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第46話 神崎クナト

俺は、とある裕福な家庭に生まれた。


父も母も、政府軍に所属していた。


詳しいことは子供だった俺には分からなかったが、二人ともかなり上の階級だったらしい。


大きな家。


広い庭。


食事に困ったことなど、一度もない。


そして。


俺には――兄がいた。


名前は、神崎クキナ。


兄は、何をやらせても、俺より上だった。


勉強。


運動。


判断力。


そして――剣。


何度挑んでも、俺は兄に勝てなかった。


ただ。


一度だけ。


「――一本!」


幼い俺が振った木刀が、兄の胴を捉えた。


「…………」


俺自身が一番驚いていた。


「やった……」


「兄ちゃん!」


「俺、勝った!」


「…………」


兄は自分の腹を見下ろしていた。


それから。


小さく笑った。


「……やられたな」


「…………!」


「クナト」


兄は、俺の頭に手を置いた。


「お前の剣は本物だ」


「……本当?」


「ああ」


そして、いつものように優しく笑った。


「将来は俺と一緒に政府軍に入ろう」


「…………」


「一緒に――」


「この国を守っていこう」


「うん!」


あの頃の俺は、兄の笑った顔が好きだった。


俺にとって、兄は憧れだった。


追いつきたい。


いつか。


隣に立ちたい。


そう思っていた。


兄のスペックは――LEVEL5。


父も。


母も。


周りの大人たちも。


兄に期待していた。


「クキナなら、いずれ政府の中枢に入れる」


「将来が楽しみだ」


「この家の誇りだ」


そんな言葉を、何度も聞いた。


俺も、嬉しかった。


兄が褒められるたび、自分のことのように嬉しかった。


だから。


俺も、いつか兄のようになるのだと、疑っていなかった。


そして。


俺が――五歳になった日。


その差は、絶対に埋まらないものになった。


『測定結果を表示します』


無機質な声。


目の前に浮かぶ、青白い文字。


そこにたった一つ表示された。


――LEVEL1。


「…………」


最初は、意味が分からなかった。


「……父さん?」


次の瞬間。


「ふざけるなっ!!!!」


父の怒声が、部屋中に響いた。


「っ……!」


身体が震えた。


「なぜだ……!」


「なぜ、私の息子がLEVEL1なんだ!!」


「あなた……」


母が、俺を見ていた。


その目を、今でも覚えている。


悲しみでも。


心配でもない。


――失望。


まるで、目の前にいる息子が、昨日までの息子ではなくなったかのような、そんな目だった。


「…………」


俺は、兄を見た。


「兄ちゃん……」


「…………」


クキナは。


何も言わなかった。


「…………」


一言も。


「兄ちゃん……?」


返事はなかった。


そして。


数日後。


俺はスラムに捨てられた。


「父さん……?」


幼い俺の目の前で、車の扉が閉まる。


「待って……」


「俺、もっと頑張るから……」


窓の向こうに、父の顔が見える。


「剣も……もっと練習するから……」


「だから――」


車が走り出す。


「待ってよ!!」


追いかけた。


「父さん!!」


必死に、走った。


「母さん!!」


転んだ。


膝から血が出た。


それでも、立ち上がった。


「兄ちゃん!!」


車は止まらない。


「兄ちゃんっ!!!!」


遠ざかっていく。


そして。


見えなくなった。


「…………」


ゴミを捨てるように。


俺は捨てられた。


あの日。


最後に見た父親の顔を、俺は――


決して忘れない。


*


――あれから、二十年。


「…………」


クナトは刀を構えていた。


その切っ先が。


真っ直ぐ。


目の前の男へ向けられる。


長い黒髪。


赤い瞳。


そして。


黒く研ぎ澄まされた太刀。


クキナ。


自分の実の兄。


「二十年だ……」


クナトが低く呟く。


「俺は――」


刀を握る手に、力が入る。


「必死に生きてきた」


「…………」


「お前らに捨てられた」


「その怒りを忘れないように……」


「…………」


一歩。


前へ。


「必死に――剣を振ってきた」


「…………」


クキナは。


弟を見つめていた。


やがて。


刀をゆっくりと構える。


「なら――」


クキナの目が鋭くなる。


「見せてみろ」


「…………!」


「クナトッ!!」


――ダンッ!!


二人が。


同時に床を蹴った。


――ガァァァン!!!!


二つの刃が。


激突した。


衝撃。


空気が弾ける。


「ぐっ……!」


クナトの足元が。


僅かに後ろへ滑る。


だが。


退かない。


「っ!!」


クキナの刀を押し返す。


クキナが僅かに目を細めた。


次の瞬間。


――ギィン!!


――ガキィン!!


――ギィィン!!


剣閃。


剣閃。


剣閃。


目で追うことすら困難な速度で。


二人の刀が。


ぶつかり合う。


「…………」


少し離れた場所。


ナナキが、その戦いを眺めていた。


「わぁお……」


「すごいな……」


その時。


「よそ見とは――余裕だなぁぁぁっ!!」


ガザの巨大な大剣が、ナナキの頭上へ振り下ろされる。


「おっと」


――ガァン!!


「なっ……!」


大剣が止まった。


ナナキの背後から伸びる、四本の機械腕。


その一本が、ガザの大剣を軽々と受け止めている。


「くっ……!」


「危ないなぁ」


ナナキが困ったように笑う。


「当たったら死んじゃうじゃないか」


「だったら――」


背後。


「当たれぇぇぇっ!!」


第四番隊の隊員。


三人。


同時に。


ナナキへ斬りかかる。


「…………」


ナナキは。


振り返らない。


――ガシャン!!


別の機械腕が。


真横へ薙ぎ払われる。


「ぐあっ!」


「がっ!」


「うわぁっ!」


三人の身体が。


まとめて吹き飛んだ。


「くっそぉぉぉっ!!」


ガザが叫ぶ。


掴まれた大剣を強引に引き抜く。


そして、そのまま。


横薙ぎ。


「…………!」


ナナキが。


後方へ跳んだ。


――ブォン!!


大剣が鼻先を通過する。


着地。


「おお、怖――」


その瞬間。


――ビィィィィィィィィッ!!!!


「…………!」


警報。


真っ白だった通路が一斉に赤く染まった。


『緊急警報』


『緊急警報』


『政府第一収容所内において――』


『収容対象者の脱走を確認』


「…………」


戦っていた者たちの動きが。


僅かに止まる。


『対象者――天城カイ』


「…………!」


クキナがクナトの刀を弾く。


――ギィン!!


互いに大きく距離を取った。


「…………」


ナナキも機械腕を止める。


ガザたちから距離を取った。


『繰り返します』


『対象者――天城カイ』


『現在、収容区画より脱走』


『全警備部隊は――』


「……まさか」


クキナが僅かに眉をひそめる。


「あの女が……やられたのか……?」


「…………」


ナナキも先ほどまでの笑みを消した。


「ちょっとこれは……」


「想定外だな」


クキナを見る。


「どうする?」


「…………」


その時。


――トン。


「…………?」


小さな足音。


「…………!」


クキナ。


ナナキ。


二人が同時に振り返る。


「…………」


そこに、一人の少女が立っていた。


栗色の髪。


白い服。


華奢な身体。


見覚えのない少女。


「…………」


クキナが刀を向ける。


「何者だ――お前」


「…………」


少女は答えない。


ただ。


二人を見つめる。


そして静かに、右手を前へ出した。


「ナンバーズ――」


「クキナ」


「ナナキ」


「…………!」


「眠りなさい」


「…………?」


次の瞬間。


クキナの身体が大きく揺れた。


「な……」


――ガクッ。


膝が崩れる。


「…………!?」


ナナキも頭を押さえる。


「な……に……?」


四本の機械腕が力を失う。


――ガシャン。


「お前……」


ナナキが少女を見る。


視界が揺れる。


「何を……し……た……」


「…………」


クキナも刀を床へ突き立て。


どうにか身体を支えようとする。


だが。


力が入らない。


「貴様……」


霞んでいく視界。


その向こう。


白い少女。


「…………」


――ドサッ。


クキナが倒れた。


続いて。


――ガシャン!!


ナナキも四本の機械腕ごと、その場へ崩れ落ちる。


「…………」


静寂。


「……は?」


ガザが大剣を構えたまま。


固まっている。


「なにが……」


倒れた二人を見る。


「なにが起こったんだ……?」


「……わからねぇ」


クナトは。


倒れた兄を。


見つめていた。


「…………」


そしてクナトは顔を上げた。


少女を見る。


「お前……」


「…………」


少女は何も答えない。


ただ。


僅かに微笑んだ。


次の瞬間。


その身体が光に溶けるように薄れていく。


「待て!」


クナトが手を伸ばす。


だが。


少女は完全に消えた。


「…………」


赤い警告灯だけが。


廊下を照らしていた。


*


「急げっ!!」


キリカの声。


赤く点滅する、長い廊下。


その中を、カイたちは走っていた。


カイ。


レン。


キリカ。


アキラ。


サザメ。


そして。


Genesisの隊員たち。


途中。


何度も隔壁が閉じる。


だが。


カイが手を向ける。


――ドォン!!


隔壁が吹き飛ぶ。


「行くぞ!」


再び走る。


「カイ、その力……!」


アキラが尋ねる。


「説明は後だっ!」


その途中。


アキラが何かを思い出したように声を上げた。


「カイっ!」


「なんだ!?」


「忘れるところだった!」


アキラがズボンのポケットへ手を突っ込む。


そして。


それを取り出した。


「ラックからだっ!」


アキラが放り投げる。


「っと……!」


カイが受け取る。


掌の中。


白銀の小さなキューブ。


「これは……?」


「お前の新しい外骨格」


「…………!」


アキラが走りながら笑う。


「――《SHIRAGANE》」


「シラガネ……?」


「ラックから伝言」


「…………?」


アキラが口元を上げる。


「『それ使って負けたら許さねぇ』」


「…………」


「だとよ」


カイが苦笑する。


そして。


白銀のキューブを強く握った。


「……ありがとう、ラック。アキラ」


最後の扉。


「サザメ!」


「分かってる!」


サザメが認証部へ手をかざす。


――ピッ。


『生体認証――確認』


『アクセスを許可します』


――シュン。


扉が開いた。


「…………!」


その先、複数の人影。


「カイッ!!」


「…………!」


聞き覚えのある声。


「クナト隊長!」


カイたちが駆け込む。


キリカが周囲を見る。


「無事か」


「ああ」


クナトが刀を下ろす。


「俺たちは平気だ」


「…………」


カイが、その奥を見る。


「……あれは」


床に。


二人の男。


クキナ。


ナナキ。


気を失っている。


「…………!」


サザメの顔色が変わった。


「嘘……」


一歩、近づく。


「この二人が……倒された……?」


「いや」


クナトが首を横へ振る。


「それが……俺にも分からねぇ」


「…………?」


「いきなり白い女が現れたと思ったら――」


倒れた兄を見る。


「こいつら二人が、急に意識を失った」


「白い女……?」


カイが目を見開く。


「…………!」


脳裏に、あの少女が浮かぶ。


白い服。


栗色の髪。


「ルイ……!」


「…………?」


クナトがカイを見る。


「なんだ、カイ」


「知り合いなのか?」


「…………」


カイは答えに詰まる。


「いや……」


「俺も詳しくは……」


「そうか……」


「…………」


その時、アキラが腕を上げた。


空中にホログラムを展開する。


「…………?」


画面を操作。


「ヒナタ」


通信を開く。


「ヒナタ、応答しろ」


――ザザッ。


「…………」


ノイズ。


「アズサ」


「応答しろ!」


――ザッ。


――ザザザザッ。


「…………」


アキラの表情が変わった。


「おい……」


「…………?」


キリカが振り返る。


「どうした」


「……何かがおかしい」


アキラがもう一度、通信を飛ばす。


「ヒナタ!」


「アズサ!」


「聞こえるか!?」


――ザザッ。


返事はない。


「…………」


アキラが顔を上げた。


「繋がらない」


「…………!」


「アズサとヒナタに――」


「通信が繋がらない」


「まさか……!」


クナトが天井を見上げる。


その先。


上層。


ジン。


ゴウ。


アンナ。


そして。


ナンバーズ。


「…………!」


クナトが刀を握り直した。


「ジンたちが危ねぇ……!」


「…………」


全員の表情が変わる。


「この先の右の壁」


サザメが指を差した。


「そこの扉の先に階段がある」


「そこから上層に行けるよ」


「…………」


アキラが頷く。


キリカ。


レン。


カイ。


第四番隊の隊員たちも。


一斉に頷いた。


「行くぞっ!」


クナトが走り出す。


カイたちも、その後を追う。


赤い警告灯が明滅する中。


Genesisの仲間たちは。


政府第一収容所――上層へ向かって。


一斉に駆け出した。

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