第33話 作戦開始
第三食品加工工場。
中央都市から大きく離れた郊外。
その周囲は、鬱蒼とした森に囲まれていた。
生い茂る木々。
人の手がほとんど入っていない草地。
その中心に。
巨大な灰色の工場が建っている。
「…………」
だが。
政府側は気づいていなかった。
その森の中。
工場を包囲するように。
五台の大型車両が配置されていることに。
荷台に搭載されているのは。
巨大なスピーカー状の装置。
ヤクが、この日のために作り上げた通信妨害装置。
だが。
その巨大な車体は――見えない。
車両の周囲を覆うように。
僅かに景色が揺らめいているだけ。
アキラが組み上げたプログラムによる光学迷彩。
木々も。
地面も。
その向こうの景色も。
車両の表面へリアルタイムで投影され。
森の中へ完全に溶け込んでいた。
そして。
工場から少し離れた地点。
そこにはGenesisの簡易キャンプが設営されていた。
「…………」
ジンが双眼鏡を覗き込む。
工場周辺。
目視できるだけでも数十人。
政府兵が配置されている。
明らかに通常の警備ではない。
ターゲットが来ることを――待っている。
「予定通りだな」
ジンが呟いた。
その近く。
ヒナタが通信端末を確認している。
ジンは双眼鏡を下ろした。
「ヒナタ」
「はい?」
「アズサの怪我は問題なさそうか?」
「ええ」
ヒナタが頷く。
「もう問題ないと思います」
少し間を置いて。
「前回のことが相当ショックだったみたいで……今回は、すごく張り切っていました」
「そうか」
「空回って、またすぐリタイアってことにならなきゃいいけどな」
背後から声がした。
ヒナタが振り返る。
第四番隊隊長。
クナト。
腰にはいつもの刀。
腕を組みながら、工場の方角を眺めている。
「クナト」
ヒナタが眉を寄せる。
「あなた、知らないんですか?」
「あ?」
「アズサは第五番隊で一番の武闘派ですよ」
「…………」
「前回は不意を突かれただけです」
ヒナタが静かに言う。
「あの子の実力は――相当なものですよ」
「第五番隊は潜入が取り柄の部隊だろ」
クナトが鼻を鳴らす。
「戦闘で使い物になるのか、甚だ疑問だがな」
「ふっ」
ジンが笑った。
「何がおかしい」
「まあ、そう言うな」
ジンは再び工場へ視線を向ける。
「それにな」
「?」
「アズサの実力は俺も知ってる」
「…………」
「下手したら――」
ジンが横目でクナトを見る。
「クナト。お前でもアズサには勝てねぇかもしれんぞ」
「…………」
数秒。
クナトは鼻で笑った。
「冗談だろ?」
「さあな」
ジンの口元が上がる。
だが。
すぐにその表情が引き締まった。
「とはいえ――」
「?」
「アズサたちには、少しの間ナンバーズの足止めをしてもらわなきゃならねぇ。あいつらが使う特殊な力。それを使うまでな...」
ジンが工場を見る。
「問題は、どこまでアズサが持たせられるかだ」
「…………」
クナトは腕を組んだまま答えた。
「何かあれば――俺がやるだけだ」
「頼もしいこった」
その時。
――ザッ。
通信機にノイズが走った。
『こちら第五番隊』
声。
アズサだ。
ジンたちの表情が変わる。
*
第三食品加工工場。
そのすぐ近く。
草木に身を潜め。
アズサと数名の第五番隊員が工場を監視していた。
「…………」
アズサの目が。
警備兵たちの動きを追う。
正面。
左右。
屋上。
数十人。
やはり待ち伏せされている。
だが。
それは――分かっていたこと。
「…………」
そして。
工場の奥。
政府兵たちの間を割るように。
一人の少女が姿を現した。
「……!」
アズサの瞳が僅かに揺れる。
金髪。
ツインテール。
小柄な身体。
そして。
肩に担いでいる。
巨大なギロチン。
「…………っ」
左腕が。
僅かに疼いた。
あの日の衝撃が蘇る。
吹き飛ばされた身体。
木へ叩きつけられた背中。
息ができなくなった感覚。
そして。
笑っていた。
あの少女。
「副隊長……?」
隣にいた隊員が声をかける。
「…………」
アズサは。
ゆっくりと息を吐いた。
右手で通信機へ触れる。
「――目標が現れました」
*
簡易キャンプ。
その報告を聞いたジンが。
立ち上がる。
「よし」
周囲にいたGenesisのメンバーたちが、一斉に武器を取る。
ジンは通信を全隊へ切り替えた。
「――作戦開始だ」
*
「行きます」
アズサが立ち上がる。
「はい!」
数名の第五番隊員たちも続いた。
顔を見合わせ。
一度だけ。
頷く。
次の瞬間。
――ダッ!
アズサたちは森を飛び出した。
一直線に。
第三食品加工工場へ。
「敵襲!!」
政府兵が叫ぶ。
「敵だ!」
「正面! 数は――」
サザメが振り返った。
「……あ」
そして。
満面の笑み。
「あははっ!」
巨大なギロチンを肩から下ろす。
――ドンッ!
刃が地面を叩く。
「おばかさんたち!」
サザメが笑う。
「正面から向かってくるなんてね!」
「迎撃しろ!」
政府兵たちが次々と集まる。
十人。
二十人。
さらに奥から。
武装した兵士たちが姿を現す。
銃口が。
アズサたちへ向けられる。
「…………」
だが。
アズサは止まらない。
それを見て。
サザメがギロチンを構えた。
「それじゃあ――」
その時。
――ドンッ!!
「ぐぁっ!?」
政府兵の一人が横へ吹き飛んだ。
「……え?」
サザメが振り返る。
森の中から。
一人。
男が飛び出した。
抜き放たれた刀が閃く。
「ふっ!」
クナト。
銃を構える政府兵の懐へ入り。
刀の峰で腹部を打ち抜く。
「がっ!」
直後。
反対側から。
二つの影。
「遅い」
キリカの刃が閃く。
政府兵の武器を弾き飛ばし。
そのまま蹴り倒す。
そして。
「第五番隊!」
ヒナタ。
「前へ!」
森が。
揺れた。
「なっ……!?」
政府兵の一人が絶句する。
一人ではない。
十人でもない。
木々の間から。
次々と。
Genesisの戦闘員が姿を現す。
「敵増援!!」
「そんな……!」
「話と違うぞ!」
一気に。
政府兵の背後へ雪崩れ込む。
「第四番隊! 続けぇ!!」
野太い声。
「おおおおおっ!!」
第四番隊副隊長――ガザ。
その巨体を先頭に。
武装した隊員たちが突撃する。
挟撃。
正面にはアズサたち。
背後にはGenesisの主力。
政府兵たちの隊列が。
一瞬で崩れた。
「なになになに!?」
サザメが。
周囲を見回す。
「どういうこと!?」
そして。
政府兵を薙ぎ倒しながら進むクナトを見つける。
「あっ!」
サザメが指を差した。
「なんでここに、あのおにぃさんがいるのかなぁ!?」
クナトがサザメへ視線を向ける。
「…………」
「聞いてた話と違うんだけど!」
サザメは頬を膨らませる。
だが。
すぐに。
笑った。
「ま――いっか」
ギロチンを両手で握る。
「みんな殺せばいいんだよね?」
その前へ。
一人。
小さな影が立った。
「…………」
「ん?」
サザメが首を傾げる。
青い髪。
両手にはクナイ。
アズサ。
「お前たちは――」
アズサはサザメから視線を逸らさない。
「隊長たちの援護へ向かえ」
「ですが!」
第五番隊員が声を上げる。
「副隊長一人では――!」
「こいつには借りがある」
「…………!」
アズサの声は。
静かだった。
「手出しは無用です」
「副隊長……」
「行きなさい!」
「……っ」
隊員たちは顔を見合わせる。
そして。
「はい!」
一斉に。
ヒナタたちの元へ走り出した。
「へぇ……」
サザメが笑う。
「あなたが私と遊んでくれるんだ」
「…………」
「そういえばぁ」
サザメがアズサを指差す。
「あの時の子だよね?」
「…………」
アズサの指が。
僅かに震えた。
「まだ生きてたんだぁ」
「…………」
「今度はちゃんと――」
――ドンッ!!
地面が爆ぜた。
「殺してあげる!」
サザメが飛び出す。
速い。
巨大なギロチンを振り上げ。
一直線に。
アズサへ。
「…………」
アズサは動かない。
あの日と同じ。
巨大な刃。
あの日と同じ。
殺意。
迫る。
「…………っ」
身体が。
僅かに強張る。
それでも。
アズサは逃げなかった。
両手のクナイを下ろす。
そして。
胸の前で。
両手を組んだ。
指を。
複雑な形へ。
「……?」
サザメの眉が動く。
印。
一つ。
そして。
もう一つ。
アズサの指が。
目にも止まらぬ速さで形を変えていく。
「秘技――」
アズサが。
静かに呟いた。
「――影分身」
「……え?」
直後。
アズサの姿が――揺らいだ。
一人。
二人。
「……?」
三人。
四人。
「えっ?」
五人。
六人。
「なに?」
七人。
八人。
「なになになに!?」
九人。
そして――。
十人。
「何それっ!?」
十人のアズサが。
同時に地面を蹴った。
「っ!」
サザメがギロチンを振り下ろす。
――ドォンッ!!
三人のアズサが。
真正面からその一撃を受け止めた。
「なっ――!?」
一人。
二人。
三人。
クナイを交差させ。
巨大な刃を止めている。
「なんで!?」
その横を。
七つの影が駆け抜けた。
「――っ!」
右。
左。
背後。
頭上。
「ちょっ――」
一人がクナイを振るう。
「わっ!」
サザメが避ける。
直後。
別のアズサ。
「えっ!?」
さらに。
もう一人。
――ガッ!
「いたっ!」
肩へ一撃。
「ちょっと!」
背後。
「待って!」
横。
「待って待って!」
正面。
「待って待って待って!!」
十人のアズサが。
一斉に。
サザメへ襲いかかった。
「わっ!」
サザメが身体を反らす。
クナイが鼻先を掠める。
そのまま。
サザメは笑った。
「あはっ!」
ギロチンを振るう。
――ザンッ!
一体。
アズサの身体が切り裂かれる。
だが。
血は出ない。
輪郭が揺らぎ。
霧のように消えた。
「へぇ!」
さらに一体。
「それっ!」
――ザンッ!
もう一体。
「すごいすごい!」
サザメは踊るように回転する。
巨大なギロチンが。
その小さな身体を中心に。
嵐のように振り回される。
――ザンッ!
一体。
――ブンッ!
二体。
――ガンッ!
三体。
次々と。
アズサの分身が消えていく。
それでも。
残った影は止まらない。
クナイ。
蹴り。
手裏剣。
四方八方から攻撃が飛ぶ。
「あなた――!」
サザメがギロチンでクナイを弾く。
「あははははっ!」
背後から飛んできた手裏剣を身を屈めて避ける。
「思ってたより――」
一回転。
――ザンッ!!
最後の分身を。
真横から切り裂いた。
「面白いオモチャだね!」
「…………」
消える。
最後の一体。
周囲から。
アズサの姿が消えた。
「……あれ?」
サザメが首を傾げる。
「終わり?」
「…………」
いない。
右。
左。
正面。
「どこ行ったのかなぁ?」
サザメが辺りを見回す。
その時。
足元。
サザメ自身の影が――。
僅かに揺れた。
「…………」
黒い影の中から。
音もなく。
手が伸びる。
そして。
アズサの本体が姿を現した。
「――っ!」
サザメが振り返る。
遅い。
アズサの手には。
一本のクナイ。
「はぁっ!」
振り下ろす。
「――!」
サザメが咄嗟に顔を逸らした。
――シュッ!
クナイの刃が。
頬を掠める。
「…………」
一筋。
赤い線。
そして。
頬から。
一滴の血が流れた。
「…………」
サザメが止まる。
アズサは即座に距離を取った。
「…………」
笑わない。
先ほどまで。
あれほど楽しそうに笑っていた少女が。
完全に表情を失っている。
「……っ」
サザメが。
自分の頬へ指を当てた。
指先に。
赤い血がつく。
「…………」
それを見る。
そして。
ゆっくりと。
アズサへ視線を戻した。
「あーあ……」
「…………」
「ダメなんだ」
声が。
変わっていた。
「あたしの可愛いお顔――」
口元だけが。
僅かに歪む。
「傷つけちゃぁ」
「…………」
アズサがクナイを構え直す。
サザメは。
静かに言った。
「怒った」
そして。
自らの左腕を前へ出した。
「……?」
アズサの眉が動く。
サザメが。
巨大なギロチンを持ち上げる。
その刃を。
自分の腕へ当てた。
「何を――」
――ザシュッ。
「……!」
アズサの目が見開かれる。
皮膚が裂ける。
大量の血が。
サザメの腕から溢れ出した。
ぽたぽたと。
地面へ落ちる。
はずだった。
「…………?」
止まる。
空中で。
血が――止まった。
一滴。
二滴。
十滴。
数え切れないほどの血液が。
地面へ落ちることなく。
宙へ浮かび上がっていく。
「…………」
アズサの表情が変わる。
サザメの周囲を。
赤い血が飛び交い始める。
ゆっくりと。
そして。
次第に速く。
まるで意思を持っているかのように。
サザメの身体を中心に。
無数の血液が旋回する。
「……なんだ、これは」
アズサが呟いた。
サザメは。
血に濡れた腕を垂らしたまま。
笑った。
「――Arts」
「……!」
「《シリアルキラー》」
直後。
――ブワッ!!
大量の血が。
一斉に。
サザメの背後へ集まった。
絡まり。
繋がり。
形を作っていく。
巨大な二つの塊。
それは。
徐々に広がり。
まるで――。
翼。
真紅の巨大な翼が。
サザメの背後に顕現した。
「…………!」
アズサが。
初めて一歩だけ後退する。
サザメは。
巨大な血の翼を背負いながら。
ゆっくりとギロチンを構えた。
「ここからは――」
血の翼が。
大きく広がる。
「もう遊びじゃないよ」




