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第47話 統べる者

――ビィィィィィィッ!!


けたたましい警報音が、施設内に鳴り響いていた。


真っ白な部屋を、非常灯の赤い光が染め上げる。


白。


赤。


白。


赤。


一定の間隔で繰り返される明滅。


床には砕け散ったガラス片が無数に転がり、その一つ一つが赤い光を反射していた。


その奥では――


ガキィンッ!!


「はあああっ!!」


アズサが放ったクナイを、道化姿の女――ティアラが紙一重でかわす。


その横からヒナタが滑り込んだ。


銀色のナイフが一直線にディーナの喉元へ走る。


だが、


「うふふっ」


ディーナは身体を大きく反らし、その刃を避けた。


直後。


ガァンッ!!


ヒナタの脇腹へ蹴りが突き刺さる。


「ぐっ……!」


ヒナタの身体が横へ飛ぶ。


「隊長っ!」


アズサが叫びながら援護に入る。


四人の激しい攻防。


金属同士がぶつかり合う甲高い音が、警報に混ざって響き続けていた。


そのすぐ近く。


「ぐ……っ」


ジンは床に片膝をついていた。


腹部。


肩。


太腿。


身体の至るところに、細長い金属が突き刺さっている。


まるで巨大な針だった。


「くそっ……」


ジンは震える手で、その一本を掴む。


「ぐ……っ、ぅ……!」


肉を引き裂きながら、ゆっくりと引き抜く。


ずるり。


先端にべっとりと血が付着した金属棒が抜け落ちる。


ジンはそれを床へ投げ捨てた。


カランッ――


乾いた音。


「はぁ……はぁ……」


荒い息を吐く。


その視線が、ゆっくりと前へ向いた。


「……アンナ……」


そこにいた。


ファースト。


無表情のまま、一本の直剣を手にしている。


刀身には、赤黒い血がべっとりと付着していた。


そして――


その足元。


血の海の中に、一人の少女が倒れていた。


「……アンナ」


ゴウの声が震えた。


返事はない。


「アンナ……!」


ゴウが駆け出す。


ばしゃっ。


靴が血溜まりを踏み抜く。


そのままアンナの横へ膝をつき、彼女の身体を抱き起こした。


「ねぇ……アンナ……!」


返事はない。


「ねぇ……!」


肩を揺らす。


それでも――


動かない。


「……アンナ……?」


ゴウの声が、かすれる。


抱きかかえた身体は――


冷たかった。


「……嘘でしょ……」


アンナの腕が、力なく落ちる。


バシャッ――


血の海へ沈んだ。


「……っ」


ゴウの顔が歪んだ。


「アンナ……」


ぽたり。


涙が一滴、アンナの頬へ落ちる。


ぽたり。


ぽたり。


流れ落ちた涙が、彼女の頬を伝っていった。


「……っ」


ゴウはアンナを抱きしめたまま、ゆっくりと顔を上げた。


怒りに満ちた目で――


ファーストを睨みつける。


だが。


ファーストは、その視線に何の感情も返さなかった。


ただ冷めた目でアンナの亡骸を一瞥する。


そのときだった。


『――緊急警報』


天井から機械音声が響く。


『収容対象――天城カイの脱走を確認』


ファーストの眉が動いた。


『繰り返します』


『収容対象――天城カイの脱走を確認』


ファーストが、ゆっくりと天井を見上げる。


血に濡れた手で、自らの顔を覆った。


「……天城カイが……」


指の隙間から、赤い瞳が覗く。


「脱走しただと……?」


低い声。


「クキナとナナキは何をしている……」


さらに声が沈む。


「あそこには……レイも向かったはずだ……」


数秒の沈黙。


だが――


「――まぁいい」


ファーストは手を下ろした。


その表情に、焦りはない。


「貴様らを全員始末し……」


血塗れの直剣を持ち上げる。


「すぐにあの男を捕らえ直せば――」


ギロリ。


ファーストの視線が、ゴウとジンを射抜いた。


「何の問題もない」


「……っ」


ゴウがアンナを抱いたまま歯を食いしばる。


ファーストは二人から視線を外した。


そして、戦闘を続ける四人へ目を向ける。


「ティアラ」


返事はない。


「ディーナ……」


ファーストの声に、僅かな苛立ちが混じる。


「何を遊んでいる」


さらに振り向く。


「早く片付け――」


そこで。


言葉が止まった。


「……?」


何かがおかしい。


ほんの数秒前まで。


確かに聞こえていた。


金属音。


爆発音。


床を蹴る音。


怒号。


それらすべてが――


消えていた。


ぴたりと。


まるで音そのものを切断されたかのように。


「……何だ?」


ファーストが目を細める。


床に、二人の道化が倒れていた。


ティアラ。


ディーナ。


二人とも意識を失っている。


そしてその横には――


アズサとヒナタが立っていた。


「……え?」


ヒナタが、自分の手を見る。


「何が……」


アズサも困惑していた。


その瞬間。


ーーザザッ。


「……?」


ファーストの目の前。


何もなかった空間が――歪んだ。


空気が波打つ。


映像そのものが乱れる。


ノイズ。


光。


粒子。


そして――


そこに。


一人の少女が現れた。


白い服。


白い肌。


長い栗色の髪。


まるでこの血塗れの空間に似つかわしくないほど、清らかな姿。


ファーストが剣を構える。


「……何者だ」


少女は答えない。


「何者だと聞いている!」


今度は、はっきりと問いかける。


少女が静かに顔を上げた。


「私は……」


透き通った声。


「ルイ」


その名前を聞いた瞬間。


「……?」


ジンの目が見開かれた。


少女は続ける。


「この世界の――」


一歩。


歩き出す。


「真実を知る者」


一歩。


また一歩。


ルイはジンとゴウの間を通り抜けていく。


「……待て……」


ジンの唇が震えた。


その横顔。


その髪。


その目。


忘れるはずがない。


「……ルイ……?」


少女は止まらない。


そのままファーストの目の前まで歩いていく。


ファーストが剣を握り直した。


少女は静かに右手を前へ伸ばす。


そして――


たった一言。


「――眠りなさい」


次の瞬間。


「――ぐっ!?」


ファーストの身体が崩れた。


ドンッ!


片膝を床につく。


「が……っ……!」


片手で頭を押さえる。


「何を……した……っ」


激痛。


脳を直接握り潰されているかのような痛み。


ファーストの額に血管が浮かび上がる。


「ぐ……あ……!」


ルイは答えなかった。


ただ。


僅かに振り向く。


その視線が――


アンナへ向けられる。


血の海。


その中心で、ゴウに抱かれている少女。


ルイの瞳が僅かに揺れた。


「……また……」


小さな声。


「間に合わなかった……」


目を伏せる。


「……ごめんなさい……」


立とうとして崩れる。


それでも這うようにルイへ手を伸ばす。


「ルイ……」


その手は震えていた。


身体中から血が滲み出す。


「ぐっ……」


傷口を片手で押さえながら。


それでも。


少女から目を離さなかった。


「本当に......ルイ……なのか……?」


少女がゆっくりと振り返る。


二人の視線が重なる。


静寂。


長い時間。


ずっと。


ずっと探し続けていた。


実の娘。


少女の口元に、小さな笑みが浮かんだ。


「久しぶり」


ジンの瞳が震える。


「――パパ」


「――――ルイッ!!」


ジンの叫びが、部屋中に響き渡った。


「ルイ……!」


一歩踏み出す。


その瞬間。


ルイの背後で――


ゆらり。


人影が立ち上がった。


「……!」


ルイが振り返る。


ファースト。


頭を押さえながら、


ゆらゆらと身体を揺らしながら。


立っていた。


その両目から。


血が流れている。


「……公務……執行妨害」


「何……?」


「刑法……第……」


ファーストが顔を上げる。


血走った目。


「――公務執行妨害」


空間が歪む。


背後に、白い巨大な腕が形成されていく。


そして。


その手には――


巨大なハンマー。


「――殴打の刑に処す」


「ルイ!!」


ジンが叫んだ。


直後。


轟ッ!!


巨大なハンマーが振り抜かれる。


「……っ!」


ルイが咄嗟に腕を上げる。


だが――


ドゴォォォォンッ!!!


「――っ!!」


少女の身体が吹き飛んだ。


床へ叩きつけられ――


何度も転がる。


ガッ。


ガッ。


ガッ。


そして壁際で止まった。


「ルイッ!!」


ジンが叫ぶ。


ルイの身体にノイズが走る。


ビチッ。


ビチビチッ。


腕。


脚。


顔。


その輪郭が一瞬ずつ歪んでいく。


まるで映像データそのものが破損しているかのように。


「ルイ!!」


ジンが駆け出そうとした。


その横を――


二つの影が飛び出した。


「はあああっ!!」


ヒナタ。


そして――


「はぁっ!!!!」


アズサ。


左右。


同時。


ヒナタのナイフ。


アズサのクナイ。


二つの刃がファーストの首を狙う。


だが。


ギィィィンッ!!


ファーストの直剣が二つの刃を同時に受け止めた。


「……っ!」


「なっ……!」


ファーストが腕を振る。


ガァンッ!!


二人が弾き飛ばされる。


それでもすぐさま体勢を整える。


ヒナタが叫んだ。


「ジン!!」


「……!」


「作戦はもう失敗してるわ!」


ヒナタがファーストの剣をナイフで受け止める。


ギギギギッ!!


「それに――さっきのアナウンス!」


「……っ」


「カイが脱走した......っ」


ヒナタが蹴りを放つ。


ファーストが後ろへ下がる。


「あれはきっと、クナトたちの作戦が成功したってことっ」


アズサが横からクナイを投げつける。


「もう長居は無用です!」


「だが……!」


ジンが叫ぶ。


一瞬壁際に転がる少女に視線を移す。


ヒナタが振り返る。


「私とアズサで――」


ナイフを構える。


「この男の足を止めます!」


そして叫ぶ。


「ゴウ!!」


「……!」


「ジンを連れて早く撤退して!!」


「ヒナタ……」


「早くッ!!」


「……くっ」


ゴウが歯を食いしばる。


そしてアンナの身体を静かに床へ下ろした。


薄く開いたアンナの目を閉じる。


血に濡れた髪を一度だけ撫で、自分の上着をそっとかけた。


「……ごめんなさい」


立ち上がる。


ジンの横へ行き、その肩を担いだ。


「ジン……行きましょう」


「でも……」


「ここにいたら――」


ゴウが前を見る。


「全員死ぬわっ!」


「……っ」


そのとき。


「逃す訳が……」


声。


「ないだろ……」


「!」


次の瞬間。


ドガァァァンッ!!!


「きゃあっ!!」


「ぐあっ!!」


ヒナタ。


アズサ。


二人の身体が同時に吹き飛んだ。


「ヒナタ!!」


「アズサ!!」


二人がゴウたちの足元まで転がってくる。


「げほっ……げほっ……!」


ヒナタが血を吐く。


アズサも口元を腕で拭った。


「くっ……」


その先。


ファーストが立っている。


両目から。


赤い血が流れ続けていた。


そして――


その背後。


巨大な影。


白い人型。


だが人間など遥かに超える巨体。


天井に届くほどの白い巨人が、ファーストの背後に立っていた。


ゴウが息を呑む。


「……なんだ……あれ……」


ファーストが血に染まった顔を上げる。


「Arts――」


空気が震える。


「LIMIT BREAK」


巨人の目が赤く光った。


ファーストが告げる。


「――《MANDATORY SENTENCE》」


ドンッ!!


巨大な拳が持ち上がる。


「……っ!」


ヒナタが顔を上げる。


逃げられない。


アズサも。


ゴウも。


ジンも。


間に合わない。


そして――


「死刑執行」


拳が振り下ろされた。


「――っ!!」


ズガァァァァァァァァァンッ!!!!


爆音。


部屋全体が揺れる。


床が割れる。


ガラス片が宙へ舞い上がった。


だが。


「……?」


ゴウが恐る恐る目を開く。


巨大な拳は――


止まっていた。


四人の目の前。


その間に。


一人の少女が立っている。


「ルイ……!?」


両腕を大きく広げて。


四人を守るように。


「ぐ……っ……!」


ルイの前に。


透明な壁。


いや。


目には見えない何かが存在していた。


巨大な拳が、それ以上進めずにいる。


バチバチバチバチッ!!


凄まじい光が飛び散る。


床が陥没する。


空気そのものが震える。


「ルイ!!」


ジンが叫ぶ。


ルイの脚が震える。


「……大丈夫……」


「ルイ!」


「絶対に……」


ルイが歯を食いしばる。


「守るから……!」


ビキッ。


音。


「……!」


ルイが目を見開く。


透明な壁。


そこに一本の亀裂。


ビキ。


ビキビキビキッ!!


亀裂が一気に広がっていく。


「まずい……!」


そして。


パァァァンッ!!


何かが――砕けた。


巨大な拳が再び動き出す。


ルイの真上へ。


振り下ろされる。


ジンの顔が絶望に染まった。


「ルイィィィィッ!!」


その瞬間。


「――――消えろっ!!」


声。


「……!」


直後。


白い巨人の腕が――


消し飛んだ。


ドォォォォォォォンッ!!!


「なっ……!?」


ファーストの目が見開かれる。


肩から先。


存在そのものを抉り取られたかのように。


巨大な腕が一瞬で消滅している。


「……何……?」


ヒナタが振り返る。


アズサも。


ゴウも。


ジンも。


そして――


ルイも。


全員が背後を振り向いた。


赤く点滅する部屋。


立ち込める煙。


舞い落ちるガラス片。


その向こうに――


一人の青年が立っていた。


荒い息。


傷だらけの身体。


それでも。


真っ直ぐ前を見据え。


右手を突き出している。


「……カイ……?」


ゴウの表情が変わった。


「カイッ!!!!」


青年――


天城カイ。


ファーストの顔が歪む。


額に血管が浮かび上がった。


怒り。


殺意。


そして。


僅かな――焦燥。


「貴様……」


直剣を握る手に力が入る。


「天城……」


カイは無言でファーストを睨み返す。


その瞳に、もはや迷いはなかった。


ファーストが叫ぶ。


「――カイッ!!」

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