは床に手をつき、なんとか身体を起こした。
ジンが椅子から立ち上がる。
「ほぉ」
カイの身体を眺める。
「少しはマシな体つきになったじゃねぇか」
「……そうですか?」
自分ではあまり分からない。
だが確かに、腕は以前より太くなった。
肩や胸にも筋肉がついている。
三週間前なら息を切らしていた訓練も、今ならある程度こなせる。
ボコボコにされた甲斐があった――と思いたい。
「フィジカルは……だいぶ上がった気がします」
「だろ?」
「でも」
カイは少し悔しそうにキリカを見る。
「まだ一回も、キリカさんに攻撃当てられてません」
三週間。
一度も。
拳も。
蹴りも。
木剣も。
掠りすらしていない。
「……俺、向いてないんですかね」
するとジンは笑った。
「それでいいんだよ」
「え?」
「お前をキリカに勝たせるために鍛えてたわけじゃねぇ」
「じゃあ……何のために?」
「身体を作るためだ」
「身体……?」
ジンは机へ歩いていく。
そして。
「そんだけ鍛えりゃ、着こなせるだろ」
机の上を指差した。
「喜べ」
カイが視線を向ける。
「お前専用だ」
そこに置かれていたのは――。
漆黒の外骨格だった。
「…………」
人間の骨格を模したような黒いフレーム。
背骨。
肩。
腕。
腰。
脚。
それぞれを覆うように、細い金属製の骨組みが連結されている。
筋繊維のように無数のケーブルが走り、関節部分には小型の駆動機構。
中央にはGenesisの世界樹の紋章。
カイは思わず近づいた。
「……これは?」
「強化外骨格――《ムラマサ》」
ジンが答える。
「ムラマサ……」
「うちの技術部とヤクさんが手掛けた力作だ」
カイは恐る恐る黒いフレームに触れた。
冷たい金属の感触。
鍛冶屋でヤクが何かを作っているのは知っていた。
まさか。
自分のためのものだったとは思わなかった。
「これ……俺が使うんですか?」
「そのために作ったんだよ」
ジンが呆れたように言う。
「これから戦争するのに、武器も持たねぇで戦う気だったのか?」
「…………」
カイは自分の右手を見る。
あの日。
自分の中で目覚めた、正体の分からない異能。
政府兵の装備も。
警備システムも。
一瞬で停止させた。
だが――。
自由には使えない。
どうすれば発動するのかも。
どこまでできるのかも。
自分自身、何一つ理解していない。
「お前の異能は強力だ」
ジンが言った。
「だが、いつでも好きに使えるわけじゃねぇんだろ?」
「……はい」
「だったら、それだけに命預けるわけにはいかねぇ」
カイは小さく頷いた。
そして、ふと疑問に思う。
「これ、皆さんも持ってるんですか?」
「ああ」
答えたのはキリカだった。
「いつも身につけてる」
「……え?」
キリカは何でもないことのように上着をめくった。
衣服の下。
腰から背中へ沿うように、細い黒色のフレームが伸びている。
「…………」
カイの表情が固まった。
キリカは服を戻す。
「何?」
「…………」
「カイ?」
「俺……」
カイの頬が引きつる。
「この三週間、ずっとキリカさんにボコボコにされてましたよね?」
「そうだね」
「ずっと……それ着けてたんですか?」
「…………」
「その凶器みたいなの身に纏って……生身の俺を殴ってたんですか?」
「…………」
キリカが。
すっ――。
顔を横へ向けた。
「……キリカさん?」
「…………」
「なんでこっち見ないんですか?」
「…………」
「キリカさん?」
ジンが吹き出した。
「ハハハハハ!」
「笑い事じゃないですよ!」
「まあ、生きてんだからいいじゃねぇか」
「よくないですよ!」
「実戦を想定した訓練」
キリカが小さく呟いた。
「だったら俺にも着せてくださいよ!」
「着られなかったから鍛えてたんでしょ」
「…………」
「…………」
「……先に言ってくださいよ」
「聞かれなかった」
「知らないんだから聞けないですよ!」
ジンは笑いながら煙草を灰皿へ押しつけた。
「まあ、その辺にしとけ」
そして、ムラマサを持ち上げる。
「坊主。勘違いすんなよ」
ジンの表情が少し真剣になる。
「こいつは政府兵が身につけてるような上等な代物じゃねぇ」
「……違うんですか?」
「ああ」
政府軍の強化外骨格は、装着者への負担を極限まで減らしながら身体能力を増幅させる。
対してGenesisには、政府ほどの設備も素材もない。
「ムラマサは、簡単に言えば身体を無理やり動かす装置だ」
「無理やり?」
「筋肉も、関節も、骨もな」
ジンが黒いフレームを叩く。
「人間が本来出せる限界を無視して、強制的に身体を動かす」
カイは嫌な予感がした。
「……それ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃねぇ」
「え」
「身体が出来てねぇ奴が使えば、装着しただけで身体中ズタズタになる」
「…………」
カイは一歩後ろへ下がった。
「やっぱり俺、いらないです」
「逃げんな」
「いや、今ズタズタになるって――」
「だから鍛えたんだよ」
ジンが言う。
「この三週間で、お前の身体はムラマサを纏う最低限の基準を満たした」
「最低限……」
ものすごく不安になる言葉だった。
ジンはニヤッと笑った。
「まずは着てみろ」
「…………はい」
◇
ガシャン。
腕。
ガシャン。
脚。
ガチッ。
腰。
最後に、背骨に沿って黒いフレームが固定される。
カイの視界に表示が現れた。
《MURAMASA》
《PHYSICAL LINK――START》
「お……」
ギギギギッ――!
「――っ!?」
次の瞬間。
全身を激痛が駆け抜けた。
「ぐぁっ……!!」
筋肉が締め上げられる。
関節が無理やり正しい位置へ固定される。
背骨が軋む。
「痛っ……!」
膝から崩れ落ちた。
ドンッ。
「これ……!」
床に手をつく。
立ち上がろうとしても、脚が震える。
「まともに……立てないんですけど……!」
「最初はそんなもんだ」
ジンは平然と答えた。
「そんなもんで済ませていい痛みじゃないですよ……!」
「着てりゃそのうち慣れるさ」
「その前に死にそうなんですけど……」
ジンはキリカを見る。
「キリカ」
「何?」
「カイにそのスーツの使い方、教えてやれ」
「分かった」
「え」
嫌な予感。
キリカが近づいてくる。
「ちょっと待ってください」
「行くよ」
「俺まだ立てない――」
ひょい。
担がれた。
「また!?」
「歩けないんでしょ」
「そうですけど!」
キリカはそのまま司令室を出ていく。
「ジンさん!」
「頑張れよ、坊主」
「絶対楽しんでますよね!?」
扉が閉まった。
◇
ドサッ!
「痛っ!!」
訓練所へ到着すると。
カイは地面へ捨てられた。
「……もうちょっと優しく置けないんですか?」
「立って」
「聞いてます?」
「立って」
「……はい」
カイは壁を支えに、なんとか立ち上がる。
キリカは仮想ウィンドウを開いた。
「今から戦闘用プログラムを渡すからダウンロードして」
「戦闘用……?」
目の前に通知が現れる。
《データを受信しました》
《基本戦闘用プログラム》
《DOWNLOAD》
カイが承認する。
その瞬間。
「っ……!」
膨大な情報が脳内へ流れ込んできた。
構え。
歩法。
重心移動。
受け身。
回避。
打撃。
蹴撃。
人間の身体を効率よく動かすための情報が、一瞬で頭へ刻み込まれていく。
《基本戦闘用プログラムがダウンロードされました》
「……すごい」
カイは自分の手を見る。
「これ……戦い方が頭の中に……」
「知識だけ」
キリカが言う。
「知ってることと、実際にできることは違う」
「……はい」
それは嫌というほど知っている。
発達院にいた頃もそうだった。
知識をダウンロードしても。
カイだけは、それをうまく扱えなかった。
「でもムラマサを使えば、その差をある程度埋められる」
「どうやって?」
「外骨格は肉体を強制制御して、限界を超えた力を発揮させる」
キリカが構える。
「難しく考えなくていい」
「どう動きたいかをイメージして――」
その瞬間。
ドンッ!
「え?」
キリカが。
消えた。
少なくとも。
カイにはそう見えた。
「キリカさん?」
「後ろ」
「!?」
振り返る。
すぐ背後にキリカが立っていた。
「……いつの間に」
「一気に筋肉を動かす」
キリカが自分の脚を指差す。
「走りたいと思えば走る」
「跳びたいと思えば跳ぶ」
「殴りたいと思えば殴る」
「そのイメージを外骨格が拾って、戦闘プログラムに沿って身体を動かしてくれる」
「…………」
「今のあんたなら、普通に動くよりずっと速く動ける」
カイは自分の脚を見る。
「俺にも……?」
「試してみて」
「……はい」
カイは目を閉じた。
イメージする。
キリカの動き。
地面を蹴る。
一瞬で距離を詰める。
そして。
キリカの背後へ。
「…………」
呼吸を整える。
怖い。
けれど。
三週間前までなら、怖いと思った時点で身体が固まっていた。
今は少しだけ違う。
――やってみよう。
カイは目を開いた。
「……行きます」
地面を蹴る。
《MURAMASA――ASSIST》
ドンッ!!!
「うわっ!?」
身体が弾丸のように飛び出した。
景色が一瞬で後方へ流れる。
「速――」
次の瞬間。
カイはキリカの背後にいた。
「…………!」
キリカの目がわずかに見開かれる。
できた。
本当に。
一瞬で――。
「できた……!」
嬉しくなって。
カイは。
一歩。
踏み出した。
ドンッッッ!!!
「え?」
ムラマサが反応した。
脚部がカイの「前へ進む」という意思を増幅する。
再加速。
「ちょっ――」
キリカが手を伸ばす。
「止まって!」
「止まり方教わってな――」
ドガァァァン!!!
「――いっ!!」
壁に激突した。
訓練所全体が震える。
ぱらぱらと。
天井から埃が落ちた。
「…………」
静寂。
壁には。
カイの身体の形にヒビが入っている。
その真下。
「…………」
カイは倒れていた。
完全に気絶している。
「…………」
キリカはしばらく無言で見つめていた。
そして。
額を押さえる。
「……やれやれ」
近づき。
しゃがみ込む。
「カイ」
反応なし。
「…………」
呼吸を確認する。
生きている。
キリカはため息をついた。
そして、カイを担ぎ上げる。
「初めてなんだから……少しは加減しなよ」
もちろん。
それを今言っても。
カイには聞こえていない。
キリカは訓練所を出ていく。
向かう先は――。
この三週間ですっかりお馴染みとなった、ゴウの診療所だった。
◇
通信基地局襲撃作戦まで――
残り七日。




