第44話 判決
政府第一収容所。
真っ白な空間。
砕けた培養器から流れ出した液体が。
白い床を濡らしていた。
その中心。
ジンは拳銃をファーストへ向けている。
「…………」
その時、ファーストがふと視線を動かした。
ジンたちではない。
その――後方。
誰もいないはずの空間。
「いつまで、そこで隠れているつもりだ」
離れた場所。
僅かに。
空間が揺らいだ。
光学迷彩の中。
ヒナタとアズサが。
驚愕の表情で互いを見る。
「……」
アズサが小さく呟く。
「…………」
ヒナタが周囲へ視線を走らせる。
逃げ道。
距離。
敵の配置。
一瞬で確認する。
そして。
「解除するしかないわね」
「了解」
二人が。
マントへ手を掛けた。
――シュン。
光学迷彩が解除される。
何もなかった空間から。
二人の女が姿を現した。
「…………」
ファーストは驚きもしない。
ただ。
二人を一瞥する。
そして。
「――ティアラ」
桃色の髪の女。
「――ディーナ」
紫色の髪の女。
「その二人の相手を頼んだ」
「…………」
二人の道化師が同時に笑った。
そして。
くるりと。
その場で身体を翻す。
派手な衣装がふわりと広がった。
二人は。
ヒナタとアズサへ向き直る。
一歩。
前へ。
そして。
舞台に立つ役者のように。
丁寧に、頭を下げた。
桃色の髪の女が。
顔を上げる。
「ナンバーズ――ティアラ」
続いて。
紫色の髪の女。
「ナンバーズ――ディーナ」
「…………」
二人が同時に笑った。
『さぁ――』
声が重なる。
『殺し合いましょ?』
「…………!」
次の瞬間。
――ダンッ!!
二人の姿が。
消えた。
「来る!」
ヒナタが叫ぶ。
――ギィンッ!!
金属音。
アズサが抜いたクナイと。
ティアラの一撃が激突する。
その横。
ディーナが。
ヒナタへ襲いかかった。
「っ!」
ヒナタが身体を翻す。
四人の戦いが。
一瞬にして始まった。
「…………」
その光景を。
ファーストは見もしない。
視線はただ一人。
相葉ジンへ向けられている。
「さぁ」
「…………」
「こちらも始めるとしよう」
「…………」
ジンの銃口は、一度たりとも、ファーストから外れていない。
「ナンバーズ」
低い声。
「ファースト」
「…………」
ジンの目に。
怒りが宿る。
「――お前は俺が殺す」
「…………」
ファーストが。
僅かに笑った。
「やってみろ」
瞬間。
――ギギッ!!
ジンの身体を覆う外骨格が。
低く軋んだ。
脚部。
腰部。
肩。
各部の駆動機構が。
一斉に作動する。
――ダンッ!!
床を蹴る。
同時に。
銃口が火を噴いた。
――バンッ!!
「…………」
ファーストが僅かに首を傾ける。
銃弾が頬の横を通過する。
――バンッ!!
二発目。
身体を捻る。
――バンッ!!
三発目。
半歩横へ。
全て紙一重。
だが、
その時にはジンはすでに目の前にいた。
「…………!」
懐から。
ナイフを抜く。
逆手。
――シュッ!!
首を狙った斬撃。
ファーストが。
上体を反らす。
刃が。
喉元を掠める。
「…………」
ジンは止まらない。
右。
左。
斬撃。
――バンッ!!
至近距離からの銃撃。
「…………!」
ファーストが。
身体を沈める。
頭上を。
銃弾が抜ける。
直後。
下から。
ナイフ。
――ギンッ!!
ファーストが。
腕で軌道を逸らす。
ジンが。
回転。
その勢いのまま。
再び銃口を向ける。
――バンッ!!
「…………!」
ファーストの顔が。
僅かに動いた。
――シュッ。
「…………」
一瞬。
静寂。
ファーストの頬。
一本の。
赤い線。
「…………」
血がゆっくりと流れた。
「…………」
ジンは。
間合いを取る。
拳銃。
ナイフ。
二つを構えたまま。
ファーストを睨む。
「なるほど」
ファーストが自分の頬へ触れる。
黒い手袋に、赤い血がつく。
「言うだけのことはある」
「…………」
「この動きは相当なものだ」
ファーストの目が、ジンの身体を観察する。
「姿勢制御」
「斬撃の安定性」
「自動照準の正確性」
「…………」
「かなり高等な戦闘プログラムによる制御だ」
「…………」
ファーストが目を細める。
「貴様――LEVEL1ではないな」
「…………」
ジンは答えない。
「――だったらなんだ」
「…………」
ファーストの口元にあった笑みが。
消えた。
「……いや」
静かに右手を上げる。
「どうでもいい」
「…………」
空気が変わった。
ジンの表情が僅かに強張る。
ファーストが告げる。
「Arts――」
その声と同時に、白い空間へ霧が生まれた。
「…………!」
床を這う。
白い霧。
ファーストを中心に。
急速に広がっていく。
「《ギルティ・ヴァーディクト》」
――ゴゴゴゴゴゴ……。
「…………!」
床が震える。
ファーストの足元。
そこから。
何かが。
せり上がってきた。
巨大な腕。
人間のものではない。
異様なほど巨大な霧の腕。
その手には。
巨大なハンマー。
「なによ……それ……」
ゴウが。
息を呑む。
「…………」
ファーストは。
ジンを見る。
まるで法廷で、被告人を見下ろす裁判官のように。
「相葉ジン」
「…………」
低く。
宣告する。
「政府への武力行使」
「政府施設への襲撃」
「国家秩序を破壊することを目的とした、反政府組織の指揮」
「…………」
ジンが拳銃を構える。
ファーストは静かに告げた。
「――国家反逆罪」
「…………!」
巨大なハンマーが。
ゆっくりと。
持ち上がる。
「判決――」
ファーストが右手を振り下ろした。
「ーー《穿孔刑》に処す」
――ドォォォォンッ!!!!
巨大なハンマーが。
床へ叩きつけられた。
「っ!!」
ジンが。
後方へ跳ぶ。
その瞬間。
――ズズズズズズッ!!
「…………!」
ジンを取り囲むように。
空間から。
何かが現れる。
一本。
十本。
百本。
鋭い。
無数の針。
逃げ場がない。
「ジン!!」
ゴウが叫ぶ。
「…………」
ファーストが右手を握った。
「――死ね」
瞬間、無数の針が一斉にジンへ襲いかかった。
「――っ!!」
――ドドドドドドドドドッ!!!!
「ぐっ……!」
外骨格が火花を散らす。
一本。
二本。
十本。
避ける。
弾く。
だが。
多すぎる。
「ぐぁっ……!」
鮮血。
白い床へ。
赤が飛び散った。
「ジン!!」
ゴウの声。
やがて。
針の雨が。
止まった。
「…………」
その中心。
ジンが片膝をついていた。
「はぁ……」
「はぁ……っ……」
外骨格は何か所も破損している。
身体から血が流れていた。
そして。
「……くっ……」
身体が傾く。
――ドサッ。
「ジンッ!!!!」
アンナの悲鳴。
「…………!」
アンナがゴウの腕を振りほどいた。
「アンナ!」
ゴウが叫ぶ。
だが。
止まらない。
「ジン!」
アンナが。
倒れたジンへ駆け寄る。
「く……」
ジンが顔を上げる。
視界の端にアンナ。
そして。
その向こうには、ファースト。
「……来るな……」
「…………!」
ジンの顔色が変わった。
「アンナ……っ!」
腕を伸ばす。
「来るなぁっ!!」
「…………!」
アンナが。
足を止めた。
その瞬間。
――グサッ。
「…………え?」
時間がーー止まった。
「…………」
アンナが。
ゆっくりと。
自分の腹部を見る。
白銀の剣。
その刃が深々と身体を貫いていた。
「…………」
背後にはファースト。
「アンナ……?」
ゴウの声が。
震える。
「…………」
アンナが僅かに振り返る。
ファーストは何の感情もない目で彼女を見ていた。
「さらばだ」
「…………」
「――七瀬アンナ」
――ズッ。
白銀の剣が。
引き抜かれた。
「…………」
鮮血が宙を舞う。
アンナの身体から、
力が抜けた。
――ドサッ。
「アンナ!!」
ゴウが駆け出す。
「…………」
アンナにはその声が
ーー遠く聞こえていた。
ぼやける。
白い天井。
赤く染まった床。
「…………」
その視界の先。
砕けた培養器。
液体。
破片。
その中にアキトだったものが残されている。
「…………」
アンナが震える手を伸ばす。
届かない。
もう。
指に力が入らない。
「アキ……ト……」
「…………」
涙が一筋。
頬を伝った。
「ごめん……ね……」
「…………」
伸ばしていた手が床へ落ちた。
アンナの意識が。
そこで途切れた。
「アンナぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
ゴウの悲痛な叫びが。
白い空間に響き渡る。
その直後。
――ビィィィィィィィィィッ!!!!
「…………!」
大音量の警報。
ファーストが。
僅かに顔を上げた。
――ビィィィィィィィィィッ!!
白一色だった照明が。
一斉に。
赤へ切り替わる。
『――警告』
無機質な音声。
『施設内にて脱走を確認』
「…………」
倒れたジンが。
僅かに顔を上げる。
ファーストの目が。
細くなる。
『対象者――』
『天城カイ』
「…………!」
赤い警告灯が。
明滅する。
『繰り返します』
『施設内にて脱走を確認』
『対象者――天城カイ』
ファーストの顔から。
完全に笑みが消えた。




