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第59話 サザメの選択

――Genesis・最下層。


ドクンッ!!


心臓が激しく脈打つ。


サザメの周囲を、夥しい量の血液が渦巻いていた。


《LIMIT BREAK》


《ブラッド・リミットレス》


本来なら、その小さな身体から生み出せるはずのない血液量。


それが巨大な奔流となって地下牢を赤く染める。


その中心で。


サザメは巨大な血の大鎌を握りしめていた。


視界は霞んでいる。


頭の中には絶えずノイズが走る。


それでも――


「はああああああっ!!!!」


ダンッ!!


床を蹴った。


巨大な血の鎌を引きずりながら、一気にクイーンへ迫る。


「……っ!」


ブォンッ!!


横薙ぎ。


クイーンが上体を反らす。


血の刃が鼻先を掠めた。


そのままサザメは身体を回転させ――


「まだぁっ!!」


二撃目。


振り上げ。


「ちっ……!」


クイーンが横へ跳ぶ。


ザンッ!!


巨大な刃が床を抉った。


砕けた床が宙を舞う。


クイーンは着地と同時に右手を上げた。


親指と中指が重なる。


パチンッ。


瞬間。


ジュゥゥゥゥゥゥッ!!


「……!」


サザメの大鎌が赤く染まった。


血液が沸騰する。


無数の気泡が刃を覆い――


破裂寸前まで温度が上昇していく。


だが。


「無駄……っ!」


サザメが腕を振る。


バシャァァッ!!


周囲に散らばっていた大量の血液が大鎌へ殺到した。


沸騰した血を包み込む。


次から次へ。


新しい血液が流れ込み――


強引に熱を奪っていく。


「……!」


クイーンが目を見開く。


「力任せに……!」


「そうだよっ!!」


サザメは止まらない。


「今の私は――!」


大鎌を振り上げる。


「それができるんだからぁっ!!」


ブォォォンッ!!


「ちっ!」


クイーンが飛び退く。


ザンッ!!


血の刃が壁を大きく切り裂いた。


さらに。


横薙ぎ。


振り下ろし。


突き。


巨大な鎌とは思えない速度。


「はぁぁぁぁぁっ!!!!」


サザメの猛攻がクイーンを追い詰めていく。


一撃。


また一撃。


クイーンは紙一重で回避し続ける。


「くっ……!」


パチンッ!!


指が鳴る。


サザメの足元。


先ほど爆散した牢の鉄格子。


床に転がる金属片。


そのすべてが――


赤熱した。


「……!」


ドガガガガガガガッ!!!!


連続する爆発。


無数の金属片が。


爆風によって弾丸のように飛び散った。


「サザメ!!」


アキラが叫ぶ。


ドスッ!


「ぐっ……!」


一つ。


サザメの脇腹を抉る。


ドスッ!!


もう一つが肩へ突き刺さる。


さらに。


太腿。


腕。


頬。


「っ……!」


血が飛ぶ。


身体がよろめく。


「サザメぇっ!!!!」


だが。


止まらない。


「はぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


血まみれのまま。


踏み込む。


「なっ……!」


クイーンの表情が変わった。


サザメは大鎌を振り下ろす。


ブォンッ!!


クイーンが横へ回避。


その瞬間だった。


「逃がさない……!」


大鎌の刃。


その先端部分が――


バシャッ!!


液体へ戻った。


「……!?」


血液が空中で軌道を変える。


避けたクイーンを追うように伸び――


ザシュッ!!


「ぐっ……!」


クイーンの左腕を切り裂いた。


血が飛ぶ。


「……っ」


クイーンの身体がよろめく。


片膝をついた。


「はぁ……」


「はぁ……」


二人の荒い呼吸だけが、地下牢に響く。


クイーンが自分の腕を見る。


傷口から流れ落ちる血。


そして。


ゆっくりと顔を上げた。


「凄まじい力だ……」


サザメを見つめる。


「ここまでとは……思わなかった……」


「…………」


サザメは答えない。


答える余裕すらない。


顔は青白い。


右目は焦点が合っていない。


それでも。


巨大な大鎌だけは、決して手放さない。


「なら……」


クイーンが立ち上がった。


「私も――」


口元が僅かに吊り上がる。


「死ぬ気でいこう……」


「……!」


サザメの表情が強張る。


クイーンが右手を胸の前へ掲げる。


「――Arts」


空気が変わった。


「LIMIT BREAK」


「……っ!」


アキラが息を呑む。


クイーンの周囲。


空気が激しく歪み始める。


そして。


「《エターナル・フレア》」


ドクンッ!!


「――っ!!」


クイーンの身体が大きく跳ねた。


両目から――


血が流れる。


「ぐ……っ」


頭を押さえる。


「ぐぁ……」


膝が震える。


「ぐああああああああああああっ!!!!」


絶叫。


頭の中。


何かが壊れていく。


視界が乱れる。


ノイズ。


記憶。


感情。


自分を形作る大切な何かが、限界を超えた力によって削られていく。


「はぁ……」


「はぁ……」


クイーンが、ゆっくりと顔を上げた。


両目から血の涙を流しながら。


その視線が鋭く、サザメを見つめた。


「いくぞ……」


口角を上げる。


「サザメ……」


「…………」


サザメも。


大鎌を構え直した。


二人が睨み合う。


一秒。


その瞬間――


パチッ。


「……!」


サザメの目の前で。


小さな火花が弾けた。


次の瞬間。


ドガァァァァァァァァンッ!!!!


「――っ!!」


爆発。


予備動作すらない。


触れてもいない。


サザメの目の前。


空間そのものが爆ぜた。


「くっ!!」


寸前。


大量の血液を前方へ展開。


巨大な盾を形成する。


ドォォォンッ!!


爆炎が血の盾へ直撃。


ジュゥゥゥゥゥッ!!


血が蒸発する。


それでも。


「ぐ……っ!」


サザメは耐えた。


「…………」


煙の向こう。


クイーンが口角を吊り上げている。


「……なるほど」


サザメも笑った。


「それが……あなたの本当の力……」


「そうだ」


クイーンが腕を広げる。


パチッ。


パチパチッ。


サザメの周囲。


無数の火花が生まれる。


「……!」


ドガァンッ!!


ドガァァンッ!!


ドドドドドドドドッ!!!!


連続爆発。


床。


壁。


天井。


そして――空中。


あらゆる場所で爆発が発生する。


「くっ……!」


サザメが血液を操る。


盾。


壁。


膜。


次々と形を変えながら爆炎を防いでいく。


だが。


そのたびに。


血液が蒸発する。


「はぁ……はぁ……!」


それでも。


前を見る。


爆炎の向こう。


クイーンが立っている。


「…………」


サザメが大鎌を握り直した。


クイーンもサザメを見る。


そして――


走った。


クイーンが、爆発を纏いながら一直線に迫る。


「サザメ!!」


アキラの声。


サザメも地面を蹴った。


「はあああああああああっ!!!!」


大量の血液が身体を包む。


腕。


脚。


胸。


腹。


首。


全身を覆う――


真紅の鎧。


さらに。


大鎌へ。


残る血液がすべて集まっていく。


赤。


炎。


二人の間。


距離が消える。


挿絵(By みてみん)


クイーンが指を鳴らした。


パチンッ。


サザメが巨大な鎌を振り抜く。


瞬間――


爆発と血が。


正面から激突した。


ドガァァァァァァァァァァァァンッ!!!!


地下牢全体が揺れた。


「――っ!!」


アキラが腕で顔を覆う。


爆風。


熱。


赤い血液。


瓦礫。


すべてが吹き荒れる。


その中から。


一つの身体が飛び出した。


「……!」


アキラが目を見開く。


「サザメ!!!!!!」


床へ叩きつけられる寸前。


アキラが走った。


「くっ!」


両腕を広げ――


ドンッ!!


「ぐぁっ!」


衝撃。


それでも。


離さない。


サザメの身体を抱きしめる。


二人で床を転がり。


止まった。


「サザメ!」


返事がない。


「おい!」


アキラが身体を起こす。


「サザメ!!」


その腕の中。


サザメの全身は。


赤い鎧に覆われていた。


血液で作られた。


最後の防壁。


それが。


ピシッ。


ひび割れる。


そして。


バシャッ――


一斉に液体へ戻った。


血が。


床へ落ちる。


「……っ」


アキラが息を呑む。


その中から現れたサザメの顔。


青白い。


傷だらけ。


そして。


右目は――


ほとんど光を失っていた。


「サザメ……?」


「…………」


僅かに。


瞳が動く。


アキラを見る。


「アキ……」


声が掠れる。


「……ラ……くん……」


「……!」


アキラがサザメの手を握る。


「ここにいる!」


「…………」


サザメの唇がほんの少しだけ動く。


笑った。


「……よかった……無事で……」


「サザメ……!」


その言葉を最後に。


瞼が閉じた。


「おい!」


力が抜ける。


「サザメ!!」


アキラが片手でホログラムを開く。


サザメのバイタルを確認する。


サザメの首に取り付けた、黒い首輪。


そこから情報が送られる。


心拍。


「…………ピッ」


弱い。


だが。


ある。


「……生きてる」


アキラが息を吐く。


「よかった……」


その時だった。


コツ。


「……!」


アキラの身体が固まる。


コツ。


コツ。


ゆっくりと。


足音が近づいてくる。


「…………」


アキラが振り返る。


煙の向こう。


人影。


赤い髪。


「……クイーン」


生きている。


「…………」


アキラがサザメの身体を強く抱きしめた。


自分の身体で隠すように。


守るように。


クイーンが近づいてくる。


一歩。


また一歩。


だが。


その足取りは、酷く不安定だった。


「…………」


両目から。


血。


鼻からも。


口元からも。


赤い血が流れている。


「……っ」


アキラは動けない。


逃げられない。


腕の中の少女を置いてなど、絶対に。


クイーンが二人の前で立ち止まった。


「…………」


朧げな瞳。


その目がアキラを見る。


そして。


その腕の中で眠る――


サザメを見る。


「…………」


長い沈黙。


アキラは、サザメを抱く腕に力を込めた。


クイーンの唇が、ゆっくりと動いた。


「そんな……」


「…………」


「選択肢も……」


クイーンの目が、サザメからアキラへ向く。


「……あったんだな」


「……?」


アキラが眉を寄せる。


その瞬間。


「……っ」


クイーンの口から。


大量の血が溢れた。


「……!」


身体が揺れる。


一歩。


前へ出ようとして。


力が抜けた。


ドシャッ――


その場に倒れた。


「…………」


静寂。


地下牢に。


血が広がっていく。


アキラは何も言えず。


倒れたクイーンを見つめていた。


そして。


腕の中では、サザメの心臓が――


まだ。


小さく。


確かに脈打っていた。

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