第32話 覚悟
白い通路。
人の気配はない。
足音すら響かない無機質な空間を、一人の少女が歩いていた。
金色の髪。
左右で大きく結ばれたツインテールを揺らしながら。
その歩き方は――スキップ。
「ふんふ~ん♪」
鼻歌を口ずさみながら。
まるで遊びにでも行くかのように。
やがて少女は足を止めた。
目の前にあるのは、何の変哲もない白い壁。
扉も。
取っ手も。
認証装置らしきものさえない。
少女がその前に立つ。
すると。
『生体認証を行います』
無機質な音声。
直後。
――ピッ。
緑色の光が現れた。
頭頂部から。
顔。
胸。
腹部。
脚。
少女の身体をなぞるように、一本の光が上から下へと走っていく。
『認証完了』
――スッ。
目の前の白い壁が消えた。
その先に。
もう一つの白い空間が現れる。
「おっじゃましまーす」
少女は楽しそうに中へ入った。
そこは。
壁も。
床も。
天井も。
すべてが真っ白な正方形の部屋。
そして、その中央。
鉄格子で囲まれた空間に。
一人の青年がいた。
「…………」
壁に背中を預け。
床へ座り込んでいる。
両手首。
両足首。
そこには拘束具。
「……?」
カイがゆっくりと顔を上げた。
その顔は。
以前よりも明らかにやつれていた。
「…………お前は」
少女を見る。
金髪。
ツインテール。
小柄な身体。
「……っ」
脳裏に。
あの日の光景が蘇る。
第七物流センター。
巨大なギロチンのような武器。
それを軽々と振り回し。
アズサを吹き飛ばした少女。
「……あの時のっ!」
「せいかーい!」
少女が満面の笑みを浮かべる。
そして。
鉄格子の前まで駆け寄った。
「やっほー!サザメちゃんだよー!」
両手を後ろで組み。
身体を前へ傾ける。
「元気にしてたぁ?」
「…………」
カイは答えない。
「んー?」
少女――サザメが首を傾げる。
その視線が。
牢の中へ向いた。
銀色のトレイ。
そこには。
ほとんど手をつけられていない食事が残っていた。
「…………」
サザメが目を丸くする。
「きみぃ」
「…………」
「ご飯食べないと死んじゃうよぉ?」
ニコニコと笑いながら。
鉄格子へ顔を近づける。
「私に殺される前に死なれたら困るんだけどなぁ」
「……黙れ」
カイが。
やつれた顔でサザメを一瞥する。
「…………」
サザメが瞬きをした。
そして。
ニィッ。
口角を上げる。
「へぇ……」
鉄格子を両手で掴む。
「まだ元気じゃん」
「…………」
「じゃあさ」
サザメが楽しそうに笑う。
「いいこと教えてあげる」
「……?」
「懲りずにまたぁ――」
サザメは人差し指を立てた。
「君のお友達が、セントラルの基地に入り込もうとしてるらしいよ」
「…………!」
カイの目が見開かれた。
「ジンたちが……?」
「うん」
サザメは嬉しそうに頷く。
「私が行くんだぁ」
「…………」
「ただねぇ」
頬を膨らませる。
「人数が少ないみたいだから、今回はおねぇ様と一緒じゃないの」
「ざーんねん」
そう言って。
肩を落とす。
だが。
すぐに。
その口元が吊り上がった。
「今度は――」
「…………」
「何人殺せるかなぁ……」
「……!」
笑っている。
まるで。
明日の遊びの予定でも話しているように。
「…………」
カイの拳に力が入る。
「そんなことを言うために……」
低い声。
「わざわざここまで来たのか」
「ん?」
「セントラルに言われて、俺を迎えに来たんじゃないのか」
「ママ?」
サザメはきょとんとする。
「ママには何も言われてないよ?」
カイが眉を寄せる。
サザメは気にする様子もなく。
「私はただぁ――」
鉄格子へ近づく。
「君に聞きたいことがあって来たんだ」
「…………」
その瞬間。
サザメの目から。
笑みが消えた。
「……あの日」
「…………」
サザメが静かにカイを見る。
「なんで――私を殺さなかったの?」
「…………」
カイの表情が止まる。
第七物流センター。
あの時。
カイはサザメの外骨格へ干渉した。
制御情報を書き換え。
彼女の意図とは逆方向へ外骨格を動かした。
生まれた隙へ踏み込み。
腹部を蹴り上げた。
「あの時」
サザメが言う。
「君の持ってた刀で――」
自分の腹部へ指を当てる。
そのまま。
上へとなぞった。
「私を真っ二つにすることだって、できたはずだよね?」
「…………」
「でも」
首を傾げる。
「君はそうしなかった」
「…………」
「なんで?」
カイは。
答えない。
視線を逸らす。
拳を握る。
「…………」
分かっていた。
あの時。
自分は――逃げた。
人を殺す。
その行為から。
敵だった。
仲間を傷つけられた。
自分自身も殺されかけていた。
それでも。
最後の一線を。
越えることができなかった。
「…………」
サザメが。
じっとカイを見ている。
「……お前には」
カイが呟く。
「関係ない」
「…………」
サザメの目から興味が消えていく。
「ふーん」
身体を離す。
「……つまんないの」
「…………」
クルッと。
サザメが入口へ振り返った。
「ただビビっちゃって、殺せなかっただけか」
「…………っ」
「あーあ」
サザメは両手を頭の後ろで組む。
「期待外れだなぁ」
歩き出す。
「せっかく――」
足を止める。
横顔だけを。
カイへ向けた。
「殺しがいのあるオモチャが増えたと思ったのに」
その顔に。
不気味な笑みが浮かぶ。
「ほんっとに残念」
「…………」
サザメはそのまま。
白い通路へ消えていった。
再び。
牢獄に静寂が戻る。
「…………」
カイは俯く。
――『ただビビっちゃって、殺せなかっただけか』
「…………っ」
唇を強く噛み締める。
痛みが走る。
それでも。
力を緩めなかった。
やがて。
唇から。
赤い血が伝った。
――ぽつ。
真っ白な床に。
カイの血が、一滴だけ落ちた。
*
Genesis本部。
地下深く。
貨物用エレベーターへと直結する巨大な武器倉庫。
「弾薬確認!」
「第四番隊、車両への積み込み終わったぞ!」
「医療物資はこっちだ! 三番車両へ回せ!」
「急げ!」
あちこちから声が飛び交う。
戦闘服を身に纏ったGenesisのメンバーたち。
武器。
弾薬。
医療物資。
通信機。
そして。
ヤクが作成した巨大なスピーカー。
それらが次々と車両へ積み込まれていく。
一人。
また一人。
準備を終えた者たちが。
それぞれの隊の車両へ乗り込んでいく。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
やがて。
武装倉庫の巨大なゲートが左右へ開いた。
その先。
地下から地上へと繋がる。
巨大な貨物用エレベーター。
「第一車両、前へ!」
誘導員が腕を振る。
エンジン音が響いた。
――ブォンッ!
一台。
また一台。
Genesisの車両が巨大なエレベーターへ乗り込んでいく。
総勢――百名。
今回の作戦に投入される。
Genesisの戦力。
全車両の収容が完了する。
「…………」
それぞれの車両の中。
武器を握る者。
目を閉じる者。
仲間と短く言葉を交わす者。
全員の通信機へ。
ノイズが走った。
――ザッ。
そして。
『全員』
ジンの声。
ざわめいていた車内が。
静かになる。
『準備は整っているか』
「…………」
誰も答えない。
だが。
武器を握る手に。
力が入る。
『全軍――』
一呼吸。
『出撃だ』
直後。
――ゴォンッ!!
巨大な扉が閉まり始めた。
光が細くなっていく。
そして。
完全に閉ざされる。
――ガコン。
重い振動。
巨大な貨物用エレベーターが。
ゆっくりと上昇を始める。
総勢百名を乗せて。
――地上へ向かっていった。




