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第57話 決死

「どうして……」


ゴウの声が震える。


目の前に立つ、青白い女。


虚ろな瞳。


血の気を失った肌。


輪郭から立ち上る、青白い炎。


見間違えるはずがなかった。


「どうして……アンナが……」


一歩。


ゴウが前へ出る。


「だって……アンナは……」


死んだ。


確かに。


自分の腕の中で。


冷たくなった身体を抱きしめた。


その瞼を閉じた。


血に濡れた髪を撫でた。


そしてあの場に――置いてきた。


なのに。


「…………」


アンナは今。


ゴウの目の前に立っている。


「……アンナ……?」


カイも息を呑んでいた。


隣ではレンが刀を構えたまま、動けずにいる。


「そんな……」


レンの声が震える。


「アンナさん……どうして……」


その時だった。


「……私のお友達になったの」


「……?」


幼い声。


アンナの背後。


黒煙の中から――


小さな人影が姿を現した。


腰まで伸びた白い髪。


小さな身体。


そして、その腕には、大きなクマのぬいぐるみが抱かれている。


少女はアンナの横へ並んだ。


その瞳には――


光がなかった。


死んでいるかのように濁った目。


「…………」


少女の視線が、ゆっくりとカイへ向けられる。


「みーつけた……」


小さく。


笑う。


「あなたが――天城カイね」


「……っ」


カイが僅かに身構える。


シラガネの駆動音が低く鳴った。


「友達ってなんだ……?」


カイが聞き返す。


「うん」


少女が頷く。


抱いているクマへ頬を寄せた。


「死んだ人間はね――」


アンナを見る。


「みんな、私のお友達になるの」


「……何を……」


ゴウが少女を見る。


少女は続ける。


「それにね」


クマの頭を優しく撫でる。


「主人は言ったわ」


「……主人?」


「この力は――人間の魂を復元させることができるって」


「……!」


カイの表情が変わった。


少女は嬉しそうに話し続ける。


ぎゅっ。


クマを抱きしめる。


「いつか私がもっと強くなったら、完全に――生き返らせることだってできるって」


「…………」


カイがアンナを見る。


青白い炎に包まれた身体。


虚ろな瞳。


なのに。


その左目からは――


一筋の涙が流れている。


「そんなことが……」


カイが呟く。


「本当に……可能なのか……?」


その横で。


「アンナ……」


ゴウが歩き出した。


「ゴウ?」


「アンナ……アンナ……っ」


一歩。


また一歩。


涙が頬を伝っている。


「ごめんなさい……」


「…………」


「私……」


声が震える。


「あなたを……守ってあげられなくて……」


アンナは答えない。


ただ。


虚ろな目でゴウを見つめている。


「ごめんなさい……っ」


「…………」


「本当に……ごめんなさい……」


だが。


「だめだよ」


少女が言った。


「……?」


ゴウが振り向く。


「私の力じゃ――まだ会話まではできないの」


「…………え」


「だから、その子は喋れないよ」


「そんな……っ」


ゴウの顔が歪む。


それでも。


再びアンナへ近づこうとする。


「アンナ……」


「ゴウ!」


カイが叫んだ。


「……!」


ゴウの足が止まる。


「駄目だ!」


「カイ……」


「それは――アンナじゃない!」


「……っ」


ゴウが目を見開く。


「近づいちゃ駄目だ!」


「でも……!」


「ゴウ!」


カイがアンナを睨む。


「アンナは……死んだんだ」


「…………っ」


「そいつが何をしたのかは分からない」


拳を握る。


「でも……」


アンナの左目から流れる涙を見る。


一瞬。


言葉に詰まる。


それでも。


「今のアンナが安全だって保証はない」


「…………」


ゴウは。


何も言えなかった。


少女が二人のやり取りを不思議そうに眺めていた。


そして。


「……もういい?」


「……?」


少女がアンナへ顔を向ける。


「七瀬アンナ」


アンナの肩が。


ピクリ。


動いた。


「――その男を殺しなさい」


「……!」


ゴウの顔が強張る。


カイが即座にゴウの前へ出た。


レンも刀を構える。


「ゴウ! 下がって!」


だが――


「…………」


アンナは。


動かなかった。


「……?」


少女が首を傾げる。


「七瀬アンナ」


もう一度。


「その男を殺して」


「…………」


動かない。


「……あれ?」


少女の眉が僅かに寄る。


「動かない……」


アンナの身体が。


微かに震えている。


右腕が僅かに持ち上がる。


だが。


それ以上――動かない。


まるで。


何かに抗っているかのように。


「なんで……?」


少女が呟く。


「アンナ……っ!」


ゴウが叫んだ。


その声に。


アンナの顔が――僅かに動いた。


「……!」


ゴウが息を呑む。


左目。


そこから。


また一筋。


青白い頬を伝って――


涙が落ちた。


「…………アンナ?」


少女が目を見開く。


「なんで……」


ぎゅっ。


クマを抱く腕に力が入る。


「なんで言うこと聞かないの……」


声が震える。


「私のお友達になったんじゃないの……?」


アンナは答えない。


「なんで……」


少女の顔が歪む。


「そんな顔……」


さらに。


ぎゅうっとクマを抱きしめる。


「するのっ!!!!」


少女が叫んだ。


そして。


「ママァ!!!!」


「……!」


「こいつらを――」


少女の瞳が見開かれる。


「殺してっ!!!!」


瞬間。


ドクンッ――!!


クマのぬいぐるみが――脈打った。


「……なっ」


カイが目を見開く。


メキ。


メキメキメキッ!!


クマの身体が膨れ上がる。


縫い目が軋み。


腕が伸び。


脚が太くなる。


二メートル。


三メートル。


さらに――


巨大化していく。


「何……あれ……!」


レンが見上げる。


ドォォォンッ!!


巨大な脚が床を踏み抜いた。


天井近くまで届く。


六――


いや。


七メートル近い巨体。


巨大なクマのぬいぐるみ。


その肩。


白髪の少女が、ちょこんと腰掛けていた。


少女は。


冷たい目でカイたちを見下ろす。


「――死んじゃえ」


巨大な腕が振り上げられた。


「っ!」


「ゴウ!!」


カイがゴウの身体を抱える。


シラガネのブースターが開く。


ゴッ!!


一気に後方へ加速。


「レン!!」


「はいっ!!」


レンも床を蹴る。


次の瞬間。


ズドォォォォォォンッ!!!!


巨大な拳が先ほどまで三人が立っていた場所を粉砕した。


床が陥没する。


瓦礫が吹き飛ぶ。


「ぐっ……!」


カイがゴウを抱えたまま着地する。


顔を上げる。


煙の向こう。


巨大な影がゆっくりと立ち上がった。


「なんだ……」


カイの頬を汗が伝う。


「なんなんだ……あれは……っ!」


巨大なクマ。


その肩から。


白髪の少女がカイを見下ろしている。


その足元では。


死者たちが次々と集まり始めていた。


そして――


青白い炎を纏ったアンナだけが。


動かず。


静かに涙を流していた。



――Genesis・最下層。


地下牢。


コツ。


コツ。


コツ。


広大な牢獄に。


靴音が響く。


「…………」


鉄格子の向こう。


拘束されたサザメが。


近づいてくる女を睨んでいた。


赤い髪。


白い肌。


その周囲には、熱で揺らぐ空気。


――クイーン。


女は牢の前で足を止めた。


「…………」


右手を軽く払う。


次の瞬間。


キィィィィィン――!!


「……っ!」


鉄格子が赤く染まった。


赤熱。


そして――


ドガァァァァンッ!!


爆発。


鉄格子が吹き飛ぶ。


「サザメ!」


アキラがサザメを庇うよう前に立つ。


「アキラくん……!早く、早くこの拘束を解いて!!!!」


「……くそっ……!」


アキラがホログラムを展開する。


指を走らせる。


《RESTRAINT SYSTEM》


《RELEASE》


ガチャンッ!!


右腕。


左腕。


両脚。


首。


拘束具が次々と外れていく。


最後の拘束具が床へ落ちた。


サザメは立ち上がる。


「…………」


そして。


躊躇なく。


自分の親指を――噛みちぎった。


ブチッ。


血が流れる。


「Arts――」


赤い血が、宙へ浮かび上がる。


「《シリアル・キラー》」


ギュルルルッ!!


血液が凝固。


瞬く間に二本のナイフを形成した。


サザメが両手で握る。


「…………」


クイーンが。


冷たい目でその姿を見つめていた。


「サザメ」


「…………」


「なんのつもりだ」


「…………」


サザメは少しだけ目を伏せた。


「私にも……」


そして。


顔を上げる。


「分かんない……」


「何?」


「私にとって……」


血のナイフを握る手に力が入る。


「ママが――この世界の全部だった」


「…………」


「ママに褒めてもらえれば、それでよかった」


「ママに必要だって言ってもらえれば……それだけでよかった」


サザメの目が。


一瞬。


アキラへ向く。


「でも……」


小さく笑う。


「今は――他にも守りたいものができちゃったんだ……!」


ダンッ!!


床を蹴った。


「サザメ!」


一気に間合いを詰める。


左右のナイフを交差させ――


クイーンの首を狙う。


だが。


「馬鹿な女だ」


クイーンが右手を向けた。


そして。


パチンッ。


指を鳴らす。


瞬間。


ジュゥゥゥゥゥッ!!


「っ!?」


サザメの手にある血のナイフが。


一瞬で沸騰した。


「熱っ――!」


咄嗟に手放す。


直後。


ドガァァンッ!!


「――っ!!」


爆発。


サザメの身体が吹き飛ばされる。


「サザメッ!!!!」


アキラが叫ぶ。


「くっ……!」


空中。


サザメが手を伸ばす。


飛び散った自分の血液が。


背中側へ集まる。


バシャッ!!


巨大な血の塊。


それがクッションのように身体を受け止めた。


ズザァァァッ!!


床を滑る。


「はぁ……」


立ち上がろうとする。


だが。


「……っ」


視界が。


ぐらりと揺れた。


「……まず……」


膝をつく。


「血を……使いすぎた……」


その瞬間。


クイーンの視線が動いた。


サザメではない。


その後方。


「…………」


アキラ。


そして。


その横にある――


先ほど食事を運んできた金属製のトレイ。


クイーンが。


静かに指を向けた。


「――死ね」


パチンッ。


「……!」


サザメの目が見開かれる。


「アキラくん!!!!」


金属製のトレイが。


一瞬で真っ赤に染まった。


「な――」


ドガァァァァァンッ!!!


爆発。


その直前。


「くっ!!」


サザメが腕を振る。


バシャァァッ!!


大量の血液がアキラの前へ集結した。


巨大な赤い盾。


直後。


爆炎が直撃する。


バキィィィンッ!!


血の盾が砕け散った。


「ぐっ……!!」


衝撃までは殺しきれない。


アキラの身体が吹き飛ぶ。


「アキラくん!!」


壁へ叩きつけられ。


床を転がる。


「ぐ……っ」


「アキラくん!」


サザメが駆け寄る。


「しっかりして!!」


「……っ」


アキラの腕。


背中。


大きく皮膚が裂けていた。


そこから。


血が流れ出している。


「血……」


サザメの顔色が変わった。


「血が……!」


「大丈夫だ……」


「大丈夫じゃない!」


サザメが膝をつく。


アキラの傷口へ両手を当てる。


「Arts――《シリアル・キラー》」


血が動く。


今度は武器ではない。


サザメ自身の血液がアキラの傷口を覆い――


凝固する。


「……っ」


出血が止まっていく。


「サザメ……」


アキラが顔を上げる。


サザメの顔は。


明らかに青ざめていた。


「お前……」


その様子を。


クイーンは冷めた目で眺めている。


「愚かだな」


「…………」


「そのArtsは――集団戦でこそ真価を発揮する」


サザメがゆっくりと振り返る。


「敵が流した血を取り込み、それをそのまま己の武器へ変える」


一歩。


クイーンが近づく。


「だが――ここには誰もいない」


「…………」


「自分の血ばかり使えば、どうなるか」


サザメの身体が揺れる。


「そろそろ――血が足りなくなるのではないか?」


「うる……さいなぁ……」


サザメが立ち上がる。


ふらふらと。


「言われなくても……」


血の気を失った唇が動く。


「分かってるよ……」


「そうか」


クイーンが指を上げる。


サザメへ向けて。


親指と中指を重ねた。


「なら――」


指先が僅かに動く。


「死ね」


その瞬間。


「――Arts」


サザメが呟いた。


「……?」


クイーンの指が止まる。


サザメは俯いていた。


「LIMIT BREAK」


「……!」


クイーンの顔色が初めて変わった。


「お前……」


ドクンッ!!


音。


サザメの心臓が。


異常なほど大きく脈打つ。


ドクンッ!!


「ぐ……っ」


身体が震える。


皮膚の下。


無数の血管が赤く浮かび上がっていく。


「――《ブラッド・リミットレス》」


ドクンッッ!!


瞬間。


バシャァァァァァァァッ!!!!


「なっ……!?」


サザメの周囲に。


大量の血液が溢れ出した。


床へ落ちない。


まるで意思を持つ生き物のように。


赤い奔流が。


サザメの身体を中心に渦を巻く。


一リットル。


二リットル。


そんな量ではない。


人間一人の身体に収まっているはずのない――


異常な量。


「……お前」


クイーンが目を見開く。


「死ぬ気か……?」


「…………」


サザメが。


ゆっくりと顔を上げる。


左目が――


赤く輝いていた。


だが。


右目は。


どこか虚ろだった。


視界の端に。


ノイズが走る。


――ザザッ。


一瞬。


アキラの顔が分からなくなる。


「…………?」


誰だっけ。


そんな疑問が。


ほんの一瞬だけ――頭を過ぎった。


「……っ」


サザメが目を見開く。


違う。


忘れるな。


絶対に。


忘れるな。


「サザメ!」


アキラの声。


「やめろ!!」


「…………」


サザメが振り返る。


アキラを見る。


そして。


小さく笑った。


「……大丈夫」


「何が大丈夫だ!」


「私……」


声が震える。


「まだ――覚えてるから」


「……?」


次の瞬間。


大量の血液が。


一つに集まり始めた。


ギュルルルルルルッ!!


巨大な柄。


そして。


湾曲した刃。


それは――


サザメの身体すら遥かに超える。


巨大な血の鎌。


挿絵(By みてみん)


「…………」


クイーンが初めて一歩――後ろへ下がった。


サザメが血の大鎌を握る。


身体は震えている。


視界も霞んでいる。


自分の中の何かが。


少しずつ。


欠けていく感覚。


それでも。


「ははっ……」


笑った。


クイーンを睨む。


「それは……」


赤い血液が。


地下牢全体を埋め尽くすように渦巻く。


「どうかなっ!!!!」


ダンッ!!


サザメが床を蹴った。


巨大な血の鎌を引きずり。


一直線に――


クイーンへ飛びかかった。

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