第42話 BRAINコネクト
白い天井。
「…………」
カイはゆっくりと目を開いた。
何度見たか分からない。
何もない。
真っ白な天井。
身体を起こす。
「…………」
ここへ連れてこられてから。
どれほどの時間が経ったのか。
もう分からない。
カイは壁に背を預ける。
その時だった。
「――カイ」
「…………!」
聞き覚えのある声。
カイが顔を上げる。
「…………」
そこに、一人の少女が立っていた。
白い服。
長い髪。
どこか儚げな。
あの少女。
「君は……」
カイが立ち上がる。
「あの時の……」
「カイ」
少女――ルイが。
真っ直ぐにカイを見る。
「あなたの仲間たちが、ここに来てる」
「…………!」
カイの目が見開かれる。
「みんなが!?」
「ええ」
「あなたを助けようとしている」
「…………」
ジン。
キリカ。
クナト。
ゴウ。
ラック。
アキラ。
そして、レン。
Genesisのみんな。
次々と、その顔が頭に浮かぶ。
「……無事なのか?」
「今は」
ルイが答える。
「でも――」
その表情が曇った。
「このままじゃ、確実に殺される」
「…………!」
カイの顔から。
僅かに喜びが消える。
「何人かは参加していないようだけれど……」
「かなりの数のナンバーズが、この施設に集結している」
「ナンバーズ……」
その言葉を聞いた瞬間。
カイの脳裏に一人の女が浮かんだ。
銀色の髪。
凍りついた大地。
圧倒的な力。
そして。
自分をここへ連れてきた女。
――レイ。
「…………」
無意識に、拳を握る。
「私は」
ルイが続ける。
「あなたの仲間たちが、ここまで辿り着けるように支援する」
「…………」
「あなたが、ちゃんと仲間に会えるように」
「君が……?」
「ええ」
ルイは頷いた。
「それと――」
一歩。
カイへ近づく。
「あなたには、一時的に私の力を分けてあげる」
「…………?」
「力……?」
「ええ」
ルイが小さく微笑んだ。
「人と人とが繋がって」
「…………」
「それが重なって」
「大きな、大きな力の渦になる」
ルイが。
カイへ手を伸ばす。
「そんな――」
「奇跡の力よ」
「…………」
カイには意味が分からなかった。
「今は、多くを説明している時間はない」
「…………」
「私も、そんなに長くここには居られないの」
そして。
ルイの手が。
鉄格子の隙間を抜ける。
「…………」
カイも。
その手を伸ばした。
二人の手が、触れる。
その瞬間。
ルイが静かに告げた。
「――BRAINコネクト」
「…………!」
直後。
――ドクンッ!!
「がっ……!?」
カイの心臓が。
大きく跳ねた。
いや。
違う。
流れ込んでくる。
何かが。
頭の中へ。
直接。
「な……んだ……」
視界が。
激しく明滅する。
数字。
文字。
数式。
映像。
音。
自分の知らない情報。
理解できない情報。
膨大な何かが。
濁流のように。
カイの脳内へ流れ込んでくる。
「なんだ……これ……っ!」
頭を押さえる。
「ぐっ……!」
耐えられない。
カイはその場に膝をついた。
「はぁ……っ」
「はぁ……っ」
「はぁ……っ」
頭が。
割れそうだった。
脳の奥で。
何かが。
次々と繋がっていく。
自分ではない。
何か。
一つ。
二つ。
十。
百。
数え切れないほどの何かが。
遠くから。
自分へ向かって。
繋がってくる。
「…………」
やがて。
激痛が。
少しずつ引いていく。
「はぁ……」
「はぁ……」
「…………」
カイは。
ゆっくりと立ち上がった。
「…………?」
何かが違う。
身体ではない。
もっと。
奥。
今まで。
一人で必死に回していた何かが。
途方もなく大きく。
広がっている。
そんな。
奇妙な感覚。
「自分のやりたいことをイメージして」
ルイが言った。
「…………」
「出来ないと思わないで」
「出来るって、強くイメージするの」
「…………」
「そうすれば――」
ルイが微笑む。
「それは必ず出来るから」
「イメージ……?」
「ええ」
ルイが鉄格子を見る。
「例えば――」
「目の前の鉄格子」
「…………」
「これがバラバラに壊れるところを、イメージしてみて」
「…………」
カイが。
鉄格子を見る。
分厚い鉄。
これまで。
何度見ても。
自分の力ではどうにもならなかった壁。
「……やってみる」
カイは。
右手を前へ出した。
「…………」
イメージする。
鉄格子。
それが。
崩れる。
砕ける。
形を維持できなくなり。
粉々になって。
吹き飛ぶ。
「…………」
出来る。
出来ると。
強く。
「――BRAINコネクト」
瞬間。
――ドンッ!!!!!!
「っ!?」
凄まじい衝撃が。
白い部屋を駆け抜けた。
カイの手の先から。
爆発したような暴風が放たれる。
鉄格子が。
激しく震えた。
――バキッ!!
亀裂。
一本。
二本。
無数。
――バキバキバキバキッ!!
「…………!」
次の瞬間。
――ドォンッ!!
鉄格子が粉々に砕け散った。
金属片すら残らない。
細かな粒子となって。
廊下へ吹き飛んでいく。
「…………」
カイは。
目を見開いたまま。
その場に尻もちをついた。
「…………え?」
自分の右手を見る。
何が起きたのか、理解できない。
「俺が……?」
「…………」
ルイが。
そんなカイを見つめる。
そして。
優しく微笑んだ。
「これが――」
「あなたの力」
「…………」
カイが。
ルイを見る。
「さあ」
ルイの身体が。
僅かに透け始める。
「行って」
「……待ってくれ!」
カイが立ち上がる。
「まだ聞きたいことが――」
「大丈夫」
「…………」
「また会えるから」
足元から。
白い光へ。
溶けていく。
そして。
最後にルイは微笑んだ。
「行って――」
「海」
「…………!」
その姿が。
消えた。
「…………」
誰もいなくなった廊下。
カイは。
しばらく。
そこに立っていた。
そして。
自分の右手を見る。
「…………」
ゆっくりと。
握る。
「みんな……」
鉄格子のなくなった出口へ。
一歩。
踏み出す。
そして。
走り出した。
*
政府第一収容所。
真っ白な廊下が。
どこまでも続いていた。
「…………」
その中を。
六つの足音が進んでいく。
ファースト。
その後ろ。
ジン。
アンナ。
ゴウ。
そして。
さらに後方。
二人の道化師。
ティアラ。
ディーナ。
「…………」
誰も。
ほとんど言葉を発さない。
ただ。
ファーストの後について進んでいく。
やがて。
「着いたぞ」
ファーストが。
足を止めた。
「…………?」
ジンが。
前を見る。
そこには。
何もなかった。
壁。
床。
天井。
全てが白い。
広大な空間。
だが。
何もない。
「……何もないじゃない」
ゴウが言った。
「…………」
ファーストが。
ゆっくりと振り返る。
「ここは収容所だ」
「…………」
「何を収容しているか、分かるか?」
「…………」
誰も答えない。
ジン。
アンナ。
ゴウ。
三人とも。
ファーストを睨んでいる。
「…………」
ファーストが。
口元を僅かに吊り上げた。
「正解は――」
右手を上げる。
空中に。
ホログラムが展開された。
指先が。
その一部へ触れる。
――ピッ。
「これだ」
――ゴゴゴゴゴゴ……。
「…………!」
天井が。
ゆっくりと開いていく。
暗い空間。
その奥から。
何かが。
降りてくる。
「…………」
円筒形。
透明な容器。
無数のケーブル。
液体で満たされた内部。
培養器。
あるいは。
生命維持装置。
「…………」
アンナが。
それを見る。
そして。
息を止めた。
「…………え?」
中に浮かんでいたのは、
人間の――脳。
「…………」
三人の顔が引き攣る。
「……なんだ、これは」
ジンが静かに尋ねた。
ファーストは当たり前のことを説明するように答える。
「見て分からないか?」
「…………」
「人間の脳細胞だ」
「…………!」
ゴウが。
拳を握る。
そして。
ファーストは。
アンナを見る。
「…………」
口元に。
僅かな笑み。
「――アキトだ」
「…………」
アンナの目が。
大きく見開かれた。
「…………え?」
ファーストが。
もう一度。
囁く。
「七瀬アキトーーお前の、弟だ」
「…………」
アンナの唇が。
震える。
「これが……」
一歩。
近づく。
「アキト……?」
「…………」
培養器を見る。
脳。
ケーブル。
液体。
弟の面影など、どこにもなかった。
「……そんな」
首を振る。
「嘘……」
また。
首を振る。
「嘘よ……」
「…………」
「じゃあ……」
声が震える。
「私は……」
膝から力が抜ける。
「私は……何のために……」
「アンナ!」
ゴウは崩れ落ちるアンナの身体を支えた。
「…………」
アンナは培養器から目を離せない。
ゴウがファーストを睨む。
その目は、怒りに満ちている。
「……あんた」
「…………」
ファーストは何も答えない。
ただ。
培養器へ近づく。
透明な外壁へ。
手を添えた。
「これが最初で最後だ」
「…………?」
「アキト」
指先で。
培養器を。
ゆっくりと撫でる。
「姉に言うことはないのか?」
「…………」
静寂。
「…………」
アンナが。
息を止める。
その時。
――ザッ。
ノイズ。
「…………!」
培養器に取り付けられた装置から。
微かな音。
そして。
「お……」
「…………!」
アンナの身体が。
震えた。
「お……ね……」
「アキト……?」
「お……ちゃ……」
「アキト!」
アンナがゴウの腕から抜ける。
床を這うようにして。
培養器へ近づいた。
「アキトなの!?」
透明な壁へ。
両手をつく。
「アキト!」
「おね……」
ノイズ。
「ちゃ……」
涙がアンナの頬を伝う。
「おね……ちゃ……」
「ここにいるよ!」
「お姉ちゃん、ここにいるから!」
「おね……ちゃ……ん……」
「…………!」
そして。
途切れ途切れの声が。
続いた。
「…………ころ……」
「…………え?」
「して……」
「…………」
アンナの表情が止まった。
「おね……ちゃ……」
「…………」
「ころ……して……」
「…………」
アンナの顔が絶望に歪んでいく。
「…………」
その瞬間。
「はっ……」
「…………?」
背後から。
声。
「はは……」
ファースト。
「ははははは……!」
笑っていた。
「はははははははははははははっ!!」
高らかに。
楽しそうに。
「…………!」
ゴウが歯を食いしばる。
「アンナ……」
ファーストが笑いながら、彼女を見る。
「裏切り者のアンナ」
「…………」
「お前の――」
笑みが、さらに深くなる。
「その顔が見たかった」
「…………!」
次の瞬間。
――ガチャッ。
ジンの右手が腰へ伸びていた。
ホルスターから拳銃を抜く。
銃口が培養器に向けられる。
「ジン……?」
ゴウが振り返る。
「…………」
ジンは歯を食いしばっていた。
その手は震えている。
そして。
――バンッ!!
「…………!」
――バンッ!!
「ジン!!」
――バンッ!!
培養器が。
砕けた。
液体が。
床へ飛び散る。
内部の装置が。
火花を散らす。
「アキトォォォォォッ!!」
アンナの絶叫が。
白い空間に響き渡った。
「…………」
ジンは何も言わない。
ゆっくりと。
銃口を動かす。
今度こそ。
ファーストへ。
「…………」
怒りに、その身体が震えていた。
「これが……」
低い声。
「お前らのやり方か」
「…………」
ファーストは笑みを浮かべたまま。
銃口を見つめる。
そして。
ゆっくりと。
ジンを見る。
「そんなもので――」
「…………」
「私が殺せると思っているのか?」
僅かに。
顎を上げる。
「――LEVEL1」




