第39話 選択肢
Genesis。
作戦室。
中央に置かれた巨大な円卓を囲むように。
各隊の隊長。
副隊長。
そして。
アンナとアキラが集められていた。
空中には、中央都市の立体地図が投影されている。
「…………」
アンナは暗い表情で俯いていた。
その隣で、ゴウが心配そうにアンナを見つめている。
先ほど。
ジンから全員へ、ファーストから届いた通信の内容が伝えられた。
――五日後の夜。
中央都市第一ゲートを開放する。
政府第一収容所まで。
堂々と来い。
そこには――カイ。
そして、アンナの弟――アキトがいる。
「…………」
沈黙を破ったのは。
ヒナタだった。
「罠……ですよね。これ」
静かな声。
だが。
答えは決まっていた。
「…………」
この場にいる。
ほぼ全員が頷く。
「迷う必要もねぇだろ」
クナトが腕を組んだまま吐き捨てる。
「こんな話」
「…………」
ジンは何も答えなかった。
視線を動かす。
「アキラ、解析の結果を説明してくれ」
「ああ」
アキラが円卓へ近づく。
「ちょうど終わったところだ」
指を動かす。
――ブンッ。
巨大なホログラム。
その中に。
画面へ収まりきらないほどの文字列が流れ始める。
数字。
記号。
暗号。
複雑に絡み合った情報。
「これが――」
アキラが一部を拡大する。
「中央都市のゲートを突破するための暗号化キーだ」
「…………!」
セイジが眼鏡の奥から情報を見つめる。
「取得できたのか」
「時間はかかったけどな」
アキラが僅かに目の下の隈を擦る。
「サザメのブレインアーツに残っていた認証情報を片っ端から解析した」
指を払う。
表示が切り替わった。
中央都市。
その一角。
巨大な施設が浮かび上がる。
《政府第一収容所》
そして。
施設の内部には複数の赤い印。
「問題はこっち」
「…………」
「どうやら第一収容所ってところには、複数の生体認証があるらしい」
「生体認証?」
キリカが尋ねる。
「ああ」
アキラが赤い印の一つを拡大する。
「認証キーだけじゃ突破できない区画がいくつもある」
「…………」
「そこを通るには」
別のホログラムが表示された。
金髪。
ツインテール。
拘束された少女。
「こいつが必要だ」
「…………」
クナトの表情が。
険しくなる。
「ナンバーズ――」
アキラが言う。
「名切サザメ」
「…………っ」
クナトはホログラムを睨みつけた。
Genesisが捕獲したナンバーズ。
あの女は、たくさんの仲間を――殺した。
「アキラ」
ジンが口を開く。
「説明、ありがとうな」
「ああ」
アキラは、ホログラムの一部を閉じる。
ジンが全員を見渡した。
「今、アキラから説明があった通りだ」
「…………」
「奴らの誘いに乗らなくても、俺たちは中央都市へ入るための認証情報を手に入れている」
円卓へ手を置く。
「――侵入は可能だ」
「だったら決まりだろ」
クナトが。
すぐに答えた。
「奴らの指定した日を無視する」
「…………」
「その日より前に中央都市へ潜入して、カイを奪還する」
ジンを見る。
「いや」
ジンは即座に否定した。
クナトの眉間にしわが寄る。
「俺とアンナは――」
ジンは静かに告げる。
「ファーストの誘いに乗る」
「…………」
一瞬。
誰も、言葉を発さなかった。
「……は?」
クナトが。
ジンを見る。
キリカ。
ヒナタ。
セイジ。
他の隊長たちも。
信じられないという表情を浮かべる。
「おいおい……」
クナトが椅子から立ち上がった。
「馬鹿なのか、リーダー!」
「…………」
「罠だって分かってんだぞ!?」
円卓を叩く。
「お前が死んだらGenesisはどうなるんだ!」
「奴らは」
ジンはクナトを見たまま答える。
「カイを人質にしている」
「…………」
「そして――アンナの弟もだ」
アンナの肩が、僅かに震える。
「もし俺たちが誘いに乗らなかった場合」
「…………」
「二人は――人質としての価値を失う」
「だから!」
クナトが。
ジンの言葉を遮った。
「奴らが指定した日時より前にカイを連れ戻せばいいんだろ!」
「…………」
「そうすりゃ人質もクソも――」
「ダメだ」
ジンが。
低く言った。
「……何?」
「アキラの解析で分かったことがある」
ジンが。
サザメのホログラムを見る。
「あのサザメって女は」
「…………」
「監禁されているカイと接触していた」
クナトが。
僅かに目を細める。
「つまり」
ジンが続ける。
「サザメがいれば――カイのところまでは辿り着ける可能性が高い」
「だったら尚更――」
「だが」
ジンの声が重なる。
「それじゃ――アキトは、アンナの弟は助けられねぇ」
「…………」
クナトが。
止まった。
「アキトが第一収容所のどこにいるのか」
ジンが言う。
「そもそも本当に第一収容所にいるのか」
「…………」
「俺たちには何の情報もねぇ」
アンナは俯いたまま。
拳を握る。
「ファーストは俺たちに」
「…………」
「アキトへ繋がる唯一の道をぶら下げてる」
「…………」
クナトの顔が歪む。
そして。
アンナを見る。
「お前……」
「…………」
「正気か……?」
今度は。
ジンへ。
「こいつは――内通者だぞ」
「…………」
「裏切り者だ!」
アンナの身体が小さく震える。
「こいつのせいで――」
――ドンッ!!
クナトの拳が。
円卓を叩いた。
「何人死んだと思ってる!!」
「…………っ」
アンナが。
目を閉じる。
その時。
「アンナは俺たちの家族だっ!!!!」
「――――!」
作戦室が震えた。
ジンの怒声。
アンナが顔を上げる。
ゴウも。
クナトも。
全員が。
ジンを見る。
「…………」
ジンは、クナトを真っ直ぐ睨みつけていた。
「誰にも文句は言わせねぇ」
クナトは拳を握ったまま。
何も答えなかった。
ジンが視線を横へ向ける。
「セイジ」
「……はい」
「作戦を説明してくれ」
セイジが。
眼鏡を直す。
そして。
立ち上がった。
「では」
指を動かす。
――ブンッ。
中央都市の立体地図。
第一ゲート。
第一収容所。
複数のルートが表示される。
「五日後」
セイジが。
第一ゲートを指す。
「ナンバーズ――ファーストが指定した時刻」
二つの光点。
ジン。
アンナ。
「ジンとアンナは、相手の誘い通り第一ゲートを通過」
光点が。
中央都市へ入っていく。
「ファーストと接触し、第一収容所へ向かう」
「…………」
「その際」
別の光点が。
二人の後方へ現れる。
「ヒナタ率いる第五番隊には、二人を密かに追跡してもらう」
ヒナタが。
静かに頷く。
「了解」
「ファースト側に不審な動きがあった場合」
セイジが続ける。
「即座に全軍へ報告」
「ええ」
その時。
アキラが別のホログラムを開いた。
「潜入には、これを使ってくれ」
「…………?」
表示されたのは。
一枚のマント。
「これは?」
ヒナタが尋ねる。
「光学迷彩――正確には」
アキラが。
マントの構造を拡大する。
「ブレインアーツを含むシステムを介した映像情報をジャミングして、周囲の背景に自然に溶け込ませる」
「…………」
ヒナタが目を細めた。
思い出す。
第三食品加工工場。
あの時。
大型車両に搭載された巨大なスピーカー。
それを隠していた布状の光学迷彩。
「……あの時の」
「ああ」
アキラが笑う。
「あれの小型版みたいなもんだ」
「…………」
ヒナタが小さく頷いた。
「分かったわ」
アキラを見る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
セイジが。
再び口を開こうとする。
「それでは次に――」
「私も」
「…………?」
声。
全員が。
振り返る。
ゴウが。
片手を上げていた。
「私も――ジンたちに同行させて」
「ゴウ……」
アンナが。
ゴウを見る。
「…………」
ゴウは。
何も言わず。
アンナへ頷いた。
「…………っ」
ジンが。
二人を見る。
そして。
「ああ」
短く答えた。
「分かった」
「ありがとう」
セイジが一度頷く。
「変更する。ゴウも、ジンとアンナと共に第一ゲートへ向かうものとする」
ホログラムを操作。
「続けるぞ」
中央都市。
別のゲート。
そこへ複数の光点が表示される。
「今回の別働隊は」
一つずつ名前が表示されていく。
「クナト率いる第四番隊から数名」
「キリカ率いる第二番隊から数名」
「そして、救護要員として第三番隊から数名」
セイジがゴウを見る。
「当初、ゴウにはこちらへ参加してもらう想定だったが」
「…………」
「ジンたちへ同行する以上、代わりの人員を選定しておいてくれ」
「分かったわ」
ゴウが答える。
そして最後。
一人の少女がホログラムへ映し出された。
「ナンバーズ――名切サザメ」
「…………」
作戦室の空気が。
僅かに重くなる。
「以上のメンバーには」
別ルートが。
赤く表示される。
「同日」
「ジンたちとは別のゲートから中央都市へ潜入してもらう」
ルートが第一収容所へ伸びる。
「そして」
「サザメの生体認証を利用して収容所内部へ侵入」
光点。
その最奥。
「天城カイの救出に向かって――」
――バンッ!!
作戦室の扉が勢いよく開いた。
「…………!」
全員が。
振り返る。
「はぁ……」
「はぁ……」
入口。
そこに。
レンが立っていた。
息を切らしている。
「なんだ?」
セイジが。
眉をひそめる。
「今は作戦会議中だぞ。後に――」
「待ってください!」
「…………」
レンが。
一歩。
作戦室へ入る。
「私も……」
息を整える。
そして。
真っ直ぐに、ジンを見る。
「私も――連れて行ってください」
「…………」
「お前、いきなり何を――」
「良いだろう」
「――!」
セイジの言葉を、ジンが遮った。
「ジン!」
「…………」
「この女は――」
セイジが。
何かを言おうとする。
だが。
ジンの視線がセイジを止めた。
「俺が許可する」
「…………」
ジンはレンを見る。
「現場ではキリカの部隊と一緒に行動しろ」
「…………」
レンの目が大きくなる。
「いいん……ですか?」
「ああ」
ジンがキリカを見る。
「実力についてはキリカから聞いてる」
「…………」
「Genesisとして――初めての任務だ」
レンを見る。
「頑張ってくれ」
「…………っ!」
レンの顔が。
僅かに綻ぶ。
「――はいっ!!」
「…………」
セイジは。
納得のいかない表情を浮かべる。
眼鏡を指で押し上げ。
「……はぁ」
ため息。
「分かった」
レンを見る。
「お前にも作戦へ参加してもらう」
そしてキリカを見る。
「頼んだぞキリカ」
「ああ」
キリカがレンを見る。
そして、ほんの少し微笑んだ。
セイジはもう一人を見る。
「――アキラ」
「ん?」
「お前にも同行してもらう」
「分かってる」
アキラが。
ポケットへ手を入れる。
「あの女が暴れた時」
「…………」
「リアルタイムで力を抑えられる奴が必要ってことだろ」
ホログラムを開く。
そこに。
黒い首輪状の装置が表示された。
「作戦当日」
「名切サザメ。あの女にはこれを装着する」
「…………」
「内部に複数の電極を仕込んである」
装置の断面。
そして。
神経情報。
ブレインアーツの接続情報が表示される。
「サザメのブレインアーツの状態は、常時俺のブレインアーツに送られる」
「…………」
「もし」
アキラの目が、僅かに細くなる。
「少しでも怪しい動きをしたら、即座にブレインアーツの動作を止める」
「…………」
クナトが。
サザメのホログラムを見る。
「つまりーー裏切った瞬間」
アキラが答える。
「――俺があの女を殺す」
「…………」
ジンが頷く。
「頼んだぞ、アキラ」
「任せろ」
アキラが。
軽く手を上げる。
「…………説明は以上だ」
セイジはそういうと、一歩下がった。
ジンは円卓を囲む全員を見渡した。
「各員」
「…………」
「作戦開始に備えてくれ」
誰も異論を口にせず、静かに頷いた。




