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第48話 白銀の鬼神


カイは階段を駆け上がる。


一段、また一段。


息を切らしながら、それでも足を止めることなく上へと進んでいく。


そして――


最後の一段を蹴り上がった。


目の前に現れたのは、一枚の分厚い扉。


サザメがすぐさま扉の横にある認証装置へ手を伸ばす。


青白い光がサザメの手をなぞり、電子音が鳴った。


――ピピッ。


《認証完了》


ガコンッ!!


重い音とともに、扉のロックが解除される。


サザメが振り返った。


「みんな、準備はいい……?」


その表情に、いつもの余裕はない。


「ここから先は収容所の区間。おそらく……ファーストたちもここにいるよ」


全員が無言で頷く。


アキラが扉に手をかけた。


「……開けるぞ」


次の瞬間――


ガァンッ!!


扉が勢いよく開かれる。


カイたちは一斉に中へ飛び込んだ。


その先に広がっていたのは、巨大な白い空間。


高い天井。


どこまでも白く、無機質な壁。


そして、その前方――


「……ジン!」


カイが目を見開く。


そこにはジンたちがいた。


そして、その傍らには――白い少女。


ルイ。


だが、状況を確認している暇などなかった。


遥か頭上。


白い霧から形成された巨大な拳が、ジンたち目掛けて振り下ろされていた。


「――っ!」


凄まじい風圧が白い空間を駆け抜ける。


その瞬間。


ルイが両手を広げた。


少女を中心に、淡い光が広がっていく。


ズガァァァァンッ!!!


巨大な拳が、ルイたちの目前で止まった。


見えない壁に阻まれたかのように、空中で押し留められている。


「何だ……あれは……」


キリカが呟く。


カイは一瞬だけルイを見つめる。


そして、すぐに視線を前へ戻した。


「アキラ」


「なんだ?」


カイは手にしていた小さなキューブを見つめる。


「この新しいシラガネっていう装備、どうやって装着すればいい」


「え?」


アキラが一瞬、間の抜けた声を出した。


「あぁ、そのキューブの真ん中だ! そこに触れれば展開される!」


カイは迷わず親指をキューブの中央へ押し当てた。


――カチッ。


瞬間。


キューブに青白い光が走る。


ガシャンッ!!


立方体だったそれが、一瞬にして無数のパーツへと分解された。


「……!」


白銀の装甲がカイの周囲を旋回する。


腕。


脚。


胸部。


背部。


無数の機械部品が青白い軌跡を描きながら、カイを取り囲んでいく。


だが――


カイは装着が終わるのを待たなかった。


地面を蹴る。


「おいっ、カイ!」


アキラが慌てて叫ぶ。


それを無視して、カイは走った。


ガシャンッ!


走るカイの右腕に装甲が装着される。


ガシャンッ!!


左脚。


ガシャンッ!!


右脚。


走るカイを追うように、次々と白銀の装甲がその身体へ装着されていく。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


胸部装甲が閉じる。


背部ユニットが接続される。


そして――


脚部ブースターが展開。


――ヴォンッ!!


青白い光が噴き出した。


白銀の外骨格――


《SHIRAGANE》


それが完全にカイの身体を包み込む。


その瞬間。


カイは巨大な腕へ向けて手をかざした。


「――――消えろっ!!!!」


世界が――歪む。


巨大な腕の中央に、亀裂のようなノイズが走った。


次の瞬間。


バシュンッ!!!


腕が消し飛んだ。


破壊されたのではない。


最初からそこに存在しなかったかのように――跡形もなく消滅した。


「カイ!!」


ゴウの声が響く。


「……天城……カイっ!!」


ファーストが動揺を露わにして声を荒らげる。


カイは腰に装備された刀を抜いた。


シャキン――


白銀の刀身が、冷たい光を反射する。


その切っ先を下げたまま、ファーストを睨みつける。


だが――


ふと。


カイの視線が、その横へ動いた。


「…………」


時間が止まった。


カイの目が、大きく見開かれる。


そこに横たわっていたのは――アンナだった。


身体にはGenesisの団服が掛けられている。


目を閉じている。


まるで眠っているだけのようだった。


「……アンナ……?」


返事はない。


「アンナ……なのか……?」


胸がざわつく。


理解したくない。


目の前にある光景を、脳が拒絶している。


「どうして……」


カイの声が震えた。


「どうして……アンナが……」


カフェで笑っていたアンナの顔が、脳裏をよぎった。


ゆっくりとファーストへ視線を戻す。


その瞳から、先ほどまでの戸惑いは消えていた。


「お前が……」


低い声。


「アンナを殺したのか」


ファーストは表情一つ変えない。


「ああ、そうだ」


――ヴォンッ!!


直後。


SHIRAGANEの脚部ブースターが火を噴いた。


「――!」


凄まじい加速。


カイの身体が一直線に射出される。


床すれすれを滑走するように駆け抜け――


一瞬でファーストへ肉薄した。


刀を強く握り締める。


狙うのは――首。


「うあああああああっ!!!」


ブンッ!!


カイが刀を振り抜く。


ガキィィィィンッ!!!


ファーストの剣が、寸分違わずカイの刃を捉えた。


「――!」


アキラが目を見開く。


あの速度に、反応した。


だが――


「な……」


剣を握るファーストの腕が震える。


刃と刃がぶつかり合ったまま、ファーストの足が床を滑っていく。


「なんだ……この力はっ!」


次の瞬間。


ドォンッ!!!


ファーストの身体が吹き飛んだ。


床を何度も跳ね、そのまま壁へ――


ズガァァァンッ!!


激突。


白い壁に亀裂が走る。


「がはっ……!」


ファーストが血を吐き出した。


口元を赤く染めながら、それでも震える足で立ち上がる。


「くっ……《MANDATORY SENTENCE》!!」


ブワッ!!


ファーストの周囲から白い霧が噴き出した。


霧が渦巻く。


集まり。


絡み合い。


そして――巨大な腕へと変貌する。


「潰れろッ!!」


巨大な拳がカイへ迫る。


しかし――


カイは逃げない。


ただ、冷たい瞳でそれを見上げる。


そして。


右手を軽く払った。


「――消えろ!」


バシュンッ!!


「……なにっ!?」


巨大な腕が消えた。


あまりにも呆気なく。


煙が風に吹き散らされるように、ファーストの力そのものが消滅する。


そして、その向こう側――


すでにカイはいない。


「――っ!?」


ファーストが目を見開く。


次の瞬間。


カイは――目の前にいた。


腰を落とす。


身体を捻る。


SHIRAGANEの脚部ブースターが火を噴いた。


ドゴォッ!!!


ブースターによって加速された回し蹴りが、ファーストの顔面へ叩き込まれる。


「がっ――!」


ファーストの身体が横へ吹き飛ぶ。


だが――


倒れることすら許さない。


カイが踏み込む。


ドゴッ!!


腹。


「ぐっ……!」


バキッ!!


顔面。


ドゴッ!!


再び腹部。


「が……ッ!」


殴る。


殴る。


殴る。


何度も。


何度も。


何度も――。


鈍い音が白い空間に響き続ける。


一撃ごとに、ファーストの身体が宙へ浮く。


血が飛び散る。


SHIRAGANEの白銀の装甲が、少しずつ赤く染まっていく。


「…………」


誰も動けなかった。


キリカも。


ゴウも。


クナトも。


アキラも。


そして――ジンさえも。


Genesisのメンバーは、その光景をただ黙って見つめていた。


もはや――戦いではない。


一方的な蹂躙だった。


「が……は……」


ファーストの身体が揺れる。


視界は霞み、立っていることすらできない。


それでもファーストは、目の前の青年を見た。


白銀の装甲。


返り血に染まった拳。


そして――


怒りだけを宿した瞳。


もはやファーストの目に、それは人間として映っていなかった。


――鬼。


「……化け……物が……」


カイが拳を振り上げる。


その拳に、一瞬の躊躇もなかった。


ドゴォッ!!!


拳がファーストの頭部へ叩き込まれた。


鈍い破砕音。


頭蓋が砕け、血と内容物が周囲へ飛び散る。


グチャリ――


ファーストの身体が床へ崩れ落ちた。


動かない。


ナンバーズ・ファースト。


その男は――死んだ。


「はぁ……」


カイの肩が大きく上下する。


「はぁ……はぁ……」


静まり返った空間に、荒い呼吸だけが響く。


カイはゆっくりと自分の手を見た。


真っ赤だった。


ファーストの血に染まった、自分の手。


生暖かい。


さっきまで生きていた人間の血だった。


「…………」


それでも、不思議と手は震えなかった。


カイは、その手を強く握り締める。


そして振り返った。


Genesisのみんなが、こちらを見ていた。


心配するような。


戸惑うような。


そんな視線だった。


その中で一人。


サザメだけが、信じられないものを見るような表情を浮かべていた。


「あのファーストが……死んだ……?」


カイは何も答えない。


静かに視線を横へ向ける。


その先に――


アンナがいる。


「……アンナ」


カイが一歩、踏み出す。


その時だった。


「――っ!?」


ズキンッ!!


頭の奥を、何かが突き刺した。


「ぐ……あ……っ!」


カイが頭を押さえる。


激痛。


立っていられないほどの痛みが脳を襲う。


同時に――


「うっ……!」


ルイが胸を押さえた。


その場に両膝をつく。


「ルイ!」


ジンが振り返る。


ルイの身体が淡い光を帯び始めていた。


指先が、徐々に透けていく。


「もう……限界みたい……」


ルイは苦しそうに胸を押さえながら、それでも微笑んだ。


「抑えてきたものが……解放される……」


その身体が、少しずつ光の粒へと変わっていく。


「ごめんなさい……」


ルイは最後に、ジンを見た。


「……お父さん」


――ビーッ!! ビーッ!!


突如。


けたたましい警報音が施設内に響き渡った。


赤い非常灯が一斉に点灯する。


《ナンバーズ・ファースト、生体反応消失》


全員が顔を上げる。


《第一収容所、最高警戒態勢へ移行》


《全隔壁を封鎖します》


「……まずい!」


アキラの顔色が変わった。


ルイは消えかけた身体で、カイたちを見る。


「みんな……」


光が強くなる。


「はやく……にげ……て……」


そして――


ルイの身体が無数の光となった。


「ルイ――!」


ジンが手を伸ばす。


だが、その手は何も掴めない。


光の粒が空中へ舞い上がり――


消えた。


その瞬間。


「ぐああああああっ!!」


カイが頭を抱えた。


ルイとの接続が――切れた。


視界が歪む。


音が遠ざかっていく。


「……ル……イ……」


ドサッ。


カイが床へ倒れた。


「カイっ!!」


ゴウが叫ぶ。


その直後――


ドォン!!!


巨大な防爆隔壁が天井から降り始めた。


「おい、まずい! 閉じ込められるぞ!!」


クナトが叫ぶ。


キリカとヒナタがすぐにジンの左右へ回り、その肩を支える。


ジンは一瞬だけ、ルイが消えた場所を見つめた。


「…………」


だが――


すぐにリーダーの顔へ戻る。


「総員撤退だっ!!」


ゴウが倒れたカイへ駆け寄る。


「カイ! ねぇ、しっかりしなさい、カイ!」


返事はない。


ゴウがカイを抱き上げる。


その時――


視界の端に、アンナが映った。


「…………」


ゴウの足が止まる。


眠るように横たわっているアンナ。


「誰か……」


ゴウの声が震えた。


「誰かアンナをっ!!」


だが――


ゴゴゴゴゴゴゴ……!!


隔壁がアンナとゴウたちの間へ降りてくる。


このままでは、完全に分断される。


「ダメだ!!」


アキラが端末を見ながら叫んだ。


「ファーストの死亡信号がセントラルに飛んだ!!」


画面に次々と赤い反応が表示される。


アキラの表情が凍りついた。


「増援が来る! しかも……とんでもない数だ!!」


直後。


無機質なアナウンスが響く。


《収容区画、完全封鎖まで――30秒》


「ゴウ、撤退だっ!」


ジンが叫ぶ。


「でも、アンナがっ!!」


「命令だっ!!」


「ジン!!」


ゴウが振り返る。


ジンの顔も苦痛に歪んでいた。


置いていきたいはずがない。


アンナもGenesisの仲間だ。


家族だ。


それでも――


ジンは叫んだ。


「生きてる奴まで死なせるわけにはいかないんだ!!」


「――っ!」


ゴウが歯を食いしばる。


もう一度、アンナを見る。


隔壁が下がっていく。


少しずつ。


少しずつ。


アンナの姿が隠れていく。


「……くそ……」


ゴウの腕に力が入る。


「くそぉぉぉぉぉおおおっ!!!」


カイを抱えたまま、走り出した。


「急げっ!! 隔壁が閉まるぞ!!」


クナトが叫ぶ。


全員が出口へ走る。


ジンもキリカとヒナタに支えられながら、その場を離れていく。


そして――


ゴォォォンッ!!!


隔壁が完全に閉じた。


白い空間が、完全に二つへ分断される。


その向こう側に――


アンナは残された。


誰もいなくなった収容区画。


赤い非常灯だけが、一定の間隔で明滅している。


白。


赤。


白。


赤。


床には――


頭部を砕かれたファースト。


そして、少し離れた場所には――


Genesisの団服を掛けられたアンナが、静かに眠っていた。

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