第37話 準備
「私は――LEVEL1が嫌い」
薄暗い廊下。
サザメの声が。
静かに響いた。
「…………」
アキラは。
壁に背を預けたまま。
何も言わない。
サザメは俯き。
拘束された両手を見つめていた。
「LEVEL1を見ると……思い出すの」
「…………」
「――あの男を」
父親。
酒の臭い。
殴られた頬。
引き裂かれたぬいぐるみ。
自分の首を絞めたーーあの手。
「だから――殺すの」
「…………」
サザメが。
顔を上げる。
そして。
口元を歪めた。
いつもの。
ナンバーズとしての笑顔。
「そうすると――ママも喜ぶから」
「…………」
不敵な笑み。
だが。
アキラは。
何も答えなかった。
「…………?」
サザメが。
僅かに首を傾げる。
その時。
アキラが壁から背を離した。
サザメへ近づく。
「……なに?」
そして。
――ぐしゃぐしゃっ!
「なにっ!?!?!?」
突然。
サザメの頭を。
乱暴に撫で回した。
「ちょ、ちょっと!?」
金色の髪が。
ぐしゃぐしゃになる。
「なにするのよ!?」
「…………」
アキラは。
その手を離した。
「お前に殺された仲間がたくさんいる」
「…………」
サザメの表情から。
笑みが消える。
「お前のことを許す奴は、ここには誰もいないだろう」
「…………」
「それは――俺も同じだ」
「…………」
サザメが。
アキラを見る。
アキラの顔に。
笑みはなかった。
許したわけではない。
こいつに、どんな過去があったとしても。
死んだ仲間が戻ってくるわけでもない。
「でもな」
「…………」
「同情はするよ」
「…………」
アキラが。
手を差し出した。
「立て」
「…………」
「戻るぞ」
差し出された手。
サザメは。
じっと見つめる。
「…………」
恐る恐る。
拘束された手を伸ばす。
「……うん」
アキラの手を掴んだ。
そのまま。
引き起こされる。
「…………」
――ドクン。
「……?」
サザメの身体が。
僅かに止まった。
――ドクン。
――ドクン。
「…………?」
胸。
拘束具の上から。
そっと手を当てる。
速い。
心臓が。
妙に速い。
「…………」
サザメが。
不思議そうに首を傾げる。
その間に。
アキラは手を離した。
「ほら、行くぞ」
「…………」
そそくさと。
歩き出す。
「……うん」
サザメも。
その後を追う。
――ジャラ。
――ジャラ。
鎖の音が。
廊下に響く。
「…………」
歩きながら。
サザメは。
もう一度。
自分の胸に触れた。
「…………?」
理由は。
分からない。
ただ。
その頬だけが。
ほんの少し、赤く染まっていた。
*
Genesis。
鍛冶場。
――カチッ。
「…………」
ラックが。
作業台に向かっていた。
目の前には。
複雑に組み上げられた白銀の精密機械。
ーーMURAMASA。
ただし、これまでのMURAMASAとは明らかに違う。
「…………」
ラックは。
細い人工筋繊維を手に取る。
フレームの隙間へ。
一本ずつ。
慎重に通していく。
指先が動く。
迷いはない。
一つ。
また一つ。
人工筋繊維が。
骨格と接続されていく。
――カチッ。
最後の端子を。
固定する。
「…………」
ラックが。
ゆっくりと息を吐いた。
「――出来たぞ……」
作業台の上。
完成した外骨格。
白銀のフレーム。
メタルブラックの関節部。
従来のMURAMASAよりも。
細く。
複雑で。
それでいて。
無駄がない。
ラックは。
しばらく言葉を失っていた。
「…………」
自分で作ったものを。
ただ。
見つめる。
「……綺麗だ」
その時。
「ほぉ」
鍛冶場の奥。
大きな影が現れた。
ヤク。
「出来たのか」
「ああ」
ラックが。
振り返る。
その顔には。
隠しきれない笑み。
「俺の――最高傑作だ」
「…………」
ヤクが。
作業台へ近づく。
白銀の外骨格を。
隅々まで見る。
フレーム。
接合部。
人工筋繊維。
駆動部。
「…………」
ラックが。
少しだけ緊張した顔で。
その様子を見ている。
やがて。
「……完璧な仕上がりだ」
「……!」
ヤクが。
ラックを見る。
「よくやったな」
――バン。
大きな手が。
ラックの背中を叩いた。
「いってぇ!」
「がははは!」
「もう少し加減しろよ!」
文句を言いながらも。
ラックは。
嬉しそうに笑っていた。
そして。
再び。
白銀のMURAMASAを見る。
「あとは――アキラの奴がプログラムを完成させてくれれば」
ラックが。
その装甲へ。
そっと手を置いた。
「――完成だ」
*
Genesis。
訓練所。
――ガキィィン!!
激しい金属音。
二本の模造刀が。
ぶつかる。
「っ!」
レンが。
後ろへ跳ぶ。
その眼前。
キリカの刃が通過した。
――ブンッ!
「…………!」
レンが。
身体を沈める。
頭上。
刃が通過。
そのまま。
地面を蹴った。
「はぁっ!」
一気に。
間合いを詰める。
キリカが。
即座に刀を返す。
――ガキンッ!
受ける。
弾く。
踏み込む。
――ガキン!
――ギィン!
――ガキィン!!
金属音が。
訓練所へ響き渡る。
「…………っ」
レンの額から。
汗が落ちる。
キリカの剣。
速い。
だが。
「…………」
見える。
いや。
身体が分かっている。
次にどこから来るのか。
キリカの肩が動く。
「…………!」
レンが僅かに身体をずらした。
――ブンッ!
刃が頬のすぐ横を通過する。
紙一重。
「……!」
キリカの目が。
僅かに開く。
その瞬間。
レンはすでに懐へ入っていた。
「――っ!」
踏み込む。
腰を捻る。
そして。
――ガンッ!!
「…………!」
レン放つ一撃が、キリカのMURAMASA。
その右胸部へ叩き込まれた。
――バチッ!
火花が。
散る。
「…………」
静寂。
レンが。
荒い息を吐く。
「はぁ……」
「はぁ……」
キリカは。
動かなかった。
自分の右胸へ。
ゆっくりと手を触れる。
「…………」
レンが。
緊張した表情で見つめる。
やがて。
キリカが。
口を開いた。
「――見事だ」
「…………!」
レンの目が。
大きくなる。
少し前まで。
何度挑んでも。
一撃すらまともに入らなかった。
それが。
今。
初めて。
届いた。
「…………」
だが。
レンは喜ばなかった。
模造刀を下ろす。
一度。
大きく息を吸う。
「キリカ」
「ん?」
レンが。
真っ直ぐ。
キリカを見る。
「次の作戦」
「…………」
「私も――参加させてください」
キリカの表情が。
変わった。
「…………」
訓練所に。
静寂が戻る。
「何を言っているのか――分かっているのか?」
「はい」
即答だった。
キリカが模造刀を下ろす。
「ナンバーズが待ち構えている可能性も高い」
「分かっています」
「レン」
「それでもです」
キリカの言葉を。
レンが遮った。
「…………」
模造刀を握る手に力が入る。
「カイは――」
一瞬。
言葉が止まる。
「…………」
そして。
「私を助けてくれました」
キリカは。
黙って聞いている。
「私はカイとの昔のことを……何も覚えていません」
「…………」
レンが自分の胸へ、そっと手を置いた。
「昔の私がカイをどう思っていたのか……分かりません」
「…………」
「でも」
顔を上げる。
「今の私は――」
「…………」
レンの目に。
迷いはなかった。
「カイを助けたい。そう思っています。」
キリカは。
その目を。
じっと見つめる。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
「……そうか」
キリカが。
静かに模造刀を構える。
「なら――」
刃先が。
レンへ向けられる。
「私からもう一度一本取れ」
キリカの口元が、僅かに上がった。
「…………」
レンが。
模造刀を握り直す。
「――はい!」
再び。
二人が。
向かい合う。
――ガキィィン!!
訓練所に。
鋭い金属音が響いた。




