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第54話 爆炎の魔女

――Genesis。


地下へと続く長い廊下。


カツ。


カツ。


カツ。


薄暗い通路に、一人分の足音が響いていた。


その中央を、アキラがゆっくりと歩いていく。


両手には、一枚のトレイ。


パン。


牛乳。


そして、湯気の立つスープ。


簡素な食事だった。


「…………」


アキラは無言のまま歩き続ける。


地上から離れるにつれて、人の気配が消えていく。


一階。


二階。


さらに下へ。


やがて――


最下層。


そこにあるのは、Genesisの牢獄だった。


重厚な鉄扉。


その横に設置された端末へ、アキラが手を触れる。


《AUTHENTICATION COMPLETE》


ガコンッ。


低い音とともにロックが解除される。


プシュゥゥ――。


鉄扉が開いた。


アキラが中へ入る。


冷たい空気。


薄暗い照明。


いくつもの牢が並ぶ中。


その一番奥に――


少女がいた。


両手。


両足。


そして首元。


複数の拘束具によって、椅子へ固定されている。


金色の髪。


ツインテール。


ナンバーズ――サザメ。


アキラの姿を見ると、サザメが僅かに顔を上げた。


「あ……」


そして。


にこり。


「アキラくん……こんばんわ」


「…………」


アキラは無言で近づく。


「飯の時間だ」


「わぁ」


サザメの隣に置かれた小さなテーブルへ、トレイを置く。


コトッ。


サザメが首を伸ばして中を覗き込んだ。


パン。


牛乳。


スープ。


「…………」


頬が膨らむ。


「またそれ……?」


「…………」


「もう飽きちゃったなぁ」


「貰えるだけありがたいと思え」


「はぁーい……」


不満そうな声。


だが。


両手を拘束されているサザメは、自分で食べることができない。


アキラは椅子を引き寄せると、サザメの正面へ腰を下ろした。


パンを一つ手に取る。


それを適当な大きさにちぎった。


「ほら」


「ん?」


「口開けろ」


サザメの表情が明るくなる。


「あーん……」


「…………」


アキラはパンを口へ放り込む。


ぱくっ。


「んむ……」


もしゃ。


もしゃ。


もしゃ。


サザメの眉が下がった。


「……パサパサする」


「文句言うな」


「喉乾いた」


「牛乳飲むか?」


「飲む」


サザメが素直に口を開く。


「あー」


「…………」


アキラは牛乳の入ったカップを手に取り、口元へ運んだ。


ゆっくりと傾ける。


「ん……」


ごく。


ごく。


「…………」


ごくん。


「もういい」


アキラがカップを離す。


サザメが満足そうに息を吐いた。


「ふぅ……」


「次、スープな」


アキラが器へ手を伸ばす。


その時だった。


「ねぇ……アキラくん」


「なんだ」


「私……」


サザメの声が少しだけ小さくなる。


「いつになったら、ここから出してもらえるの?」


アキラの手が止まった。


「…………」


「ねぇ」


「……さあな」


「さあなって……」


「俺が決めることじゃない」


「…………」


サザメが視線を落とす。


首元には今も、アキラが取り付けた制御用の首輪。


両手両足には拘束具。


以前までのような。


何を考えているのか分からない笑顔は、そこにはなかった。


しばらくして。


サザメがぽつりと呟いた。


「じゃあさ……」


「ん?」


「アキラくんが……ずっと私のお世話してくれる?」


「…………は?」


アキラの眉が寄る。


サザメが顔を上げた。


「ご飯持ってきてくれて」


「…………」


「食べさせてくれて」


「…………」


「牛乳も飲ませてくれて」


そして。


少しだけ笑った。


「それなら……」


「このままでも、いいかなって……」


「…………」


その笑顔は。


嬉しそうで。


どこか寂しそうで。


何かを諦めているようにも見えた。


アキラは言葉を失う。


「…………」


頬が僅かに熱くなる。


「……っ」


アキラは咄嗟に顔を逸らした。


「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ!」


「えー?」


「ほら!」


パンをちぎる。


「とっとと食べろっ!」


「あーん」


「…………」


「アキラくん?」


「分かってる!」


ぱくっ。


「んむ」


もしゃもしゃ。


サザメが小さく笑う。


アキラはその顔を見ないように、次のパンをちぎった。


その時だった。


――ビィィィィィィッ!!!!


「!?」


突然。


けたたましい警報音が牢獄内に鳴り響いた。


赤い非常灯が点灯する。


「なんだっ!?」


アキラが勢いよく立ち上がった。


直後。


天井のスピーカーから機械音声が響く。


『――緊急警報』


『Genesis第三区画内部にて爆発が発生』


「爆発……?」


『戦闘員は直ちに現場へ急行してください』


『非戦闘員は最寄りのシェルターへ避難してください』


『繰り返します』


『Genesis第三区画内部にて――』


アキラが牢の外へ視線を向ける。


「何が起こってるんだ……」


その背後。


「アキラくん」


「……?」


「私の拘束……外して」


アキラが振り返った。


「は?」


サザメの顔から、先ほどまでの笑顔が消えていた。


「早く」


「何を馬鹿なこと言ってる!」


「お願い!!」


「お前を自由にできるわけ――」


「多分だけど……」


サザメが俯く。


金色の前髪が、その目を隠した。


「――クイーンが来た」


「……クイーン?」


アキラが眉を寄せる。


その瞬間。


サザメが顔を上げた。


「……っ!」


アキラの目が見開かれる。


サザメの左目。


そこだけが――


赤く光っていた。


「お前……」


アキラが一歩下がる。


「その目……っ!」


「…………」


赤い光。


以前。


セントラルに支配されていた時に見せたものと同じ。


だが。


「私は大丈夫」


サザメが言った。


「……何?」


「これは……ママじゃない」


「…………」


サザメは目を閉じる。


何かを感じ取ろうとするように。


「この感じ……」


「間違いない……」


次の瞬間。


――バァァァァァン!!!!


「うおっ!?」


轟音。


凄まじい衝撃が地下牢を襲った。


床が跳ねる。


壁に亀裂が走る。


天井から砂埃が降り注いだ。


ガシャンッ!!


テーブルから牛乳が落ち、床で砕け散る。


「くそっ……!」


アキラが壁へ手をつき、どうにか踏みとどまる。


サザメは拘束されたまま、目を閉じていた。


「…………」


やがて。


ゆっくりと目を開く。


左目は。


今も赤い。


「……やっぱり。今ので確信した」


サザメがアキラを見る。


「クイーンが来た」


「…………誰なんだ、そのクイーンって!」


「…………」


サザメの顔が強張る。


僅かに、唇が震えた。


これまで。


ファーストを前にしても。


レイを前にしても。


どこか幼い笑みを浮かべていた少女が。


今は――


明確に怯えていた。


そして。


サザメが答える。


「爆炎の――」


一拍。


「――魔女」


「…………!」


「アキラっ!!」


突然。


サザメが叫んだ。


「早く拘束を外して!!!!」


「だから――」


その時。


――コツ。


「……!」


二人の動きが止まった。


――コツ。


――コツ。


階段。


誰かが降りてくる。


一段。


また一段。


ゆっくりと。


急ぐ様子もない。


「…………」


アキラが腰の武器へ手を伸ばす。


サザメは。


階段を見つめていた。


その顔から、血の気が引いていく。


――コツ。


――コツ。


やがて。


女の声がした。


「――――サザメ」


「…………っ!!」


サザメの肩が大きく震えた。


アキラが振り返る。


階段の奥。


暗闇。


そこから。


一人の女が姿を現す。


「まさかと思って……」


コツ。


一段。


「気配を辿ってきてみれば……」


コツ。


また一段。


「こんなところにいたんだな――」


赤い非常灯が。


その姿を照らした。


鮮やかな――赤髪。


その女が。


ゆっくりと顔を上げる。


「サザメ」


「…………」


サザメの瞳が揺れる。


「クイーン……」


挿絵(By みてみん)


階段の下。


アキラと。


拘束されたサザメ。


その二人を見下ろしながら――


クイーンは静かに笑っていた。

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