第52話 百錬
――Genesis
訓練所。
ガキィンッ!!
甲高い金属音が、広い訓練所に響き渡る。
カイの振り下ろした模造刀を、キリカが真正面から受け止めた。
ギギギ……ッ。
互いの刃が押し合い、わずかに震える。
「キリカさんは……知っていたんですか」
「……何をだ?」
キリカが静かに問い返す。
カイは力を込めたまま、その目を見つめた。
「ジンの……あの話です」
その言葉を聞いた瞬間――
キリカの腕が動いた。
ガキンッ!!
「っ!」
カイの模造刀が勢いよく弾き上げられる。
体勢を崩したカイへ追撃することなく、キリカは一歩後ろへ下がった。
「いや……」
模造刀を構え直しながら、キリカが答える。
「あそこまで詳細に話を聞いたのは、私も初めてだ」
「……そうなんですか」
「ああ。娘がいたという話だけは、昔聞いたことがあったがな」
次の瞬間。
ダンッ!!
二人が同時に床を蹴った。
キィンッ!
ガキンッ!!
ギャリィィンッ!!
模造刀とは思えない速度で、幾度も刃がぶつかり合う。
右。
左。
袈裟。
突き。
カイが繰り出す攻撃を、キリカは最小限の動きですべて受け流していく。
「くっ……!」
カイが強引に踏み込む。
だが――
「甘い!」
キリカが刃を滑らせるようにしてカイの攻撃を逸らす。
そのまま二人は同時に後方へ跳んだ。
ザザッ――!
靴底が床を擦る。
数メートルの距離を挟み、二人は再び模造刀を構えた。
短い沈黙。
先に口を開いたのはキリカだった。
「カイ」
「はい」
「新しい外骨格――シラガネはどうだ?」
カイは少し考える。
「まだ……使いこなせてはいないと思います」
「ほう?」
「ブースターによる推進力がある分、かなりピーキーで……」
カイは自分の身体に装着されたシラガネへ視線を落とす。
純白を基調とした新型外骨格。
先の戦いでは、この機体の性能に助けられた。
しかし――
その性能すべてを引き出せているかと問われれば、答えは否だった。
「ちょっと力を入れただけでも想像以上に加速するし……まだ身体が追いついてない感じです」
「なるほどな」
キリカが小さく頷く。
その時だった。
プシュッ――。
訓練所の扉が開く。
「やってるな」
聞き覚えのある声に、カイが振り返った。
そこに立っていたのは――アキラとラックだった。
「お前ら……どうしたんだ?」
カイが尋ねる。
するとラックが得意げに笑った。
「俺が作ったシラガネの調子はどうかなって思ってな」
「俺たちが、だろ」
即座にアキラが訂正する。
「いや、設計思想の根幹は俺だろ?」
「制御系を組んだのは俺だ」
「外骨格はハードが命だろ」
「ハードだけじゃ鉄の塊だ」
「なんだと?」
「事実だ」
「…………」
カイが呆れた顔で二人を見る。
「お前ら……ほんとに仲良くなったよな……」
「は?」
二人の声が重なった。
カイはますます不思議そうな顔をする。
「何があったんだ……」
「何もねぇよ!」
ラックが即答する。
「そんなことよりだ」
アキラはラックを無視すると、そのまま訓練所の壁際まで歩いていった。
そしてカイを見る。
「カイ。ちょっとお前の戦いを見せてもらうぞ」
「……?」
カイが首を傾げる。
「まぁ……いいけど」
その瞬間。
「いくぞっ!」
「えっ!?」
キリカが地面を蹴った。
一瞬で間合いを詰める。
「ちょ、キリカさん!?」
カイは驚きながら後方へ跳ぶ。
だが。
ブンッ!!
キリカの斬撃が、その身体を追う。
「っ!」
ガキィィンッ!!
寸前。
カイは模造刀を滑り込ませ、どうにか攻撃を受け止めた。
「戦闘中に余所見をするな!」
「急すぎますって!」
「敵は待ってくれんぞ!」
「それはそうですけど!」
キリカの猛攻が始まる。
ガキンッ!
キィンッ!!
ガンッ!!
カイは必死に刃を受け続ける。
時折SHIRAGANEのブースターを噴かし、急加速で死角へ回り込もうとするが――
「遅い!」
「うわっ!」
簡単に読まれる。
一方。
その様子を少し離れた場所から、アキラが無言で見つめていた。
彼の前には複数のホログラムが展開されている。
――加速度。
――神経伝達速度。
――シラガネの各部出力。
――ブースター使用率。
――カイの視線。
――攻撃時の身体運動。
無数の数値がリアルタイムで更新されていく。
アキラの瞳が、細くなる。
「…………」
ラックが横から画面を覗き込んだ。
「どうだ?」
「なるほどな……」
アキラが小さく呟いた。
そして――数分後。
「ありがとうございました……」
ドサッ。
カイが大の字になって床へ倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を吐きながら、天井を見つめる。
結局。
キリカには――一本も入れられなかった。
「まだまだだな」
キリカが模造刀を肩に担ぐ。
「分かってますよ……」
カイが力なく返した。
その時。
「前回の戦闘の時とは大違いだな」
アキラの言葉に、カイの表情が変わる。
カイはゆっくりと上体を起こした。
「……あの時は」
自分の手を見る。
「ルイの力……なのかな」
「ルイの?」
「ああ」
カイは拳を開いたり閉じたりする。
「あの時は……なんでも出来たんだよ」
自分でも説明できない。
ただ思い描くだけでよかった。
相手の攻撃を止める。
外骨格を操作する。
そして――世界そのものへ干渉する。
やり方を知っていたわけではない。
ただ。
そうしたいと思えば――そうなった。
「その力」
アキラが聞く。
「少しでも引き出せないのか?」
カイは首を横に振った。
「無理だな……」
「…………」
「あれ以来、あんな風にイメージをそのまま力に変えるような使い方は出来なくなった」
カイは右手を持ち上げた。
「何度か試したんだけど……」
腕を前へ突き出す。
目を閉じる。
意識を集中させる。
あの時の感覚を思い出す。
――動け。
――変われ。
――俺のイメージを、現実にしろ。
「…………」
しかし。
何も起こらない。
静寂だけが訓練所に流れた。
カイは目を開く。
「……ほらな」
手を下ろす。
アキラはホログラムに映る数値を眺めながら呟いた。
「何か条件が必要なのか……」
「条件?」
「ルイとの接触か。精神状態か。それとも、お前の異能そのものに何らかの制限があるのか……」
「…………」
「だが」
アキラがホログラムを閉じる。
「お前に不思議な力がある。それだけは確かだ」
カイは黙ってアキラを見る。
「ともあれ、今は使えない力について考えていても仕方がない」
アキラはシラガネを指差した。
「今使える力を、最大限利用することを考えよう」
そして口元をわずかに上げる。
「それに――そのシラガネの本当の力は、そこにあるんだからな」
「……?」
カイが眉を寄せた。
「シラガネの……本当の力?」
「ああ」
今度はラックが得意げに笑う。
「そいつには自律型のブースターが複数搭載されている」
ラックがシラガネの背部を指差した。
「それぞれがお前の行動をリアルタイムで分析して、移動、回避、攻撃……あらゆる動作を補助する」
「ああ」
カイが頷く。
「それは使ってて分かってる」
シラガネを装着しているだけで、通常では考えられないほどの加速力を得られる。
拳を振るえばブースターが連動し、その威力を何倍にも増幅する。
ファーストとの戦いでも、その性能は身をもって知った。
「だが」
アキラが言う。
「それだけじゃない」
「……?」
「お前のそのブースターには――仕掛けがある」
カイが背部を見る。
「仕掛け?」
「ああ」
アキラがニヤリと笑った。
「カイ。試しに手を前に突き出して――」
一拍。
「《百錬》と言ってみろ」
「……百錬?」
聞き慣れない言葉だった。
カイは疑問を浮かべながらも、言われた通り右腕を前へ突き出す。
「……百錬」
直後。
フォン――!
カイの周囲に、複数のホログラムが展開された。
「なっ……!?」
《COMMAND ACCEPTED》
《SHIRAGANE――HYAKUREN SYSTEM》
機械音声が響く。
ガシュンッ!!
SHIRAGANEの背部が開いた。
次の瞬間――
ガコンッ!
ガコンッ!!
ガコンッ!!
背部や肩、腰部に装着されていた複数のブースターが、本体から切り離されていく。
「え……」
切り離されたブースターは床へ落ちない。
ヴン……。
青白い光を放ち――宙に浮いた。
一基。
二基。
三基。
次々と浮遊していく。
そして。
ヒュンッ!
「うおっ!?」
カイの周囲を高速で旋回し始めた。
「なんだ……これっ!」
驚くカイに、ラックが笑う。
「それがシラガネの隠し玉だ」
アキラが続けた。
「カイ」
「え?」
「前にやったイメージを思い出すんだ」
「前に……?」
「アカツキ・マークⅡの腕を逆に動かした時だ」
カイの目が見開かれる。
あの戦い。
敵の外骨格へ干渉し、本来とは逆方向へ腕を動かした。
理屈など知らなかった。
ただ――
動け。
そうイメージしただけだった。
「……あれと同じ?」
「ああ」
アキラが浮遊するブースターを指差す。
「同じイメージで、そのビットを操作しろ」
「ビット……」
カイは目の前を飛び交う装置を見る。
一基が、カイの目の前で静止する。
よく見ると――
「これ……」
カイが目を細めた。
ブースターの中央。
そこに、小型の発射口が存在していた。
「武器が付いてる……?」
「ああ」
ラックが答える。
「全部にビーム兵器を積んである」
「全部!?」
「ただ飛び回るだけじゃ意味ねぇだろ」
ラックが腕を組む。
「推進装置としても使える。独立兵装としても使える。それがそいつの完成形だ」
アキラが訓練所の奥を指差した。
「イメージしろ、カイ」
そこには訓練用のカカシが立っている。
「ビットが飛ぶ」
カイがカカシを見る。
「お前の意思に従って移動する」
カイの意識が研ぎ澄まされていく。
一基のビットが動く。
ヒュンッ――!
「……!」
続いて二基。
三基。
四基。
カイの周囲を飛び交っていたビットが、その意思に呼応するかのように軌道を変えていく。
「そうだ」
アキラが静かに言う。
「次だ」
「…………」
「イメージしろ」
発射口に光が集まる。
「ビットから――ビームを射出する」
カイは息を呑んだ。
「試しに、あそこにある訓練用のカカシへ放ってみろ」
「……分かった」
カイが静かに息を吐く。
右腕を前へ突き出す。
狙いは一つ。
目の前の標的。
イメージする。
自分の周囲を飛ぶ刃。
敵を包囲し。
狙い。
そして――
撃ち抜く。
「…………」
カイの目が鋭くなる。
瞬間。
ヒュンッ!!
飛び交っていたビットが一斉にカイの周囲へ集結した。
「っ!」
まるでカイを中心とした陣形を作るように。
右。
左。
頭上。
背後。
複数のビットが宙に静止する。
カイが伸ばした右腕の先。
その一点へ――すべての砲口が向けられた。
ヴォン……!!
青白い光が膨れ上がる。
カイは訓練用のカカシを見据えた。
そして。
「――フル・バーストッ」
次の瞬間。
ズドドドドドドッ!!
幾筋ものレーザーが一斉に射出された。
光が訓練所を駆け抜ける。
直撃。
一瞬の静寂。
そして――
ドォォォォンッ!!
「うおっ!?」
巨大な爆発。
訓練用のカカシが跡形もなく吹き飛んだ。
爆風が訓練所を駆け抜け、カイの髪を大きく揺らす。
やがて煙が晴れていく。
そこにあったはずのカカシは――完全に消滅していた。
「…………」
カイは言葉を失ったまま、自分の右手を見る。
その周囲を、複数のビットがゆっくりと旋回している。
自分の意思で。
自分のイメージ通りに。
「これが……」
カイは周囲を旋回するビットを見上げる。
「《百錬》……」
キリカは何も言わず、その姿を見つめる。
ラックは満足そうに笑い。
アキラはホログラムへ視線を落とした。
そこには――
先ほどまでとは比較にならない数値が表示されていた。
シラガネ。
そして。
《百錬》。
カイは拳を握る。
その周囲を――
一基。
また一基。
青白い光を纏った《百錬》が旋回していく。
「…………」
カイはその光を見上げた。
今度は――
自分の意思で、一基を動かした。
ヒュンッ――。




