↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/67

第51話 無能な駒

――セントラルヒルズ、最上層。


巨大な白い部屋。


壁も。


天井も。


床も。


どこまでも白く、境界すら曖昧になるほど無機質な空間。


その中央には、巨大な円卓が置かれていた。


そして今――


その席には、セントラル最高戦力。


《ナンバーズ》の面々が集められていた。


誰一人、口を開かない。


普段であれば、それぞれが好き勝手に振る舞うこの場所も、今だけは異様なほど静まり返っている。


理由は一つ。


円卓に並ぶ席のうち――


七つが、空席だった。


誰も、その席を見ようとはしない。


視線を落とす者。


腕を組み、黙り込む者。


目を閉じる者。


だが――


全員が意識していた。


先日の戦いで、自分たちが何を失ったのかを。


やがて。


ヴン――


円卓の中央に光が集まり始めた。


白い粒子が空中で結合し、人間の顔を形作っていく。


感情のない。


真っ白な顔。


目も。


鼻も。


口も。


最低限の輪郭だけで構成された、不気味なホログラム。


その姿が完全に形を成した瞬間。


室内の空気が変わった。


誰もが背筋を伸ばす。


呼吸さえも抑える。


そして――


白い顔が、ゆっくりと口を開いた。


「――報告を」


静かな声だった。


怒鳴っているわけではない。


威圧しているわけでもない。


それなのに。


その一言だけで、場にいる全員の身体が強張った。


数秒の沈黙。


そして――


赤髪の女が、ゆっくりと立ち上がった。


《クイーン》。


ナンバーズの一人。


普段の彼女ならば、堂々とした態度を崩すことはない。


だが今。


その額には、わずかに汗が滲んでいた。


「……ご報告いたします」


一度、唾を飲み込む。


「ファーストが――」


声が止まる。


ほんの一瞬。


しかし、その一瞬がやけに長く感じられた。


「……死亡しました」


空気が凍りつく。


誰も反応しない。


いや。


反応できない。


白い顔もまた、何も言わなかった。


クイーンは続ける。


「清水レイも重傷を負い、現在、集中治療区画にて治療中です」


そして。


さらに言葉を重ねる。


「ティーナ、ディアナ、クキナ、ナナキについては意識を取り戻しております。しかし……」


わずかに目を伏せる。


「戦闘時の負荷により、一部のパーソナルデータに破損が確認されました。現在、修復処置が行われています」


「…………」


「そして――」


クイーンの指先が微かに震える。


「天城カイ」


その名が出た瞬間。


何人かのナンバーズが表情を変えた。


「……あの青年にも、逃げられました」


長い沈黙。


しばらくして。


白い顔が、わずかに首を傾げた。


「……あれだけのナンバーズがいて」


声の温度が、一段下がる。


「なぜですか……?」


ゾクリ。


誰かの喉が鳴った。


目には見えない何かが、この部屋全体を押し潰している。


そんな錯覚。


全員の顔が強張る。


白い顔は淡々と言葉を続けた。


「ファーストを失い」


「複数のナンバーズが戦闘不能」


「そして――」


「最重要対象である天城カイを取り逃がした」


一拍。


「……実に、理解に苦しみます」


誰も答えない。


答えられない。


すると。


白い顔は、まるで何でもないことのように告げた。


「無能な駒は――必要ありません」


ビクッ。


数人の肩が跳ねた。


全員の額に、一斉に冷や汗が滲む。


そして。


白い顔がゆっくりと赤髪の女へ向いた。


「ねぇ……クイーン」


「……っ!」


クイーンの肩が震える。


「は……はいっ……」


強張った口元を、無理矢理開く。


「仰る通りです……マイロード」


「……そうですか」


白い顔は静かに答える。


そして――


円卓を見渡した。


「ですが」


「ここにいる者たちは、少々不思議ですね」


誰も動かない。


「今回の作戦」


「ファーストを中心に、これだけの被害が出たにもかかわらず――」


視線が、一人。


また一人へと向けられていく。


「ここにいる者は全員」


「作戦に参加すらしていない」


沈黙。


「それは――なぜなのでしょうか?」


誰も答えない。


数秒。


十秒。


まるで死刑宣告を待つ囚人のように、全員が押し黙る。


そのとき。


「わ、私は……!」


一人の男が勢いよく立ち上がった。


「ファーストが、今回の作戦に私の力は不要だと判断したため――」


白い顔が。


ゆっくりと男の方を向いた。


男の言葉が止まる。


「ザッカーク」


「……は……はい」


「どうやら、あなたは――」


白い顔が告げる。


「この場には、ふさわしくないようですね」


「え……?」


男の顔から血の気が引いた。


「い、いや……待ってください……!」


次の瞬間。


ピィ――


男の額に。


細い緑色の光線が走った。


「え?」


ザッカークが目を見開く。


そして。


ボコッ。


男の頬が膨らんだ。


「な……」


ボコッ。


首。


額。


こめかみ。


まるで皮膚の下で、何かが一斉に増殖しているかのように。


顔面全体が異常に膨れ上がっていく。


「ま……待っ――」


グチャァッ!!


男の頭部が――


爆散した。


赤黒い液体が、白い床へと飛び散る。


ドシャッ。


首から上を失った身体が、そのまま円卓へ倒れ込んだ。


誰も叫ばない。


誰も動かない。


ただ――


全員の瞳孔が開いていた。


白い床へ血が広がっていく。


そんな惨状を前にしても。


白い顔には。


何の感情もない。


「……他にも」


静かな声。


「同じような無能が――」


白い顔が円卓を見回した。


「ここに紛れ込んでいませんか……?」


全員の表情がさらに強張る。


逃げることも。


声を上げることも。


許されない。


そして――


「――ハスイ」


「っ!!」


青髪の男の肩が大きく跳ねた。


「は……はいっ……!」


ガタッ!


椅子から立ち上がろうとした。


その瞬間。


ピィ――


緑色の光が走る。


「ま――」


グシャッ!!


頭部が弾け飛ぶ。


身体だけが椅子に残り。


数秒遅れて。


ドサッ。


床へ崩れ落ちた。


「――ジグ」


「っ……!」


金髪の男が椅子を蹴飛ばすように立ち上がる。


「お、俺はまだお役に立てます!!」


声が裏返っていた。


「次は……! 次こそは必ず!!」


白い顔は無言。


「だから……!」


男が両手を合わせる。


「お許しを……!!」


ピィ――


「やめ――」


グチャッ!!


血飛沫。


円卓へ赤い液体が降り注ぐ。


一人。


また一人。


消えていく。


そして。


「――ザング」


「…………」


深く剃り込みを入れた男。


ザング。


彼は立ち上がらなかった。


ただ。


椅子に座ったまま、真っ直ぐに白い顔を見つめている。


「私は――」


低い声。


「私はあなた様に忠誠を――」


「忠誠?」


白い顔が静かに遮る。


「そんなものを求めた覚えはありません」


ピィ――


「――っ」


グチャッ!!


言葉の途中だった。


ザングの頭部が弾け飛び。


身体がゆっくりと前へ倒れていく。


ゴトッ。


腕が円卓から滑り落ちた。


静寂。


そして――


「――クイーン」


「……っ」


赤髪の女が、ゆっくりと顔を上げた。


「はい……マイロード」


声は震えている。


それでも。


彼女は立ち上がった。


逃げるように視線を逸らすこともしない。


白い顔を正面から見つめる。


「何か……言い残すことは?」


ピィ――


どこからともなく。


あの緑色の光が現れた。


クイーンの額。


その中心へ。


小さな光点が映る。


死。


あと一言。


言葉を間違えれば。


自分もあの床に転がる。


だが――


クイーンは口を開いた。


「マイロード」


声の震えを押し殺す。


「私はあの日――」


「増援を率いて、現場へ向かいました」


白い顔は何も言わない。


「到着した時には……すでに戦闘は終了していました」


クイーンの脳裏に。


あの日の光景が蘇る。


崩壊した施設。


破壊された壁。


床に残る大量の血。


そして――


倒れていた。


ナンバーズ最強の男。


「ファーストの遺体を発見し――回収しました」


円卓に座る者たちの視線が、クイーンへ集まる。


「同時に」


彼女は続けた。


「内通者と思われる女の遺体も、回収しております」


白い顔が。


ほんのわずかに首を傾げた。


「……それで?」


額の光は消えない。


クイーンは拳を握り締める。


「ここにいる――イツキ」


その名に。


円卓の隅に座る一人の少女が、静かに顔を上げた。


白い髪。


血の気を感じさせない、青白い肌。


落ち窪んだ瞳。


白を基調としたゴスロリ調の服に身を包み、その腕には、自身の身体の半分ほどもある大きなクマのぬいぐるみを抱えている。


まるで。


生者の中に紛れ込んだ死者。


そんな異様な雰囲気を纏った少女。


――イツキ。


クイーンは彼女を指し示す。


「彼女のArts――」


一拍。


「《ザ・ディシースト》」


「その能力は――」


「死霊を操ること」


白い顔が。


初めて。


僅かな興味を示した。


「…………」


「死亡した者の残留データを読み取り――」


クイーンは続ける。


「記憶」


「感覚」


「そして、生前の痕跡を辿ることができます」


クイーンの瞳が細くなる。


「死者と関わりの深かった場所へ――死霊を導くことも」


空気が変わる。


クイーンの額に浮かんでいた緑色の光が――


ふっと。


消えた。


「……ほぉ」


白い顔が、小さく声を漏らす。


その一言に。


クイーンは、ようやく僅かに息を吐いた。


「つまり」


白い顔が言う。


「死霊を使って、奴らの居所を突き止める……ということですね?」


「はい」


クイーンは即答する。


「これまでの戦闘で確保した反逆者たちの死体も合わせれば――」


その瞳が鋭く細められる。


「必ず」


「Genesisへ繋がるはずです」


「…………」


「ですから――」


クイーンは胸元へ手を当てた。


その拳は、まだ微かに震えている。


「どうか」


「もう一度だけ」


「チャンスを……」


長い。


長い沈黙。


誰も口を開かない。


白い顔は、ただクイーンを見下ろしていた。


やがて。


「――クイーン」


「……はい」


「いいでしょう」


クイーンの目が僅かに見開かれる。


「あなたの思うように」


白い顔が告げた。


「やってみなさい」


クイーンは深く頭を下げた。


「――はいっ!」


力強い返事。


だが。


その額からは。


一筋の汗が頬へと流れ落ちていた。


ヴン――


白い顔が消える。


中央のホログラムが停止し、再び部屋に静寂が戻った。


円卓の周囲。


白い床。


そこには。


つい数分前までナンバーズだった者たちの身体が転がっている。


その中央で――


クイーンはゆっくりと顔を上げた。


「…………」


そして。


静かに。


イツキを見る。


「イツキ」


「……は、はい……」


腕の中のクマのぬいぐるみを抱き締めながら、イツキが答える。


クイーンは床に広がる血溜まりを踏み越えた。


その瞳から。


先ほどまでの怯えは消えていた。


「準備をしなさい」


イツキは慌てて立ち上がり、大きなぬいぐるみを抱えたままクイーンの後を追う。


「だ……誰を起こす……の?」


クイーンは足を止めない。


「――全員だ」


イツキの目が見開かれる。


クイーンの赤い髪が揺れた。


「死霊の軍勢で――」


「奴らの巣を襲撃する」


その言葉を聞いた瞬間。


イツキの口元が。


ゆっくりと吊り上がった。


片腕でクマのぬいぐるみを抱き締めたまま。


もう一方の手を、静かに掲げる。


「Arts――《ザ・ディシースト》」


ヴン――


薄暗い蒼色の光が、白い部屋を満たしていく。


床に転がる死体。


ザッカーク。


ハスイ。


ジグ。


ザング。


その身体から――


ゆらり。


ゆらり。


蒼白い光が浮かび上がった。


やがて。


それは人の形を成していく。


半透明の身体。


虚ろな瞳。


死者と同じ輪郭を持つ――


四つの死霊。


それらは音もなく宙を漂い。


ゆっくりと床へ降り立った。


一体。


また一体。


クイーンの後ろへと並んでいく。


先頭を歩く――クイーン。


そのすぐ後ろに。


大きなクマのぬいぐるみを抱えたイツキ。


そしてさらに後方には――


蒼白い死霊たち。


クイーンは振り返らない。


白い部屋の出口へ向かって歩いていく。


「待っていろ――」


その瞳が。


鋭く細められる。


「天城カイ」


赤い髪が揺れる。


「今度こそ――」


「逃がさない」


その背後を。


イツキが続く。


さらにその後ろを――


死者たちが、静かに追従していった。


挿絵(By みてみん)


――次なる戦いが。


始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。