第55話 侵入者
――郊外。
日が落ちた大通りを。
死者の軍勢が進んでいた。
ズッ……。
ズッ……。
ズッ……。
青白い光を纏った無数の人影。
男。
女。
老人。
兵士。
生前の姿も。
死因も。
何もかもが違う死者たちが、ただ同じ方向へ歩き続けている。
声はない。
会話もない。
聞こえるのは――
無数の足音だけ。
その軍勢の先頭。
一人の女が歩いていた。
肩まで伸びた髪。
青白く透けた身体。
七瀬アンナ。
虚ろな瞳を前へ向け。
迷うことなく歩き続ける。
やがて。
アンナが向かった先に――
ぽっかりと開いた巨大な穴が見えてきた。
廃棄された地下鉄の入口。
かつて人々が利用していたであろう階段は崩れ。
壁には蔦が這い。
入口に掲げられた案内板も、錆びついて文字が読めなくなっている。
アンナは止まらない。
そのまま暗闇の中へ入っていく。
後ろに続く死者たちも。
一体。
また一体。
地下へ消えていく。
その光景を後方から眺めていた赤髪の女が、僅かに眉を上げた。
「地下か……」
クイーン。
その隣を歩く白髪の少女――イツキは、巨大なクマのぬいぐるみを抱いたまま何も言わない。
二人もまた。
死者たちの後を追い、地下へ入っていった。
◇
ピチャン――。
水滴が落ちる。
古びた地下鉄のトンネル。
壁面は黒ずみ。
天井からは何本もの配管が露出している。
かつて列車が走っていた線路も、今では赤茶色に錆びついていた。
ピチャン。
ピチャン。
そこへ――
ザッ。
ザッ。
ザッ。
無数の足音が重なる。
死者の軍勢が、暗闇の中を進んでいた。
地下鉄の線路。
使われなくなった整備通路。
崩れかけた階段。
途中から幾つにも枝分かれする地下道。
まるで迷路。
地図もなければ、目的地へ辿り着くことなど到底できない。
それでも――
死者たちは一度も迷わなかった。
右へ。
左へ。
さらに地下へ。
その先頭を歩くアンナだけが、すべての道を知っているかのように進んでいく。
「…………」
クイーンが、その背中を見る。
アンナの歩みは止まらない。
表情も変わらない。
ただ。
その時。
青白く透けたアンナの頬を――
何かが伝った。
一筋。
透明な雫。
左目から零れ落ち。
頬を伝い。
地面へ落ちる直前に――消えた。
「…………」
それでもアンナは。
歩き続けた。
◇
しばらくして。
ピタッ。
アンナの足が止まった。
同時に。
後ろを歩いていた死者たちも、すべて動きを止める。
百を超える軍勢が。
一斉に。
「…………」
クイーンが顔を上げた。
そこにあったのは――
巨大な鉄の扉。
地下通路そのものを塞ぐように設置された分厚い隔壁。
その中央には。
大きく。
III
そう刻まれていた。
「…………」
死者たちが左右へ分かれていく。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
まるで道を作るように。
その中央を。
二人の女が歩いていく。
赤髪のクイーン。
そして。
クマのぬいぐるみを抱いたイツキ。
コツ。
コツ。
クイーンは巨大な隔壁の前まで来ると、足を止めた。
「ここか……」
右手を持ち上げる。
その掌を。
鉄の扉へ――触れた。
ジュッ――。
「…………」
接触した一点が。
赤くなる。
そして――
クイーンが静かに口を開いた。
「Arts――」
赤い光が広がっていく。
掌から。
腕ほどの範囲へ。
さらに。
扉全体へ。
鉄が。
赤熱していく。
「《インシネレイティング・インフェルノ》」
直後。
――ドォォォォォォォォォンッ!!!!
大爆発。
巨大な鉄扉が、内側へ吹き飛んだ。
◇
「うわああああっ!!」
轟音。
爆炎。
Genesis第三区画。
突然吹き飛んだ隔壁によって、付近にいた団員たちが床へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
「何だ!?」
「何が起きた!!」
「怪我人だ! 誰か手を貸せ!!」
「おい! しっかりしろ!」
混乱。
爆発の直撃を受けた者。
破片で身体を切った者。
吹き飛ばされた仲間を抱き起こす者。
誰も。
何が起きたのか理解できていなかった。
「……っ」
一人の団員が、ゆっくりと顔を上げる。
目の前。
つい先ほどまで。
巨大な第三隔壁があった場所。
今は。
黒煙に覆われている。
「…………」
その煙の奥。
何かが――動いた。
「……なんだ?」
ゆら。
ゆら。
一つではない。
二つ。
三つ。
十。
「おい……」
団員の顔が強張る。
「何かいるぞ……」
次の瞬間。
「――――!!」
黒煙を突き破り――
青白い人影が飛び出した。
「なっ――」
ドンッ!!
団員が押し倒される。
「うわあああっ!!」
死霊が身体へ覆いかぶさる。
そして。
ガブッ!!
「ぎゃあああああああっ!!」
首元へ噛みついた。
血が飛ぶ。
「敵襲!!」
「撃て!!」
「撃てぇぇぇぇっ!!」
ダダダダダダダダッ!!
銃声。
一斉に弾丸が放たれる。
死霊たちの身体を撃ち抜いていく。
青白い身体が揺れる。
一発。
二発。
三発。
それでも――
止まらない。
「なんだこいつら!!」
「効いてないぞ!!」
「頭だ!!」
一人の団員が叫ぶ。
「頭を狙え!!」
照準を合わせる。
ダンッ!!
一体の死霊の額を弾丸が撃ち抜いた。
「――――」
死霊が仰け反る。
そのまま。
ドサッ。
床へ倒れた。
「頭だ!!」
「頭を撃て!!」
ダンッ!
ダンッ!
ダンッ!
次々と。
死霊の頭部へ弾丸が撃ち込まれる。
数体が倒れる。
だが。
「……嘘だろ」
黒煙の向こう。
さらに。
青白い光が浮かび上がる。
十。
二十。
三十。
次から次へ。
「多すぎる……!」
死者たちが押し寄せる。
「くそっ!!」
一人の団員が銃を構えた。
ダダダダダダッ!!
一体。
二体。
三体。
撃ち抜く。
「来るな!!」
ダダダダッ!!
「来るなぁぁぁっ!!」
カチッ。
「……え?」
引き金を引く。
カチッ。
カチッ。
「くそ……!」
弾倉が空。
「待っ――」
死霊が飛びかかった。
「やめ――」
ガブッ!!
「がぁぁぁぁぁっ!!」
首筋へ歯が食い込む。
血が噴き出した。
「が……っ」
男の腕から。
銃が落ちる。
カランッ――。
そして。
その身体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
「…………っ!」
その光景を見た一人の団員が。
背を向けた。
走る。
「はぁっ……!」
「はぁっ……!」
仲間の悲鳴が背後から聞こえる。
それでも走る。
壁際。
赤いカバーで覆われた非常ボタン。
「くそっ!!」
拳を叩きつける。
――バンッ!!
直後。
――ビィィィィィィッ!!!!
Genesis全体に。
警報が鳴り響いた。
◇
――作戦室。
プシュッ!!
扉が開く。
「何事だ!」
ジンが中へ入ってきた。
その後ろには――キリカ。
作戦室では。
第一番隊のオペレーターたちが、慌ただしく端末を操作している。
「何が起こってる!」
ジンは口に咥えていた煙草を外す。
灰皿へ押しつけた。
ジュッ。
「報告しろ!」
「分かりません!」
オペレーターの一人が振り返る。
「現在、確認中です!」
「ただ――」
別のオペレーターが叫ぶ。
「第三隔壁が破壊されました!」
「何……?」
ジンの眉が寄る。
「何者かが第三隔壁を突破!」
「現在、第三区画内部へ侵入したものと思われます!」
「第三隔壁を……」
ジンの表情が変わる。
「あの分厚い扉を突破しただと……?」
「…………」
キリカが僅かに目を細めた。
そして。
ぽつり。
「――ナンバーズ」
「……!」
ジンが振り返る。
「可能性は高い」
キリカが腰の武器へ手を伸ばす。
「通常兵器で、あの隔壁を一撃で破壊するのは難しい」
「……くそっ」
ジンが拳を握る。
「だが、なぜだ……」
歯を食いしばる。
「なぜ――この場所がバレた……!」
その時。
――ザザッ!!
通信。
『こちら……第三隔壁……!』
「!」
全員が通信機へ目を向ける。
『報告っ!!』
激しい銃声。
悲鳴。
何かが肉を引き裂く音。
そのすべてが通信の向こうから聞こえてくる。
『敵襲多数!!』
『至急、応援を――』
ノイズ。
『わ……』
「おい!」
ジンが通信機へ近づく。
「どうした!」
『わ……わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
――グチャッ。
グチャッ。
グチャグチャッ――。
「…………」
そして。
――ザザザザザッ。
通信が途切れた。
静寂。
「……くそっ!!」
ジンが机を叩く。
「動ける奴は全員、第三区画へ急げ!!」
オペレーターたちが一斉に動き出す。
「第一、第二番隊へ緊急招集!」
「第三番隊は負傷者の受け入れ準備!」
「非戦闘員をシェルターへ誘導!」
「第四、第五番隊にも伝達!」
指示が飛び交う。
ジンは踵を返した。
「俺も出る!」
「ジン」
キリカが呼び止める。
「傷はまだ――」
「寝てられる状況か!」
「…………」
一瞬。
キリカがジンを見る。
だが。
止めなかった。
「……分かった」
二人が。
作戦室を飛び出していく。
◇
――第三区画。
「うわあああああっ!!」
銃声。
悲鳴。
爆発。
死者たちが。
Genesis内部を蹂躙していた。
その光景を。
二人の女が後方から眺めている。
イツキは。
巨大なクマのぬいぐるみを抱いたまま。
ただぼんやりと死者たちを見つめていた。
その横。
クイーンは――
「…………」
突然。
僅かに顔を動かした。
「……?」
目を細める。
何かを感じ取るように。
「この気配……」
「……?」
イツキが見上げた。
「どうかしたの……クイーン?」
「…………」
クイーンは答えない。
視線を。
Genesisの奥深くへ向ける。
そして。
「イツキ」
「ん……?」
「お前はこのまま、死霊たちを進ませろ」
「…………」
「何としてでも――」
クイーンの目が鋭くなる。
「天城カイを見つけ出せ」
「…………」
イツキがクマへ顔を埋める。
そして。
小さく頷いた。
「……うん」
クイーンが踵を返す。
「私は――」
僅かに笑う。
「別の用を済ませてくる」
「…………?」
イツキが首を傾げた。
次の瞬間。
――ボッ!!
クイーンの足元で。
爆発。
「…………」
爆炎が床を叩く。
その反動。
凄まじい推進力が、クイーンの身体を一気に前へ押し出した。
ドンッ!!
赤い残光を引きながら。
クイーンがGenesisの奥へ消えていく。
「…………」
イツキは。
その背中をしばらく眺めていた。
「いっちゃった……」
そして。
興味を失ったように。
再び死者たちへ視線を戻す。
「まぁ……いいや」
クマのぬいぐるみを抱きしめる。
その目の前。
青白い死者たちが。
次々とGenesis内部へ流れ込んでいく。
イツキが。
小さな手を前へ伸ばした。
「みんな……」
死者たちが。
一斉に動きを止める。
「天城カイを――」
青白い瞳が。
暗闇の中で灯る。
「探して」
次の瞬間。
ザッ――!!
百を超える死者たちが、一斉に散った。
右へ。
左へ。
上層へ。
居住区へ。
訓練区画へ。
まるで巨大な巣へ放たれた蟻のように――
Genesis全域へ。




