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第56話 嘆きの亡霊

――Genesis・居住地区画。


薄暗い部屋に。


けたたましい警報音が鳴り響いた。


――ビィィィィィィッ!!


「…………っ」


ベッドの上。


カイの瞼が開いた。


「な……」


まだ覚醒しきっていない頭を振りながら、身体を起こす。


「なんだ……っ」


赤い非常灯が室内を明滅させている。


天井のスピーカーから機械音声が響く。


『――緊急警報』


『Genesis第三区画内部にて爆発が発生』


『敵が複数侵入し、現在交戦中です』


『戦闘員は直ちに現場へ急行してください』


『非戦闘員は最寄りのシェルターへ避難してください』


『繰り返します』


『Genesis第三区画内部にて――』


「敵っ……!?」


その一言で。


眠気が吹き飛んだ。


カイはベッドから飛び降りる。


急いで服を身につけ。


机の上へ手を伸ばした。


そこに置かれている――


白銀のキューブ。


シラガネ。


それを掴み。


部屋を飛び出した。


プシュッ!!


「……っ!」


廊下へ出る。


その瞬間。


斜め向かいの部屋から、勢いよく扉が開いた。


「カイ!」


「レン!」


黒髪を乱したレンが、慌てた様子で飛び出してくる。


「これは一体……っ!」


「分からない」


カイは廊下の先を見る。


すでに何人もの住民が部屋から出てきていた。


「とにかく外に出よう」


「はい!」


二人は走り出した。



居住地区画の大通路。


そこには。


普段とはまるで違う光景が広がっていた。


「急いで!」


「押さないでください!」


「子供を先に!」


「シェルターはこっちだ!」


大勢の住民たちが、一斉に避難している。


泣き叫ぶ子供。


荷物を抱えた老人。


子供の手を引いて走る大人。


一番隊の腕章をつけたGenesisの団員たちが声を張り上げ、避難誘導を続けていた。


「…………」


カイが息を呑む。


ついさっきまで。


ここにはいつもの日常があった。


それが今は――


「カイ!」


「……!」


レンの声。


カイが顔を上げる。


人混みの向こう。


見覚えのある二人がいた。


「ラック!!」


「!」


赤髪の青年が振り返る。


「カイかっ!」


その隣には。


巨大な体躯。


鍛冶師――ヤク。


二人とも工具や機材を抱えていた。


カイとレンが駆け寄る。


「一体これは何の騒ぎなんだ?」


カイが尋ねる。


ヤクが険しい顔で答えた。


「詳しくは……だが、どうやら第三区画で敵襲があったらしい」


「敵襲……」


「第三隔壁が破壊された。負傷者も出てる」


「…………っ」


レンの表情が強張る。


「俺とラックは、破壊された防衛システムの復旧に向かうところだ」


ラックが背負った工具を持ち直す。


「こんな時のために俺らがいるんだからな」


「第三区画……」


カイが呟く。


迷う必要はなかった。


「俺も行きます!」


「わ、私もお手伝いします!」


レンも続く。


ヤクが二人を見る。


「……分かった」


短く頷いた。


「行くぞ」


四人は、避難する人々とは逆方向へ走り出した。



――第三区画・隣接商業区域。


「はぁっ……!」


「はぁっ……!」


カイたちは走る。


正面からは、次々と住民たちが逃げてくる。


「どいてくれ!」


「すみません!」


逃げる人々の間を縫うように進む。


そして。


階段の上へ出た瞬間。


四人の足が――止まった。


「…………」


カイが目を見開く。


その先。


広大な商業区域。


そこに広がっていたのは――


地獄だった。


ゴォォォォォォ……。


至るところから炎が上がっている。


黒煙が天井付近を覆い。


倒壊した店舗。


割れた窓。


崩れた通路。


そして、その中を――


青白い何かが蠢いていた。


一体ではない。


十。


二十。


視界に入るだけでも、数えきれない。


人の形。


だが。


人ではない。


それらがGenesisの住民たちを追い回している。


「逃げろぉぉぉ!!」


「助けて!!」


「ママぁぁぁっ!!」


ダダダダダダッ!!


銃声。


悲鳴。


爆発音。


すべてが混ざり合う。


「なんだ……」


ラックの声が震えた。


「なんだよ……あれ……」


震える指で。


青白い人影を指差す。


「…………」


カイは、その光景を見つめていた。


逃げる人々。


倒れている団員。


泣き叫ぶ子供。


「……助けないと」


「カイ?」


右手のキューブを握る。


「――シラガネ」


――フォンッ!!


白銀のキューブが光を放つ。


無数のパーツへ分解。


白い装甲。


黒い人工筋肉。


金属質のフレーム。


それらがカイの身体へ一斉に装着されていく。


ガシュンッ!!


最後に背部ユニットが接続。


青白い光が走った。


《SHIRAGANE――SYSTEM ONLINE》


「行くぞっ!」


ダンッ!!


「カイ!」


ブースターが噴射。


カイが階段を飛び降りる。


「私も!」


レンもカイの後を追いかける。


「カイ! レン!」


ラックが叫ぶ。


だが。


カイは振り返らない。


「俺たちは大丈夫だっ!」


走りながら叫ぶ。


「ラックは親方と一緒に防衛設備の方へ!」


「……っ」


ラックが歯を食いしばる。


そして。


「気をつけろよな!!」


「ああ!」


カイとレンは。


戦場へ飛び込んだ。



「レン! 大丈夫かっ!」


「はい……!」


レンがカイの横を走る。


その身体には。


キリカから借り受けた黒い外骨格。


腰には刀。


「念のため、これも着てきていますので!」


「無理はするなよ……っ!」


「はいっ!」


二人が速度を上げる。


その時。


「いやぁぁぁっ!!」


「!」


子供の悲鳴。


カイが振り向く。


倒れた屋台の陰。


幼い子供が尻餅をついていた。


その目の前。


青白い人影が覆いかぶさろうとしている。


「――っ!」


カイの背部。


ブースターが展開する。


――ボッ!!


爆発的な加速。


「うわっ!」


子供の身体が浮いていた。


カイの腕の中。


「大丈夫か!」


「……っ」


子供は何が起きたのか理解できず。


ただ小さく頷いた。


その背後。


「――――!」


青白い人影がカイへ飛びかかる。


「カイ!」


レンが刀を抜いた。


踏み込む。


「はぁっ!!」


ザシュッ!!


胴体を斜めに切り裂く。


「……!」


青白い身体が大きく仰け反った。


だが。


「――――」


倒れない。


「え……?」


レンの顔が強張る。


人影が再び身体を起こす。


「そんな……!」


「なんでっ!?」


その時。


遠くから声が飛んだ。


「頭を狙ってっ!!」


「!」


カイとレンが振り向く。


黒煙の向こう。


走ってくる人影。


銀桃色の髪。


長い上着。


「ゴウ!」


「首でもいいわ!」


ゴウが叫ぶ。


「とにかく頭を潰すか、身体から切り離して!!」


レンが再び前を見る。


死霊が迫る。


「……っ!」


刀を握り直す。


一歩。


踏み込む。


身体を沈め――


下から。


一気に振り抜いた。


ザンッ!!


刃が。


青白い首を通過する。


頭部が宙を舞った。


ドサッ。


身体が崩れる。


そして。


サァァァァァ……。


青白い炎が揺らめき。


死霊の身体が――


灰へ変わっていった。


「…………」


レンが息を呑む。


カイは腕の中の子供を見た。


「大丈夫」


「…………」


「もう大丈夫だから」


近くにいた避難誘導の団員へ、子供を預ける。


「この子をお願いします!」


「ああ!」


子供が運ばれていく。


カイは小さく息を吐いた。


「……よかった」


その時。


「カイ!」


ゴウがこちらへ駆け寄ってきた。


「レンも!」


「ゴウ」


「あんたたちが無事でよかったわ……」


ゴウの額には汗が滲んでいる。


衣服にも血が付着していた。


「怪我はしてない……?」


「大丈夫」


カイが答える。


レンも頷いた。


「私も大丈夫です」


「そう……」


ゴウが僅かに安堵する。


だが、すぐに表情を曇らせた。


「この先は――地獄よ」


「…………」


「私も三番隊を率いて救援に来たんだけど……」


ゴウが周囲を見る。


泣き声。


怒号。


担架で運ばれていく負傷者。


そして。


床に横たわったまま。


もう動かない者たち。


「救助が……間に合ってないの」


声が震える。


「何人も……」


一度。


唇を噛む。


「何人も犠牲が出てるわ……」


「そんな……」


レンが口元を押さえた。


顔が青ざめる。


カイも、何も言えなかった。


少し前まで。


Genesisには日常が戻り始めていた。


それが。


たった数十分で――


「…………」


カイが拳を握る。


その時だった。


――ザッ。


「……?」


背後。


足音。


ザッ……。


ザッ……。


「!」


カイが振り返る。


レンが刀を構える。


ゴウも負傷者を庇うように前へ出た。


黒煙。


その奥から。


一つの人影が歩いてくる。


青白い。


「また……!」


レンが刀を握る。


カイも身構えた。


だが。


ゴウだけが――


動かなかった。


「…………」


目が大きく見開かれる。


青白い人影が、ゆっくりと煙の中から姿を現した。


肩まで伸びた髪。


細い身体。


見慣れた顔。


「…………え」


ゴウの唇が震える。


手から力が抜ける。


「嘘……」


カイの表情も変わった。


「…………」


レンも、刀を下ろしかける。


三人とも。


その顔を知っていた。


もう。


二度と見ることなど――できないと思っていた。


「……あ……」


ゴウが一歩、前へ出る。


青白い女が、虚ろな瞳で三人を見つめている。


「…………」


ゴウの喉から、掠れた声が漏れた。


「――――アンナ?」


挿絵(By みてみん)

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