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第58話 残滓

――Genesis・第二区画。


けたたましい警報音が鳴り響く。


赤い非常灯が明滅する通路を、複数の足音が駆け抜けていた。


「はぁっ……はぁっ……!」


その先頭を走るのは――ジン。


だが。


その足取りは、明らかに普段とは違っていた。


腹部。


そして脚。


巻かれた包帯の奥から、じわりと赤い血が滲み出している。


ファーストとの戦いで負った傷。


本来なら、まだ戦場に立てる状態ではない。


それでも。


ギィン――


ジンの身体を覆う外骨格――《MURAMASA》が駆動する。


傷ついた肉体を、機械の力で無理やり動かしているのだ。


「……っ」


ジンの顔が僅かに歪む。


その横を走るキリカが、心配そうに横目で見る。


「ジン」


「なんだ」


「傷が開いてる」


「見りゃ分かる」


「だったら――」


「今は止まれねぇ」


ジンは前だけを見る。


「俺が寝てる間に、家族が殺されてたまるか」


「…………」


キリカはそれ以上何も言わなかった。


ただ。


僅かに走る速度を上げ、ジンの隣へ並ぶ。


その時。


前方から二つの人影が走ってきた。


「ジン!」


「……!」


ヒナタ。


その隣にはアズサ。


二人もすでに武装している。


ジンたちが足を緩める。


「周辺の状況はどうだ」


ジンが尋ねる。


ヒナタがすぐに答えた。


「突破されたのは第三区画のゲートだけ」


「他は?」


「今のところ、敵兵の姿は確認されていないわ。ただ――念のため、それぞれのゲートに何人か待機させてる」


「そうか」


ジンが小さく頷く。


「クナトの四番隊はどうした」


「クナトたちは、もう第三区画に向かったわ」


「分かった」


ジンは再び走り出す。


「俺たちも急ぐぞ!」


「了解!」


四人が。


第三区画へ向かって一気に駆け出した。


*


――第三区画・第三ゲート付近。


「急げ!!」


「重傷者を先に運べ!!」


「こっちにも担架を!!」


怒号が飛び交っていた。


破壊された第三隔壁。


その周囲では、Genesisによる大規模な救助活動が行われている。


「せーのっ!」


三番隊の隊員たちが、瓦礫の下から負傷者を引きずり出す。


血まみれの者。


腕を押さえる者。


意識を失っている者。


次々と後方へ運ばれていく。


だが。


救助活動を妨害するように。


「ァ……」


「…………」


青白い人影が。


次々と瓦礫の向こうから現れる。


死霊。


「来たぞ!!」


「頭を狙え!!」


その前へ――


四番隊が立ちはだかっていた。


「おらぁぁぁぁっ!!」


ブォンッ!!


ガザの大剣が唸る。


ザンッ!!


死霊の首が宙を舞った。


青白い身体が崩れ、灰となって散る。


だが。


「くそっ!」


一体。


二体。


三体。


倒しても。


その後ろから、また死霊が現れる。


「隊長!」


ガザが大剣を振り回しながら叫ぶ。


「すげぇ数だ!」


ドガッ!!


大剣の腹で一体を吹き飛ばす。


「倒しても倒しても――きりがねぇ!!」


「分かってる!」


クナトが踏み込む。


死霊が腕を伸ばす。


その懐へ潜り込み――


ザシュッ!!


一閃。


首を跳ね飛ばした。


灰が舞う。


「……だが」


クナトは周囲を見渡す。


次々と迫ってくる死霊たち。


「おかしい……」


「何がだ!」


「これだけの数を、どうやって……」


クナトの表情が険しくなる。


「分からねぇ……」


武器を握り直す。


「だが――嫌な予感がする」


その直後。


再び死霊の群れが四番隊へ押し寄せた。


*


――商業区画。


ズドォォォォンッ!!


巨大な拳が床を粉砕する。


「くっ!」


カイが横へ飛ぶ。


瓦礫が背後を通過した。


視線の先。


無数の死霊。


その中央に――


六、七メートルはある巨大なクマのぬいぐるみが立っていた。


その肩には、白髪の少女――イツキ。


挿絵(By みてみん)


「…………」


カイが右腕を突き出す。


「CODE:ZERO!!」


ギィン――!!


カイの視界に無数の情報が走る。


対象。


巨大なクマ。


停止。


停止――


「……っ!」


だが。


ドンッ!!


巨大な脚が床を踏み抜いた。


止まらない。


「ダメだ……!」


カイが歯を食いしばる。


「止められないっ!!」


巨大なクマが腕を振り上げる。


鉤爪が光る。


「だったら――!」


カイが叫ぶ。


「百錬!!」


ガシュンッ!!


SHIRAGANEの背部。


肩。


腰。


複数のブースターユニットが一斉に分離する。


キィィィン――!!


無数のビットがカイの周囲を滑空した。


「弍式――」


カイが腕を交差させる。


「《イージス》!!」


ヒュンッ!!


五つのビットがカイの正面へ集結。


五角形を描くように展開する。


次の瞬間。


それぞれの間を青白い光が繋いだ。


光の盾。


直後――


ガキィィィィンッ!!!!


「ぐっ!!」


巨大な鉤爪がシールドへ叩きつけられた。


凄まじい衝撃。


SHIRAGANEの脚部が床へめり込む。


「……硬いなぁ」


上から。


イツキが顔をしかめる。


そして。


「これならどう?」


クマの両腕が振り上がる。


ブォンッ!!


右。


ガキンッ!!


左。


ガキィィンッ!!


右。


左。


右――!


ガガガガガガガガッ!!!!


「ぐ……っ!」


五月雨のような連撃。


一撃ごとに光の盾が激しく揺れる。


「くっ……!」


SHIRAGANEのブースターが最大出力で噴射。


それでも。


ズズズズッ――!!


カイの身体が押し込まれていく。


「なんて……力だ……!」


次の瞬間。


ドガァンッ!!


「ぐあっ!!」


防御ごと弾き飛ばされた。


カイの身体が宙を舞う。


ドンッ!


地面へ叩きつけられ。


ゴロッ。


ゴロッ。


何度も転がる。


最後は滑るようにして止まった。


「カイ!!」


レンの声。


「大丈夫ですか、カイっ!」


「……っ」


カイが身体を起こす。


「大丈夫だ!」


その時。


「ァ……」


背後。


「――っ!」


死霊がカイへ飛びかかった。


だが。


「おらああああああっ!!!!」


ドゴォッ!!


横から。


強烈な拳。


死霊の頭部が大きく弾け飛ぶ。


そのまま身体が地面へ転がり――灰へ変わった。


「……!」


カイが振り向く。


そこに立っていたのは。


ゴウ。


その両拳には――


無骨な金属製のメリケンサック。


「あんたねぇ!」


ゴウが拳を構える。


「後ろがガラ空きなのよっ!」


「ゴウ……!」


「ぼさっとしない!」


次の死霊へ拳を叩き込む。


ドゴッ!!


「ありがとう、ゴウ!」


「いいのよ!」


ゴウが叫ぶ。


「それより、あなたは――」


巨大なクマを指差す。


「あれの相手をお願い!」


そして。


レンの隣へ立つ。


「こいつらの相手は、私とレンに任せなさいっ!!」


レンが刀を構えた。


「はい!」


「……分かった!」


カイが立ち上がる。


巨大なクマへ向き直る。


「…………」


深く息を吸う。


そして。


「壱式――」


左目。


青白いホログラムが展開された。


《HYAKUREN SYSTEM》


《TARGETING》


「《グングニル》」


ピピピピピピッ!!


巨大なクマ。


右肩。


左肩。


腕。


脚。


胴体。


頭部。


無数のターゲットマーカーが浮かび上がる。


「……!」


イツキが目を見開く。


カイの周囲。


ビットが一斉に舞い上がった。


右。


左。


上空。


背後。


あらゆる方向へ展開。


そして――


「撃てっ!!」


キュィィィィン――!!


一斉射。


無数の光線が。


巨大なクマへ殺到した。


ドドドドドドドドドッ!!!!


「ママ!」


イツキが叫ぶ。


その瞬間。


巨大なクマが、自らイツキを庇うように身体を丸めた。


すべての光線が、その巨体へ突き刺さる。


ドガァァァァァァァンッ!!!!


爆炎。


綿。


布。


巨大な腕。


脚。


頭部。


無数のパーツが、バラバラに吹き飛んだ。


「……やったか!?」


カイが目を凝らす。


だが。


「…………」


煙の向こう。


イツキは、無傷だった。


そして。


空中に散らばったクマの残骸が――止まる。


「……え?」


レンが目を見開く。


千切れた腕が宙を浮く。


破裂した胴体。


頭部。


大量の綿。


それらが――


一斉に戻っていく。


ギュルルルルルッ!!


布が繋がる。


綿が戻る。


腕。


脚。


胴体。


頭。


瞬く間に。


巨大なクマが再生した。


「そんな……!」


カイが息を呑む。


イツキが。


クマの肩からカイを見る。


「ひどいことするね……」


「…………」


「ママをこんなにして……」


小さな顔から。


感情が消える。


「そんな怖い人は――」


巨大なクマの両目が。


ギンッ!!


赤く光った。


「殺さないと……!」


ドンッ!!!!


床が陥没する。


巨体が、信じられない速度でカイへ飛びかかった。


「くっ!」


カイが刀を構える。


だが。


その時。


「…………」


一つの青白い影が、二人の間へ入った。


「……!」


カイの目が見開かれる。


巨大なクマの前。


両腕を広げ。


カイを庇うように立っている。


死霊。


その姿は。


「アンナ……?」


ゴウが呟いた。


アンナだった。


表情は変わらない。


青白い身体。


虚ろな瞳。


他の死霊と、何も変わらない。


はずなのに。


そこには。


明らかな――


意志があった。


「…………」


巨大な鉤爪が。


アンナの頭上で止まる。


「……え」


イツキの口が開く。


「そんな……」


目を見開く。


「ありえない……」


巨大なクマの腕が震える。


「こんなこと……」


イツキの呼吸が乱れる。


「今まで……一度も……」


両手で頭を抱える。


「おかしい……」


「…………」


「おかしい……」


首を振る。


「おかしい……おかしい……おかしい……!」


巨大なクマの動きが鈍くなっていく。


「主人は言った……」


「……?」


カイがイツキを見る。


「私が頑張って……」


イツキの声が震えている。


「いっぱい役に立ったら……」


その瞳が、恐怖に揺れる。


「ママは……生き返るって……」


「…………!」


「私の力がもっと強くなったら……」


涙が浮かぶ。


「ずっと、お話できるようになるって……!」


巨大なクマの身体が。


縮み始めた。


七メートル。


五メートル。


三メートル。


一メートル――


やがて。


元のぬいぐるみへ戻った。


「…………」


イツキの身体が。


ゆっくりと地面へ降りる。


その腕へ。


小さなクマが落ちてきた。


ぎゅっ。


イツキはクマを抱きしめる。


「ママ……」


「…………」


アンナが。


動いた。


ゆっくり。


ゆっくり。


イツキへ向かって歩いていく。


「……アンナ?」


ゴウが見つめる。


イツキの前で、アンナが止まった。


「…………」


そして。


そっと。


小さな少女の身体を――


抱きしめた。


「……え」


イツキの瞳が見開かれる。


アンナの腕が少女の背中へ回る。


まるで、泣いている子供を優しく抱きしめるように。


そして。


「――ありがとう」


「…………!」


声。


イツキが息を呑む。


ゴウも。


カイも。


レンも。


動けなかった。


アンナが、喋った。


「ここまで――」


青白い唇が。


僅かに微笑む。


「連れてきてくれて」


「…………」


イツキが呆然とアンナを見る。


「アンナ……」


ゴウの目から涙が溢れた。


アンナの身体が足元から灰へ変わっていく。


「……あ」


イツキが手を伸ばす。


「待って……」


さらさらと。


青白い身体が崩れる。


「待って……!」


「…………」


最後まで、アンナは穏やかに微笑んでいた。


そして。


完全に――灰となった。


「…………アンナ」


ゴウが。


その場に立ち尽くす。


涙を流しながら。


それでも。


追いかけなかった。


ただ、消えていく灰を見送った。


「…………」


イツキは、宙を舞う灰へ手を伸ばしていた。


「そんな……」


小さな声。


「主人の言っていたことは……」


手のひらを灰がすり抜けていく。


「嘘だったの……?」


「…………」


「喋れるようになったら……」


イツキの目から一筋の涙が落ちた。


「生き返るって……」


直後。


「……っ」


少女の身体が震えた。


「う……」


頭を押さえる。


「いた……い……」


膝をつく。


「ママ……」


「…………」


「ママ……どこ……?」


そして。


プツン――


何かの糸が切れたように。


少女の身体から力が抜けた。


「……!」


カイが駆け寄る。


その場に倒れる寸前。


小さな身体を受け止めた。


「おい!」


返事はない。


クマのぬいぐるみだけは。


その腕に強く抱かれたままだった。


「何が……」


カイが少女を見る。


「何が起こったんだ……?」


その時。


「ァァ……!」


「っ!」


背後。


死霊が飛びかかる。


カイが振り返る。


間に合わない――


ヒュンッ!!


ドスッ!!


一本のクナイが。


死霊の額へ突き刺さった。


「……!」


死霊が地面へ倒れ。


灰へ変わる。


カイが顔を上げた。


煙の向こう。


複数の人影。


先頭には、傷だらけの男。


「ジン!」


その隣。


キリカ。


ヒナタ。


そして。


クナイを投げたアズサ。


「無事か!」


キリカが叫ぶ。


「なんとか!」


レンが答える。


ジンが周囲を見渡す。


倒れた白髪の少女。


そして。


今なお商業区画へ流れ込んでくる大量の死霊たち。


「……状況は分からんが」


ジンが小銃を構えた。


ガチャッ。


「まずは――」


銃口が死霊の群れへ向けられる。


「こいつらをなんとかするぞ」


キリカが二丁の拳銃を抜く。


ヒナタも武器を構える。


アズサは両手にクナイを握った。


「…………」


カイは気を失ったイツキをゴウへ預ける。


そして、刀を握る。


レンがその横へ並んだ。


「カイ」


「ああ」


前方。


数え切れないほどの死霊が。


こちらへ向かってくる。


ジンが。


小銃を構えたまま叫んだ。


「行くぞっ!!」


銃声が響いた。


同時に。


カイたちも地面を蹴る。


そして――


死霊の群れへと突っ込んでいった。

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